2018/02/09 - 2018/02/13
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マキャヴィティさん
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一般公開していないクフ王のピラミッドの王妃の間や地下室にも入ることができるツアーに行ってきました。46年前、卒業旅行でヨーロッパに行ったときに、カイロで飛行機の乗り次に12時間あったのでギザを訪れ、クフ王のピラミッドに入ったことがあります。
クフ王のピラミッドは最近の調査で未知の空間を発見か?と注目されてきたので、今のうちに一般人立ち入り禁止の部屋も一度行ってみたくなったのでした。
普通のツアーでは行かないマスタバとクフ王のピラミッドを四つん這いになって全ての部屋を探検出来たし、日本人考古学者の案内と説明でエジプト文明に興味を持てる旅でした。
2泊5日、行きも帰りも夜行とちょっと辛かったけど、飛行機はエミレーツ航空のバカでかいA-380、1階はどこまで行ってもエコノミークラスだけ、目障りで嫌味なファーストクラス、ビジネス席は2階に行って見えなく、個々の座席も広くて快適でした。
ただ、JALマイレージは安い団体券のせいか加点されませんでした。
また、48時間前チェックインでの座席確保はできませんでした。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 2.0
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
-
カイロに着いたら、まずメンフィスに向かう。
博物館でラメセス2世のでかい像を見る。プタハ神殿の前に立って居たらしい。
デカい、もう一体あったラメセス2世像はカイロ中央駅前に立って居ましたが、このほど新考古学博物館に展示するために街中を立ったまま移動したそうです。 -
メンフィスの町自体はゴミゴミしているが遺跡の建物は見当たらない。
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スフィンクスがいました。
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このスフィンクスは女だそうで、キスをしようとしたら顔を背けて拒否をされる。
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メンフィスには思い入れがありまして、私が永らく追っかけをしているアレキサンダー大王がプタハ神殿でファラオの戴冠式をしました。
ガイドに聞いたらプタハ神殿跡はここではない、あっちだと指さされても、時間切れで行けませんでした。
古代エジプトの首都だったメンフィスは、テーベに首都が移っても神殿が立ち並ぶ重要な都市で在り続けました。ツタンカーメンの住んだところでもあります。神殿の石材は高級品だったので、キリスト教徒とイスラム教徒らによって建物は破壊されて石材は持っていかれましたが、12世紀までは何とか多くの建物が残っていたそうです。ナポレオンに1800年に発見されるまで、ほとんどの建物・石材は略奪され、メンフィスは跡形もなく、どこにあったのかも判らなくなっていた。 -
メンフィス入口
運河はゴミ捨て場と化していました。
カイロ街中ではゴミが多くなり運河が埋まって水が流れなくて、運河に蓋をして暗渠化工事が行われていました。街のどぶ川に蓋をした日本の昭和30年代みたい。 -
レストラン入り口でパン焼きを見せていました。チップをあげましょう。
あなたの1ドルは彼女の家族の生活を支えています。 -
一生懸命ポーズをとってサービスをしてくれます。
ごめんなさい、こんなことさせて。 -
ピラミッドは背が高いので町からよく見えます。
2018年12月、このあたりでテロがあり観光バスが爆破されました。
普通、観光バスには自動小銃を持ったツーリストポリスが同乗して
観光客を守ってくれてます。爆弾には無力だったのでしょう。
幸運に生き延びた方も、全身ガラスが刺さって苦しいと思います。
ご冥福をお祈りいたします。 -
ホテルの4階の部屋のベランダから夕方も朝方も、ピラミッドは見飽きません。
ただ、夜は照明なして真っ暗、なにも見えません。
東芝さんがもし元気だったらLED照明を寄付していい宣伝になったろうに。
カイロはレストランでワインもビールも飲めました。ホテルのレストランでワイン1本を注文したら、なんとテーストの作法までしました。28ドルと高かったけど。 -
新考古学博物館がホテルの目の前に建設中。計画ではとっくに完成らしかったが、ここはエジプトですからいまだ完成予定日は未定。
最近の報道では、2018年末にオープンだって、ほんと?。 -
クフ王とカフラー王のピラミッドを重ねてみる。傾斜角度は同じ。
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クフ王のピラミッド入口。
