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8月28日から9月1日まで3泊5日でカンボジアへ初めて行って来ました。先月初めてのノルウェーへ行ったばかりです。数え方にもよりますが、もう70ヶ国近く行った私です。国会議員・渡邉美樹氏が主催するツアーで、旅行会社は大手のJ社で、さすがにたかがカンボジアなのに東京からの往復で30万円もします。私は別に、福岡から羽田の往復代も払っています。朝、成田空港集合が8時頃なので、前泊して都内で友達と会いました。<br /><br /><br />【8月28日(火)】<br />まず成田空港で集合し、結団式があり、渡邉団長(?)による挨拶や今回参加のDAISO会長・矢野氏の挨拶、各自の自己紹介がありました。&#350;AJとはSchool Aid Japanの略で、和民の創始者でもある渡邉氏が自分のお金でカンボジアに学校をいくつも建てています。私は以前に渡邉美樹氏の講演を聞いて知っていました。それが、J社のツアーで法外に高いのにもかかわらず参加した理由です。今回は参加者が多いらしく、全部で40人近くいます。年に2回の今回のツアーは、渡邉氏の趣旨に賛同した矢野氏がかなりの金額の寄付をし、丸ごと学校を一つ建てたお礼も兼ねているようです。<br /><br />直行便でプノンペン空港に着くと、期待通り特別扱いで、パスポートと必要書類2枚と預け荷物券を預けます。我々はバスで直接豪華な部屋へ案内され、何と入国審査はパスです!<br /><br />そのままホテルへチェックイン(空港から荷物も届いています)し、早速プノンペン市内のDVDスタジオ見学をしました。都会と地方の先生の質による格差がひどいらしく、それをカバーするためにカリスマ講師の授業をたくさんDVDに納め、地方でもそれを学べるようにするプロジェクトで、今年始めたようです。スタジオの背景の壁が緑色で、ここに教室の黒板のように講師と合成写真で撮影するようです。男女二人のカリスマ先生が同席していました。<br /><br />全部で40人いるので、2台の大型バスと矢野会長さんたちのマイクロバスと3台で移動しますが、私のバスのローカルガイドも日本語がまぁまぁでした。でも、時々やはり発音がおかしく聞き取りにくい場合もあります。傑作だったのは、メコン川には多くのクルーズが「うんこ」すると言うのです。よく聞くと、「運航」すると言っていました!<br /><br />夕食は、漢字の看板のある豪華な中華料理店でした。もちろん、豪華な食事ですし、美味しいです。カンボジアの文部大臣も同席していました。回りの参加者と話をしていると、明後日訪れる孤児院の里親や会社の経営者の代理で来た若い人もいるようです。会社経費で来ている人が多いので、今回のような割高なJ社のツアーでも参加するのでしょう。普段は割安な旅行しかしない私には法外に高い値段なのですが。たぶん、カンボジアの5日間ツアー程度なら30万円どころか、東京からなら10万円程度であるはずです。さすがに、ホテルは高級ではありますが。<br /><br /><br />【8月29日(水)】<br />さすがに高級ツアーだけあってホテルの朝食も、もちろんバイキング形式で中華粥、麺類、フランスパン(ガイドの説明でフランスの植民地だったことを思い出しまた)、卵料理、生野菜、ハム・ソーセージなど何でもあります。ただ、私がよく行くイタリアの中級以上のホテルでも今時何でもありますが。<br /><br />車で1時間くらい移動して、新築した学校での記念式典に参加しました。矢野氏が全額寄付した学校で、「贈DAISO」などと校舎の壁に書かれています。生徒たちだけでなく、たぶん地域の住人もたくさん列席していました。もちろん、ひな壇にはDAISO矢野会長さんが座っています。<br /><br />式典の後、近くの民家を訪れました。予想通り、かなり貧しい家です。2軒ほど見学させてもらいました。戦後の日本の田舎の家レベルでした。<br /><br />その後、ポルポト政権での悲劇の大虐殺の現場、トゥール・スレーン虐殺犯罪博物館(Tuol Sleng Genocide Museum)へ行きました。当時の隔離施設があり、拷問の様子が伺えるかなり刺激的な場所です。しかも、当時は子供で数少ない生き延びた一人の男性が奥さんと現場に立って著書を売っていました。色々、勉強になりましたが、現在もカンボジア政権はベトナムの傀儡政権であり、その辺の複雑な政治事情もあり、ただ単にポルポトが世紀の大悪魔ではないことがよく理解できました。隣のベトナムからのスパイなどの侵入を防ぐ必要もあったようです。<br /><br />夜は、イオンに入居している和民での宴会です。SAJ奨学金のおかげで学校、大学まで行けた子供たちが招待されています。値段も日本とあまり変わりないようです。普通、海外では日本食は日本よりかなり高いのですが、物価が安いのでちょうど日本の値段と大差ないのでしょう。矢野会長はかなりお茶目な人で、ダジャレばっかし言ってますし、自社の100円商品(いたずらグッズ)で回りの人と遊んでいました。カッターナイフそっくりで、切込みが入っていて、あたかもナイフで切られたように見えるグッズなどを使い、自身はグッズのあごひげを付けたり、漫画のような眼鏡をしたり、ずっとふざけていました。途中で、渡邉氏がサプライズで今年高校を卒業したばかりの女子にケーキをプレゼントしました。<br /><br />終わった後、イオンの中を覗くとDAISOもありました。100円ショップではなく、米ドルで1.6ドル程度でした。日本よりは高いのでした。<br /><br /><br />【8月30日(木)】<br />今朝はまず車で1時間程度のSAJファームへ見学に行きました。渡邉氏は農作業服で農場で待っていました。