2018/06/08 - 2018/06/08
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minaMicazeさん
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桐生市新里町の「山上城跡公園」へアジサイを見に行きました。ここへはロウバイを見に来たことがありますが、アジサイの時季は初めてです。今年はいろいろな花の開花が早いので、早めに来てみましたが、ちょっと早過ぎました。だいぶ咲き始めてはいますが、まだ蕾が沢山あります。
尚、桐生市のホームページではその時季になると開花情報を発信しており、数日毎に更新しています。この日(6月8日)時点では3~4分咲きとなっています。
帰りに、国指定重要文化財の「山上の多重塔」を見てきました。
尚、旅行記作成に際しては、桐生市や関連のホームページ、現地の説明板などを参考にしました。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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「山上城跡公園」は、2つに分かれている桐生市の、西のエリアの南端にあります。
写真は、行く途中、県道69号線を北上して国道50号線との交差点です。交差点の名前が「鹿」という一文字で、ちょっと珍しいと思いました。ここを左折して、国道50号線を西へ走り、次の交差点を右折します。 -
県道352号線を西へ走ると、今度は漢字だけでなく読み(ひらがな)も一文字の「野」という名前の交差点があります。ローマ字表記だと「No」だと思うのですが書かれていません。地図を見ると「新里町」の「野」という地名です。
この交差点を右折して県道336号線を北へ向かいます。 -
県道336号線は、上毛電鉄の踏切を渡ってすぐ左折、更にすぐ右折して更に北へ向かいます。1kmほど走って信号のない交差点を左折します。目印は赤い屋根の集会所です。
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実は、この角に案内板があるのですが、字が薄くなっているので、知らなければ、運転しながら確認するのは困難です。
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左折して西へ走ると突き当りの右奥が「山上城跡公園」です。地図で見ると、上の写真の交差点から750mくらいです。
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「山上城跡 新里村農村公園」と書かれた、櫓風の建物(看板?)の横を入ると駐車場です。この駐車場に入らずに、もう少し北へ行くと更に広い駐車場があります。
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駐車場の一角に設置されている案内板(らしいもの)ですが、風化していて画も文字も判別できません。
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反対側には「ようこそ新里へ」と書かれた「新里ガイドマップ」がありますが、これもかなり掠れています。
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駐車場から公園へ行くには、この橋を渡ります。
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橋を渡って、その向こうの階段を上がって、公園に入ります。
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階段を上がると芝生の広場です。
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右に置かれたオブジェに「山上城由来」が書かれています。上面には「山上城」の平面図と、その右には、大ムカデ(赤城山の神様)と大蛇(男体山の神様)の争いの様子が刻まれています。
この由来によると、
山上城は、館造りの本丸を中心として、長方形の郭を組み合わせた丘城である。これは、鎌倉時代に流行した様式である。
大きさは、南北約650m、東西約220mである。
配置は、北から南へ、笹郭、北郭、本丸、二の丸、三の丸と並び、二つの堀切を隔てて南郭があった。南郭には、高さ約5mの物見台があった。その周囲を、空堀、帯郭、腰郭が渦状に巡っている。
とのことです。 -
この城は、藤原秀郷の子孫、五郎高綱によって鎌倉時代に築城された。五郎高綱は山上の姓を名乗ってここを居城にした。その子、太郎高光は源頼朝に仕え、上杉氏が関東管領の頃には、由良氏、薗田氏、桐生氏とともに東上州四家として重要な役割を果たしていた。しかし、戦国時代末期の天正18年(1590)に武田勝頼に攻められたのち廃城となりました。この城跡は群馬県の指定史跡となっています。
写真奥の林の中に、本丸跡などがあります。 -
芝生広場の南端に「山上城跡第一号井戸」があります。
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説明板によると、
公園整備の発掘調査で発見されたもので、深さ8m、口径4m、底径1mの地山井筒朝顔型の井戸である、とのことです。 -
芝生の広場の西の端には、サイがいます。
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サル(?)もいます。
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それらの後ろ、芝生の広場の西側の縁に沿ってアジサイがあります。
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イチオシ
ありますが、ほとんど咲いていません。
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やっと開き始めたところです。
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あじさいに沿って、北方向へ、広場の縁を歩くと、咲き始めたアジサイもあります。
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ここも数輪咲いていますが、色づきがイマイチです。
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西の縁に沿ってアジサイが並んでいる様子です。南方向を見ています。
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同じく北方向です。咲いていませんねえ。
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咲いている花を探しながら、さらに北へ歩きます。
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開き切っていません。
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広場の北西の角です。
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ここから北側の縁です。後ろの林の中に本丸跡があります。
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開花が進んでいるものでも、この程度です。
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北側の縁に沿って、東へ歩きます。北側の縁にもアジサイが並んでいます。写真の右方向が芝生広場、左方向が本丸跡です。
