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初詣でに熱田神宮・福王神社に出かけて来ました<br />熱田神宮は穏やかに晴れていたのですが、三重の福王神社は雪でした<br /><br />1日:名古屋市中川区荒子の荒子観音寺<br />2日:奈良慈光院、岡寺、岡本寺<br />3日:熱田神宮、多賀殿、 三重県三重郡菰野町田口の福王神社、名古屋市中川区野田2丁目の三狐神社(氏神)、名古屋市中村区城屋敷神明社(稲葉地城址)<br /><br />熱田神宮 P年末年始1000-2000円 正月御垣内参拝1000円<br /><br />福王神社 P無料 三重県三重郡菰野町田口<br />3の付く日が縁日 福王山標高598m<br /><br />

初詣2018熱田神宮・福王神社

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2018/01/03 - 2018/01/03

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名古屋のmisako

名古屋のmisakoさん

初詣でに熱田神宮・福王神社に出かけて来ました
熱田神宮は穏やかに晴れていたのですが、三重の福王神社は雪でした

1日:名古屋市中川区荒子の荒子観音寺
2日:奈良慈光院、岡寺、岡本寺
3日:熱田神宮、多賀殿、 三重県三重郡菰野町田口の福王神社、名古屋市中川区野田2丁目の三狐神社(氏神)、名古屋市中村区城屋敷神明社(稲葉地城址)

熱田神宮 P年末年始1000-2000円 正月御垣内参拝1000円

福王神社 P無料 三重県三重郡菰野町田口
3の付く日が縁日 福王山標高598m

旅行の満足度
4.5
観光
4.0
グルメ
4.0
交通
4.0
同行者
カップル・夫婦
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車
  • 熱田神宮下知加麻神社 旅行安全の神様

    熱田神宮下知加麻神社 旅行安全の神様

  • にわとりも人が多くて鳥居の外にお散歩中のようです

    にわとりも人が多くて鳥居の外にお散歩中のようです

  • 西の鳥居横の菅原社

    西の鳥居横の菅原社

  • いつ見ても弘法大師お手植えと伝わる楠木はりっぱですね

    いつ見ても弘法大師お手植えと伝わる楠木はりっぱですね

  • 毎年同じかなと思いつつ、撮りました

    毎年同じかなと思いつつ、撮りました

  • 10時近くでこの混雑・・・

    10時近くでこの混雑・・・

  • 御祭神:熱田大神(天照大神)

    御祭神:熱田大神(天照大神)

  • 熱田神宮南、蓬莱軒向かいの多賀殿<br />神社なのか寺なのか?<br />蔵福寺という寺が隣にあり・・・

    熱田神宮南、蓬莱軒向かいの多賀殿
    神社なのか寺なのか?
    蔵福寺という寺が隣にあり・・・

  • 福王神社参道の七福の関東煮450円

    福王神社参道の七福の関東煮450円

  • 並うどん500円

    並うどん500円

  • ウー寒い、雪が少しやみました

    ウー寒い、雪が少しやみました

  • 毘沙門天、多聞天<br />インド古代神話中のクビラのことであるといわれ、護法神の一つで四 天王ないし十二天のうち、北方の守護神である。独立して福徳富貴の 神としても尊崇され、後世七福神の一ともなる。福王の毘沙門堂は元桑名京町の北側、職人町にあったものを慶長年間、桑名が町割りのとき、ここへ移したものと云われている。福王山はまた、天狗信仰にまつわる伝説の多いところで、頂上はかなり広い平坦なところがあって、里人はそこを「天狗の踊り小場」と 呼んでいる。昔、堂付近を通ると天狗が危害を加えるといって恐れたため、桑名藩主松平定綱はこれを憂い、付近の木を多く伐りはらった ところ、何の障りもなく、その後は木こりも通れる様になったと言う。 この福王山は桑名藩のご用林となり、杉、もみを植林し、藩の山番小屋が設けられ、その跡が長助屋敷として名が残っている。現在は国有 林として営林署の所管になり杉の造林が盛んに行われ、美林となっている。桑名藩ご用林当時は保護されて杉、もみの巨木が福王山一帯にあっ たが度々の山火事によって焼失した。現在、境内に遣っているもので大子杉とよぶ巨杉があり、直径4m位ある。境内入口近くに天狗杉と 呼ぶ大木があったが、枯れて今はない。福王神社の玄関である田口のバス停前には、文政年間の建造の石造の燈籠と唐獅子、各々2基あり、 大正年間に建造の大鳥居は見事なものである。また参道の傍らにしる石の道標も和歌等が刻まれ、興味深い。<br />(歴史・文化・伝説HPより)