珍しい格好の渡邉氏とツーショットの写真を撮らせてもらいました。もちろん、私だけでなく多くの方が写真に納まっていました。<br /><br />ハーブの一種であるレモングラス(無農薬栽培)を見せてくれ、何人もの農家の人が選別している様子が見れました。お茶や石鹸に加工し、油も抽出しているのでした。私は自分のお土産に石鹸とお茶を買いました。油はオリーブオイルしか興味ないので買いません。このプロジェクトも最近始めたようで、地元の人に雇用先を作るのが目的のようです。<br /><br />それから、孤児院へ移動しました。このツアーのリピーターの人は何度もこの孤児院に来るのが一つの目的のようです。つまり、里親になっている人たちが沢山いて、里子と再会するのです。多くの人がお土産を持ってきています。会社の若い人の一部は経営者に代わって、お土産を山ほど持参しています。子供たちがお礼に民族舞踊を見せてくれました。低学年の可愛い踊りや高校生くらいの大人っぽい舞踊など結構楽しめました。孤児院ですが、やはり若い男女がいるので、妊娠騒動などいろいろあるようです。<br /><br />渡邉氏はじめ25人はこの夜の便で日本に帰るので、ここでゆっくり子供たちと過ごすようです。我々残りの15人は翌日アンコール遺跡群の観光があるので、午後2時頃には出発し、バスで4~5時間かけてシェムリアップへ向かいました。色んな国へ行ったことのあるはずのDAISO会長矢野氏もカンボジアは初めてらしく、私と同じ観光組です。ちょうど7時過ぎに到着したので、早速レストランへ行きました。今夜はフランス料理店でした。メイン料理は鴨肉かシーフードが選べましたが、私をはじめ多くの人がシーフードを選びました。さすがに美味しかったです。<br /><br />翌朝も早いので、早く寝たいのですが、ツアーでマージンでもあるのか、ナイト・マーケットへ連れて行かれました。せめて私が発言して1時間ちょっとに短めにしてもらいました。私には買いたいものなんかないので、暇でどうしようかと思ったら、足マッサージを見つけました。グループの若い女性も興味があるようで、二人で並んで45分のマッサージを受けました。おかげで時間が潰せました。<br /><br /><br />【8月31日(金)】<br />観光組の15人は朝4時に起き、シェムリアップのホテルを5時には出発してアンコールワット遺跡へ行き、まずはアンコールワットの日の出を見に行きました。ちょうど午前6時前後に朝陽が上ってきます。<br /><br />それから、一度ホテルへ戻り朝食です。8時半頃再度出発して本格的なアンコールワット・ツアーです。予想通り、森の中に寺院がある感じです。もともとはヒンドゥー教の寺院として12世紀に建てられたそうですが、途中で16世紀に仏教寺院に変わったようです。<br /><br />次に、近くのアンコール遺跡群の一つ、タ・プローム寺院を訪れました。ここの目玉は何と言っても大きなガジュマルの樹木が遺跡に絡みついていることです。壮観です!<br /><br />バスの中で移動中に日本式弁当(例の如く揚げ物ばかり!)を昼食にし、最後にアンコール遺跡群のもう一つ、アンコールトム遺跡に行きました。ここもヒンドゥー教と大乗仏教の混淆が見られます。城砦都市遺跡です。<br /><br />いよいよ帰国へ向けて近くのシェムリアップ空港へ行き、隣国タイ・バンコク空港で乗り継いで夜行便の全日空機で翌朝羽田空港へ着くはずでした。<br /><br />前日、我々がアンコールワットの観光に備えてシェムリアップのホテルに前泊したのとほぼ同時に、東京からJ社の添乗員がやって来たようで、この日の観光にはバスに同席していました。でも逆を言えば、これだけの値段のツアーなのに最初は添乗員もいなかったのです。但し、観光ガイドはローカルガイドが日本語で説明するので、ほとんど彼女の仕事はありません。17時半頃シェムリアップ空港に着いてからが彼女の添乗員としての主な仕事です。彼女が手配してチェックイン(私は直前に手元にシェムリアップからバンコクへのEチケットもないのに気が付き、少し心配していました)し、19時25分発予定のバンコクエアウェイズで、20時35分バンコク着予定で、21時45分発の全日空便に乗り継いで帰国の予定です。ただ、もともと1時間10分とたぶん許可される最低の乗り換え時間しかないのに、出発が40~50分遅れることになりました。<br /><br />待っている間に、彼女も次の全日空便15人分のウェブチェックインをしていました。ですから、旅慣れている私もギリギリでも何とか間に合うだろうとあまり心配していませんでした。21時20分頃にバンコクの滑走路に到着し、さすがに現地職員(たぶん、全日空ではなくバンコクエアウェイズの職員)が手配してあった空港内バスにて、直接次の乗り継ぎ便のゲートへ急ぎました。たぶん、21時35分から40分(まだ出発時刻の前)に着きました。連絡してあるので、全日空も10分くらい出発を遅らせてでも待ってくれるだろうと思っていましたが、現地の係員が出発の15分前(21時30分)に全日空がゲート・クローズしたと言います。つまり、乗り遅れました。<br /><br />それから次の便の手配をする訳ですから、昨夜の帰国組と同じ22時50分発成田行きにはもう手続きが間に合いません。23時半頃のタイ航空便(羽田行き?)と25時半頃の全日空成田行き便があります。でも、両方とも席(15人分)が取れないということでした。結論から言うと、翌日9月1日の朝9時30分発羽田行きしか取れませんでした。バンコクエアウェイズの手配で、ミニバン2台に分かれ手配された近くのノボテル・ホテルへ移動しました。ホテルに着いたのは23時半頃でした。タイへの出国手続きなども必要だったからです。