私達のピラミッド探検は12時からの予定。お昼休みで閉鎖中の12時から13時まで、ピラミッドは我々の貸し切りだそうです。
まだ時間があるので日本人考古学者の案内で東の墓地のマスタバを見学。 -
東の墓地は王族の墓地。その他の高官たちは西の墓地に埋葬されました。
一般公開されているマスタバ内は素晴らしい壁画がいっぱいあるのに観光客に知られていません。日本人観光客は誰もいませんでした。
ピラミッドの前まで行って、すぐそばのマスタバを見ないなんてもったいない。
ルクソールの壁画は新王国時代の物、ギザの壁画は更に1000年以上古い古王国時代に書かれた、奇跡的に残った人類の遺産です。 -
メレスアンク3世(女性)の墓
クフ王の長男カワブとヘテプへレス2世の娘、カフラー王の妻。
墓には4600年前のたくさんのレリーフが残っています。 -
お父さんのカワブ。
1年中この格好だったのだろうか、エジプトだって寒い日もあるだろうに。
船頭さんが可愛い。 -
母ヘテプヘレス2世とメレスアンク3世。
母ヘテプヘレス2世は長寿で、愛する娘メレスアンク3世の方が早く亡くなったので、自分のために用意したこの墓を譲ったそうです。なお、母ヘテプヘレス2世は夫カワブが亡くなった後クフの跡を継いで王になるジェドエフラーと結婚しました。 -
<参考>ボストン美術館にあるヘテプヘレス2世とメレスアンク3世。
とっても仲の良い親子の像。このマスタバの前で発見されたとか。
次はぜひボストンに行ってみたい。 -
家族の像
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メレスアンク3世。とても美人で、発掘されたとき、顔立ち、金髪等で白人みたい(ヨーロッパの女性?)と言われていたそうです。
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鳥を捕まえる人たち。
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4600年前に作られたとは思えない。
母ヘテプヘレス2世とメレスアンク3世。 -
偽ドアー。
お墓には必ずついている。こちらからは開かない(彫っただけだもん)、あの世から甦るときに向こうからしか開かない。ドラえもんの「どこでもドア」を一方通行にした感じ。 -
クフカーフのお墓。
クフ王とヘヌトセンの長男。早く亡くなった。墓の中は狭くて5人しか一緒に入れない。 -
クフカーフ。
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クフカーフと奥さん
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縄をかけたらしいが、用途、目的が不明。偽ドアーか?引っ張ってみたかった。
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衛星ピラミッドの一番左側がヘヌトセンのピラミッド。
ヘヌトセンはクフ王の妻、カフラー王のお母さんです。 -
インベントリ・ステラ。
ヘヌトセンのピラミッドとクフカーフの墓の間のイシス小神殿で発見された神殿の像の目録。末期王国(サイス)の神官がこの神殿を格上げするためにでっち上げた歴史が書いてある。
クフ王よりも前にスフィンクスかピラミッドは存在したとか、驚くべき内容で、ピラミッドは80万年前建設説、宇宙人建設説、ピラミッド発電所説等面白い説の基となった。 -
問題のイシス神殿の廃墟。ヘヌトセンのピラミッドとクフカフのお墓の間に割り込んで、ヘヌトセンのピラミッドを一部壊して作られている。
末期王国では久々に他民族の支配から独立したので、偉大な過去の王国にあこがれる「古代エジプト・ルネッサンス」運動がおこり、多数の神殿が作られました。 -
イシス神殿礼拝所。
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ヘヌトセンのピラミッドとクフ王のピラミッドの間に発見された小ピラミッド。
クフ王のセド祭のための儀式用ピラミッドらしい。ほら、いつでもどこでも長く王権が続くと王権は堕落してくるので、王権30年たったらリフレシュして初心に戻る儀式のお祭りがあった。 -
ピラミッド南側、船の博物館に行く。隣ではもう一艘の船を復元中、4600年前の材木は、ぼろぼろなので樹脂で固めてと大変だそうです。日本がやってます。
今展示している船は、フランスがやりました。 -
12時になり、我ら探検隊はピラミッドに入ります。それを見ていたヨーロッパ人が俺も入れろと駄々をこねていた。
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ピラミッド内部は写真撮影禁止のため写真なし。
まずは一般公開エリアの王の間、次に非公開エリアの王妃の間、最後に地下の間に入る。
非公開エリアの通路入り口は鉄柵に施錠してある。
