2018/05/26 - 2018/05/26
2位(同エリア126件中)
かっちんさん
わたらせ渓谷鐵道(通称「わ鐵」)は、群馬県桐生市と栃木県日光市足尾町を結ぶ第三セクターの鉄道です。
営業区間の桐生駅~間藤(まとう)駅間44.1kmのローカル線は、地域住民の公共交通機関であると共に、鉱山鉄道から観光鉄道へと変化しています。
間藤の先、足尾本山(あしおほんざん)まで1.9kmの区間は、かつて国鉄(JR東)足尾線時代に足尾銅山の貨物輸送に使われていましたが、昭和62年(1987)に休止となりました。
この廃線区間は現在「わ鐵」が管理し、線路や橋梁、トンネル、腕木式信号機などの鉄道施設が撤去されず、そのままの姿で残っています。
普段は立入禁止区間ですが、「わ鐵」では3年程前から「廃線跡を歩こう」ツアーをはじめ、毎回満員になってしまうほどの人気です。
今日は新たに追加された日程に47名が参加します。
行程は桐生~間藤間を「トロッコわっしー号」に往復乗り、間藤から廃線跡を足尾本山駅手前まで歩き、帰りは一般道を使います。
足尾の歴史を知ることができる足尾銅山観光の銅資料館も見学します。旅行代金は鉄道運賃を含め、5,500円。
トロッコ列車は桐生を出発すると、渡良瀬川沿いに新緑真っ盛りの渓谷を眺めながら1時間半の鉄道旅です。
廃線跡歩きは、「わ鐵」のスタッフが同行し、いくつもある見所では樺澤社長自らが説明し、その心意気に感心します。
当日、テレビ朝日の「スーパーJチャンネル」のディレクターが取材に来ていて、みんなにインタビュー。もしかすると6/20 17:30~出演するかも・・・
なお、2018/5/1にテレビ東京「ガイアの夜明け:どうする?ローカル鉄道」の中で、わたらせ渓谷鐵道の取組み「廃線跡を歩くツアー」が紹介されました。
次回の「廃線跡を歩こう」開催日は2018/7/14(土)・7/21(土)で、現在募集中です。
旅行記は下記資料を参考にしました。
わたらせ渓谷鐵道のHP・知的資産経営報告書2013、文化遺産オンライン、
みどり市観光ガイド、みどり市名所探訪「笠松片マンプ」、
日光市教育委員会「足尾銅山近代化産業遺産MAP」
わたらせ渓谷鐵道社長の説明 など
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
トロッコわっしー1号
2両編成のディーゼルカーで、1号車がトロッコ車両、2号車が窓ガラス付き車両です。
「わっしー」は、わたらせ渓谷鐵道のキャラクターです。
こわい顔をしていますが、ぼぉーっとしてるだけ。(NHKのチコちゃんに怒られるよ) -
トロッコ車両
清々しい風が入って来ます。 -
廃線跡を歩こうツアーの案内
事前の申し込みと旅行代金の振り込みが必要です。 -
沿線の案内
鉄道は渡良瀬川沿いに44.1km走り、17駅あります。
沿線には国の登録有形文化財38施設、土木遺産の鉄道関連施設などがあり、歴史を感じることができます。
大間々駅には「わ鐵」本社と車庫があります。
では、トロッコわっしー1号の車窓から見える景色を紹介していきます。 -
木造駅舎の上神梅(かみかんばい)駅
大正元年(1912)建築、昭和初期増築の古い木造駅舎とプラットホームは、国の登録有形文化財(建造物)です。
木製の改札口は珍しく、降りてみたい駅です。 -
迷運転手
子供優先席の表示のある模擬運転台。
トロッコ車両にあります。
子供になった気分で記念撮影。 -
ウサギとカメが出迎える花輪駅
花輪は童謡「うさぎとかめ」を作詞し、「童謡の父」と呼ばれる石原和三郎の出身地です。 -
列車の脇に落ちる滝
小中駅と神戸駅の途中、左手に見えます。
列車はゆっくり走ってくれるのですが、一瞬です。 -
神戸(ごうど)駅
東武特急「けごん」が停車しています。
実はかつて使われていた車両を利用したレストラン「清流」なんです。
この駅では反対列車との交換待ちがあり、ホームからコーヒー・お菓子などを立売り販売しています。
上り線ホームは石造で、国の登録有形文化財です。 -
わっしーのイルミネーション
神戸~沢入(そうり)駅間にある5,242mの草木トンネルを10分ほど通ります。
トンネル内ではトロッコ車両の天井側面に次々と色が変わる綺麗なイルミネーションが見られます。
草木トンネルは昭和48年(1973)草木ダム建設に伴い、付け替えられた新線トンネルです。 -
イチオシ
落ち着いた佇まいの待合室
沢入(そうり)駅に停車。
連積の擁壁のホーム。
木造平屋建の待合室は中央に出入口、腰板壁、引違いガラス戸など開放的な造りです。