<br /><br />添乗員などの仕事に興味のある私はすでに聞いていたのですが、この添乗員は客である我々と同じ便ではなく、本来なら仕事が終わった後の25時半頃の便(安くあげるために中国東方航空の北京経由)でさっさと帰国してバンコクにはいません。彼女が変更する努力をしたかどうかはわかりません。ある意味で、添乗員としての責任放棄です。つまり、我々15人の客は添乗員もいない状態で、翌朝のフライトに備えての空港ホテルへ滞在になったのです。手元には新たな便のEチケットもありません。<br /><br />空港から宿泊のノボテル・ホテルへ移動する前に、DAISO矢野会長が私とIさんが案内役を買って出た時に、意識・責任が分散されるので一人が良いと言われたので、自信のある私が手を上げました。これは、さすがだと思いました。少しIさんに遠慮していた私ですが、おかげで英語も手配も慣れている私がやりやすくなりました。<br /><br />バンコクエアウェイズの言うことは嘘ではなく、ホテルのチェックイン時には夕食、朝食が付いていましたが、実際にはほぼ真夜中でレストランはすでに閉まっていました。目の前にセブンイレブンがあることを聞き、渡邉議員秘書の斉木さんと行こうかと言いましたが、ちょうどスコールでうるさいくらいの大雨になり止めました。会長さんはバーに行くと言われていたので、私も気が利かずそれ以上のことはしませんでした(私は添乗員のつもりで、15人のチェックインを見届けていました)。翌朝、ぼそっと会長さんが斉木さんに昨晩コンビニに行ってみんなに差し入れくらい準備しておくべきだったと苦言を呈していました。<br /><br /><br />【9月1日(土)】<br />翌朝、バンコクエアウェイズの手配でバスが来ているはずの午前7時前にロビーに全員集まりましたが、10分ほど待っても来ません。幸い、ホテルの無料シャトルバスがあるので私の判断で2台に分乗し、すぐ近くのバンコク空港へ移動し、事情が分かっている私がまずバンコクエアウェイズのカウンターへ行き、全日空便の変更手続きをし、全日空カウンターで15人分の手続きをし、無事帰国しました。私の心は完璧に添乗員そのもので、幸い私にとっては朝飯前の仕事です。<br /><br />早朝の代わりに、午後6時頃羽田へ到着しました。J社川崎支店のK氏が出迎えに来ていましたが、添乗員の代わりに仕事をした私にお礼もなく、謝罪もありません。それどころか、私が羽田から福岡への乗り継ぎができなくなり、正規の料金でチケットを買いなおしたと抗議すると、涼しい顔で海外傷害保険で出ますから手続きをして下さいと、悪びれもせず言いました。また、添乗員が先に別の便でさっさと帰国したことも全く悪いとも思っていないらしく、しゃ~しゃ~と全日空便だと2泊3日では安くチケットが取れないので、中国東方航空にしたと責任の自覚もありません。開いた口が塞がりませんでした。これがJ社の体質です!<br /><br />私がいたからよかったようなものの、お客さんだけで前泊のホテルに残し、自分たちで手続きして帰国しろとはとんでもない話です。本来は、出国から帰国までの世話を一緒にするのが旅行会社の最低限のしごとのはずです。<br /><br />念のために私は友達であるベテラン添乗員と小さな旅行会社経営者にこのことを伝え、相談しました。二人とも、それは酷い対応だと同じ意見で、J社が主催者だと伝えると、さもありなんと妙に納得していました。J社を過大評価している人は多いですが、ただの大手で「日本交通公社」が前身で分かるように、半官半民の体質が残り、官庁などへの受注は得意ですが、今回で露呈したように意外と中身はズサンです。事情のよく分からないある参加者がJ社も反省しているだろうし、次回からはこんなことはないだろうと呑気なことを言っていましたが、全く反省もしていないから私は憤慨しているし、次回からのためにも改善しないといけないと強く感じています。当然、私は帰国後このことを渡邉氏に報告し、改善させる予定です。<br /><br />旅行の事情に精通していない人々は、ただ乗り遅れで仕方がないと単純に考えていたようですが、全く違います。最低限のやるべき準備をしていません。まず、旅行会社の最低限の責任が集合空港から帰りの空港まで無事に見届けることです。これは「格安ツアー」でさえ実現しています。今回は羽田からのエコノミークラスでさえ、30万円(相場の2~3倍です!)も徴収している「高級ツアー」です。なのに、お客さんだけでバンコクに残し、添乗員はさっさと日本へ帰国しています。私のような人間がいず、病人が出たり、スムーズに翌朝の手続きができなかったら、J社はどう責任をとるつもりでしょうか?また、大手のJ社の強みで現地(バンコク)にも駐在員やランドオペレーターがいるはずですから、すぐにホテルへ行かせ、翌朝も手続きをちゃんとやるように手配できたはずです。これは友達から後で聞きました。<br /><br />もう一つ、これは残念ながら私もその場で気が付かず、友達から聞いてわかったのですが、少なくともビジネスクラスの矢野会長さんと秘書の2人だけを別扱いしてビジネスクラスだけの変更であれば、たぶん優先して深夜の便に振り替えられ、お忙しい矢野会長が翌昼の会合をキャンセルせずに済んだ可能性が高いのです。ビジネスクラスの料金が高いのは料理やスペースの広さだけでなく、こういう時に優先して他の便へ変更できることなのです。残念ながら、あの添乗員がそのようなことを努力した気配はありません。今回の最大の被害者は矢野会長だと私は思っています。<br /><br />後味が悪いですが、私は正規の料金で4万円以上も更に払って、午後7時半の便で福岡へ帰り、このハプニングだらけのSAJツアーは終わりました。<br /><br /><br /><br />空飛ぶドクター(登録商標)<br />坂本泰樹<br />