    毘沙門天、多聞天
    インド古代神話中のクビラのことであるといわれ、護法神の一つで四 天王ないし十二天のうち、北方の守護神である。独立して福徳富貴の 神としても尊崇され、後世七福神の一ともなる。福王の毘沙門堂は元桑名京町の北側、職人町にあったものを慶長年間、桑名が町割りのとき、ここへ移したものと云われている。福王山はまた、天狗信仰にまつわる伝説の多いところで、頂上はかなり広い平坦なところがあって、里人はそこを「天狗の踊り小場」と 呼んでいる。昔、堂付近を通ると天狗が危害を加えるといって恐れたため、桑名藩主松平定綱はこれを憂い、付近の木を多く伐りはらった ところ、何の障りもなく、その後は木こりも通れる様になったと言う。 この福王山は桑名藩のご用林となり、杉、もみを植林し、藩の山番小屋が設けられ、その跡が長助屋敷として名が残っている。現在は国有 林として営林署の所管になり杉の造林が盛んに行われ、美林となっている。桑名藩ご用林当時は保護されて杉、もみの巨木が福王山一帯にあっ たが度々の山火事によって焼失した。現在、境内に遣っているもので大子杉とよぶ巨杉があり、直径4m位ある。境内入口近くに天狗杉と 呼ぶ大木があったが、枯れて今はない。福王神社の玄関である田口のバス停前には、文政年間の建造の石造の燈籠と唐獅子、各々2基あり、 大正年間に建造の大鳥居は見事なものである。また参道の傍らにしる石の道標も和歌等が刻まれ、興味深い。
    (歴史・文化・伝説HPより)

  • 御祭神:饒速日命、天照大神、倉稲魂命、大山祇命、応神天皇、市杵島姫命、毘沙門天、聖徳太子<br />本堂<br />急な石段を登りきったところにある福王神社は、聖徳太子が1200年前に奉じたと伝えられる毘沙門天をまつり、毎月3の付く日を縁日としてにぎわいを見せています。<br />この神社の歴史は約1400年前、敏達天皇の時代に百済から仏工安阿弥が来朝して毘沙門天を刻み、後にこの像を聖徳太子の命によって福王山に安置し、国の鎮護と伊勢神宮の守りとしたと伝えられています。<br /><br />神社の境内には杉の古木がうっそうとしげり、森厳な気配が漂い、その中でも太子杉と呼ばれる樹齢1000年を越える巨大な神木は、歴史の古さを物語っています。福王山には天狗伝説があり、参道には天狗像が祀ってあります。 <br />(観光三重HPより)<br /><br />- 大字田口 -  国道306号線田口集落より西へ約2km、福王山の山麓、杉の巨木が亭々と空にそびえる森厳の中に神社はある。祭神は徳福の神毘沙門天 を祀っている。社伝によれば、敏達天皇6年百済より経文、僧、仏工を献上の折、来朝した仏師安阿弥が勅を受けて毘沙門天を刻んだとい う。後に聖徳太子の命により福王山にその毘沙門天を安置し、国の鎮護と伊勢神宮の守りとしたと伝える。毘沙門天は一名多聞天とも言う。<br />インド古代神話中のクビラのことであるといわれ、護法神の一つで四 天王ないし十二天のうち、北方の守護神である。独立して福徳富貴の 神としても尊崇され、後世七福神の一ともなる。福王の毘沙門堂は元桑名京町の北側、職人町にあったものを慶長年間、桑名が町割りのとき、ここへ移したものと云われている。福王山はまた、天狗信仰にまつわる伝説の多いところで、頂上はかなり広い平坦なところがあって、里人はそこを「天狗の踊り小場」と 呼んでいる。昔、堂付近を通ると天狗が危害を加えるといって恐れたため、桑名藩主松平定綱はこれを憂い、付近の木を多く伐りはらった ところ、何の障りもなく、その後は木こりも通れる様になったと言う。 この福王山は桑名藩のご用林となり、杉、もみを植林し、藩の山番小屋が設けられ、その跡が長助屋敷として名が残っている。現在は国有 林として営林署の所管になり杉の造林が盛んに行われ、美林となっている。桑名藩ご用林当時は保護されて杉、もみの巨木が福王山一帯にあっ たが度々の山火事によって焼失した。現在、境内に遣っているもので大子杉とよぶ巨杉があり、直径4m位ある。境内入口近くに天狗杉と 呼ぶ大木があったが、枯れて今はない。福王神社の玄関である田口のバス停前には、文政年間の建造の石造の燈籠と唐獅子、各々2基あり、 大正年間に建造の大鳥居は見事なものである。また参道の傍らにしる石の道標も和歌等が刻まれ、興味深い。<br />(歴史・文化・伝説HPより)

