2017/11/05 - 2017/11/11
332位(同エリア4898件中)
ぱぶさん
ベトナムと言えば色々興味のある国である。フエやタンパ王国と歴史も古い。一方、1960年代のベトナム戦争をアメリカに勝利して、それでも戦後の復興は並大抵ではない。ぱぶさんは北のハノイからダナンに滞在し、フエ、ホイアン、ミーソン等を見学し、旧サイゴンのホーチミン市まで駆け足旅行を行ったが、大変印象深い旅行となった。ダナンを立つ日はちょうどAPEC開催の日で街の交通は規制され、飛行機もなんの説明もなく機内で2時間も留め置かれ、同じ日名古屋から来る妻とホーチミン市の飛行場で落ち合うことやホテルへの予約迎えタクシー等、ちょっとハラハラ・ドキドキの場面もあった。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- タクシー
- 航空会社
- ベトナム航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- JTB
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成田発は10:00なので家から京成上野までのタクシー予約は6時。ターミナル1から初めてのベトナム航空に乗る。機内のランチはまずまずのバランス・ランチ。
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5時間ほどのフライトなので暇つぶしに自宅ではパソコンでいつも遊んでいる数独にもコントローラを使ってチャレンジした。パズルは黒のバックの数値以外の部分を数値を探し、縦・横それぞれ1から9までの整数を並べる。更に9個の升もそれぞれ1から9までの数字をダブることなく含むように仕上げる。①は始めてしばらくの状態でまだ4つ空欄がある。②では最後の一つが空欄で残っていて、これが5であることがわかる。それを入れたら③の“パズルが解けました”が出て来る。ハノイまでの機内で何問かを解いた。
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ハノイのホテルはホテル・ニッコー・ハノイだ。2泊したので、食事や喫茶で弁慶(日本食)、桃李(中華)、La Brasserie(朝食)、昼間の喫茶(ベトナム・コーヒー)を愉しんだ。
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ホテルの外を散歩すると、朝の通勤時間帯は道路一杯のバイクだ!
これを実況中継するとこのような風景。https://youtu.be/Axf5hsS_Ndg -
次の日は世界遺産のハロン湾日帰り観光に行った。朝8:30にホテルを出発して途中、民芸品店でトイレ休憩、3時間のドライブでボートクルーズ乗船サイトに到着した。
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イチオシ
ハロン湾は中国桂林の様な奇岩の眺めがありクルーズし、ダウゴー島にも上陸して鍾乳洞を見たりと3時間ほどもかかる。ハロン湾の景色はこの様なものだ!
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船がスタートしてからランチも出るし、船の中を色々散策して甲板席の寝椅子でリラックスもできる。
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中でもこの小さな奇岩の島二つが向き合った景色はよく知られている。
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ガイドのズウンさんとのツーショットはこちら。
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ダウゴー島に上陸しての景色はこの様。
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鍾乳洞の内部は大きなものでライティングもありちょっとした景色である。
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夜のディナーはホテルにある、日本レストラン「弁慶」で頂いた。
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ダナンに出発の前に半日コースの市内観光をした。メインは威風堂々のホーチミン廟、ホーおじさんの家、一柱寺、ハノイ大教会、文廟、ハノイ大教会、ドンスアン市場、市内を行商する女性、保育園の先生に連れられて勢揃いの園児(バックタオ・ボタニカルガーデン)、市街各地を急ぎ足で見学した。市内にはたくさんの小さな池があったが、これらはベトナム戦争中の爆弾による穴とか??