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2018/08/28 - 2018/09/01

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空飛ぶドクター

空飛ぶドクターさん

8月28日から9月1日まで3泊5日でカンボジアへ初めて行って来ました。先月初めてのノルウェーへ行ったばかりです。数え方にもよりますが、もう70ヶ国近く行った私です。国会議員・渡邉美樹氏が主催するツアーで、旅行会社は大手のJ社で、さすがにたかがカンボジアなのに東京からの往復で30万円もします。私は別に、福岡から羽田の往復代も払っています。朝、成田空港集合が8時頃なので、前泊して都内で友達と会いました。


【8月28日(火)】
まず成田空港で集合し、結団式があり、渡邉団長(?)による挨拶や今回参加のDAISO会長・矢野氏の挨拶、各自の自己紹介がありました。ŞAJとはSchool Aid Japanの略で、和民の創始者でもある渡邉氏が自分のお金でカンボジアに学校をいくつも建てています。私は以前に渡邉美樹氏の講演を聞いて知っていました。それが、J社のツアーで法外に高いのにもかかわらず参加した理由です。今回は参加者が多いらしく、全部で40人近くいます。年に2回の今回のツアーは、渡邉氏の趣旨に賛同した矢野氏がかなりの金額の寄付をし、丸ごと学校を一つ建てたお礼も兼ねているようです。

直行便でプノンペン空港に着くと、期待通り特別扱いで、パスポートと必要書類2枚と預け荷物券を預けます。我々はバスで直接豪華な部屋へ案内され、何と入国審査はパスです!

そのままホテルへチェックイン(空港から荷物も届いています)し、早速プノンペン市内のDVDスタジオ見学をしました。都会と地方の先生の質による格差がひどいらしく、それをカバーするためにカリスマ講師の授業をたくさんDVDに納め、地方でもそれを学べるようにするプロジェクトで、今年始めたようです。スタジオの背景の壁が緑色で、ここに教室の黒板のように講師と合成写真で撮影するようです。男女二人のカリスマ先生が同席していました。

全部で40人いるので、2台の大型バスと矢野会長さんたちのマイクロバスと3台で移動しますが、私のバスのローカルガイドも日本語がまぁまぁでした。でも、時々やはり発音がおかしく聞き取りにくい場合もあります。傑作だったのは、メコン川には多くのクルーズが「うんこ」すると言うのです。よく聞くと、「運航」すると言っていました!

夕食は、漢字の看板のある豪華な中華料理店でした。もちろん、豪華な食事ですし、美味しいです。カンボジアの文部大臣も同席していました。回りの参加者と話をしていると、明後日訪れる孤児院の里親や会社の経営者の代理で来た若い人もいるようです。会社経費で来ている人が多いので、今回のような割高なJ社のツアーでも参加するのでしょう。普段は割安な旅行しかしない私には法外に高い値段なのですが。たぶん、カンボジアの5日間ツアー程度なら30万円どころか、東京からなら10万円程度であるはずです。さすがに、ホテルは高級ではありますが。


【8月29日(水)】
さすがに高級ツアーだけあってホテルの朝食も、もちろんバイキング形式で中華粥、麺類、フランスパン(ガイドの説明でフランスの植民地だったことを思い出しまた)、卵料理、生野菜、ハム・ソーセージなど何でもあります。ただ、私がよく行くイタリアの中級以上のホテルでも今時何でもありますが。

