鳥取市から入って但馬・丹波 秋の旅(一日目)~鳥取市は因幡・伯耆の二国を領有した32万石の大藩、鳥取藩池田家の城下町。いくつかの小さな歴史を拾った後は香住町。ジオパークと蟹の街で応挙寺と呼ばれる大乗寺を訪ねます~
2017/11/02 - 2017/11/02
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今回の四日の旅の初日は鳥取市から入って、日本海側を東に香住町まで。
ところで、鳥取市は因幡国・伯耆国の2国を領有した鳥取藩32万石の城下町。鳥取藩池田家は池田輝政に嫁いだ徳川家康の次女督姫が生んだ忠雄系であり、親藩に準ずる格付けも与えられました。
ちなみに、督姫は北条氏直に嫁いだのですが、秀吉の小田原征伐で北条氏が滅ぶと父、家康の元に戻っていました。後で触れますが、池田輝政は小牧・長久手の戦いで家康側に父と兄を討ち取られた関係。輝政と督姫の縁組は秀吉のとりなし。秀吉一流の配慮が窺われる縁組だと思います。
ただ、中国筋だと松江藩、津山藩は、ともに徳川家康の次男秀康を家祖とする越前松平家の一門。その意味では鳥取藩の徳川家との血縁も少しインパクトは弱くなるかもしれません。
また、32万石といえば、中国地方だと広島藩が42万石、萩藩が36万石に次ぐ第三位の大藩なのですが、正直、そのイメージはありません。たぶん、米子に城が置かれ、城代家老の荒尾氏が委任統治したほか、倉吉などにも陣屋が置かれて、鳥取市への一極集中がなかったからでしょう。これは、岡山藩から鳥取藩に国替えになった時の藩主、池田光仲がわずか3歳と幼少だったためですが、その伝統は明治まで続きます。
今では鳥取と言えば、イコール鳥取砂丘みたいな感じですが、それでもやっぱり歴史ある城下町。丹念に回ると小さな歴史もたくさん埋れていることに気が付かされる。全国的なメジャー感はありませんが、その一端を紹介できればうれしいです。
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羽田空港から鳥取空港に到着。
鳥取空港のマスコットキャラクターはコナン。米子空港が鬼太郎ですから、それと似ているかもしれません。
羽田空港からだとANAしか飛んでいないので、それも米子空港と同じですね。鳥取空港から鳥取市内へはバスで20分。けっこう便利です。 -
鳥取駅と結ぶ鳥取空港連絡バスはリムジンバスではなくて、一般の路線バスと同じ。しかし、鳥取市内までは約20分なので、不都合はありません。もう少し車窓を楽しみたいなあとか思っているうちに鳥取駅に到着。その前には鳥取城や県庁の方も通るので、鳥取市内を観光するにはその辺りで降りた方が効率はいいかもしれません。
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ただ、今回、私は鳥取駅でレンタサイクルを利用します。
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鳥取駅から、まずはまちパル鳥取へ。鳥取駅から大通りを県庁の方に進むとすぐの交差点角です。
お土産物ショップと観光案内所を兼ねている施設。ただ、大学の看板なんかもあるので、外観からすると雑居ビルといったイメージもなくはないかもしれません。 -
これもすぐそばですが、真教寺公園。入り口正面に「動物公園」という看板。遊園地にあるような子供が登って遊べる動物のモニュメントがちらほらあります。
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そして、隣りは真教寺。
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鳥取城の戦いを戦った吉川経家の菩提寺。墓所があって、観光客にとってはこっちの方が訪れる意味があるように思います。境内はきれいに整備されていて、観光客の受け入れも万全です。
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片原神社の門前には「片原荒神のこと」という説明板。江戸時代には、おこりがおちる。頭痛がやんだ等が評判となって、子供の守り神となったとのこと。街中の小さな神社ですが、片原通りのシンボル的な存在かと思います。
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鳥取県庁前に向かって、それなりに目立っているのがこの立派な長屋門の箕浦家武家門。箕浦家は鳥取藩の上士層の家門で、禄高約2千石。重厚さというよりもその漆喰の美しさ等はむしろ気品を感じさせるもの。一時的には学校の通用門となっていたようですが、もったいないような門だったと思います。
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市街中心部から少し離れて。興禅寺は、鳥取藩主池田家の菩提寺。鳥取藩の初代藩主、池田光仲が岡山藩より鳥取藩に転封となった時、伯父で初代岡山藩主の池田忠継の菩提寺を鳥取に移したことが始まりです。
