2017/11/04 - 2017/11/04
65位(同エリア162件中)
ちゃみおさん
先日地元のテレビ番組で「ヤマモトロックマシン(株)」という会社が所有する、昭和初期に建てられた独身寮&家族寮が紹介され、心惹かれたちゃみお夫婦。
最近古い建物に興味があるのです。
この会社の独身寮・家族寮・食堂・工場・便所など8つの建物が、2016年2月・国登録有形文化財となりました。
当時としては最新鋭の水洗トイレ、二重扉なども備えられていました。
この建物を保存活用して行こうと、地元の建築士さんが中心となり様々な活動をされています。
普段は会社所有の施設なので、立ち入る事も、見学する事も出来ません。
ですが、年に数回開催されるイベントの時だけ、見学させてもらえるのです。
11/4は東城町の大きなお祭り「お通り」がある日。
それに合わせて「旧寮オープンフェスタ」というイベントが開催され、寮と工場の見学会があるとの事。
これは絶対に行かなくちゃ!
放送を見た翌日、電話で見学会を申し込みました。
これは楽しみ♪
ちなみに「ヤマモトロックマシン(株)」は、主に削岩機やドリルを作っている会社。
大正4年、鋳物製造から始まりました。
大正末期~昭和初期、東城町のダム工事や発電所の工事現場で使われていた外国製の削岩機の修理を引き受けていた事がきっかけで、これまで外国製に依存していた削岩機の国産製造を始めたのだそうです。
以降、この会社の製品が国内のダム・トンネル・発電所・道路・新幹線などの工事現場で使われ、日本の発展に大きく貢献しました。
そんな会社が東城町にあったなんて、テレビで紹介されなければ知る事もなかったと思う。
重ねて書きますが、普段は寮や工場の建物を見学する事も敷地内に立ち入る事も出来ません。
そして見学についてヤマモトロックマシン(株)に直接問い合わせする事も出来ません。
ご注意下さい。
「ヤマモトロックマシン旧自治寮活用プロジェクト」が窓口となっています↓
http://matidukuri.holy.jp/#notice
活動の様子や、イベントの告知はこちらをご覧下さい。
工場見学もちゃみお夫婦の趣味となっていますが、今回は商品の製造工程を見る工場見学ではなく、工場の建物を見学するという、いつもとは違う工場見学でしたよ。
見学会が終わった後は、「お通り」というお祭も見学しました。
それは次の旅行記で。
- 同行者
- カップル・夫婦
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2週連続で日本に台風が来るなど、雨の多かった10月も終わり、11月になりました。
久しぶりに晴れの週末。
庄原市東城町へ向かって、中国道を東へと走っています。
道路沿いの木々も紅葉が始まってます。 -
庄原市東城町、ヤマモトロックマシン(株)の見学会会場に到着したのは10時前。
広い無料駐車場も用意されていました。
寮と工場の見学会は10時半~受付、11時からスタート。
参加費は300円/人。
受付はすでに始まっていたので参加費を払い、スタートまでは独身寮を見学しようと思います。 -
正面の三階建ての建物が家族寮(国登録有形文化財)
見学会に参加すると、この建物も見学させてもらえます。
私達も見学会に参加するので、後で中を見学出来ます。
楽しみ♪ -
家族寮は1937年(昭和12年)に建てられました。
大工棟梁 曽田敏郎氏。
外観は洋風で、瓦も欧州風のものが使われ、アーチ型のドーマー窓も付いていて、ハイカラな建物です。
玄関の真上には社章であるY字のマークが入っています。
昭和50年頃まで使われていたらしい。 -
家族寮前の池に建物が映るよう、写真を撮ってみました。
ちなみにこの池は防火用水も兼ねていたようです。
鯉が泳いでいましたよ。 -
食堂・娯楽棟(国登録有形文化財)
1937年(昭和12年)築。
写真左:1階が食堂、2階が娯楽室。
写真右:正面は調理室と調理師部屋だったそう。
給水塔がなんともレトロ。 -
食堂の内部。
社員の半分は寮生活。
ここで3食、食事をしていたそう。 -
独身寮(国登録有形文化財)
1941年(昭和16年)に建てられた、木造2階建てです。
ここは見学会に参加しなくても、見学できるそうなので、外観を見た後は内部を先に見ちゃいましょう。 -
外階段も素敵ですね。
ここもなんとなく洋風な感じ。 -
手すりはペンキを塗り直してあるので綺麗です。
-
この建物を含む、この周辺だけは昭和で時が止まっているような・・・。
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階段の上から見た家族寮。
学校の校舎に見えなくもないね。 -
瓦も近くで見ると洋風ですね。
この地域で多く使われている石州瓦とは全然違う。 -
蔓の絡まった窓。
-
「みぎわらぎく」はお庭に植えられていたのかな?