車で1時間くらい移動して、新築した学校での記念式典に参加しました。矢野氏が全額寄付した学校で、「贈DAISO」などと校舎の壁に書かれています。生徒たちだけでなく、たぶん地域の住人もたくさん列席していました。もちろん、ひな壇にはDAISO矢野会長さんが座っています。

式典の後、近くの民家を訪れました。予想通り、かなり貧しい家です。2軒ほど見学させてもらいました。戦後の日本の田舎の家レベルでした。

その後、ポルポト政権での悲劇の大虐殺の現場、トゥール・スレーン虐殺犯罪博物館(Tuol Sleng Genocide Museum)へ行きました。当時の隔離施設があり、拷問の様子が伺えるかなり刺激的な場所です。しかも、当時は子供で数少ない生き延びた一人の男性が奥さんと現場に立って著書を売っていました。色々、勉強になりましたが、現在もカンボジア政権はベトナムの傀儡政権であり、その辺の複雑な政治事情もあり、ただ単にポルポトが世紀の大悪魔ではないことがよく理解できました。隣のベトナムからのスパイなどの侵入を防ぐ必要もあったようです。

夜は、イオンに入居している和民での宴会です。SAJ奨学金のおかげで学校、大学まで行けた子供たちが招待されています。値段も日本とあまり変わりないようです。普通、海外では日本食は日本よりかなり高いのですが、物価が安いのでちょうど日本の値段と大差ないのでしょう。矢野会長はかなりお茶目な人で、ダジャレばっかし言ってますし、自社の100円商品(いたずらグッズ)で回りの人と遊んでいました。カッターナイフそっくりで、切込みが入っていて、あたかもナイフで切られたように見えるグッズなどを使い、自身はグッズのあごひげを付けたり、漫画のような眼鏡をしたり、ずっとふざけていました。途中で、渡邉氏がサプライズで今年高校を卒業したばかりの女子にケーキをプレゼントしました。

終わった後、イオンの中を覗くとDAISOもありました。100円ショップではなく、米ドルで1.6ドル程度でした。日本よりは高いのでした。


【8月30日(木)】
今朝はまず車で1時間程度のSAJファームへ見学に行きました。渡邉氏は農作業服で農場で待っていました。珍しい格好の渡邉氏とツーショットの写真を撮らせてもらいました。もちろん、私だけでなく多くの方が写真に納まっていました。

ハーブの一種であるレモングラス(無農薬栽培)を見せてくれ、何人もの農家の人が選別している様子が見れました。お茶や石鹸に加工し、油も抽出しているのでした。私は自分のお土産に石鹸とお茶を買いました。油はオリーブオイルしか興味ないので買いません。このプロジェクトも最近始めたようで、地元の人に雇用先を作るのが目的のようです。

それから、孤児院へ移動しました。このツアーのリピーターの人は何度もこの孤児院に来るのが一つの目的のようです。つまり、里親になっている人たちが沢山いて、里子と再会するのです。多くの人がお土産を持ってきています。会社の若い人の一部は経営者に代わって、お土産を山ほど持参しています。子供たちがお礼に民族舞踊を見せてくれました。低学年の可愛い踊りや高校生くらいの大人っぽい舞踊など結構楽しめました。孤児院ですが、やはり若い男女がいるので、妊娠騒動などいろいろあるようです。

渡邉氏はじめ25人はこの夜の便で日本に帰るので、ここでゆっくり子供たちと過ごすようです。我々残りの15人は翌日アンコール遺跡群の観光があるので、午後2時頃には出発し、バスで4~5時間かけてシェムリアップへ向かいました。色んな国へ行ったことのあるはずのDAISO会長矢野氏もカンボジアは初めてらしく、私と同じ観光組です。ちょうど7時過ぎに到着したので、早速レストランへ行きました。今夜はフランス料理店でした。メイン料理は鴨肉かシーフードが選べましたが、私をはじめ多くの人がシーフードを選びました。さすがに美味しかったです。

翌朝も早いので、早く寝たいのですが、ツアーでマージンでもあるのか、ナイト・マーケットへ連れて行かれました。せめて私が発言して1時間ちょっとに短めにしてもらいました。私には買いたいものなんかないので、暇でどうしようかと思ったら、足マッサージを見つけました。グループの若い女性も興味があるようで、二人で並んで45分のマッサージを受けました。おかげで時間が潰せました。


【8月31日(金)】
観光組の15人は朝4時に起き、シェムリアップのホテルを5時には出発してアンコールワット遺跡へ行き、まずはアンコールワットの日の出を見に行きました。ちょうど午前6時前後に朝陽が上ってきます。

それから、一度ホテルへ戻り朝食です。8時半頃再度出発して本格的なアンコールワット・ツアーです。予想通り、森の中に寺院がある感じです。もともとはヒンドゥー教の寺院として12世紀に建てられたそうですが、途中で16世紀に仏教寺院に変わったようです。

次に、近くのアンコール遺跡群の一つ、タ・プローム寺院を訪れました。ここの目玉は何と言っても大きなガジュマルの樹木が遺跡に絡みついていることです。壮観です!