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土壌がどこも同じなのか、青系統の色ばかりです。
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開花している株でも、蕾が沢山あります。
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種類の違うアジサイです。
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比較的沢山咲いている株です。
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北の縁を、もう少し東方向へ歩きます。
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アジサイの間に「石」があって、その横に階段があり、空堀に降りられます。
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芝生広場(左)と、本丸跡などがある林(右)の間の空堀です。これも城跡の遺構です。東側から西方向を見ています。左側の法面にアジサイが並んでいます。
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開花が進んでいる株です。
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もう少し色が濃くなると綺麗になります。
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イチオシ
こういう色の種類なのでしょうか。であれば、ここまでですね。
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北側の空堀を、さらに西方向へ歩きます。
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イチオシ
薄暗い空堀の中から見上げると、逆光に透けて見えて綺麗です。
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咲いてる花が少ないので、集合写真にはなりません。
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この株は開花が進んでいる方です。
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空堀の北西の角です。この石積みも築城当時のものかもしれません。
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ここから西側の空堀を南方向へ歩きます。
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咲き始めというよりは、開き始めですね。
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西側の空堀を南方向へ歩きます。
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イチオシ
空堀の中から見上げます。
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この程度の空堀でも、白の防御には有効だったのでしょうね。
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西側の空堀は、外側の法面にもアジサイが並んでいます。
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このくらいであれば咲き始めと言っても良さそうです。
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西側の空堀をさらに南へ歩きます。
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ここが西側の空堀の南端です。この両側もアジサイです。
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外側(南側)から見た空堀です。この石積みも築城当時のものかもしれませんね。
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イチオシ
空堀の法面のアジサイは、満開になれば、かなり見応えがありそうです。満開の頃に天候に恵まれたら、再訪しようと思います。
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アジサイを見るには早すぎたので、「山上の多重塔」を見に行きます。2枚目の写真に写っている、駐車場の入口の横の案内板、「山上城跡公園」の上に「山上の多重塔」の案内板があります。案内板に従って、細い道を道成りにクネクネと進んでいくと、丘を登ったところに、この写真の案内板があります。「山上の多重塔」は、ここから左へ50mです。
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案内板に従って南に進むと、右側に社があります。
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来た道を振り返ると、北には赤城山が見えます。
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社の南側に、フェンスに囲まれた駐車場があります。
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駐車場の南端にもアジサイが咲いています。
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「山上の多重塔」は、この様な広々としたところにあります。
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イチオシ
「山上の多重塔」は、国指定の重要文化財です。
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「山上の多重塔」は、この社の中にあります。
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左側に説明板があります。説明板の右の、縦長の長方形の箱は何でしょうか。人が来ると人感センサーが働いて、音声で説明してくれる仕掛けだったもの、かもしれません。
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説明板によると、「山上の多重塔」は通称のようで、説明板には「重要文化財 塔婆 石造三重塔」と記されています。
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赤城火山の輝石安山岩で造られた、高さ185cmの三重の仏塔です。
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塔身には朱が塗られ、45の文字が刻まれています。内容は説明板の写真を御覧ください。
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社の中の「山上の多重塔」です。ガラス越しなので、鮮明には見えません。
説明板によると、平安時代の初期、延暦20年(801)に建てられたものですので、築1200年以上です。風化はしていますが、よく残っていたものだと思います。 -
天候にも恵まれて「山上の多重塔」も見ることができました。
( おしまい )
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