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黄檗宗の寺で、山門のデザインが特徴的ですが、一方で、本堂とかには黄檗宗のいかめしさは感じられません。また、墓所は別の場所にあるので、それも菩提寺としては少し寂しいかなと思います。
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ほか、鳥取市出身の俳人、尾崎放哉の句碑が入ってすぐの場所。少し目立っていました。
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少し移動して、今度は樗谿公園です。
鳥取東照宮の表参道に沿って整備された公園ということでしょうか。ホタルの里としても知られていて、園内には遊歩道が巡ってそれらしい小川が流れる。鳥取市内からは近いですが、山あいに自然がしっかり残されている感じです。 -
この一番奥が樗谿神社。というより鳥取東照宮といった方が通じるでしょう。
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徳川家康を主神として、鳥取藩池田家の池田忠継、忠雄、光仲、慶徳を祀ります。
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唐門から入ると石畳の参道の両側には石灯籠が並んで、その先の一段高い場所に本殿・拝殿・幣殿など。
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これらの建物は、国の重要文化財のようですが、全体に傷んだ感じは否めない。
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正直、荒れていて、地元ではあまり大事にされていないようにも感じました。
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手前に戻って、これは鳥取市歴史博物館やまびこ館。
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鳥取の歴史を分かりやすく子供向けに伝えるコンセプトのようにも思いましたが、池田家のお国替えの説明は細かいし、生活風土などを説明するパネルもけっこうこだわりがあって、ちょっと目線がいろいろ。ざっと見るだけではもったいない内容かなと思いました。
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続いては観音院。こちらも池田家にゆかりの寺で、鳥取藩主池田家の祈願所八ケ寺の一つです。
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見どころは、国の名勝にも指定されている庭園。拝観料を払って、さっそく奥の書院から眺めます。
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ほー。書院も広々としていて、これは本格的ですね。
この庭は、江戸中期の作。 -
イチオシ
京都風蓬莱様式の池泉鑑賞式日本庭園という形式ですが、その大きな特徴は背景の傾斜地形。なだらかなアンギュレーションの芝生に囲まれた池は穏やかだし、石組みも大人しい。
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背景の傾斜地も一般の築山と違って、なんの工夫もないようで一見物足りなく思ってしまうのですが、それが実は個性ある趣きとなっているのですね。
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ただ、そのセンスを感るためにはしばらく時間が必要。私もその感覚がしっくりくるまで、
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薄茶をいただきながら、ちょっと待つことになりました。こういう場所では慌ててはいけません。
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観音院を終えて。。
鎌倉十七の墓は、広徳寺の境内。 -
本堂の方に行かず、左手の墓地に入ってすぐ。
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苔むして古びた石塔のような墓で、横に説明の看板がありまして。鎌倉十七というのは大力の強豪力士。鎌倉で行われた相撲大会で17歳の時に優勝し、池田光仲に抱えられる。力士の墓としては日本で最古ということです。
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再び、市街中心部に戻ってきて。
わらべ館は、旧鳥取県立図書館。石造りの堅牢そうな建物で、この建物自体にも価値があるように感じます。 -
館内は童謡や唱歌・おもちゃをテーマとする博物館。