バスの中で移動中に日本式弁当(例の如く揚げ物ばかり!)を昼食にし、最後にアンコール遺跡群のもう一つ、アンコールトム遺跡に行きました。ここもヒンドゥー教と大乗仏教の混淆が見られます。城砦都市遺跡です。

いよいよ帰国へ向けて近くのシェムリアップ空港へ行き、隣国タイ・バンコク空港で乗り継いで夜行便の全日空機で翌朝羽田空港へ着くはずでした。

前日、我々がアンコールワットの観光に備えてシェムリアップのホテルに前泊したのとほぼ同時に、東京からJ社の添乗員がやって来たようで、この日の観光にはバスに同席していました。でも逆を言えば、これだけの値段のツアーなのに最初は添乗員もいなかったのです。但し、観光ガイドはローカルガイドが日本語で説明するので、ほとんど彼女の仕事はありません。17時半頃シェムリアップ空港に着いてからが彼女の添乗員としての主な仕事です。彼女が手配してチェックイン(私は直前に手元にシェムリアップからバンコクへのEチケットもないのに気が付き、少し心配していました)し、19時25分発予定のバンコクエアウェイズで、20時35分バンコク着予定で、21時45分発の全日空便に乗り継いで帰国の予定です。ただ、もともと1時間10分とたぶん許可される最低の乗り換え時間しかないのに、出発が40~50分遅れることになりました。

待っている間に、彼女も次の全日空便15人分のウェブチェックインをしていました。ですから、旅慣れている私もギリギリでも何とか間に合うだろうとあまり心配していませんでした。21時20分頃にバンコクの滑走路に到着し、さすがに現地職員(たぶん、全日空ではなくバンコクエアウェイズの職員)が手配してあった空港内バスにて、直接次の乗り継ぎ便のゲートへ急ぎました。たぶん、21時35分から40分(まだ出発時刻の前)に着きました。連絡してあるので、全日空も10分くらい出発を遅らせてでも待ってくれるだろうと思っていましたが、現地の係員が出発の15分前(21時30分)に全日空がゲート・クローズしたと言います。つまり、乗り遅れました。

それから次の便の手配をする訳ですから、昨夜の帰国組と同じ22時50分発成田行きにはもう手続きが間に合いません。23時半頃のタイ航空便(羽田行き?)と25時半頃の全日空成田行き便があります。でも、両方とも席(15人分)が取れないということでした。結論から言うと、翌日9月1日の朝9時30分発羽田行きしか取れませんでした。バンコクエアウェイズの手配で、ミニバン2台に分かれ手配された近くのノボテル・ホテルへ移動しました。ホテルに着いたのは23時半頃でした。タイへの出国手続きなども必要だったからです。

添乗員などの仕事に興味のある私はすでに聞いていたのですが、この添乗員は客である我々と同じ便ではなく、本来なら仕事が終わった後の25時半頃の便(安くあげるために中国東方航空の北京経由)でさっさと帰国してバンコクにはいません。彼女が変更する努力をしたかどうかはわかりません。ある意味で、添乗員としての責任放棄です。つまり、我々15人の客は添乗員もいない状態で、翌朝のフライトに備えての空港ホテルへ滞在になったのです。手元には新たな便のEチケットもありません。

空港から宿泊のノボテル・ホテルへ移動する前に、DAISO矢野会長が私とIさんが案内役を買って出た時に、意識・責任が分散されるので一人が良いと言われたので、自信のある私が手を上げました。これは、さすがだと思いました。少しIさんに遠慮していた私ですが、おかげで英語も手配も慣れている私がやりやすくなりました。

バンコクエアウェイズの言うことは嘘ではなく、ホテルのチェックイン時には夕食、朝食が付いていましたが、実際にはほぼ真夜中でレストランはすでに閉まっていました。目の前にセブンイレブンがあることを聞き、渡邉議員秘書の斉木さんと行こうかと言いましたが、ちょうどスコールでうるさいくらいの大雨になり止めました。会長さんはバーに行くと言われていたので、私も気が利かずそれ以上のことはしませんでした(私は添乗員のつもりで、15人のチェックインを見届けていました)。翌朝、ぼそっと会長さんが斉木さんに昨晩コンビニに行ってみんなに差し入れくらい準備しておくべきだったと苦言を呈していました。


【9月1日(土)】
翌朝、バンコクエアウェイズの手配でバスが来ているはずの午前7時前にロビーに全員集まりましたが、10分ほど待っても来ません。幸い、ホテルの無料シャトルバスがあるので私の判断で2台に分乗し、すぐ近くのバンコク空港へ移動し、事情が分かっている私がまずバンコクエアウェイズのカウンターへ行き、全日空便の変更手続きをし、全日空カウンターで15人分の手続きをし、無事帰国しました。私の心は完璧に添乗員そのもので、幸い私にとっては朝飯前の仕事です。

早朝の代わりに、午後6時頃羽田へ到着しました。J社川崎支店のK氏が出迎えに来ていましたが、添乗員の代わりに仕事をした私にお礼もなく、謝罪もありません。それどころか、私が羽田から福岡への乗り継ぎができなくなり、正規の料金でチケットを買いなおしたと抗議すると、涼しい顔で海外傷害保険で出ますから手続きをして下さいと、悪びれもせず言いました。また、添乗員が先に別の便でさっさと帰国したことも全く悪いとも思っていないらしく、しゃ~しゃ~と全日空便だと2泊3日では安くチケットが取れないので、中国東方航空にしたと責任の自覚もありません。開いた口が塞がりませんでした。これがJ社の体質です!