大正元年(1912)に造られ、国の登録有形文化財(建造物)です。 -
御影石の渓谷
沢入を過ぎると、渡良瀬川は白くて大きな御影石の川原になります。 -
前方に吉ノ沢架樋(よしのざわかけひ)
雨水や土砂が軌道敷に流入するのを防ぐため、軌道敷を跨いで架けられています。
古レールを用いた支柱と桁を一体化した鋼製構造物に、鉄筋コンクリート造の樋を載せる特徴的な工作物です。
昭和10年(1935)に造られ、国の登録有形文化財(建造物)です。 -
笠松片マンプ
笠松トンネルを抜けると左手すぐに、崖の下に道らしきものが見えます。
「マンプ」とは方言で「トンネル」のことを指し、「片側しかないトンネル」であることから「片マンプ」と呼ばれています。
明治時代に足尾銅山の産銅量が増え、ここの小名峠・大名峠の改造が急務となり、川に沿った固い花崗岩の高い崖をコの字型に掘りぬいて馬車鉄道の軌道を敷設し輸送量を増やしました。
かつての「あかがね街道」の面影を残す貴重な産業遺産の一つです。 -
中才(なかさい)鉱山住宅
足尾銅山のエリアに入ります。
通洞(つうどう)駅手前の左手には、かつて足尾銅山の古河鉱業が職員・鉱夫のために提供した社宅が見えます。
住宅と住宅の間にある「赤煉瓦防火壁」は、砦のように見えます。 -
中才浄水場
左手に丸い形の大きな水槽が見えます。
明治30年に政府から発令された鉱毒予防工事命令により坑内排水はすべて中和、沈澱して放水することが義務付けられました。
通洞坑の排水は中才浄水場で処理され、当時の施設を改良し今も浄水処理が行われています。 -
通洞変電所
右手にコンクリート造の変電所が見えます。
通洞変電所は、大正中期以降、足尾銅山の使用電力を管理する中枢機能を果たしました。
鉱山事務所である足尾鉱業所の近くに位置し、現在も変電所として使用されています。 -
終着駅の間藤
-
イチオシ
トロッコ号を降りるツアー客
参加者は老若男女。後ろからテレビ朝日の方がビデオ撮影しています。 -
スイッチバックの跡
急勾配を上ってきた間藤駅の後方に、スイッチバック用の線路跡が見えます。 -
廃線跡歩き出発前の説明
間藤駅前の広場で、わ鐵スタッフから今日の行程と注意事項などを聞きます。 -
廃線跡と周辺の案内図
間藤駅から足尾本山(古河橋のあたり)までの廃線区間を歩きます。
帰りは松木川対岸の一般道を歩きます。
その後、列車で通洞駅へ移動し、足尾銅山観光で昼食と見学となります。 -
長い行列のツアー開始
かっちん夫婦は一番後ろにいます。
間藤駅と松木街道踏切間の廃線跡は荒れているため、一般道を歩きます。 -
防犯の完璧な家
途中で見かけた民家。
恐ろしいライオンが立っているので、誰も近づかないでしょう。 -
旧松木街道踏切
踏切は撤去されていますが、警報器は残っています。
道路を渡った先が間藤駅から歩けなかったところ、手前がこれから歩く廃線跡です。 -
廃線跡の出発点
普段は立入禁止になっているところで、スタッフが鍵を開けて入ります。
線路が綺麗に残されており、今でも列車が走って来そうな感じです。 -
昔のままの線路
木製の枕木の上にレールを敷き、犬釘でしっかりとめています。
レールの隙間には信号用電流を流すワイヤーが繋がっています。
廃線になった昭和62年(1987)から、すでに31年経っています。 -
イチオシ
「第二松木川橋梁」を渡ります
わ鐵の社長じきじきに橋の説明をしています。
この橋は大正3年(1914)に供用開始し、手前が上路式プレートガーダ、途中から下路式プレートガーダに変わります。
プレートガーダとは橋台(橋脚)と橋脚に渡す桁のことです。
手前側は線路の下に桁があります。
奥側は線路の横に桁の側面が見え、これは下に道路の間藤橋と交差しているからです。 -
間藤橋と交差する「第二松木川橋梁」
帰りの一般道からの眺めです。 -
廃線跡とその上に「本山(ほんざん)小学校講堂」
これも帰りの一般道からの眺め。
明治25年に、古河鉱業が私立古河足尾銅山尋常高等小学校として創立。昭和22年に公立となります。
講堂は昭和15年(1940)の建設ですが、当時、小学校に講堂が建設されるのは珍しいことでした。
平成17年、小学校の統合により本山小学校は歴史に幕を下ろし、その後、国の登録有形文化財(建造物)になりました。 -
次の橋梁
この橋梁は短く、線路の中央に鉄板を敷いた歩道があります。
ちょっと幅が狭い歩道なので慎重に歩きます。 -
廃線跡を歩くツアー