私は体重100キロ越えのデブで体は固いし腰痛持ちなため、通路は狭くて低いので四つん這いで行けるように膝パットを付けた。
地下の間への通路は高さが低すぎで頭が天井にガシガシ当たる。特に下り坂の100m(26度)はもう途中で死ぬかと思った。
地下の間は岩盤を掘った70畳ほどの四角な広い空間、重いピラミッドが真上に乗っているのに支えの柱もなしで、素掘りの天井は垂れ下ったりしていない。 -
王の間の南シャフト(換気口)が無残に壊されて換気扇?が付けられている。46年前には小さな四角な穴が開いていて中をのぞいた覚えがある。
誰だ! こんなに壁を破壊したのは、許せん。
(すみません写真をお借りします) -
王妃の間。
通路の途中で壁に3本のボルトが刺さっていた。壁の向こう側に部屋が無いか、フランス人がドリルで穴を開けて調査しようとしたが、砂がどんどん出たのでふさいだ跡だそうです。
王妃の間の中央にはこの度、宇宙線を使って空間を調査した名古屋大学の機器がまだ置いてある。もっと調査やるのかな? 測定結果を先に発表して、エジプト考古庁と仲が悪くなったそうな。
(すみません写真をお借りします) -
生きてピラミッドから出ることができました。ガシガシ通路の天井に頭が当たったので、頭が半分ぐらい削れてるんじゃないか触ったけど血も出ていない。アラーのおかげか。ただ、腿の筋肉が4日ほど痛かったが腰は大丈夫でした。
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カイロの町が見えます。昔は丘の下に運河が流れていて河岸神殿があったそうです。
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ピラミッドのキャップストーン。(てっぺんの石)
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クフ王の化粧石
中に積んだ石灰岩と較べ、質、密度の全く違う上等の石灰岩。
中に積んだ石はスフィンクスの近くで取れた石、化粧石は船でナイル川の対岸から運びました。ピラミッドを壊した連中は、この化粧石を目的に破壊しました。石は大きいし、下から壊して行ったらしいので、とても危険な作業だったと思う。この石だけなぜ残ったのは、長い間に現在の出入り口(アルマムーンの盗掘口)まで砂に埋もれていたためと思います。 -
46年前のスフィンクス。
観光客が少なく、暇なスフィンクスが尻尾を振り振り私に話しかけてきました。
「朝は四本足、昼は二本足、夕は三本足。この生き物は何か?」となぞなぞを出してきました。
「わからない」と答えると怒って「食べてやる」と襲ってきました。
ところが、ちょうど太った美味しそうなエジプト人が前を通って私の替りにスフィンクスに食べられましたので、そのすきに逃げることができました。 -
それから46年後スフィンクスは沢山の観光客に囲まれていました。
私は年を取ってしまいました。杖をついて、なぞなぞの答えがわかりました。
「あ、それは人間です。私のことだ。」
スフィンクスは人気者ですから、写真のポーズをとるのに忙しくて、もう私には何も話しかけてくれませんでした。
ー うそっぽ物語より
思い出 46年前、カイロには青空がありました。今は空気が汚れて何でもくすんでいました。 -
運河沿いの道をダハシールに向かう。
全てナツメヤシだそう。 -
オレンジは2月はシーズン?です。ホテルのレストランでたくさん食べました。みずみずしくておいしかったです。「エジプトでは生野菜・果物は食べてはいかん、お腹が・・」はいつの世の話よ。パクパク美味しかったよ。
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屈折ピラミッド。
スネフェル王が息子のネフェルマアトに作らせました。めずらしく化粧石が残っているピラミッドでした。1周してきました。 -
なぜ化粧石が盗まれなかった理由は、まず化粧石が長く、内側に傾いて積んであるので引っこ抜けにくかったことが考えられます。クフ王のピラミッドを含め平らに石を積んだピラミッドは化粧石は置いてある状態なので外しやすいのです。
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本体の石は大きさがまちまちで、ちょっと感心できません。
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1個あった衛星ピラミッド。
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遠くに黒ピラミッドが見える。日干し煉瓦で作ったので崩れています。
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スネフェル王の赤ピラミッドは傾斜角度が緩いので、遠くから望むとなんかバランスの悪い平たいピラミッドに見える。中に入れるので入ってみた。まず30メーター高い入口に登る。