私がいたからよかったようなものの、お客さんだけで前泊のホテルに残し、自分たちで手続きして帰国しろとはとんでもない話です。本来は、出国から帰国までの世話を一緒にするのが旅行会社の最低限のしごとのはずです。

念のために私は友達であるベテラン添乗員と小さな旅行会社経営者にこのことを伝え、相談しました。二人とも、それは酷い対応だと同じ意見で、J社が主催者だと伝えると、さもありなんと妙に納得していました。J社を過大評価している人は多いですが、ただの大手で「日本交通公社」が前身で分かるように、半官半民の体質が残り、官庁などへの受注は得意ですが、今回で露呈したように意外と中身はズサンです。事情のよく分からないある参加者がJ社も反省しているだろうし、次回からはこんなことはないだろうと呑気なことを言っていましたが、全く反省もしていないから私は憤慨しているし、次回からのためにも改善しないといけないと強く感じています。当然、私は帰国後このことを渡邉氏に報告し、改善させる予定です。

旅行の事情に精通していない人々は、ただ乗り遅れで仕方がないと単純に考えていたようですが、全く違います。最低限のやるべき準備をしていません。まず、旅行会社の最低限の責任が集合空港から帰りの空港まで無事に見届けることです。これは「格安ツアー」でさえ実現しています。今回は羽田からのエコノミークラスでさえ、30万円(相場の2~3倍です!)も徴収している「高級ツアー」です。なのに、お客さんだけでバンコクに残し、添乗員はさっさと日本へ帰国しています。私のような人間がいず、病人が出たり、スムーズに翌朝の手続きができなかったら、J社はどう責任をとるつもりでしょうか?また、大手のJ社の強みで現地(バンコク)にも駐在員やランドオペレーターがいるはずですから、すぐにホテルへ行かせ、翌朝も手続きをちゃんとやるように手配できたはずです。これは友達から後で聞きました。

もう一つ、これは残念ながら私もその場で気が付かず、友達から聞いてわかったのですが、少なくともビジネスクラスの矢野会長さんと秘書の2人だけを別扱いしてビジネスクラスだけの変更であれば、たぶん優先して深夜の便に振り替えられ、お忙しい矢野会長が翌昼の会合をキャンセルせずに済んだ可能性が高いのです。ビジネスクラスの料金が高いのは料理やスペースの広さだけでなく、こういう時に優先して他の便へ変更できることなのです。残念ながら、あの添乗員がそのようなことを努力した気配はありません。今回の最大の被害者は矢野会長だと私は思っています。

後味が悪いですが、私は正規の料金で4万円以上も更に払って、午後7時半の便で福岡へ帰り、このハプニングだらけのSAJツアーは終わりました。



空飛ぶドクター(登録商標)
坂本泰樹

旅行の満足度
4.0
観光
4.5
ホテル
4.5
グルメ
4.0
交通
1.0
同行者
社員・団体旅行
一人あたり費用
30万円 - 50万円
交通手段
観光バス 徒歩 飛行機
航空会社
ANA
旅行の手配内容
その他
利用旅行会社
JTB
  • SAJ結団式会場へ<br />成田空港<br />

