2018/06/17 - 2018/06/17
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しゅいぐーさん
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梅雨の間の晴れだったので、三ノ輪から浅草まで散歩をしました。この地区は、樋口一葉が2年ほど住んだ町です。ゆかりの地を少し巡ってみました。三ノ輪から徒歩5分で、千束稲荷神社が有ります。ここは、たけくらべゆかりの神社です。続いて、台東区立一葉記念館へ行ってきました。ゆかりの品々をいろいろ見てきました。
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三ノ輪駅から徒歩5分くらいで到着します。
千束稲荷神社 寺・神社・教会
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ここの御祭神は、倉稲魂命と素盞鳴尊です。
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由緒は、当社の創建は不詳ですが、おそらく寛文年間(1661~72)と推測されます。かつては浅草寺境内の上千束稲荷(西宮稲荷)と、当社の前身である下千束稲荷の二社に分かれており、下千束稲荷は北千束郷の氏神としてお祀りされていました。この「千束」という地名は大変古い地名で、その範囲も浅草天王町あたりから千住の橋際にまで及ぶ広大なものでした。(なお上千束稲荷は現存していません)
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樋口一葉の名作『たけくらべ』は当神社の祭礼が舞台の一つになっており、『たけくらべ』ゆかりの神社として境内には樋口一葉の文学碑も建立されています。
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台東区立一葉記念館です。
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少し歩かなければいけないので、バスがお勧めです。
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「ゆく雲」あらすじ
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一階は、ボランティアの説明をお願いできます。
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約1時間いろいろな説明が続きます。
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二階は、展示が続きます。家系図や生い立ちなど展示しています。
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5000円札のNo.2です。
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No.1は、造成局に展示しているようです。
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右側です。
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一葉は幼い頃は裕福な家庭に育ちましたが、17歳で父を亡くし、女性でありながら戸主として一家を支えなければならなくなってからは苦労が絶えませんでした。
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18歳(明治24年、1891)の時、母と妹を養うために小説家を志しますが、それだけでは生活は成り立たず、生活苦を打開するために、明治26年(1893)7月、龍泉寺町で荒物・雑貨と駄菓子を売る店を始めます。
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しかし、商売は思ったようには上手くいかず、翌年5月には店をたたみ、本郷丸山福山町(現・文京区)に転居、執筆活動に専念し、次々と作品を発表するようになります。
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一葉は明治25年(1892)、雑誌『武蔵野』に処女作「闇桜」を発表、<奇跡の14ヶ月>といわれる、明治27年(1894)の12月~明治29年(1896)の1月の間に「大つごもり」「たけくらべ」「にごりえ」「十三夜」等の代表作を執筆しています。
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特に、名作「たけくらべ」は龍泉寺町での商人としての生活体験が大きな影響を与えたといわれており、龍泉寺町での生活体験がなければこの作品は生まれなかったのではないかともいわれています。
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結構綺麗な顔立ちの方です。
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