右側の建物はトイレでした。 -
では中に入ってみましょう。
この日はイベントの一環で、1階は地元東城高校生徒さんの作品展、木工教室や似顔絵コーナーなどのワークショップが開かれていました。 -
今回は土足で上がりましたけど、当時はここで靴を脱いでいたんですね。
この下駄箱も時が止まったまま、ここに佇んでいる。そんな感じ。 -
こう見ると、学校?!と思うような建物ですよね。
ここが独身寮です。
50メートル走が廊下で出来そうなほど長い!
※廊下を走ってはダメですよ。 -
電気のスイッチがレトロ!
壁は土壁です。 -
お部屋を拝見。
わずかに個室もあったそうなので、ここは個室かな?
個室は年長者が使っていたそうです。
この収納スペースを見ると、「ひよっこ」でみね子が住んでいたアパートの部屋みたいだなと思った。 -
照明もレトロ。
当時の物だそうですよ。
いまだに使えるってスゴイね。 -
置かれていた襖には、こんなカレンダーが貼ってありました。
西暦を見ると、1960年と1959年のものでした。
ちゃみお夫婦はまだ生まれてませ~ん。
モデルの女性は当時の人気女優さんかな~?
どなたかは分かりませんが。
ここだけは1960年で時が止まってる。 -
こちらのお部屋には1984年のカレンダーがありました。
ちゃみお夫婦、生まれた後です。
壁には顔だけ残ってる女性のポスター?
車のポスターも残っていました。 -
東城高校の生徒さんの作品です。
-
ここはワークショップになっていました。
当時このお部屋に最大8人が暮らしていたそう。 -
私物を入れる戸棚が備わっています。
年配者は2つ、新人さんは1つ使っていたそうですよ。
当時、個人の物が無くなったという事もなかったらしい。
皆さん、お互いを信頼して共同生活をしていたんですね。 -
「ヤマモトさくがんき」
この会社が作る国産の削岩機がなかったら、日本のインフラ整備は遅れていたかも。 -
当時は障子1枚で隔てられているだけ。
プライバシーが重視される現代では、考えられない事ですね。
夜中には2部屋先の人のいびきまで聞こえていたんじゃないかな(笑) -
障子があると、より生活感が増しますね。
多くの人がここで暮らしていたんだね。
今みたいに「音がうるさい」と文句を言う人もなく、周囲の音が聞こえても当たり前の生活で、それが気になるということも無かったらしい。 -
東城町にも映画館が3つあり、休日には映画を観に行くこともあったそうです。
パチンコに行ったり、飲みに行ったり。
寮の部屋で麻雀をする人も多かったそうですよ。
ちなみに夫も学生時代寮生活をしていて、麻雀をよくやっていたそうです。 -
ヤマモトロックマシン(株)の歴史も展示されていました。
この方が初代社長・山本集一氏。
東京外国語学校(現・東京外大)に学んだ、外国志向の強い方だったそう。
東城町の実家に呼び戻され、1915年に山本鋳造鉄工所を開きます。
鍋を作る程度の工場だったそうですが、近くの帝釈峡のダム工事が転機となりました。
ダム工事で使われていた外国製の削岩機が修理のため、山本鉄工所に持ち込まれるようになったそう。