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懐かしいような木造の小学校の校舎の玄関から
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教室の風景も復元されていて、鳥取県はなかなかやってくれますねえ。
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イチオシ
ここからが展示室。
朧月夜でも知られる岡野貞一など、鳥取出身の作曲家の紹介は、 -
唱歌というジャンルが西洋の楽曲に美しく日本語を乗せることからの苦労といったことも説明していて、なるほどという感じ。
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日本の音楽の歴史と言った側面もあって、大人でも十分に楽しめます。
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上階は、民芸品的なおもちゃ類の展示。
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実は、
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こちらも本格的なんですよね。
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昭和レトロなお店も復元したり。
この日は大勢の小学生が集団で見学にやってきていました。体を動かすスペースも十分にあって、これはとってもいい施設です。 -
鳥取市街を今度は東側に向かって。
後藤又兵衛の墓を訪ねます。景福寺の境内。 -
山門から入って正面には本堂。そこから左手に向かってすぐ。
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イチオシ
日当たりのいい場所に妻子の墓とともにあって穏やかな姿です。
ちなみに、黒田家を出奔していた後藤又兵衛は大坂の陣で豊臣方として戦い討ち死にしますが、その後、妻が池田家家臣、三浦家の出身だったことからこの地に葬られたという経緯です。
この黒田長政との不仲説ですが、後藤又兵衛はあくまで黒田長政の家臣だったはず。その辺りは、後世、後藤又兵衛の能力を大きく評価することで理由としていますが、少し理解しがたいところがなくもない人物です。 -
イチオシ
変わって。
荒木又右衛門の墓は、鳥取市内の玄忠寺。境内の一角には、荒木又右衛門に関する資料館があって、それを拝見しました。 -
ところで、荒木又右衛門が名を上げたのは、鍵屋の辻の決闘。
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仇討の助太刀なのですが、この仇討は旗本安藤家と鳥取藩の確執を背景としていて、この成功により鳥取藩の面目が保たれることとなったという意味があるもの。
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小牧長久手の戦いからの両家の因縁から説明していましたが、ちょっとこれは脚色じみた話。両家の関係を利用して立ち回る人たちがいたことが問題を大きくしただけかなとは思います。
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つまり、少し説明を加えると、小牧長久手の戦いは、秀吉と家康の戦い。秀吉側に付いた池田恒興は家康と同盟した織田信雄方の犬山城を攻略し、秀吉を迎え、そこが家康と戦う秀吉軍の拠点となります。しかし、戦いはこう着状態に。それを打開するために、隠密作戦で家薬の背後、岡崎を狙った秀次、池田恒興、森長可らでしたが、逆に家康の襲撃を受けて潰走。
恒興は永井直勝の槍を受けて討死。長男、元助も安藤直次に討ち取られ、かろうじて輝政が生き残ることとなります。つまり、安藤家は池田輝政からすると兄の仇という関係だったのですね。
元々、池田家は織田家の重臣。池田恒興は清州会議にも出席していて、秀吉に付くか家康に付くかは微妙な立場でした。小牧長久手の戦いは池田家にとって散々な結果でしたが、その後、小牧長久手の戦いの因縁も考えてのことでしょうが、秀吉の命により輝政は徳川家康の次女、督姫を娶り、これが秀吉亡き後の池田家出世の糸口となる。つまり、小牧長久手の戦いは長い目で見た時に池田家にとってはけっして悪いことではなかったと思えるのですね。そのような中で安藤家など。本来、恨みが残るはずもないでしょう。 -
イチオシ
鳥取市の最後は、鳥取民芸美術館。
鳥取駅のそばなのでは、ここでJRの時間ぎりぎりまで時間を使います。 -
こちらは、地元の篤志家、吉田璋也氏が収集したコレクションを展示する美術館。なんでもない民芸品でも用の美を持つ民芸品は見応えがあるもの。
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ただ、一階を見た時はちょっと物足りなさを感じましたが、
