2017/10/14 - 2017/10/14
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ベイグラントさん
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初めての和歌山県、行ってきました!
これでやっと紀伊半島の地図の空白が埋まる♪
今回の旅の主目的は大阪でのコンサートでしたが、夜まで時間が有ったので、前から気になっていた高野山へ行ってみることにしました。
高野山は、平安時代の弘仁7年(816年)に嵯峨天皇から空海(弘法大師)が下賜され、修禅の道場として開かれた、1,200年の歴史を持つすごいお寺です。
僧侶の方々は、まだ弘法大師が高野山奥の院の霊廟において現在も禅定を続けていると信じていて、毎日お食事を運んでいらっしゃいます。
行き方を調べているうちに、途中で一日3本だけ、可愛い観光列車「天空」が走っている部分があることを発見して、「それに乗るっきゃない!」と思って速攻で予約を入れて席を確保していきました。
でも天空は、私の行った10日後くらいに台風21号の被害で路盤の土砂流出が起こってしまい現在運休中です。
復旧にはまだ数か月かかるようです。
電車込みで楽しみたい方は、復旧を待った方がいいです。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
深夜バスで早朝に到着!
いつもなら、気になりつつも素通りしてしまうこの南海線の駅を、とうとう使う日が来た! -
なんば駅♪
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軽めの電車オタクなので、乗ったことのない電車を見ると、テンションがめっちゃ上がって写真を撮りまくるw
はじめましての南海線~!
橋本駅からは、いよいよ楽しみにしていた天空に乗れますよ!
どこどこ??
天空どこ?? -
あー!
あそこに!!
ワクワク! -
こんな天空グッズも売ってらっさる。
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ホームにある小さな窓口で予約番号を告げると、乗車券を買えます♪
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私は一号車♪
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ホームに入って来た~!!
緑と赤の可愛い電車。 -
速攻乗り込み、内部を激写。
主な座席は、見晴らしのいい側の一方向を向いています。 -
みんな乗り込んできた。
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こんな角度してる席もあります。
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グループ用にはこんな席も。
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座るとこんな感じ。
いいねー!
特別感♪ -
スタンプラリーのスタンプ。
これは乗車した人しか押せない貴重品♪ -
出発~!
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私は窓際席だった♪
やっぱ前がいいよね!
早めの予約が勝利の秘訣。 -
単線区間です。
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どんどん、山を登っていきます。
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たまに反対から下って来た電車とすれ違える駅があります。
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いいね~。
旅に来た~って感じするよねぇ。 -
終点の極楽橋駅に到着!
こっから、さらに急勾配を、ケーブルカーで登っていきます。 -
すっごい角度!
階段上るだけで感覚がおかしくなってフラフラするw -
なんてところだ・・・・・・・・。
ねぇ、空海さんは1,200年も前に、こーんな高くて険しい山の上に、どうやってあんなお寺を作ったの????? -
やばいよ。
三半規管がやられる。
中で歩くと転びそうw -
いよいよケーブルの終着駅、高野山駅に到着!!
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この場所ゆかりの胃腸薬の宣伝。
素敵♪ -
来たよ、来たよ、とうとう来たよ。
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・・・・・と、思いきや・・・、
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こっから更にバスでーす!w
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ほんとに・・・、こんなに公共交通使っても辿り着くのが大変なのに・・・。
空海さんの時代の皆様の苦労が偲ばれる。 -
バスに乗り換えてからもだいぶ乗って、ようやく入り口に到着!
もっと先までバスで行けるけど、この敷地内を歩いて行かないと意味ないっしょ。 -
と思って、一の橋口で下車。
ここから奥の院まで、約2キロを歩きます。 -
よっしゃ!
やっと着いた感! -
はぁーーーーー。
すっごい時代を感じさせる並木だな。 -
敷地内には、あらゆる時代のお墓が並んでいる。
さっきの橋からこっちは死者の世界。
あの橋が、この世とあの世が交わる、結界にあたるんだって。 -
形状が全然違うものだらけ。
どれが、いつの時代のお墓なのかなぁ。 -
こんな風に、鳥居があるお墓も多い。
今は、鳥居は神社、と分かれているけど、昔はお寺も神社も分かれていなかったらしい。 -
こんなのもある。
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お地蔵様もたくさん居る。
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これは灯篭のような形。
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将軍様のお墓もあります。
八代将軍 吉宗。 -
藩主のお墓もたくさんあります。
こちらは紀州藩主の徳川家のお墓。
ハートの形の窓が可愛い♪ -
大きさも様々。
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こんなに大きいのも。
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観音様のところも。
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とにかく、凄い数のお墓がずらりと並んでいます。
20万基以上だとか。
大岡越前とか、明智光秀、石田三成、武田信玄、織田信長など、その時代、その時代の権力者が、みんなここに眠っています。
敵、味方に分かれて戦った将軍たちも、みんなここにお墓を建て、仲良く眠っています。
それくらい、ここは強力な聖地として認められていたのでしょうね。
空海は、「世の全ての人を救うために、ここに弥勒菩薩が舞い降りる」と教えていたんだそうです。
でも、それは遥か56億7000万年後!!