それを見た山本氏は削岩機の自社開発を思い立ち、得意の語学力を生かして、海外の専門書を読み猛勉強。
1番重要な部分の技術は、ドイツ人技師を招いて学んだそうです。
苦労の末、1927年ついに削岩機の国産化に成功したのです。
この削岩機が大ヒットし、各地の鉱山や工事現場へ飛ぶように売れたそうです。
1939年には東京丸ビルでオフィスを構えるほど、会社も大きく発展しました。
NHKのプロジェクトXで採用されそうなストーリーだね。 -
このような機械を作る会社です。
我が家の近くで今年春~秋にかけて工事が行われ、1日中削岩機の音が響いていました。(それはそれはうるさかった^^;)
その削岩機、もしかしたらこのヤマモトロックマシンの製品だったかも。
そう考えると、妙に身近に感じるようになりました。 -
昔の写真も展示されていました。
有名な映画「黒部の太陽」(昭和43年)で石原裕次郎が使っている削岩機は、この会社の製品だったのです。
この写真を見て、すごい会社が東城にあったもんだと驚いた! -
残念ながら、道路工事のため2012年に解体されたお風呂。
男女別のお風呂があり、当時は職員だけでなく地域の人も利用していたそうです。
私は田舎で生まれ育ったのですが、子供の頃は近所の独り暮らしのおばあさんが我が家へお風呂に入りに来られていた事を思い出しました。
昔はお風呂の貸し借りもあったな~と。
解体されてしまったのが惜しいですね。 -
初代社長は、ここ東城でも洋風の生活スタイルをされていたそう。
なのでその社長の意向で、自宅だけでなく会社の建物は西欧風のデザインになっているんですって。
そして建物の基礎や柱、水道設備など見えないところにもしっかりお金がかけられています。
この独身寮の基礎も、相当頑丈に造られているみたいですよ。
本物志向の社長さんだったのかな。
まだまだ洋風の建物が出てきますからね。
ちなみにこれらの建物全て、地元の大工・曽田敏郎氏が手がけたのだそうです。 -
階段もなんとなく洋風。
こういうゆとりのある階段は、日本の伝統的な家屋には見られないもので、洋館を意識したものらしい。
きっと当時は相当ハイカラな建物だったでしょうね。 -
独身寮の2階部分。
長年放置され荒れ放題になっていたこの建物。
地元建築士さんを中心に、この建物を保存活用する活動が始まったばかり。
ボランティアを募り、お掃除などをして、ここまで復活したのです。
今度お掃除のボランティア募集があれば、私も参加してみたいな。 -
このお部屋は2面が窓なので明るい。
独身でも偉い人のお部屋だったのかな。 -
廊下の窓から見える家族寮。
-
今は木の床になっていますが、当時は畳のお部屋だったそうです。
畳生活を考慮して、窓も低くされているのだそうです。
窓自体が大きいから、中も明るいです。 -
クルクル回す鍵。
木枠の窓にはこれだよね。
懐かしい。 -
戸棚の中に残っていたホコリまみれの古い新聞。
昭和37年(1962年)2月9日の日付。
「形式よりも精神」だそうです。
こういう古い新聞は面白いね。
ちなみにちゃみお夫婦、まだ生まれてません。 -
写真左:これは火災報知器?!それともチャイム?!
