2018/04/29 - 2018/04/29
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lagunaさん
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天気が良いので、ふらっと横浜三渓園へ行ってきました。
ゴールデン・ウィークのせいか外国人を含む多くの来園者で混雑していましたが、それなりに楽しむことができました。
「三渓園」は、明治から大正時代にかけて製糸・生糸貿易で莫大な財を成した横浜の実業家・原富太郎(原三渓)が東京湾に面した谷あいの土地に造った日本庭園で広さ175,000㎡(53,000坪)あります。
想像を絶するくらいの資金を使い、その広大な土地に日本庭園を造成し、日本各所からたくさんの文化財・建物などを買い集め、ここ「三渓園」に移築・設置しました。
今年は特別に重要文化財「 臨春閣」と遊歩道が4月28日から5月6日まで公開され、特に「臨春閣」はこのあと長期の修復工事が行われるとのことで、しばらく見納めになります。
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 私鉄
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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「横浜駅東口2番のりば」から出ている横浜市営バスで三渓園に到着しました。
「三渓園」入口では結婚式を終えたカップルの写真撮影が行われていました。
「おめでとうございます。お幸せに」と声掛けして入園します。
ちなみに入園料は一般大人で700円 こども200円です。
少し高いように思われますが、これだけの文化財などが見られ、「三渓園」自体が国指定名勝なので納得です。 -
正門から入園してすぐに「大池」が見えます。
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遠くの丘の上には京都・木津川市の燈明寺(廃寺)三重塔が見えます。この三重塔も重要文化財です。
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「大池」の反対側にある「蓮池」です。
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道なりに歩いていくと「鶴翔閣」(かくしょうかく)が見えてきます。
横浜市指定有形文化財です。 -
「鶴翔閣」(かくしょうかく)は原三渓が住まいとして建てたもので、延べ床面積950㎡あります。
当時、原三渓と交流のあった政財界人や文化人が多く出入りしたそうです。 -
「鶴翔閣」(かくしょうかく)の正面玄関です。
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なんだか威厳があります。
私のような貧乏人には近寄りがたく感じました。 -
「鶴翔閣」(かくしょうかく)の説明板です。
外国人が目を見張って読んでいました。 -
大正初期の頃の三渓園の写真です。
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睡蓮池です。
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大池から対岸の天満宮でしょうか。
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緑からそびえる「旧燈明寺三重塔」は三渓園のシンボルではないでしょうか。
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「御門」が見えてきました。「御門」は京都東山の「西芳寺」にあった薬医門をここ三渓園に移築したものです。
横浜市指定文化財です。 -
それでは入って行きましょう。
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「白雲邸」の正面玄関です。
「白雲邸」は原三渓が隠居所として夫人とともに暮らした数寄屋風建築の建物です。
横浜市指定文化財です。 -
「白雲邸」の案内・説明板です。
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「臨春閣」についての説明板です。
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「臨春閣」は紀州徳川家初代藩主徳川頼宜が和歌山・紀の川沿いに建てた数寄屋風書院造の別荘建築で、内部には狩野派の絵師による障壁画が見られます。
国の重要文化財に指定されています。 -
「臨春閣」についての説明・案内板です。
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「臨春閣」内部を廻ります。1
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「臨春閣」の庭園です。
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「臨春閣」内部を廻ります。2
純和風の雰囲気が充分感じられます。 -
「臨春閣」の外観 1
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「臨春閣」の外観 2
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「旧天瑞寺寿塔覆堂(きゅうてんずいじじゅとうおおいどう)」です。
豊臣秀吉が京都・大徳寺に母の長寿祈願のために建てさせた寿塔(生前墓)を納めるための建築物です。 -
「旧天瑞寺寿塔覆堂」も国指定重要文化財です。
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「旧天瑞寺寿塔覆堂(きゅうてんずいじじゅとうおおいどう)」の説明板です。
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「旧天瑞寺寿塔覆堂」の扉部分ですが、よく見ると蓮の花を持った天女ですが、足はどう見ても鳥の足のように見えます。
何を意味しているのかは不明です。 -
「旧天瑞寺寿塔覆堂」の扉部分ですが、よく見ると蓮の花を持った天女ですが、足はどう見ても鳥の足のように見えます。
何を意味しているのかは不明です。 -
この石灯籠は、一つの大石をノミでくりぬいて作ったものです。したがって、の石灯籠の継ぎ目は全くありません。
