2017/04/22 - 2017/04/23
70位(同エリア193件中)
Giorgio Bianchiさん
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ムッソリーニの出身地、プレダッピオに行きます。プレダッピオはエミリア・ロマーニャの小さな町。FS線の駅があるフォルリともアクセスがよく、訪れやすいスポットです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
FS線でフォルリ駅に到着。駅前のタクシー乗り場からプレダッピオに向かいます。バスもありますが、休日は減便するのでタクシーの方が便利で快適です。片道約€30程度。
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プレダッピオのサン・カッシアーノ聖堂。
この聖堂の近くにムッソリーニ一家の墓所があります。 -
集合墓地の入り口。
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一番先にある立派な廟がムッソリーニ一家の廟です。
これは戦後作られたもので、時のアドネ・ツォーリ政権がネオ・ファシストと手を組むために建築を許可したとか。 -
ムッソリーニ廟の入り口。廟は地下に広がっています。
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ベニート・ムッソリーニの墓所。
ファシズムの創始者。 -
近くで。
ベルサリエリ時代に使ってたであろう制帽や軍服もあります。 -
こちらはムッソリーニの奥さん、ラケーレ氏の墓所。
気の強い女性でムッソリーニも彼女には適わなかったとか。 -
ムッソリーニの長男、ヴィットーリオ氏の墓所。
ファシスト政権期には弟であるブルーノ氏と共に空軍のパイロットとして参加しています。また、映画監督としての一面も。
戦後は映画事業に関わる事無く静かに暮らしました。 -
次男、ブルーノ氏の墓所。
ムッソリーニの息子達では唯一(愛人との間の子であるアルビーノを除き)、戦時中に亡くなっています。
幼い頃から航空機に興味があったブルーノは兄ヴィットーリオと共に空軍パイロットになりますが、1941年に若くして事故死しました。 -
三男、ロマーノ氏の墓所。
政治に関わる事無くジャズピアニストとして生き、ソフィア・ローレンの妹であるアンナ・シコローネと結婚、娘アレッサンドラを設けました。
そう、あのアレッサンドラ・ムッソリーニ氏の父親です。 -
次女、アンナ・マリア氏の墓所。
幼い頃は病弱だった事で知られていました。戦後はRaiのラジオ局で働き、偽名を用いてエンターテイナーとして有名になりました。
俳優ジュゼッペ・ネグリと結婚し、娘エッダを儲けました。
エッダも同じムッソリーニの孫娘であるアレッサンドラ同様に政界に進出し、ジェンマーノ市長にまでなりました。アレッサンドラはネオ・ファシスト系政党ですが、エッダは自由主義系の政党です。
なお、ムッソリーニの長女エッダの墓所はここにはありません。彼女はRSI政権期に夫であるガレアッツォが処刑された際に、父であるムッソリーニと決別しました。墓所が無いのもその為でしょう。 -
長男ヴィットーリオ氏の息子グイード氏と、その妻オルソラ・ブヴォーリ氏、そしてその二人の娘マルチナ氏の墓所。
グイード氏はローマのチーズ工場で働いていた労働者で、その娘マルチナ氏はベネズエラで実業家として活動していました。
マルチナ氏は反マドゥロ大統領の政治活動家でも知られていましたが、2016年に若くして亡くなっています。 -
ムッソリーニの父アレッサンドロと、母ローザの墓所。
アレッサンドロは社会主義者で、ムッソリーニが当初熱心な社会主義者だったのは父の影響が大きかったそうです。 -
父アレッサンドロの胸像。
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母ローザの胸像。
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廟の小部屋にはファシズム要素満載の小物が。
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プレートなど。多分ネオ・ファシスト関係。
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廟の見学を終え、街のほうまで歩きます。
プレダッピオは良質なブドウの産地でもあり、美味しい赤ワインを生産しています。ムッソリーニ要素無ければ普通の田舎町ですね。 -
プレダッピオ市街はファシスト政権期に建てられた建築が多く残っています。というか、市街の建築の殆どが当時の建築ですね。
これはカーサ・デル・ファッショ(ファシスト党の事務所)だった建物。イタリアで残っているカーサ・デル・ファッショは大抵の場合はファスケスのレリーフが削られている場合が多いですが、これは残っています。 -
こちらがムッソリーニの生家。
内部は博物館として公開されています。 -
ファシスト政権期のプレダッピオ市の写真。
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ファシスト政権期のプレダッピオ市の遠景。
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若き頃のムッソリーニも同じ風景を見ていたのでしょうか。
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プレダッピオの地図。
ファシスト政権期の建築の多くは博物館として利用されているようです。 -
プレダッピオの名物土産物店!
ムッソリーニグッズ満載!びっくりするほどの品ぞろえ。そして結構安いです。通販も対応しているとの事。
いっぱい買ったらおまけでボールペンやキーホルダー等を大量にくれました。Grazie!
ムッソリーニ以外にも「デチマ・マス」のジャケット等も売っています。果ては某ちょび髭の像まで....お前は呼んでいない。 -
毎度おなじみRSI軍旗。
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重量感のあるムッソリーニの胸像たち。
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お土産屋さんの人と仲良くなり、バールまで行ってタクシーを呼んでもらったり色々とよくしてもらいました。有難い。
さて、プレダッピオの観光を終えてフォルリに戻ります。 -
フォルリでの宿泊先、"Hotel Masini"(三ツ星)
部屋も綺麗で新しく、清潔な雰囲気のホテルです。
お値段もお手頃。 -
アウレリオ・サッフィ広場。フォルリの中心です。
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広場の名前の由来になっているアウレリオ・サッフィの像。
フォルリ出身の政治家で、リソルジメント期の重要な政治家の一人。
マッツィーニ、アルメッリーニと共にローマ共和国の執政になりました。 -
サッフィ広場に面するサン・メルクリアーレ修道院。
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サン・メルクリアーレ修道院内部。厳かで良い感じです。
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サンタ・クローチェ大聖堂。
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翌日、朝のサッフィ広場。
フォルリを出発してサンマリノに向かいます。
では、次の旅行記でお会いしましょう。Ci vediamo!
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