2017/12/27 - 2017/12/27
20位(同エリア424件中)
かっちんさん
ベンガラ産業で栄えた吹屋の2日目は、映画「八つ墓村」の舞台になった広兼邸(ひろかねてい)、笹畝坑道(ささうねこうどう)、ベンガラ館を訪ねます。
雄大な城郭を思わせる構えの広兼邸は、小泉銅山とローハ(ベンガラの原料)製造を営み、巨大な富を築きあげた証です。
笹畝坑道はベンガラの原料となった磁流鉄鉱(硫化鉄鉱)が産出されたところです。
ベンガラ館ではベンガラ工場を当時の姿に復元し、ベンガラが出来るまでの製造工程が見学できます。
吹屋ベンガラ町並みは下町、中町、千枚の全地区を歩きます。
なお、旅行記は成羽町観光協会吹屋支部、くぼたのたんぼ「精米」などの資料を参考にしました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
八つ墓村
推理作家 横溝正史作品の映画「八つ墓村」は、成羽町の広兼邸にてロケが行われました。 -
吹屋ふるさと村 観光案内図
宿泊した「ラ・フォーレ吹屋」から「旧広兼家住宅」まで5km。
歩いて行こうと準備していたら、宿の車で送ってもらいました。
帰りは歩いて「笹畝坑道」、「ベンガラ館」を見学し、吹屋12:45発の備中高梁行きのバスに乗ります。 -
雄大な城郭を思わせる構え(広兼邸)
広兼邸の開館期間は8:30~17:00。でも、今の冬期(12/1~3/16)は午前10時~午後4時です。 -
イチオシ
青空に映える広兼邸
広兼氏は小泉銅山とローハ(ベンガラの原料)製造を営み、巨大な富を築きました。
建物、土蔵、石垣などは江戸時代後期文化7年(1810)の建築です。 -
立派な楼門(広兼邸)
門から中に入ったところです。 -
不寝番部屋(広兼邸)
夜も寝ずに見張りを置いていました。 -
不寝番部屋からの眺め(広兼邸)
向かいには明治初期に広兼個人の神社として建てられた天広神社が見えます。 -
山腹につくられた広兼邸
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母屋(広兼邸)
玄関と客間です。
見学は建物の外からのみの制限があります。 -
神棚とお雛様(玄関)
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厄除の鬼瓦(広兼邸)
鬼の上には雲がゆらゆら。 -
角部屋の客間(広兼邸)
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雪化粧した庭木(広兼邸)
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離れ座敷と母屋(広兼邸)
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赤いナンテンの実(離れ座敷)
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手押しの消防ポンプ(土蔵)
左側には花火筒。 -
店の間と台所入口(広兼邸)
なまこ壁の建物が台所です。 -
広い台所(広兼邸)
土間には煙突のある竈(かまど)、板の間には囲炉裏があります。 -
巨木を使った木組み(広兼邸)
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精米場(広兼邸)
地に埋めた臼の中に玄米を入れて、足踏みで杵を上下させてつく、踏み臼があります。 -
水くみ場(広兼邸)
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五右衛門風呂(広兼邸)
鋳鉄でできた風呂釜に水を入れ、下から焚き木を燃やして温めます。
入浴する時は木製の底板を沈め、その上に載るのでやけどはしません。
かっちんの子供時代は五右衛門風呂だったのでよく覚えています。 -
長屋(広兼邸)
母屋の隣には、下男・下女・番頭部屋、厠、厩・農作業場などの長屋があります。 -
イチオシ
おばあちゃん
広兼邸の見学を終え外に出ると、おばあちゃんがどこからともなく登場。
八つ墓村の1シーンを見ているようです。
話をしてみると、地元の優しいおばあちゃんでした。 -
重厚な趣きの楼門
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笹畝坑道(ささうねこうどう)
広兼邸から40分ほど歩いて到着。
吉岡銅山は、807年に発見されたと伝えられ、江戸時代の採掘は手掘り、明治以後三菱金属の経営となりました。 -
坑道(笹畝坑道)
ヘルメットを借り坑道に入ります。
現在は採掘されておらず、観光用の坑道になっています。 -
鉱石(笹畝坑道)
黄銅鉱、磁流鉄鉱(硫化鉄鉱)が産出されました。
磁流鉄鉱はベンガラの原料になります。 -
ベンガラ館
笹畝坑道から10分ほど歩いて到着。
ベンガラ館は、明治の頃のベンガラ工場を当時の姿に復元したものです。