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この手水鉢は、豊臣秀吉が架け替えた京都五条大橋の橋杭をカットして転用したものといわれています。
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「月華殿」です。
かつては京都・伏見城にあり、諸大名来城の際の控え所として使用された建物です。
国指定重要文化財です。 -
その内部です。
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「天授院」です。鎌倉・建長寺近くにあった「心平寺跡」にあった禅宗様の地蔵堂であった建物です。
国指定重要文化財です。 -
「天授院」の説明板です。
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「聴秋閣」という建物です。
「聴秋閣」はもともと京都・二条城内にあったといわれ、徳川家光・春日局ゆかりの楼閣建築です。
国指定重要文化財です。 -
「聴秋閣」の内部です。
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残念ながら室内には入れません。
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「聴秋閣」から庭園を眺めた景色です。
三重塔が遠望できます。 -
確かに楼閣建築です。
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「聴秋閣」の説明板です。
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「春草蘆」(しゅんそうろ)といいます。
38畳の小間で、織田信長の弟、織田有楽斎の作といわれている茶室です。
国指定重要文化財です。 -
茶室としてなかなか風情があります。
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「春草蘆」の説明板です。
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「石棺」です。
奈良海王寺付近から出土したものです。 -
「石棺」の説明板です。
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「蓮華院」の案内板です。
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原三渓が造った茶室の「蓮華院」です。
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「蓮華院」は1917年(大正6年)に建てられました。
1917年(大正6年)はロシア ロマノフ王朝が倒れた年ですね。 -
裏の竹林です。
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竹林は茶室とともに静寂な雰囲気をより醸し出しています。
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「海岸門」といいます。
京都・西芳寺にあったものを移築したものです。 -
中国梅林です。
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「旧燈明寺三重塔」に向かって歩く山道に突然現れた「出世観音」です。
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観音様が何故ここにあるのか分かりませんが・・・・
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「旧燈明寺三重塔」にたどり着きました。
国指定重要文化財です。 -
「旧燈明寺三重塔」は近くで見ても、風格・風情があります。
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「旧燈明寺三重塔」の説明板です。
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鎌倉・旧東慶寺(縁切寺)の仏殿です。
明治時代に東慶寺が資金難になり、原三渓に売却したとのことです。
一時は東慶寺から買い戻す話があったと聞きました。
国指定重要文化財です。 -
鎌倉・旧東慶寺(縁切寺)の仏殿と廻りの雰囲気を撮りました。
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鎌倉・旧東慶寺(縁切寺)の仏殿の説明板です。
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旧矢箆原家住宅(合掌造り)は飛騨・白川郷にあった建物です。
国指定重要文化財です。 -
合掌造りの旧矢箆原家住宅(きゅうやのはらけじゅうたく)は9:00~16:30の間は内部を見学できます。
この矢箆原家は飛騨の三大長者の一人といわれ、その豪勢ぶりがうかがえます。
屋内では飛騨地方で使用された農具などが展示されています。 -
囲炉では毎日薪がくべられます。
黒光りした柱や煙の匂いで、飛騨の生活が感じ取れます。 -
旧矢箆原家住宅(合掌造り)の案内板です。
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旧矢箆原家住宅(合掌造り)の説明板です。
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三渓園は「内苑」と「外苑」に区別できますが、とにかく広い敷地を歩き回りとても疲れました。正門から来たバスで帰ります。
正門に向かう途中、お地蔵さまが「もう帰るのか、また来なさい」という声が聞こえてきました。
お地蔵さまに見送られて帰宅することにしましょう。
<あとがき>
当日は好天にめぐまれ良い散策が出来ました。
「三渓園」はとにかく広い敷地に、文化財が各所にあり見きれません。
(実際、写真が多くなるので省略した文化財もたくさんあります。)
「三渓園」を見学される場合は、何回かに分けて見学したほうが良いと思います。
しかし、これだけの庭園、文化財を「三渓園」に集めた横浜の実業家・原富太郎(原三渓)とは、たいした男だとつくずく感心させられました。
また、彼は「三渓園」ができるとすぐに一般市民に公開したと説明を受けました。
彼の剛毅な人柄が偲ばれます。
最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。
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