2018/04/12 - 2018/04/13
368位(同エリア1964件中)
junさん
以前から行きたいと思っていたインパールです。
先の事と思っていましたが、辺境旅行好きな友人に背中を押されて行ってきました。
そもそも、インパールへは、ミャンマーから行くと考えていました。
しかし、インパール・コヒマなどの戦場は、全部インドです。
当然、車もガイドもお願いしないと、戦跡には行けないので、インドの日本人旅行会社のH2トラベルさんに、インパールからディマプールまで4泊5日の現地ツアーをアレンジしてもらいました。
ガイド、ドライバー、車も、5日間一緒です。
ニューデリー経由でインパール空港までは、簡単に行けました。
インパール作戦時に、いかに容易に、英印兵がインパールへ空輸で増員、補給できたかが、わかります。
しかし、現地についてからが大変でした。道路が想像以上の悪路でした。
当時も同様と思われる悪路を、英印軍は車・戦車で、旧日本軍は徒歩で攻撃しました。
我々は四輪駆動車で移動しましたが、それでも、疲れました。
表紙写真は、インパール南部の激戦地レッドヒルにあるインド平和記念碑です。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 25万円 - 30万円
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
ニューデリーまでは、成田からJALの便で行きます。
ランチの機内食です。
今回は慰霊用の日本酒を1升弱持参したので、機内預け荷物にしました。 -
到着前に軽食が出ます。
-
ニューデリーの空港そばの街並みです。
-
翌日未明の国内線に乗るので、国内線ターミナル1近くのホテル(エアポートホテル)を予約しました。
部屋代は4500円でしたが、部屋に窓は無く、あまり居心地良いホテルとは言えませんでした。 -
ホテルのレストランで食事です。
比較的安いです。
ホテルの周辺には、観光客が食事できるレストランはありません。 -
夕食のカレーです。
ビールも頼もうとしたら、ありません。
今回のインド旅行で、最後のホリディイン以外のホテルには酒類はありませんでした。 -
さすが、デリー空港は国内線ターミナルでも、立派です。
プライオリティラウンジでも、酒は無いが食事は充実していました。 -
国内線でも、航空機が立派です。
タラップが前後に2個あります。 -
デリー空港を飛び立つと、すぐにヒマラヤが見れました。
-
インディゴ航空、機内の食事と飲み物は有料です。
-
事前に機内食を予約しておきました。
選択ですが、このインスタントライスは、あまりいただけませんでした。
缶ジュースはおいしかったです。 -
グワハティ空港に途中降機して、インパール空港に着陸します。
水田が広がっていて、
先の大戦時から穀倉地であることがわかります。 -
インパール空港です。
なんと、先の大戦時に、インパール周辺には6個の飛行場がありました。
その内のインパール南部の飛行場が、現在の空港です。
空港では、外国人は係員から旅行目的など、ヒアリングを受けます。
ガイドのアランバムさんが迎えに来てくれて、ヒアリングもスムーズに終わりました。 -
到着初日は、まず、激戦地のロトパチンの2926高地(通称レッドヒル)に向かいます。
この高地は、南からインパールを目指した第31師団の内、第214連隊第2大隊(末田大隊)が、攻めましたが、頂上の英印軍陣地を占領できず、逆に戦車に包囲され、ほぼ壊滅しました。 -
インド平和記念碑の看板です。
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この丘は、南から攻撃した第33師団ではインパールに一番近い戦場となっています。
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彼らの犠牲は、永遠に記憶に刻まれる。
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三つの石は、日本軍兵士、英印軍兵士、地元の犠牲者の象徴とのことです。
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ガイドのアランバムさんが用意してくれた花と線香。
私が日本から持参した日本酒で慰霊しました。 -
戦没者慰霊碑は上の方が壊れていましたが、末田大隊に配属された山砲兵第33連隊第3中隊のものであることがわかりました。
この中隊の山砲は、英印軍の戦車と刺し違えて全員戦死しました。 -
この戦場には、山砲2門と連隊砲1門が参加したので、そのうちの1門と思われます。
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インパール南部の街ビシェンプールの西方山地の英印軍陣地ガランジャール付近です。
この辺りでも激しい戦いが行われました。 -
山岳の鉄橋を、グルカ兵が警備していました。
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街中にもグルカ兵が多いです。