みんな、ここでじーーーーーっと、その時が来るのを待っているのです。
すげぇ・・・・・・・。 -
だいぶ歩いたころに、汗かき地蔵に辿り着きました。
世の中の人々の苦しみを身代わりになり一身に受けているので、いつも汗をかいていると伝えられています。
ありがたや、ありがたや。 -
その横には姿見の井戸。
覗きこんで自分の顔が映らなければ三年以内に死んでしまうと言われています。
私は普通に映ってましたw
まだ生きるのか。 -
こんなフォーメーションのお地蔵様も珍しい。
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大きな木が伐り出されています。
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人と比べたら、その大きさがわかります。
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樹齢何百年だろう。
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お!
ここには、秋の足音! -
東京はまだ暑かったりするけど・・・。
さすがにこんなに険しい山の上。 -
一足早く、秋を感じる。
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綺麗♪
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赤い橋と合うね。
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こんな、おうちみたいな形状のものもあった。
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すっごい集合体!!
いったいなぜ、こんなに??? -
いよいよ、ゴールに近い。
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あちらの建物で、休んだり、お茶をいただいたりできます。
行ってみよう。 -
素敵な装飾♪
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こんな大きなお釜にあつあつのお茶を用意してくださっています。
ありがたくいただきました。 -
御供所に行って、御朱印をいただきました。
すごく素敵な字だった。 -
こちらは、水向地蔵。
御廟の橋の横に並んでいます。 -
この御廟の橋の先が、奥の院。
ここからは、写真撮影は禁止です。
僧侶の方たちは、あの奥の霊廟で、今も弘法大師が禅定を続けていると信じ、毎日お食事を運んでいらっしゃいます。
たまたまそのお食事を運ぶ時間帯に居合わせました。
厳かにキビキビと運んでいかれました。 -
空気が研ぎ澄まされた感じのする、まさに聖地、という場所でした。
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バスに乗って、檀上伽藍へと移動します。
-
いきなりこの中門の巨大さに圧倒されます。
この中門は、開創1200年を記念する主要事業として、天保14(1843)年に焼失して以来存在しなかったものを、172年ぶりに再建したものです。
172年ぶりですよ!!
先代の門を見れてる人は、この世に1人も居ないのです。
これが、ここにこういうふうにある光景を見れていたのは、200年近く前の人々だけなのです。
貴重~。
この新たな中門は、鎌倉時代の建築様式を基に設計され、規模は東西25m、南北15m、高さ16m、なのだそうです。 -
入っていきなり、素晴らしい光景に巡り合えました。
僧侶たちがザッザッザッ、と一斉に現れて、整列し、読経を始めたのです。
みんな腹から、すっごい響く声が出ていて、それが幾重にも折り重なって、すごい迫力でこちらに押し寄せてくる感じ。
人間の声で、あんなに圧倒されるのは初めてでした。
心にズシーン!とパンチを撃ち込まれたような、そんな衝撃的な音色でした。
ウットリして聞き惚れました。 -
彼らの読経の声に釣られるように後を追うと、そこには、高野山のシンボルと言われる根本大塔が。
以下、公式サイトからの引用。
お大師さま、真然大徳(しんぜんだいとく)と二代を費やして、816年から887年ごろに完成したと伝えられます。お大師さまは、この大塔を法界体性塔とも呼ばれ、真言密教の根本道場におけるシンボルとして建立されたので古来、根本大塔(こんぽんだいとう)と呼んでいます。多宝塔様式としては日本最初のものといわれ、本尊は胎蔵大日如来、周りには金剛界の四仏(しぶつ)が取り囲み、16本の柱には堂本印象画伯の筆による十六大菩薩(じゅうろくだいぼさつ)、四隅の壁には密教を伝えた八祖(はっそ)像が描かれ、堂内そのものが立体の曼荼羅(まんだら)として構成されています。
表からは分かりませんが、中は朱塗りの柱や、極彩色の仏像画で彩られた立体曼荼羅になっていて、ものすごい豪華です。
でも、写真撮影は禁止。
いつまででも眺めていられる豪華さでした。 -
これは、六角経蔵。
鳥羽法皇の皇后であった美福門院が、鳥羽法皇の菩提を弔うため、紺紙に金泥(きんでい)で浄写された一切経を納めるために建立された経蔵です。この紺紙金泥一切経は、美福門院がその持費として紀州荒川(現在の那賀郡桃山町付近)の庄を寄進された事に由来して、荒川経とも呼ばれるようになりました。
したがって、この六角経蔵は、別名「荒川経蔵」といいます。
現在の建物は昭和9年(1934年)2月に再建されました。
経蔵の基壇(きだん)付近のところに把手がついており、回すことができるようになっています。この部分は回転するようにできており、一回りすれば一切経を一通り読誦した功徳が得るといわれています。
