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以前から行きたいと思っていたインパールです。<br />先の事と思っていましたが、辺境旅行好きな友人に背中を押されて行ってきました。<br />そもそも、インパールへは、ミャンマーから行くと考えていました。<br />しかし、インパール・コヒマなどの戦場は、全部インドです。<br /><br />当然、車もガイドもお願いしないと、戦跡には行けないので、インドの日本人旅行会社のH2トラベルさんに、インパールからディマプールまで4泊5日の現地ツアーをアレンジしてもらいました。<br />ガイド、ドライバー、車も、5日間一緒です。<br /><br />ニューデリー経由でインパール空港までは、簡単に行けました。<br />インパール作戦時に、いかに容易に、英印兵がインパールへ空輸で増員、補給できたかが、わかります。<br />しかし、現地についてからが大変でした。道路が想像以上の悪路でした。<br />当時も同様と思われる悪路を、英印軍は車・戦車で、旧日本軍は徒歩で攻撃しました。<br />我々は四輪駆動車で移動しましたが、それでも、疲れました。<br /><br />表紙写真は、インパール南部の激戦地レッドヒルにあるインド平和記念碑です。<br />

インド・インパールの戦跡旅1(雨期前の4月に)

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2018/04/12 - 2018/04/13

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jun

junさん

以前から行きたいと思っていたインパールです。
先の事と思っていましたが、辺境旅行好きな友人に背中を押されて行ってきました。
そもそも、インパールへは、ミャンマーから行くと考えていました。
しかし、インパール・コヒマなどの戦場は、全部インドです。

当然、車もガイドもお願いしないと、戦跡には行けないので、インドの日本人旅行会社のH2トラベルさんに、インパールからディマプールまで4泊5日の現地ツアーをアレンジしてもらいました。
ガイド、ドライバー、車も、5日間一緒です。

ニューデリー経由でインパール空港までは、簡単に行けました。
インパール作戦時に、いかに容易に、英印兵がインパールへ空輸で増員、補給できたかが、わかります。
しかし、現地についてからが大変でした。道路が想像以上の悪路でした。
当時も同様と思われる悪路を、英印軍は車・戦車で、旧日本軍は徒歩で攻撃しました。
我々は四輪駆動車で移動しましたが、それでも、疲れました。

表紙写真は、インパール南部の激戦地レッドヒルにあるインド平和記念碑です。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
ホテル
4.5
グルメ
4.0
交通
3.0
同行者
友人
一人あたり費用
25万円 - 30万円
航空会社
JAL
旅行の手配内容
個別手配

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  • ニューデリーまでは、成田からJALの便で行きます。<br />ランチの機内食です。<br /><br />今回は慰霊用の日本酒を1升弱持参したので、機内預け荷物にしました。

    ニューデリーまでは、成田からJALの便で行きます。
    ランチの機内食です。

    今回は慰霊用の日本酒を1升弱持参したので、機内預け荷物にしました。

  • 到着前に軽食が出ます。

    到着前に軽食が出ます。

  • ニューデリーの空港そばの街並みです。

    ニューデリーの空港そばの街並みです。

  • 翌日未明の国内線に乗るので、国内線ターミナル1近くのホテル(エアポートホテル)を予約しました。<br />部屋代は4500円でしたが、部屋に窓は無く、あまり居心地良いホテルとは言えませんでした。

    翌日未明の国内線に乗るので、国内線ターミナル1近くのホテル(エアポートホテル)を予約しました。
    部屋代は4500円でしたが、部屋に窓は無く、あまり居心地良いホテルとは言えませんでした。

  • ホテルのレストランで食事です。<br />比較的安いです。<br />ホテルの周辺には、観光客が食事できるレストランはありません。

    ホテルのレストランで食事です。
    比較的安いです。
    ホテルの周辺には、観光客が食事できるレストランはありません。

  • 夕食のカレーです。<br />ビールも頼もうとしたら、ありません。<br />今回のインド旅行で、最後のホリディイン以外のホテルには酒類はありませんでした。

    夕食のカレーです。
    ビールも頼もうとしたら、ありません。
    今回のインド旅行で、最後のホリディイン以外のホテルには酒類はありませんでした。

  • さすが、デリー空港は国内線ターミナルでも、立派です。<br />プライオリティラウンジでも、酒は無いが食事は充実していました。

    さすが、デリー空港は国内線ターミナルでも、立派です。
    プライオリティラウンジでも、酒は無いが食事は充実していました。

  • 国内線でも、航空機が立派です。<br />タラップが前後に2個あります。

    国内線でも、航空機が立派です。
    タラップが前後に2個あります。

  • デリー空港を飛び立つと、すぐにヒマラヤが見れました。

    デリー空港を飛び立つと、すぐにヒマラヤが見れました。

  • インディゴ航空、機内の食事と飲み物は有料です。

    インディゴ航空、機内の食事と飲み物は有料です。

  • 事前に機内食を予約しておきました。<br />選択ですが、このインスタントライスは、あまりいただけませんでした。<br />缶ジュースはおいしかったです。

    事前に機内食を予約しておきました。
    選択ですが、このインスタントライスは、あまりいただけませんでした。
    缶ジュースはおいしかったです。

  • グワハティ空港に途中降機して、インパール空港に着陸します。<br />水田が広がっていて、<br />先の大戦時から穀倉地であることがわかります。

    グワハティ空港に途中降機して、インパール空港に着陸します。
    水田が広がっていて、
    先の大戦時から穀倉地であることがわかります。

  • インパール空港です。<br />なんと、先の大戦時に、インパール周辺には6個の飛行場がありました。<br />その内のインパール南部の飛行場が、現在の空港です。<br />空港では、外国人は係員から旅行目的など、ヒアリングを受けます。<br />ガイドのアランバムさんが迎えに来てくれて、ヒアリングもスムーズに終わりました。