4つの製造工程を見学できます。 -
窯場室(ベンガラ館)
原料の緑礬(ローハ)をよく乾燥してホーロク(土器皿)に少量ずつ盛り、それを窯の中に200枚前後積み重ね、下から松薪を焚き1~2昼夜700度位の火力で焼くと赤く変化したベンガラの基が出来上がります。
写真は窯の中に積み重ねられたホーロクです。 -
ベンガラの用途(ベンガラ館)
ベンガラは酸化鉄のことであり、着色顔料、フェライト、磁気トナー、磁気記録媒体、触媒など、意外と身近なものに使われています。
ベンガラ産業は江戸末期以降大いに繁昌を続け、昭和47年の銅山の閉山に続いて昭和49年にその製造を終えました。 -
水洗碾臼室(すいせんひきうすしつ、ベンガラ館)
ベンガラの基は不純物が多く混じっているため、階段式の水槽で不純物を取り除きます。 -
イチオシ
大きな歯車のついた碾臼(水洗碾臼室、ベンガラ館)
水洗が終わると水車を動力とした石臼で碾き(ひき)粒子を小さく整えます。 -
脱酸水槽室(ベンガラ館)
小さな粒子は酸性分が強いため水槽に入れ、清水を入れて撹拌する方法を数10回から100回繰り返して酸を抜きます。
その後、硫酸分のなくなった泥状のベンガラを干板に薄く流し、干棚に並べて天日で乾かし製品になります。 -
中野口
ベンガラ館を後にし、吹屋地区入口の中野口に来ました。
これから下町、中町、千枚の町並みを歩きます。 -
茅葺きカフェ「紅や」
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イチオシ
機関銃印の自転車(紅や)
日本スヰフト工業(株)の自転車。
こんな自転車があったのですね。 -
ぼっけえ屋
古民家を再生して手作りの木工品やベンガラ、古い雑貨を販売しています。
店頭には、吹屋の町並み写真が掲示されています。 -
格子の美しい町並み
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松浦本家
左側の松浦本家は江戸末期の建築で、2階に手すり格子があります。
昔は、雑貨商、キチン宿等、いろいろな商売をし、昭和25年から美容院となり「名物ばあちゃん」がいました。 -
ホーロー看板
アサヒ地下足袋、マツダランプなど懐かしい商品です。 -
川本家
江戸末期の建築で、2階右側の手すりが開閉できます。
表にある木製の衝立は、最近作った泥除けです。 -
ベンガラ色の町並み
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吹屋を彩るツルウメモドキ
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美しい町家(中野屋)
ベンガラ窯元の一軒です。
2階壁面の七宝模様のなまこ壁が素晴らしいです。 -
半蔀戸(しとみど)格子のある町家(東長尾屋)
明治中期頃の建築です。 -
吹屋のとっくり醤油(長尾醤油酒店)
文政9年(1826)創業の町並みに蔵を構え、昔ながらの味と製法が育んだ醤油を続けています。 -
イチオシ
長屋門と松の木が絵になる町家(長尾屋)
長尾の総本家でベンガラ窯元の一軒です。 -
親子格子の美しい町家(郷土館)
1階は親1本に子2本、2階は親1本に子3本の格子です。
石州の宮大工により明治12年に建てられた町家です。 -
重要文化財「旧片山家」
片山家は宝暦9年(1759)の創業以来、200年余にわたって吹屋ベンガラの製造・販売を手がけた老舗です。
赤い石州瓦で葺かれた2階建(一部3階建)の主屋は江戸時代後期に建てられました。
主屋の隣にある宝蔵は、江戸末期に仏間の増築と同じ頃に建てられました。 -
格子の町並み
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藤森家
建築年代は判然としませんが、明治30年頃郵便局に改造した建物です。
昭和56年に大改修して藤森家の食事処になります。 -
大河家
明治後期の建築で、鉱山、ベンガラ産業が盛んな頃、高級旅館として営業していました。
以前は道路に面して主屋、その中央に通路がありましたが、現在は裏の離れだけが残ります。
明治後期から大正時代にかけての数寄屋建築が持つ精緻なデザインが取り入れられ、質の高い近代的な建物です。 -
本山山神社
銅山の守護神として長い間手厚く祭られていました。 -
玉垣に三菱マーク(本山山神社)
明治6年(1873)三菱鉱業の岩崎弥太郎の経営に移り、三菱マーク入りの玉垣が寄進されました。 -
イチオシ
鳥居の額束にも三菱マーク(本山山神社)
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路線バス
これで吹屋の町歩きを終わり、路線バスで備中高梁へ向かいます。
吹屋の町並みは当時の景観になるよう修復されながら残されています。
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