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下方通路を下る。通路の天井はクフ王のピラミッドと同じ低く、天井に頭が当たる。降りきったらせり出し式天井の2つの部屋があり奥の部屋の高いところに玄室への入口があった。木製の階段が作られています。
古代エジプトではアーチ構造は採用されてなく、すべてせり出し式か長い石を渡す構造でした。コウモリが住んでいて臭いとの評判ですが、それほどでもありません。 -
サッカラの階段ピラミッドの神殿入り口。入口裏に蝶番まで彫られている石の偽ドアーがあった。入ったらすぐ左です。扉を動かせたら、あの世が見える・・不可能です。
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ジョセル王がイムホテプに作らせた最初のピラミッド。
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中庭の擁壁の上にはコブラの化粧
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立像が立って居たのですが無残にもが足だけが残りました。
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ウナス王のピラミッド。崩れていますが、中に死者の書がびっしり壁に書き込まれています。
原則、ピラミッドの中は写真撮影は禁止でカメラを持ち込めません。でも写真を撮りたいときはスマートホンならもちこめますし、もし1ドル札を見せるように握りしめているガラベーヤのおじさんがいたら、1ドルのチップで写真を取らしてくれるかもしれません。エジプトポンド紙幣はよれよれで汚らしいので、1ドル紙幣をいっぱい持っていったら「みんな幸せ」、融通が利いて不可を可にします。ツアーではエジプトポンドは博物館の写真券、ミイラ券ぐらいしか使いません。 -
お昼はナイル川のレストラン船。夜じゃないのでベリーダンスなんてありません。
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エジプト考古学博物館
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エジプト各地から発掘された石像が展示されていましたが、興味があったのはアクエンアテン関係の像。今までの常識を完璧に破っています。趣味が悪いと皆は思うかもしれませんが、強烈です。ツタンカーメンのお父さんです。
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奥さんはベルリンに行ってるネフェルティティです。
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アテンの神の光が降り注いでいます。
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アクエンアテンは異端王として王名表から抹消されたので、これらは首都のアマルナで発掘されたのでしょうか
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ツタンカーメンのお墓の中の財宝図
子供の時に使っていたものも埋葬されていたそうです。 -
ツタンカーメンが使っていた椅子。年上奥さんのアンケセナーメンはツタンカーメンが19歳で亡くなったので、その後、年取った宰相アイと結婚しました。お陰でアイはファラオになれた。
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ツタンカーメンの内臓を入れた容器。
アラバスターがキレイなので、私の骨壺にしようとコピー品を探したけど見つかりませんでした。 -
古代で流行ったゲーム盤セネトが一緒に埋葬されていた。
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ここにもセネトが。
サイコロの替りに棒を投げて数だけ駒を進めるゲーム。
私があの世でツタンカーメンに会ったら遊べるようゲーム盤を探したら、
アメリカAmazonで約30ドル(日本に配送できない)、日本Amazonでは7400円と高い。エジプトでは安く売っているかなと探したがなかった。 -
日本に帰ってから咳が止まらない、鼻水がダラダラ、扁桃腺が腫れ、頭が重くスッキリしない症状が出てきた。これはツタンカーメンの墓を発掘したハワード・カーターが早死にしたように、ファラオの呪いにかかったかな。またはラメセス2世のミイラを見て「あ、頭に毛が生えている」とミイラを冒とくしたので死者の神のアヌビス神の怒りに触れたかと心配していたら、
山の神が言うには「花粉症じゃない」
お粗末な旅行記でした。すみません。
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