    インパール空港です。
    なんと、先の大戦時に、インパール周辺には6個の飛行場がありました。
    その内のインパール南部の飛行場が、現在の空港です。
    空港では、外国人は係員から旅行目的など、ヒアリングを受けます。
    ガイドのアランバムさんが迎えに来てくれて、ヒアリングもスムーズに終わりました。

  • 到着初日は、まず、激戦地のロトパチンの2926高地(通称レッドヒル)に向かいます。<br />この高地は、南からインパールを目指した第31師団の内、第214連隊第2大隊(末田大隊)が、攻めましたが、頂上の英印軍陣地を占領できず、逆に戦車に包囲され、ほぼ壊滅しました。

    到着初日は、まず、激戦地のロトパチンの2926高地(通称レッドヒル)に向かいます。
    この高地は、南からインパールを目指した第31師団の内、第214連隊第2大隊(末田大隊)が、攻めましたが、頂上の英印軍陣地を占領できず、逆に戦車に包囲され、ほぼ壊滅しました。

  • インド平和記念碑の看板です。

    インド平和記念碑の看板です。

  • この丘は、南から攻撃した第33師団ではインパールに一番近い戦場となっています。

    この丘は、南から攻撃した第33師団ではインパールに一番近い戦場となっています。

  • 彼らの犠牲は、永遠に記憶に刻まれる。

    彼らの犠牲は、永遠に記憶に刻まれる。

  • 三つの石は、日本軍兵士、英印軍兵士、地元の犠牲者の象徴とのことです。

    三つの石は、日本軍兵士、英印軍兵士、地元の犠牲者の象徴とのことです。

  • ガイドのアランバムさんが用意してくれた花と線香。<br />私が日本から持参した日本酒で慰霊しました。<br /><br />

    ガイドのアランバムさんが用意してくれた花と線香。
    私が日本から持参した日本酒で慰霊しました。

  • 戦没者慰霊碑は上の方が壊れていましたが、末田大隊に配属された山砲兵第33連隊第3中隊のものであることがわかりました。<br />この中隊の山砲は、英印軍の戦車と刺し違えて全員戦死しました。

    戦没者慰霊碑は上の方が壊れていましたが、末田大隊に配属された山砲兵第33連隊第3中隊のものであることがわかりました。
    この中隊の山砲は、英印軍の戦車と刺し違えて全員戦死しました。

  • この戦場には、山砲2門と連隊砲1門が参加したので、そのうちの1門と思われます。

    この戦場には、山砲2門と連隊砲1門が参加したので、そのうちの1門と思われます。

  • インパール南部の街ビシェンプールの西方山地の英印軍陣地ガランジャール付近です。<br />この辺りでも激しい戦いが行われました。

    インパール南部の街ビシェンプールの西方山地の英印軍陣地ガランジャール付近です。
    この辺りでも激しい戦いが行われました。

  • 山岳の鉄橋を、グルカ兵が警備していました。

    山岳の鉄橋を、グルカ兵が警備していました。

  • 街中にもグルカ兵が多いです。

    街中にもグルカ兵が多いです。

  • ニンソーコン村です。<br />このあたりには、第33師団に配属された戦車第14連隊が守備していましたが、<br />インパール作戦の撤退時には、戦車はほぼ壊滅状態になっていました。

    ニンソーコン村です。
    このあたりには、第33師団に配属された戦車第14連隊が守備していましたが、
    インパール作戦の撤退時には、戦車はほぼ壊滅状態になっていました。

  • モイランの三差路です。<br />当時、日本の戦車第14連隊の戦車と、英印軍が激しく戦ったこの三差路も、今は平和で賑やかな雰囲気です。

    モイランの三差路です。
    当時、日本の戦車第14連隊の戦車と、英印軍が激しく戦ったこの三差路も、今は平和で賑やかな雰囲気です。

  • INA(インド国民軍)記念館のチャンドラ・ボースの銅像です。

    INA(インド国民軍)記念館のチャンドラ・ボースの銅像です。

  • インド国民軍(INA)戦争記念碑のレプリカです。<br />実物はシンガポールにあったのですが、日本の敗戦後、連合軍東南アジア司令官マウントバッテン卿が取り壊しました。<br />ここに残っているのが、ありがたいです。<br />

    インド国民軍(INA)戦争記念碑のレプリカです。
    実物はシンガポールにあったのですが、日本の敗戦後、連合軍東南アジア司令官マウントバッテン卿が取り壊しました。
    ここに残っているのが、ありがたいです。

  • インパール南部に広がるロクタク湖です。<br />ここでランチをとりました。

    インパール南部に広がるロクタク湖です。
    ここでランチをとりました。

  • ガイドのアランバムさんの私設資料館です。<br />内容はとても充実していて、<br />第31師団長の佐藤中将の絵画と、英印軍のスリム中将の絵画が飾られています。

    ガイドのアランバムさんの私設資料館です。
    内容はとても充実していて、
    第31師団長の佐藤中将の絵画と、英印軍のスリム中将の絵画が飾られています。

  • 資料館には、資料館を紹介する日本の新聞が、掲示されていました。

    資料館には、資料館を紹介する日本の新聞が、掲示されていました。

  • インパールでの第1夜のホテル(クラシック・グランデ)、とてもりっぱです。

    インパールでの第1夜のホテル(クラシック・グランデ)、とてもりっぱです。

  • ホテルロビー。

    ホテルロビー。

  • ホテルのレストランで地元料理の夕食です。

    ホテルのレストランで地元料理の夕食です。

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