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二階の陶器のコレクションになるとぐっと迫力が増してきて、いい感じ。
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イチオシ
これは、大きなジャンルで言えば青磁でしょうが、これだけ明るい青はなかなかない。なんとも美しい青ですね。
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朝鮮半島で焼かれた大井戸茶碗。ちょっと大ぶくですが、その粗野な感じがまたいいとされています。金継ぎもいい景色になっています。
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この釉薬の青も個性的。黒い地の色とあいまって凄味を感じます。
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これは平茶碗。化粧土に刷毛目が軽くデザインされて、涼しげ。いかにもお茶が飲みやすげに見えます。
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小皿の味わいもそれぞれなるほど、なるほど。
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このスポンジで模様をつけたようなのも面白いですよ。
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陶器に呉須で描くのは九州ではやらないんですが、これはそんなのお構いなし。
なんか、逸品揃いって感じですね。 -
価値を考えるとそんなに高価なものではないかもしれませんが、それぞれが確かな審美眼で選び抜かれたものであるのは間違いない。
これらを何んとか残さねばといった氏の熱い思いも伝わってくるようでした。 -
さて、少し余裕を持って鳥取駅に戻ってきました。これは駅ビルのシャミネ鳥取。松江駅のシャミネもそうですが、明るくておしゃれだし、悠々としたスペースもいいと思います。鳥取県では米子市がライバルの鳥取市ですが、シャミネがあることで、米子駅との差は歴然。もう勝負にならない違いになってしまいました。
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お昼はアベ鳥取堂のカニ鮨弁当のお好みかに寿しの方にしてみます。
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鳥取駅から香住駅に向かいます。
さて、駅弁を開いて。。かにのばら寿しとかにのにぎりの組み合わせ。バラ寿しの方は味が濃くていつもの馴染の味なんですが、にぎりの方がもう少しかにの風味がするし、穏やかな味わい。少しづつは進化しているのかなという感じです。 -
ほどなく、余部にさしかかります。
昔から余部と言えば余部鉄橋なんですが、鉄橋だけじゃなくて、最近は余部駅そのものも観光スポットとなっているようです。駅のホームには大勢の観光客がいて、到着する列車や駅からの眺めを楽しんでいる。列車で通るとこの駅だけ賑わっていて、ちょっと変な感じです。 -
さて、香住駅に到着。駅前を見るとどんな街なんだかがおおよそわかる。ここはジオパークとかにの街ですね。
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それから香住温泉というのがあって。JR香住駅の周辺のはずと思っていたのですが、温泉街のようなものはまったくなし。観光案内所で尋ねると、宿の半分くらいが温泉を引いていますということ。宿泊客じゃないと温泉には入れないみたいです。
私はこの日近くの宿に泊まる予定だったので、どうかと思ったのですが、そこは温泉はなし。結局、矢田川温泉の方を利用しました。
それはそれとして。私はここでレンタサイクルを借りまして。これから市内の散策です。 -
まず向かったのは大乗寺。というか香住に来たのは、そもそもこの大乗寺が目当てでした。
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イチオシ
しかし、駐車場から見上げる伽藍は想像以上の迫力。
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樹齢1200年のクスの巨木や山門も含めて、豪快な構えはなかなかです。
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行基が自ら聖観世音菩薩立像を彫刻し、祀ったのが始まりという古い歴史。今では真言宗ということですが、
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今の本堂等は安永年間に再建されたもののようです。
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正面に飾られたのは、円山応挙像?