    御祭神:饒速日命、天照大神、倉稲魂命、大山祇命、応神天皇、市杵島姫命、毘沙門天、聖徳太子
    本堂
    急な石段を登りきったところにある福王神社は、聖徳太子が1200年前に奉じたと伝えられる毘沙門天をまつり、毎月3の付く日を縁日としてにぎわいを見せています。
    この神社の歴史は約1400年前、敏達天皇の時代に百済から仏工安阿弥が来朝して毘沙門天を刻み、後にこの像を聖徳太子の命によって福王山に安置し、国の鎮護と伊勢神宮の守りとしたと伝えられています。

    神社の境内には杉の古木がうっそうとしげり、森厳な気配が漂い、その中でも太子杉と呼ばれる樹齢1000年を越える巨大な神木は、歴史の古さを物語っています。福王山には天狗伝説があり、参道には天狗像が祀ってあります。
    (観光三重HPより)

    - 大字田口 -  国道306号線田口集落より西へ約2km、福王山の山麓、杉の巨木が亭々と空にそびえる森厳の中に神社はある。祭神は徳福の神毘沙門天 を祀っている。社伝によれば、敏達天皇6年百済より経文、僧、仏工を献上の折、来朝した仏師安阿弥が勅を受けて毘沙門天を刻んだとい う。後に聖徳太子の命により福王山にその毘沙門天を安置し、国の鎮護と伊勢神宮の守りとしたと伝える。毘沙門天は一名多聞天とも言う。
    インド古代神話中のクビラのことであるといわれ、護法神の一つで四 天王ないし十二天のうち、北方の守護神である。独立して福徳富貴の 神としても尊崇され、後世七福神の一ともなる。福王の毘沙門堂は元桑名京町の北側、職人町にあったものを慶長年間、桑名が町割りのとき、ここへ移したものと云われている。福王山はまた、天狗信仰にまつわる伝説の多いところで、頂上はかなり広い平坦なところがあって、里人はそこを「天狗の踊り小場」と 呼んでいる。昔、堂付近を通ると天狗が危害を加えるといって恐れたため、桑名藩主松平定綱はこれを憂い、付近の木を多く伐りはらった ところ、何の障りもなく、その後は木こりも通れる様になったと言う。 この福王山は桑名藩のご用林となり、杉、もみを植林し、藩の山番小屋が設けられ、その跡が長助屋敷として名が残っている。現在は国有 林として営林署の所管になり杉の造林が盛んに行われ、美林となっている。桑名藩ご用林当時は保護されて杉、もみの巨木が福王山一帯にあっ たが度々の山火事によって焼失した。現在、境内に遣っているもので大子杉とよぶ巨杉があり、直径4m位ある。境内入口近くに天狗杉と 呼ぶ大木があったが、枯れて今はない。福王神社の玄関である田口のバス停前には、文政年間の建造の石造の燈籠と唐獅子、各々2基あり、 大正年間に建造の大鳥居は見事なものである。また参道の傍らにしる石の道標も和歌等が刻まれ、興味深い。
    (歴史・文化・伝説HPより)

  • 太子堂

    太子堂

  • 滋賀側石榑トンネル付近も雪

    滋賀側石榑トンネル付近も雪

  • 熱田神宮交通安全ステッカー1000円、福王神社福熊手1000円<br />おみくじは熱田神宮200円小吉でした、福王神社100円半吉でした

    熱田神宮交通安全ステッカー1000円、福王神社福熊手1000円
    おみくじは熱田神宮200円小吉でした、福王神社100円半吉でした

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