写真右:レトロな消火器もそのまま残ってます。 -
こういうアーチ窓も洋風だよね。
-
11時から寮と工場の見学会がスタートしました。
まずは工場の見学から。
普段は立ち入る事のできない工場ですが、今回見学会のため、特別に見学させてもらえるのです。
ありがたや~。 -
見学会の参加者は事前予約が40名、当日参加が46名だったそうです。
別々のグループに分かれて見学です。
まずは写真右側の建物の内部(青年学校)を見学します。
ここも国登録有形文化財です。
1938年(昭和13年)建築、木造2階建。 -
急な階段を上がります。
-
戦前から「養成工」という制度があり、中学を卒業してすぐに会社に入り、午前中は青年学校で社内教育、午後は現場で働く。
青年学校では、製図・機械工作・法規などを、社内のそれぞれの担当者が会社で必要な事を教えていました。
そして夜は近くの夜間高校に通っていたのだそう。
養成工は忙しかったでしょうね。
でも働きながら高校に通えるというので、この会社に入る競争率は高く優秀な人が集まっていたようです。 -
高校を卒業した養成工は会社を去り、それぞれの出身地で就職したり、進学する人も多かった。
そのまま会社に残るのは、1~2割しかいなかったとか。
それでも養成工の制度を続けていた社長は立派ですね。
働く人も、ハイカラな寮に住まわせてもらって、高校にも行かせてもらって、いい待遇だったと思いますよね。
職員室もあって、ここは立派な学校だわ。 -
天井を見ると、ヨーロッパの建物かと思うような感じでしょ?
なかなかオシャレ。
白い漆喰のように見えますが、薄い鉄板なのだそうです。 -
教室。
今は使われていないそうですが、当時のままの姿が残されています。
天井は同じく白い鉄板です。 -
正面は「第一工場」(国登録有形文化財)
1934年(昭和9年)新築
1938年 増築
なんとなくヨーロッパの教会を思わせるような建物ですよね。
削岩機の製造で会社が大きく発展した、昭和初期に建てられた木造の工場です。 -
池井戸潤氏原作のドラマのロケに使われそうな工場です。
「下町ロケット」で出て来そうじゃないですか? -
近くで見ると、やっぱりヨーロッパの教会風ですよね。
木造建築では使われない、アーチ窓。
社長の意向が強く表れているのかな。
中は削岩機を作る工場なんですけど、そうは見えないですよね。
奥に長~い工場です。 -
昭和16年に撮影された写真です。
当時のままでしょ? -
国登録有形文化財ですよ~。
工場の入り口にありました。
国登録有形文化財に登録されたら、工場を解体して新しく建て替えるって事も出来ないので、それはそれで大変かも。 -
アーチ形の窓。
そして上げ下げ式の窓も、当時としては珍しいものだったようです。
外観を見た後は、工場の中へと入ります。
案内して下さる方が、入り口から見る工場内がとっても素敵だとおっしゃっていました。
楽しみ~♪ -
じゃ~ん。これが入り口から見た工場内です。
確かに素敵!
目線から下の機械類は写さないでと言われていたのですが、若干映ってしまったのでモザイクを入れてます。 -
普段工場見学をする時は、その会社の製品を作る工程を見るのですが、今回は建物のみ。
木組みの構造を見るのが目的なので、上ばかり見てます。
木組みが美しいですよね。
屋根には奥へと続く明かり取りの窓も、当時としてはモダンな造り。
工場手前の方の柱はクリ材。奥の増築された部分はマツの木が使われています。
頑丈に作られているので、80年経っても狂いはないそうです。
これらの柱、鉄筋に見えるかも知れませんが、全部木です。
木造の工場なのです。 -
重そうなクレーンも、しっかり木の柱で支えられています。
昭和初期に建てられた木造の工場で、今も現役で使われているのは、日本でここだけかもしれないとおっしゃっていました。 -
有形文化財になったので、シロアリに食べられたからと言って柱一本丸ごと取り替えるという事は出来ないそうです。
使える部分は極力残す。
ということで痛んだ部分だけを切り取り、新しい柱と継ぎはぎに。
ここがその継ぎはぎ部分です。
維持するのも大変そうだ。 -
第一工場を出て、次の工場へと向かいます。
-
仕上工場(国登録有形文化財)
1937年(昭和12年)築
木造平屋
第一工場とは木の組み方が違います。
クイーンポストトラスという組み方だそうです。
そして窓に注目。
アーチの下に上げ下げ窓を2つ並べてある珍しい形なのです。 -
それぞれの工場の用途を考慮して、木の組み方も変えていたって事ですよね。
棟梁さん、スゴイ! -
この雰囲気、ヨーロッパの教会のように思えます。
ここ、工場ですよ~。 -
昔は敷地内に荷物を運ぶトロッコがあったそうで、そのレールが今も残っています。
-
第二工場(国登録有形文化財)
1937年(昭和12年)築
木造平屋
ここも木の組み方が違います。 -
お金を惜しまず、良い材料を使って建てた工場なので、80年経っても使えるのでしょうね。
初代の社長さんの考えは素晴らしい。 -
工場を出て、次に案内されたのは便所棟。
この建物も国登録有形文化財。
案内して下さった方のお話では、国登録有形文化財となっている便所は、おそらく国内でここだけだろうとおっしゃっていました(笑)
貴重な便所棟ですよ。見た感じはとってもシンプル。 -
この便所棟の何がすごいかというと、当時としては最新式の水洗トイレだった事。
そしてこの扉が、寒さ対策で二重扉になっていると言うこと。
今で言う二重サッシ。
この東城町は広島県でも北部にあり、とても寒い地域なのです。 -
ガラスが二重になっているのが分かるかな?