それを過ぎて奥に進むと -
玄関です。
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応挙寺と呼ばれるだけに、一門が総力を上げて描いた襖絵が見どころ。ここから先なんですが、当然、撮影は禁止です。
確かに、障壁画等は質量ともに素晴らしいのですが、係の人がそれぞれの絵について解説をしてくれる内容は、いわゆるだまし絵的な仕掛けといった絵の技法とかに焦点を当て過ぎているような。応挙の本質は写実を基本としていること。対象物を的確にとらえる緻密な筆さばきをまずは見るべきはずなんですね。
その一方で、晩年の作品には素直な美しさや大らかさも感じられる。応挙の絶頂期の華やかで目もくらむような稠密な作品と比べるとインパクトは劣りますが、もう少し普通の観賞方法で楽しむ余裕があってもいいかなとも思いました。 -
庭の方は撮影可なので、
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こちらは少し撮らせてもらいました。
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イチオシ
大きな目的はこれで達したし、今夜の宿は香住。後は時間を気にせずのんびりと自転車を走らせての観光です。
香住浜海水浴場は、香住駅から海岸に出たところ。大きな湾に沿って砂浜が続いているのですが、その陸地側には国道を挟んで市街にも近いので、安心感があるように思います。テントのような建物があって、それもいい目印になっていると思います。 -
ここから海岸沿いに
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東に向かって進みます。
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しばらく走ると小さな漁港が現れました。これはイカ釣り船。集魚灯が何個もぶら下がっていますが、今、お昼の漁から帰ってきたところのようでした。
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向かいには遊覧船の舟着き場。しかし、やっているのかいないのか。よく分かりません。
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ジオパークと海の文化館までやってきました。香住駅から海岸沿いの道をきましたが、けっこう遠かったですね。
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しかし、施設は大きな建物だし、一階の展示室は悠々とした広さ。ジオパークの自然を紹介する内容でそれなりにこれも充実しているのですが、ただ、ここって観光客って来るんでしょうか。総合受付に二人の女性が待機していましたが、これもなんか手持ち無沙汰。そっちの方が気になってしまいました。
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イチオシ
ところで、香住海岸は香住の市街から海側一帯を指すのだと思いますが、香住駅から海に出たところはずっと砂浜なので、そこではその変化に富んだ海岸線を感じることはできません。
ということで、やってきたのは岡見公園。けっこうな上り坂を上って難路ではあります。 -
ただ、ここでやっと小さな半島や岩場に打ち寄せる波の景色とかを確認。
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公園の奥には海をバックにして風情のある石灯籠が建っていて、それがなかなかいい眺めでしたが、これに加えて、要チェックなのは白石島・今子海岸風景。香住駅の反対側に一直線の堤防が延びていて、その先に見えています。
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時間もけっこう残っているので、さらに市街を散策。このクーズコンセルボ 香住店は、食品スーパーの隣り。食堂とパン屋が併設された独特のお店です。県内にはいくつかお店があるようで、地元のチェーン店ですね。明日の朝飯を買っておきましょう。
夕方5時過ぎから値引きをしていましたが、元々安いのに悪いような。年配のおじさんが一人でやってます。 -
自転車を返して、晩飯は観光案内所で教えてもらった膳へ。地元の人も利用するレストランと聞いて、ここにしました。
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イチオシ
普段使いというよりも、もうちょっと高級感があるお店でしょうか。カウンターに座って海鮮丼をいただきました。若いご主人がササっと仕上げてくれた丼は見た目が美しいですね。お店の雰囲気にもあっています。ただ、これだけではちょっと量は少ないかもしれません。基本は飲んで食べるというお店だと思います。
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で、今夜の宿は、ぬくもりの宿 いしだ。香住駅から市街に入ってすぐですが、一般の個人住宅に毛の生えたような建物なので、夜だったし、すこし気が付きにくかったかなと思います。
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ぬくもりの宿とありますが、小さな子供もいたりの大家族の経営。子供たちが顔を出したり。確かになにかと暖かなぬくもりを感じる宿。悪くないと思います。
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おまけに、おじいさんが矢田川温泉まで連れて行ってくれるということ。
ちなみに、かすみ矢田川温泉は、広く言えば香住温泉なんですが、JR香住駅からは少し離れているので歩いて行くのは無理だと思っていました。これは助かります。 -
なるほど。しっかりした施設の日帰り温泉。休憩所も広いです。
泉質はどうでしょう。無色無臭。あんまり特徴はなくて、単純泉のような気がします。ゆっくり暖まりました。
さて、明日は出石。城まつりを見物する予定です。
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