というので、しっかり一回回してきました。 -
西搭。
お大師さまの伽藍建立計画案である『御図記(ごずき)』に基づき、高野山第二世である真然大徳によって建立されました。
お大師さま入定後の仁和2年(886年)に完成に至る。
ですって。
1000年以上も前・・・・・・・。
ゴクリ。
よくもまぁ、こんなに立派に残ってますね。 -
三鈷の松。
葉が3つの珍しい松です。
弘法大師が唐より帰国される折、明州の浜より真言密教をひろめるにふさわしい場所を求めるため、日本へ向けて三鈷杵(さんこしょう)と呼ばれる法具を投げたところ、たちまち紫雲(しうん)たなびき、雲に乗って日本へ向けて飛んで行きました。
後にお大師さまが高野近辺に訪れたところ、狩人から夜な夜な光を放つ松があると聞き、早速その松へ行ってみると、そこには唐より投げた三鈷杵が引っかかっており、お大師さまはこの地こそ密教をひろめるにふさわしい土地であると決心されました。
というストーリーがあり、高野山がここに建てられたきっかけになった松、という重要な存在です。
参詣者の方々が、縁起物として松の葉の落ち葉を持ち帰り、お守りにするということで、必死に手を伸ばして葉を拾っていました。 -
すごいところに来ているんだなぁ・・・。
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蛇腹道を通って、次は金剛峯寺へ向かいます。
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今年最初の紅葉を愛でながら、のんびりお散歩。
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東搭です。
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金剛峯寺。
高野山真言宗の総本山で、全国真言宗の総本山でもあり、全国3,600に及ぶ末寺の宗務を執っています。
明治初年(1868年)、興山寺と秀吉が建てた青厳寺と合併して金剛峯寺と改称しました。
歴史に名を残す絵師が手がけた襖絵で飾られた部屋や、豪壮な台所のほか、秀次切腹の間や蟠龍庭、日本最大の石庭などが拝観できます。 -
こんなに高い山の上にあるから、落雷などによる出火で大切な建物が何度も火災で焼け落ちてしまうことがあったそうで、それを防ぐための工夫もあちこちに見られました。
屋根の上にはこんな桶が。 -
これはもの凄かった。
背丈よりも全然高い、超ーーー巨木の輪切り。
気の遠くなるような長い時間、この高野山の発展を見つめてきた木ですね。 -
この建物は、彫刻が素晴らしかった。
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若い子が、「あれ何?象?全然違くない?」とか言ってたけど、きっと作者は本物の象なんて見たこともない時代の人のはず。
中国から伝来した文献などを参考に、想像で作ったんだろうなぁ。 -
ほんと綺麗な建物でした。
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お茶とお菓子のサービスがあります。
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素敵な石庭が有りました。
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綺麗だ・・・。
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見る角度によって、石の並びが全然違って面白い。
石庭があっても、こんなにいろいろ違う角度から眺められるとこって、あまりないかも。
この角度が一番好きだ。
日本最大の石庭だそうです。 -
台所がまた、すごい規模でした。
天窓が有って明かり取りに工夫が。 -
そして、お水が流れるようにすのこのようになった床。
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かまどもこんなに大きかった。
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本当にすごいところだ・・・。
感動した! -
いつの時代の籠なんだろう~?
いやいやーーー、堪能したわぁ!高野山。
神秘に満ちた、厳かな雰囲気の漂う、まさに聖地!って感じでした。
素晴らしい。
もっとのんびりしたいけど、大阪に戻る時間なのでここまで。 -
大阪に戻ってからは~。
防弾少年団の初ドーム公演を見てぇ・・・ -
夜の新世界をそぞろ歩いてぇ・・・
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あまりにも多い観光客に、「新世界も変わったなぁ・・・」の感慨を抱きぃ・・・
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お決まりの、串カツとホルモンで、腹を満たしぃ・・・
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初めて泊まるゲスハの滑り台にワクワクしぃ・・・
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スマートボールで郷愁に浸りぃ・・・
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ちょうど満開の金木犀の甘い香りに癒されて帰ってきました♪
めっちゃ楽しかった^^
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