-
モザイクタイルも当時のままだそうです。
-
こんなにじっくりトイレを観察したのは初めてかも(笑)
-
万が一、さっきのトイレが使えなくなってはいけないと、もう一つ同じトイレがあります。
神社の式年遷宮と同じ考えだそうです。 -
ヤマモトロックマシンの社屋の屋上に上がらせてもらいました。
周囲に高い建物がないので、とっても良い眺め。 -
こちらが青年学校(2階)の建物。
-
真ん中の長い建物が第一工場。
-
第一工場をアップでパチリ。
それ以外はどの建物を見学したのか、分からなくなってしまいました。 -
写真左側の方に、初代社長の自宅があったそうです。
その自宅と工場が地下通路で繋がっていて、何かあると社長がすぐに工場へ行けるようになっていたらしい。
この写真の真ん中辺りの地下に、その通路が通っているそうです。
現在その地下通路は通れないそうですが、その入り口などの痕跡はまだ残っているんですって。
地下通路は70メートルくらの長さがあったそうです。
某国のお偉いさんのようですね。
真ん中辺にあるアーチ窓のある赤茶色の屋根の建物は、山本鉄工所時代の建物だそうです。 -
これから見学する独身寮と家族寮などの建物です。
手前に道路が造られたので、お風呂のあった建物は解体されてしまったそう。 -
こちらが独身寮。
1941年(昭和16年)築 -
手前が食堂・娯楽棟、緑の屋根が家族寮です。
これから見学します。 -
ヤマモトロックマシンの敷地内にあった石。
これは山口県から運ばれてきた石だそうですが、ドリルなどの性能を確かめる為に使われていたのだそうです。
穴だらけ^^;
岩を削る機械だから、岩よりも頑丈じゃないといけないもんね。 -
この建物の屋上に上がらせてもらってました。
-
では、いよいよ家族寮の見学です。
1937年(昭和12年)築
木造三階建 -
玄関です。
-
玄関を入ると、広い空間。
ここの天井も洋風です。
照明もシャンデリアのような感じでオシャレ。
当時住んでいた人は高級ホテルのように感じていたかもね。 -
入ってすぐ左は舎監室。
舎監とは、寄宿舎に住んでいる人の管理・監督をする人の事。
NHK朝の連ドラ「ひよっこ」では、和久井映見さん演じる「愛子さん」が舎監として登場していましたね。 -
舎監室
当時使われていた生活道具がそのまま残っています。
湯飲みとか急須などの食器類がありましたよ。 -
家族寮
-
一部屋に一家族。
廊下と部屋を仕切るのは障子のみ。
広さは12畳くらいかな。 -
当時はこの廊下を子供達が走り回っていたのかも。
今はひっそりとしてますが。 -
古いオルガンがありました。
修理すれば、使えるようになるのかな? -
壁にはポスターを貼っていた跡も残っています。
残っている部分を拡大すると、車のポスターっぽい。
一家の主であるお父さんが、車に憧れて貼っていたのかもしれないね。 -
このお部屋は窓際に縁側のようなスペースがありますね。
-
独身寮と同じく、洋風の階段。
手すりも彫刻が施されてオシャレです。 -
階段の踊り場にある、この白い壺が何か分かりますか?
