2018/07/05 - 2018/07/05
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Wind99さん
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上京した後輩が好きだという、幕末の新選組ゆかりの地を訪ねた。
都内案内1日目。
主には、新選組局長の近藤勇と、副長の土方歳三の関連の地に行く。
新撰組の歴史には疎かったが、かなり詳しく知ることができた。
石田寺-とうかんの森-土方歳三資料館-高幡不動-新選組のふるさと歴史館-龍源寺-近藤勇生家跡-近藤勇と新撰組隊士供養塔-試衛館跡
案内2日目は、彰義隊関連の上野のお山及び上野寛永寺に行く。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車
-
まずは東京都日野市から。
土方歳三の墓がある石田(せきでんじ)寺 -
周囲には土方家の墓石が多数あったが、墓石前には、歳三の写真が飾られ、すぐに分かった。
背後には市指定天然記念物の樹齢400年以上の石田寺のカヤがあった。 -
とうかんの森
石田寺から少し離れたとこにあった。
土方家一族(十家余)によってこの地に稲荷が祀られて、土方家の氏神となったという。
とうかんとは、稲荷又は十家の音読みという。 -
土方歳三資料館(土方歳三生家跡)
開館は毎月第一、第三日曜だけ。
幼少期より移り住んだ場所。 -
門から中を見ると、彼の胸像があった。
元々は300m先の多摩川沿いに暮らしていたが、弘化3年(1846)の洪水でこの地に移ったという。 -
高幡不動 五重の塔と金剛寺不動堂
高幡のお不動さんと呼ばれる古刹で、歳三の墓のある石田寺は末寺の関係から、土方歳三の銅像や殉節両雄の碑がある。 -
境内から山手側の散歩道では、あじさい祭り開催中であった。
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土方歳三像
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日野市立新選組のふるさと歴史館
有料の常設展で、各資料、ドラマの小道具などの展示。 -
出口付近では、新撰組衣装での撮影ができる。
「新選組・新微組と日野」 -
近藤勇生家跡
調布市に移動した。
生家の宮川家は、昭和18年に家が取壊されるまであり、7000m^2の広さがあったという。 -
野川公園の手前の三角形の地形に看板があり、現在は井戸を残すのみであった。
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龍源寺
三鷹市に入る。
近藤勇生家跡から250m進んだ先の菩提寺。 -
近藤勇墓所
龍源寺の手前の近藤勇の胸像と100年祭碑。 -
近藤勇と天然理心流の碑と、史跡近藤勇墓所の碑
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近藤勇墓所
龍源寺の本堂の裏手にある。
ここの説明では、近藤勇は千葉流山で投降し、板橋で処刑されたとある。 -
近藤勇と新撰組隊士供養塔
その処刑されたJR板橋駅前に来た。 -
鳥羽・伏見の戦いにおいて敗れた新選組は、江戸に戻り再起を図るが、近藤勇はこの板橋で捕縛され、板橋刑場で斬首された。
(墓所の説明と違うが、当時の記録もまちまちだという)享年35(満33歳没)。
首は京都の三条河原で梟首されたという。
墓碑は新選組隊士・永倉新八が発起人となり、旧幕府典医松本順の協力を得て明治9年に建てられた。 -
その永倉新八の墓もあった。
新選組の祭祀を目的とする最初期の供養塔として学術的にも貴重とのこと。 -
試衛館跡(しえいかん)
新宿区市ヶ谷に来た。
幕末、天然理心流剣術の道場があった場所。
(祠は特に関係なくその右手側に説明碑があった) -
天然理心流の近藤勇が道場主をつとめた剣術道場。
ここに土方歳三、沖田総司、井上源三郎ら、のちの新選組の中核となるメンバーが集い、切磋琢磨して剣の腕を鍛えた。
午前中に行った日野へも出稽古に行ったという。
今回はここまで。
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