    SAJ結団式会場へ
    成田空港

  • 団長はもちろん渡邉美樹国会議員

    団長はもちろん渡邉美樹国会議員

  • 今回のメインゲストである<br />DAISO会長、矢野博丈氏

    今回のメインゲストである
    DAISO会長、矢野博丈氏

  • 空からのプノンペン<br />ノルウェーと違い、沼が多い

    空からのプノンペン
    ノルウェーと違い、沼が多い

  • プノンペン空港<br />VIP室に誘導され、入国審査は免除!<br />渡邉議員と矢野会長

    プノンペン空港
    VIP室に誘導され、入国審査は免除!
    渡邉議員と矢野会長

  • DVDスタジオ<br />

    DVDスタジオ

  • DVDスタジオ<br />このように上の写真が合成されて、授業をやる雰囲気

    DVDスタジオ
    このように上の写真が合成されて、授業をやる雰囲気

  • DVDスタジオ<br />同席したカリスマ教師男女2人

    DVDスタジオ
    同席したカリスマ教師男女2人

  • さすがに、私にしては珍しい豪華なホテルの一室

    さすがに、私にしては珍しい豪華なホテルの一室

  • プノンペンの夜の街中

    プノンペンの夜の街中

  • 最初の夜の中華レストラン

    最初の夜の中華レストラン

  • カンボジア文部大臣と

    カンボジア文部大臣と

  • 夕食会で挨拶する渡邉議員と<br />自社製品でふざけている矢野会長

    夕食会で挨拶する渡邉議員と
    自社製品でふざけている矢野会長

  • 豪華な中華料理

    豪華な中華料理

  • ホテルの部屋からの眺め

    ホテルの部屋からの眺め

  • プノンペンの街並み

    プノンペンの街並み

  • ピエンミエンチェイ小学校

    ピエンミエンチェイ小学校

  • ピエンミエンチェイ小学校<br />入り口での大歓迎

    ピエンミエンチェイ小学校
    入り口での大歓迎

  • 会場にて

    会場にて

  • 式典<br />ひな壇<br />この建物は全部DAISO矢野会長の寄付でできた

    式典
    ひな壇
    この建物は全部DAISO矢野会長の寄付でできた

  • 明るい現地の生徒たち

    明るい現地の生徒たち

  • 花束贈呈要員<br />現地のカワイコちゃん

    花束贈呈要員
    現地のカワイコちゃん

  • DAISO寄付校舎前での記念写真

    DAISO寄付校舎前での記念写真

  • 現地の人の式典食事風景<br />素朴だがそれなりに美味しそう

    現地の人の式典食事風景
    素朴だがそれなりに美味しそう

  • 現地の風景

    現地の風景

  • 現地の貧しい住居を見学

    現地の貧しい住居を見学

  • トゥール・スレーン刑務所博物館入り口

    トゥール・スレーン刑務所博物館入り口

  • トゥール・スレーン刑務所博物館<br />拷問の場所

    トゥール・スレーン刑務所博物館
    拷問の場所

  • トゥール・スレーン刑務所博物館<br />拷問のやり方を示した絵

    トゥール・スレーン刑務所博物館
    拷問のやり方を示した絵

  • トゥール・スレーン刑務所博物館<br />奇跡的に生き残った当時は子供の男性

    トゥール・スレーン刑務所博物館
    奇跡的に生き残った当時は子供の男性

  • 2日目の夕食はもちろん和民で!

    2日目の夕食はもちろん和民で!

  • 孤児院のOB/OGを呼んでの夕食会<br />

    孤児院のOB/OGを呼んでの夕食会

  • DAISO自社製品でいたずらする<br />矢野会長

    DAISO自社製品でいたずらする
    矢野会長

  • プノンペンのイオンに入っているDAISO<br />日本より高く全て1.9米ドル<br />レストラン和民も同じビル内

    プノンペンのイオンに入っているDAISO
    日本より高く全て1.9米ドル
    レストラン和民も同じビル内

  • 車からのプノンペン街並み<br />立派な寺院が見える

    車からのプノンペン街並み
    立派な寺院が見える

  • SAJファーム<br />雇用を生むためレモングラスなどの栽培、加工、販売<br />

    SAJファーム
    雇用を生むためレモングラスなどの栽培、加工、販売

  • レモングラスの説明<br />現地で働いている日本人スタッフ

    レモングラスの説明
    現地で働いている日本人スタッフ

  • レアな記念写真<br />国会議員・渡邉議員の農作業服とツーショット

    レアな記念写真
    国会議員・渡邉議員の農作業服とツーショット

  • 現地の人がレモングラスを仕分けして、<br />お茶や石鹸や油抽出の下準備

    現地の人がレモングラスを仕分けして、
    お茶や石鹸や油抽出の下準備

  • 「夢追う子どもたちの家」<br />孤児院の前での大歓迎

    「夢追う子どもたちの家」
    孤児院の前での大歓迎

  • 孤児院<br />子どもたちによる歓迎のダンス

    孤児院
    子どもたちによる歓迎のダンス

  • 渡邉議員と子どもたちの記念写真

    渡邉議員と子どもたちの記念写真

  • 里親によるプレゼント授与

    里親によるプレゼント授与

  • 3日目の夜(観光組)は<br />シェムリアップへ移動し、フランス料理<br />

    3日目の夜(観光組)は
    シェムリアップへ移動し、フランス料理

  • 観光組は全部で15名

    観光組は全部で15名

  • シェムリアップ<br />ナイトマーケットでの足マッサージ

    シェムリアップ
    ナイトマーケットでの足マッサージ

  • 午前5時36分<br />日の出前

    午前5時36分
    日の出前

  • アンコールワットの日の出<br />午前6時ちょうど

    アンコールワットの日の出
    午前6時ちょうど

  • 朝食後の9時30分<br />アンコールワット

    朝食後の9時30分
    アンコールワット

  • アンコールワット内部

    アンコールワット内部

  • アンコールワット

    アンコールワット

  • アンコールワット

    アンコールワット

  • アンコールワット

    アンコールワット

  • アンコールワット

    アンコールワット

  • タ・プローム寺院

    タ・プローム寺院

  • タ・プローム寺院

    タ・プローム寺院

  • お昼は現地のレストランで

    お昼は現地のレストランで

  • 結構美味しい<br />素朴なカンボジア料理<br />東南アジアはどこもこんな感じ

    結構美味しい
    素朴なカンボジア料理
    東南アジアはどこもこんな感じ

  • 最後にアンコールトム

    最後にアンコールトム

  • アンコールトム

    アンコールトム

  • 気持ちよさそうなハンモック<br />昼寝に最高!

    気持ちよさそうなハンモック
    昼寝に最高!

  • 素朴にお菓子を焼いて売っている

    素朴にお菓子を焼いて売っている

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