なんと「痰壺」ですって。
どんだけ痰が出るんじゃ?と思ってしまった。
廊下に吐かれるよりは良いか・・・。
でも壺にたまった痰を、誰かがお掃除するんだよね?
いや~っ!私はやりたくない! -
階段をあがり3階までやって来ました。
-
3階は講堂になっています。
-
すごく広いお部屋です。
ここは集会所として使われていました。
しかし会社の最盛期には部屋が足りず、工員さんがここで寝泊まりしていた事もあったそうです。
ヤマモトロックマシン、儲かっていたんだね~。 -
ここの天井も洋風。
照明も洋風ですよね。 -
これが天井に使われている鉄板。
見た目は漆喰のようなんですけど、近くで見るとやっぱり鉄板でした。
この方が軽くて丈夫だったのかな。 -
私はカメラを向けている先にある時計。
「SEIKOSHA」と書いてあります。
今の「SEIKO」になる前の社名だそうです。
漢字で書くと「精工舎」。
相当古い時計のようです。 -
独身寮、家族寮、どちらも見学すると建物の傷みが激しいなと思いました。
講堂の一部の壁は、こんな風に崩れ落ちているところもあります。
抜け落ちそうになっている床もありました。
修復にはかなりの費用と時間がかかりそうです。
今回の見学会の参加費は1人300円でしたが、もう少し高くして、修復費用の足しにして欲しいなと思いました。
それでも全然足りないでしょうけどね^^; -
最後に見渡して、講堂を後にします。
-
洋風の階段を下ります。
-
多くの家族がここで生活していたんだね。
きっとあちらこちらから会話する声も聞こえてきて、賑やかだったんでしょうね。
住人みんなが家族のようだったのかも。 -
プライバシーを重視する現代人が、ここで生活しろと言われたら、耐えられないかもね。
-
この障子の破れ方。
まるでお化け屋敷みたいだわ。
長年放置していたら、こんな破れ方をするんだね。 -
紅葉した蔓がぶら下がる窓。
-
1階に下りて来ました。
-
「舎監さん、おじゃましました~」
-
これは当時は珍しかった、水の浄化設備。
近くの川から引いた水を、ここで濾過し、独身寮・家族寮の生活用水として使っていたそうです。
ここで暮らしていた人は、時代の最先端の生活をしていたのかもね。
初代社長さん、本当にスゴイ人だね。 -
次は独身寮の見学でしたが、最初にお見せしたので割愛。
-
次は食堂・娯楽棟です。
-
バルコニーの下にある金具。
ここにも社章の「Y」が入っています。 -
二階が娯楽室。
ここで工員さんが囲碁・卓球・輪投げなどをして余暇を過ごしていたのだそうです。
当時、東城町には映画館やパチンコがいくつもあったそうですが、ここで遊ぶ方がお金もかからなくて良いよね(^_^;) -
かなりの広さがあるから、ここなら卓球も出来るわ!
この日はアート作品の展示会場となっていました。 -
ここもまた天井がオシャレ。
ヨーロッパのお城の天井を見ているかのようです。
照明も当時のまま残っています。 -
娯楽室から見える家族寮。
窓越しに会話する事もあったかもね。
妻「お父さん、いつまで遊びよるんね~。はよー帰ってきんさいや~。」
夫「もうちょっとで終わるけー、待っとけ!」
・・・こんな感じでね(笑) -
子供を連れた家族が、こんな風に寮へと帰って来ていたのでしょうね。
-
娯楽室へあがる階段の上にあるスペースが気になった。
ここは何のためにあったのだろう。
舞台の控え室的な空間?!