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その後ハノイのノイバイ空港につき、時間もあったので、ベトナムの名物フォーを食べた。名古屋のきし麺のような幅広な薄い麺(ビーフン)でとても美味しかった。飛行機は予定通りの出発でダナンに着いた。
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ダナンでは3泊して、車で古都フエ、ミーソン遺跡とホイアン、チャム彫刻博物館等を見学した。(地図参照してください)
フエへはガイドのトアンさん(女性)と車で出かけた。途中通るのはベトナムを南北に縦断する国道1号線でハイヴァン峠区間は高低差475m、全長20Kmは急カーブも多く、雨季は危険もあった。日本のODA援助等で2車線の長いトンネルを完成させ、日本への感謝を表記する記銘版もあった。面白いのは環境と安全の為、バイクはトンネルを通る事は出来ず、トラックで運ばれ、運転手は別途バスで移動するとのことである。 -
フエではカイディン帝廟、ミンマン帝陵等世界遺産の施設を鑑賞した。
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ランチはベトナム・ビールとコースランチ(生春巻き、揚げ春巻き、メイン・ディッシ、デザート、ベトナムコーヒーまで)を美味しく頂いた。
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フエの午後は阮朝王宮やティエンム寺、フラッグ・タワー等見学した。
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次の日はミーソン遺跡とホイアンの見学だ。ホイアンはダナンから南東約30Km、チャンパ王国の時代(2世紀末~17世紀)中国、インド、アラブを結ぶ中継貿易都市として栄えた。16~17世紀にはアユタヤ、マニラと並んで日本人も1,000人以上も住んでいたと言う。カラフルなランタンで有名な街だ。しかし、2~3日前に洪水で1~2m街が浸水したようで壁にアリアリとその跡が見られるのと、あと片付けの様子も見られた。この地の日本橋(来遠橋)はよく知られている。
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ホイアンから更に南西に約40Kmのところにミーソン遺跡がある。ここは聖山マハーパルヴァタが聳える盆地にグループAからHまで900年間チャンパ王国として栄えた。ボロボロになったレンガ作りの70棟を超える遺構が草木に埋もれている。この地は雨が多く、訪問の日も弱い雨模様で、既に降った雨の所為か途中の道路も10~20cmも冠水しており、ガイドさんの指示で靴を脱ぎ靴下で歩いた!チャンパ王国の宗教はシヴァ神のヒンズー教。女神像が遺跡の壁面を飾り、あちこちに石造彫像(リンガ/ヨニ等)が見られ、1999年世界遺産に指定されている。遺跡管理の小屋ではチャム・ダンスショーも見られた。
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ダナンからホーチミン市へ移動の日は、朝、時間もあるので、チャム彫刻博物館へ出かけた。ホテルにタクシーを依頼し、博物館へは難なく到着し、展示品を見た。しかし、博物館からの帰りは外に出てびっくり!APECがダナンで開催される日と重なっていて、何と交通規制が始まり、ホテルへの帰りのタクシーはおろか、道はすべて車は通っていない。仕方なく、地図を頼りに歩いてホテルまで帰り、空港へ早めに出ることとした。空港へは早めにつぃたものの、チェックインを終わり、機内に入ってから2時間位、なんのアナウンスもないまま、全く飛び立つ気配なし!名古屋から来る妻とホーチミン市のタンソンニャット空港で予定ではほぼ同時到着で待ち合わせることとなっており、この遅延には全くお手上げとなった!持って来ていたスマホのメッセージでお互い連絡も取れたので何とか無事会えた。また、頼んでいた迎えのタクシーは忍耐強く待っていてくれた!感謝!
ホテルに入り、一休みして、夕方 6時からの水上人形劇の鑑賞に出かけた。その様子は
https://youtu.be/mty3QIYIOFc -
ベトナム最後の日は、午前中ガイドさんの案内による市内観光が9時からなので、どうしても見ておきたかったベトナム戦争(証跡=Remnants)博物館が 7時半より開くので、駆け足で見てきた。内容はいたっておとなしい、戦争中のタイムやライフと言ったジャーナリズムの報告画像を中心に、従軍写真家として活躍し、戦争の犠牲となった記者の名前・写真(沢田教一さん含む)と彼らの遺作となった写真等がまとめられていた。
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ここで、ベトナムで使ってきた紙幣を紹介しよう。1,000、2,000,2万、10万、20万 ドンでどの紙幣にもホーチミンの肖像が入っている。左下の2万ドン紙幣の裏側にはホイアンの日本橋が入っている。下右のものはカンボディアの紙幣でこちらはシアヌーク殿下の肖像が載っている。
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旧サイゴン市の市内観光はフランス調の中央郵便局、サイゴン大教会、ベンタイン市場、統一会堂(旧大統領官邸:1975年4月30日、解放軍の戦車が無欠入場し、ベトナム戦争が終わった)他をカバーした。途中旅行中お世話になった 333ビールの入ったTシャツを買い、喫茶店で一服、更に空港ではベトナム最後のフォーを美味しく頂いた。日本に帰ってからもフォーは結構愛用している。飛行機からはメコン川や畑等が見えた。ベトナムよ、さようなら!
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今回のベトナム旅行のハイライトをコラージュにまとめたものがこれである。
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