このあたりから30.4‰の急勾配を上がります。 -
真っ暗な「向間藤トンネル」
廃線跡と並行している松木川の向かいに旧間藤町の集落があります。
トンネルは旧間藤町から見て川を挟んだ向かいにあるので、この名前が付いたのでしょう。 -
向間藤トンネルの内部
持参している懐中電灯をつけてトンネル内を歩きます。
トンネルがカーブしているので最初は真っ暗ですが、途中から出口の明かりが見えてきます。
トンネルの壁面は石積みと煉瓦積みで造られています。 -
トンネルの出口は綺麗な円形
-
満開のニセアカシアのトンネル
-
懐かしい「物干し台」
洗濯物を掛けた竿を、先がY字型になった棒を使って一段ずつ上にあげて干します。
小さいころ、母が苦労して干していたのを覚えています。 -
自然の落石はそのまま
-
イチオシ
行儀よく歩いてます
日本人ですから・・・ -
初夏を彩るニセアカシアの花
-
線路が土砂で埋没
安全確認された脇を歩きます。 -
腕木式信号機の残る「向赤倉トンネル」
旧赤倉町の向かいにあるトンネルです。
トンネルの先に足尾本山駅があり、そこの信号扱所にて「てこ」を操作するとワイヤーで繋がっている腕木式信号機を動かすことができます。
今は腕木が下に向いているので「進め」を表しています。 -
元気よく説明するガイド役の「わ鐵」社長
わかりやすく詳しい説明には頭が下がります。 -
腕木式信号機の中継装置
ワイヤーがスムーズに動くようになっています。 -
終点の出川橋梁
橋梁を渡ると足尾本山駅あるのですが、足尾精錬所の敷地内なので、橋の手前で一般道に下ります。 -
イチオシ
古河橋(一般道)
足尾銅山では明治18年(1885)木造の「直利橋」を架けたのですが、大火で焼失し明治23年に鉄製の橋に架け替えられました。
ドイツ・ハーコート社製で、鋼鉄製、木床版、短径間ボストリング・ワーレントラス式です。
上弦材にH形鋼を使用した珍しい形式です。
ドイツ・ハーコート社製のボルト接合による橋梁の中で、わが国現存最古の遺構であり、西洋の異なる国々から先端技術を導入し、短期間で近代化を成し遂げたものです。
国の重要文化財になっています。 -
貨車が走ると絵になる「出川橋梁」
古河橋から眺めています。
では、一般道を通り間藤駅に戻ります。 -
紙屋根の民家(赤倉地区)
かつて銅の精錬所の煙突から排出される亜硫酸ガスによってトタン屋根が腐食されるため、屋根に紙を貼りその上にコールタール塗布する家が多く存在しました。
今でもわずかに残っている民家です。 -
赤煉瓦防火壁(深沢地区)
鉱山住宅があったところです。 -
道端に咲く鮮やかな色の「クサフジ」
-
間藤水力発電所跡(上間藤地区)
明治23年(1890)に完成した水力発電所の電力は、足尾銅山の揚水機、巻揚げ機、坑内電車、電灯などに利用され、鉱山近代化の原動力となりました。
名残りをとどめる直径1mの鉄管の一部が崖下で見られます。 -
列車の脇を走る野生の鹿
間藤駅に戻り、列車が通洞駅に向けて出発すると突然鹿が走って来ました。 -
あれっ、車両におさまる鹿
通洞駅で列車を降りると、さっきの鹿が車両のデザインになっていました・・・ -
イチオシ
愛嬌のある独特な顔の狛犬
通洞鉱山神社に置かれている寛保3年(1743)に彫られた狛犬です。 -
足尾銅山観光
昼食後、足尾銅山観光の見学です。
トロッコ列車で通洞坑に入ります。
約400年間にわたり掘り開いた坑道の長さの総延長は1,234mに達します。
坑道内には江戸時代の手掘りの様子から機械化された鉱山の様子が展示されています。 -
削岩機
削岩機に手を掛け、右側のボタンを押すと強烈な振動が体験できます。 -
坑道トロッコ
主要坑道で使用された架線式電気機関車と牽引する人車、1t角鉱車です。 -
お洒落な通洞駅駅舎
通洞駅に戻って来ました。
駅舎の外観はモルタル塗仕上げを基調とし、妻に独特のハーフティンバー風の装飾を施しています。
大正元年(1912)建築、昭和11年(1936)改修の本屋は、国の登録有形文化財(建造物)です。 -
トロッコわっしー6号
通洞駅15:38に乗車し、桐生駅に17:01に到着。
有意義な1日を廃線跡ツアーで過ごせました。
最後に足尾鐵道全通100年記念のキーホルダーをいただきました。
足尾本山駅名標と廃線跡の写真がキーホルダになっているレアな非売品です。
廃線跡に興味のある方はツアーに参加し、「わ鐵」を応援しましょう。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
59