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ニンソーコン村です。
このあたりには、第33師団に配属された戦車第14連隊が守備していましたが、
インパール作戦の撤退時には、戦車はほぼ壊滅状態になっていました。 -
モイランの三差路です。
当時、日本の戦車第14連隊の戦車と、英印軍が激しく戦ったこの三差路も、今は平和で賑やかな雰囲気です。 -
INA(インド国民軍)記念館のチャンドラ・ボースの銅像です。
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インド国民軍(INA)戦争記念碑のレプリカです。
実物はシンガポールにあったのですが、日本の敗戦後、連合軍東南アジア司令官マウントバッテン卿が取り壊しました。
ここに残っているのが、ありがたいです。 -
インパール南部に広がるロクタク湖です。
ここでランチをとりました。 -
ガイドのアランバムさんの私設資料館です。
内容はとても充実していて、
第31師団長の佐藤中将の絵画と、英印軍のスリム中将の絵画が飾られています。 -
資料館には、資料館を紹介する日本の新聞が、掲示されていました。
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インパールでの第1夜のホテル(クラシック・グランデ)、とてもりっぱです。
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ホテルロビー。
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ホテルのレストランで地元料理の夕食です。
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この旅行記へのコメント (4)
-
- さいたまさん 2023/04/10 21:43:44
- 勉強になる旅行記ばかりなので、参考にさせて頂いています。
- 特に、インド・インパールの戦跡旅の5編は、すべて素晴らしい内容です。
インパール作戦の中止命令が発令される直前の6月中下旬に、インパールとコヒマを訪問する計画を考えていますので、何回も熟読させて頂いています。
ガイドのアランバムさんともメールをやり取りしています。
雨季になりますので、移動がポイントになっています。
いろいろお教え頂けると幸いです。
- junさん からの返信 2023/04/11 09:51:25
- Re: 勉強になる旅行記ばかりなので、参考にさせて頂いています。
- コメントありがとうございます。
6月は雨期の初めなのですね。撤退する日本兵の状況がわかりますね。
予定を教えてもらえれば、附近の追加情報もお伝えできます。
私も来年4月にインパール、コヒマの再訪を予定しています。
アランバムさんは、地元ではインパール戦に一番詳しいです。
facebookでいつもやり取りしています。
- さいたまさん からの返信 2023/04/11 10:06:59
- Re: 勉強になる旅行記ばかりなので、参考にさせて頂いています。
- 2023年としては、6月14日頃、コルカタから空路インパールに入ります。
その後、チュラチャンプール~ウクルル・サンジャックとバレルを廻った後、コヒマに移動する予定です。10~12日間の予定です。ディマプールにも行きたいのですが、インパールとコヒマ周辺の慰霊碑と激戦地を廻ることが、主目的なので、時間の余裕ができるかどうかが鍵です。
アランバムさんには、訪問すべき慰霊碑・激戦地の場所を教えて頂くようお願いしています。返信を心待ちにしています。
- junさん からの返信 2023/04/11 18:15:00
- Re: 勉強になる旅行記ばかりなので、参考にさせて頂いています。
- 日程が長くて良いですね。
私はチュラチャンプールやバレルは行っていないので、帰ってきたら是非ブログで教えてください。
1.moirangの北部のNingthoukhong(戦車14連隊がいた)の西部山中に牟田口軍前線司令部がありました。アランバムさんはある程度あたりをつけているようなので、行けると良いです(私は行っていないです)。
2.インパール北部のカングラトンビ南の橋が日本軍の最前線だったようです。
3.サンジャック手前の三叉路(インパール何キロの標識がある)では、サンジャック戦時に日本軍一個中隊が占領して、インパールからきた援軍を追い返しています。
4.コヒマ周辺は、アランバムさんはあまり詳しくない(その後学習したかな?)ので事前に調べておいた方が良いです。
佐藤中将の司令部(マユツバだが)、コヒマ南部の教会の日本軍慰霊碑は、私は見れなかったので是非見てきてください。
5.ディマプールは行かれないとのことですが、コヒマ西部のズブサあたりまで日本軍が進出していますね。最近読んだ本でズブサの橋が立派過ぎて破壊できなかったと日本軍工兵の記載がありました。ただ史跡もないのでわからないです。
あと、酒の入手が難しいので、私のように日本から日本酒を持って行くと良いでしょうね。旅行後のブログ期待しています。
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