2018/07/28 - 2018/07/28
63位(同エリア75件中)
ちふゆさん
キングストン市街地から空港に向かう時、カグウェイ湾(Cagway Bay)に沿って東に向かい、パリサデス(Palisadoes)と云う陸繋砂州(トンボロ)に通って行くのだが、このパリサデスが分かれるハーバー・ビュー(Harbour View)と云う町の丘の上にマーテロー塔(Martello Tower)がある。ハーバー・ビューはキングストンを構成する街の一つで、セント・アンドリュー(St. Andrew)パリッシュ(Parish)に属し、ホープ川(Hope River)の河口に広がる。独立直後の63年に建設された町で、ジャマイカで最初にコミュニティ紙を発行した町で、最初にストリートダンスを主催した町とも云われる。キングストン周辺では治安もよく、子育てに最適な町の一つと云われている。
パリサデスとの分かれ道はラウンドアバウト(Roundabout)になっているが、パリサデスと反対方向山側の道に入ると、正面の丘の上にマーテロー塔(Martello Tower)がある。海岸沿いを走るA4国道からもその姿は望める。民家や商店が並ぶ道が塔の下まで通じているが、案内もなく、観光で尋ねる人などいない感じ。道を上り詰めるとさらに塔の横まで通じる道はあるが、完全なダートの急な坂道であり、車高の低い車は登らないのが無難と思われる。別に階段もある。
マーテロー塔は内部はかなり傷んでいるが、外見は原形を残しているように見える。特に管理人等はおらず自由に見ることが出来ると云えば聞こえは良いが、ほったらかしにされている感じ。内部は2層に分かれ、さらに屋上に部屋が見えるが、階段は崩壊している。窓が大きく取られているので、内部もさほど暗くない。落書きが多いのはどこの国でも同じ。塔の前からの景色が見事。カグウェイ湾(キングストン港)、パリサデスそしてカリブ海が目の前に広がる。パリサデスの先には空港も。海に近いのでなかなかの景色。
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ハーバー・ビューの建設以前、この辺りを最初に開発したのはスペイン人の奴隷商人、ジェームズ・カスティージョ(James Castillo)で、18世紀の初頭、1709年のことだった。彼はこの辺りに居を構え、城砦化した。そしてそれから約100年。1801年にジャマイカ総督として赴任したイギリス人、初代ジョージ・ニュージェント准男爵(Sir George Nugent, 1st Baronet)が、その頃にはすでに経済の中心となっていたキングストンの東の守りを固めるためにニュージェント砦(Fort Nugent)としてこの要塞を強化した。この塔はその強化の一環で1806年に建てられたと云う説が有力。遅くとも1811年までには出来上がっていた。ただし、ニュージェント総督自身は1805年にイギリスに帰任した後だった。現在、ニュージェント砦の遺構で残っているのはこの塔のみ。
ニュージェント准男爵は英軍陸軍将校で、アメリカ独立戦争(American Revolutionary War)やフランス革命戦争(French Revolutionary Wars)に従軍し、北アイルランド司令官としてアイルランド反乱(Irish Rebellion)で重要な役割を果たした後、アイルランド副総裁となり、その後ジャマイカ総督になった。帰任後はイギリスのいくつかの地区司令官を務めたのち、最終的にはインド最高指揮官。なお、准男爵は世襲制の爵位で男爵に次ぐものだが、貴族ではなく平民扱いである。また、夫人のマライア・ニュージェント(Maria Nugent)は4年間のジャマイカ駐在中に、当時の奴隷制度の下での奴隷の様子や彼らとの交流を赤裸々に綴っており、1837年にその後のインドでの滞在日記の抜粋も含めて私家版として出版され、1907年に"Lady Nugent's Journal of Her Residence in Jamaica from 1801 to 1805"として正式に出版されている(その後再版されており、入手可能)。この時代の植民地実態を知る上で大変貴重な資料。
また、マーテロー塔と云う呼び方だが、この砦固有の呼び方ではなく、19世紀始め、ナポレオン戦争の時代、イギリスが各地に築いた小さな円形の防御砦のことを指す。新世代の武器に対応できないことが判明した1850年までに世界で約140の塔が建設された。ナポレオン皇帝に統治されたフランスの侵攻を防ぐため、特にイギリスの南海岸には一定間隔で105の塔が配置されたが、実際に侵攻されることはなかった。47が残存し、一部は公開されている。海外でもオーストラリア・シドニー(Sydney)のデニソン砦(Fort Denison)、カナダ・ハリファックス(Halifax)のプリンス・オブ・ウェールズ塔(Prince of Wales Tower)、モーリシャス(Republic of Mauritius)のマーテロー塔(Martello Tower)のように公開されているところもある。フランスやアメリカも同じような塔を建設している。
マーテロー塔の名前の由来は、1794年、フランス革命戦争中にイギリスが攻撃したコルシカ島(Corsica)のモルテラ岬(Mortella Point)にあった元々はジェノヴァ共和国(Repubblica di Genova)が建てた円形要塞から来ている。この要塞は最終的には地上部隊により落とされたが、合計100門以上の2隻の軍艦の大砲の攻撃に2日間耐え、フランス軍兵士33人のうちわずか2名が負傷したのみで、その優秀さを認めたイギリス軍が同じものを自分たちで展開していった。その際にモルテラ(Mortella)のつづりがマーテロー(Martello)と'a'と'o'が入れ替わり記録され、その間違った綴りで定着した。
一つの塔の陰にはいろいろなエピソードがあるもんだ。
以上
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