これにて建物見学会は終了しました。
1時間くらいでしたけど、当時の生活ぶりもうかがえて楽しかったです。
この後は東城町のお祭り「お通り」を見学しました。
それは次の旅行記で。
~~~~~おしまい~~~~~
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この旅行記へのコメント (2)
-
- マチャさん 2017/11/17 12:32:21
- 建物見学?
- ちゃみおさん、こんにちは!
今回は工場見学ならぬ、工場の建物見学ですか?
古い建物を大切に保管するって大変なんでしょうね。
普通の家でも雨や風が当たれば痛んで来ちゃいます。
ここは寮や会社がまるっと保存されているんですね。
博物館みたいな感じなんでしょうか?
さて、養成工制度、うちの会社にも昔からあります。
中学を卒業して親元を離れ日本各地からやって来る子が教育を受けながら寮生活をしています。
学園という名前になっていて高校卒業の資格も取れます。
なかなか競争率も高いんですよ。
技術を身につけるって今じゃあまり無いですからね。
そしてこの会社、建物のみの見学といいつつさりげに会社の宣伝にもなってる(笑)
なかなか賢い会社です。
戦前なのになかなかモダンな建築物
レトロブームな今なら逆に新鮮なのかもしれません。
窓枠に絡まる蔦がとても綺麗です。
マチャ
- ちゃみおさん からの返信 2017/11/17 18:06:59
- RE: 建物見学?
- マチャさん、こんばんは。
寒くなりましたね〜。
> 今回は工場見学ならぬ、工場の建物見学ですか?
これも一応工場見学になんですかね〜?
工場内の機械類は一切見ずに、天井の木組みばかりを見学です(笑)
でもその木組みが芸術作品のように美しいんです。
こういう工場見学もあるんだなと、新発見でした。
> 古い建物を大切に保管するって大変なんでしょうね。
> 普通の家でも雨や風が当たれば痛んで来ちゃいます。
> ここは寮や会社がまるっと保存されているんですね。
> 博物館みたいな感じなんでしょうか?
この建物を保存する活動は始まったばかりのようです。
全然手入れざれずに放置されていたので、かなり痛んでます。
これから綺麗に修復されれば、活用方法も見えてくると思います。
今はただ当時の生活ぶりを聞きながら、見学するだけでした。
> さて、養成工制度、うちの会社にも昔からあります。
> 中学を卒業して親元を離れ日本各地からやって来る子が教育を受けながら寮生活をしています。
> 学園という名前になっていて高校卒業の資格も取れます。
> なかなか競争率も高いんですよ。
> 技術を身につけるって今じゃあまり無いですからね。
今でもそういう制度があるんですね!技術を身につけるって、1日2日で出来るものじゃないから、こういう制度は素晴らしいな〜と思いました。
マチャさんとこは良い会社ですね!
> そしてこの会社、建物のみの見学といいつつさりげに会社の宣伝にもなってる(笑)
> なかなか賢い会社です。
宣伝にはなるかもしれませんが、売り上げアップには繋がらないかも?
なんてったってこの会社の商品は削岩機ですから。一般家庭には全く必要ないですもんね(笑)
工事現場には不可欠でしょうけどね。
> 戦前なのになかなかモダンな建築物
> レトロブームな今なら逆に新鮮なのかもしれません。
そうかもしれませんね。照明とかを見ると、今でも通用しそうなほどオシャレだな〜と思いました。そうは言っても、あまり見ないデザインなので新鮮に感じたのかも?!
レトロ風に新しく建物を建てても、長い年月を経た「味」のようなものは出てこないので、この建物は貴重だなと思いました。
維持管理に相当なお金がかかりそうですけど、残して欲しいですね〜。
> 窓枠に絡まる蔦がとても綺麗です。
ちょうど良い感じに紅葉していて綺麗ですよね!
私も気に入っている写真なので、マチャさんにもそう言ってもらえて嬉しいです♪
ちゃみお
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