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大徳寺の塔頭の名前と開基、関係する武将(パトロン)、茶室、庭、名物、宝物等々、大徳寺ほど京都検定問題のネタになるところはない。そんな大徳寺を肌で感じるために会社を休んで界隈ウロウロ。<br />今回も出町柳スタートで徒歩。<br />京都検定のためのまる一日歩いてのフィールドワークは今日でおしまい、あとは過去問を繰り返すのとどうしても紙の上で覚えられないところをスポットで実地探査するだけです。<br />うまくいけば今年2級、来年は夢の1級合格を目指すことになるはず。

京都検定受検対策⑨ 西陣から紫野、大徳寺

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2017/10/30 - 2017/10/30

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みなみん

みなみんさん

大徳寺の塔頭の名前と開基、関係する武将(パトロン)、茶室、庭、名物、宝物等々、大徳寺ほど京都検定問題のネタになるところはない。そんな大徳寺を肌で感じるために会社を休んで界隈ウロウロ。
今回も出町柳スタートで徒歩。
京都検定のためのまる一日歩いてのフィールドワークは今日でおしまい、あとは過去問を繰り返すのとどうしても紙の上で覚えられないところをスポットで実地探査するだけです。
うまくいけば今年2級、来年は夢の1級合格を目指すことになるはず。

  • 平日でお天気もよく、この日は出町柳から下鴨神社経由出雲路橋から天寧寺、上御霊神社、妙覚寺、水火天満宮を経てお茶の聖地小川通りに到着。千家界隈です。

    平日でお天気もよく、この日は出町柳から下鴨神社経由出雲路橋から天寧寺、上御霊神社、妙覚寺、水火天満宮を経てお茶の聖地小川通りに到着。千家界隈です。

  • 小川通りは電線地中化工事が完了したようですっきりさっぱり。今年の2級にも出題されてました。

    小川通りは電線地中化工事が完了したようですっきりさっぱり。今年の2級にも出題されてました。

  • 表千家の茶室がある不審庵。武家屋敷のような門でいかにも敷居が高い。

    表千家の茶室がある不審庵。武家屋敷のような門でいかにも敷居が高い。

  • 門から中をのぞくとこんな感じで、これから先にはとてもではないが入れる雰囲気ではない。さすが重厚。

    門から中をのぞくとこんな感じで、これから先にはとてもではないが入れる雰囲気ではない。さすが重厚。

  • こちらは裏千家の今日庵。こちらも重厚。不審庵とは中でつながっているのだろうか。平日午前なんだが和服姿の妙齢の女性がたまに入っていかれるのは、中で茶会が開かれているのだろうか。

    こちらは裏千家の今日庵。こちらも重厚。不審庵とは中でつながっているのだろうか。平日午前なんだが和服姿の妙齢の女性がたまに入っていかれるのは、中で茶会が開かれているのだろうか。

  • 今日庵前の本法寺。法華系本山で本阿弥光悦の作庭した巴の庭があり、光悦のお墓もあるお寺。と、ここまでは既に一度来ている。

    今日庵前の本法寺。法華系本山で本阿弥光悦の作庭した巴の庭があり、光悦のお墓もあるお寺。と、ここまでは既に一度来ている。

  • 今日このあたりまで来たのは前回訪問漏れとなっていた鳴虎報恩寺。ここは秀吉が絡む鳴虎の伝説や撞かずの鐘のお話があるお寺。決して大きいお寺ではないがこざっぱりとした印象のする雰囲気の良いお寺。

    今日このあたりまで来たのは前回訪問漏れとなっていた鳴虎報恩寺。ここは秀吉が絡む鳴虎の伝説や撞かずの鐘のお話があるお寺。決して大きいお寺ではないがこざっぱりとした印象のする雰囲気の良いお寺。

  • 撞かずの鐘がある鐘楼。意外と小さい。

    撞かずの鐘がある鐘楼。意外と小さい。

  • これが撞かずの鐘。やはりそんなに大きいものではない。

    これが撞かずの鐘。やはりそんなに大きいものではない。

  • 西に進み櫟谷七野神社へと。ここは昔は加茂斎院があった場所で、天皇の皇女が加茂社に入る前に身を清めたところ(嵯峨天皇の皇女が最初)。自分の娘を差し出しても政争に勝たないと生き残れない、というのは厳しい世界。ここも今年の2級に出てた(写真入りで)。

    西に進み櫟谷七野神社へと。ここは昔は加茂斎院があった場所で、天皇の皇女が加茂社に入る前に身を清めたところ(嵯峨天皇の皇女が最初)。自分の娘を差し出しても政争に勝たないと生き残れない、というのは厳しい世界。ここも今年の2級に出てた(写真入りで)。

  • 意外と小さい神社で奈良の春日大社の神様を勧請しているのか、鹿の像があった。

    意外と小さい神社で奈良の春日大社の神様を勧請しているのか、鹿の像があった。

  • 櫟谷七野神社からは北にまっすぐで大徳寺。広い境内に塔頭がぎっしり、これ全部覚えるのは無理と思えるほどよりどりみどり。今日は秋の特別拝観らしく、黄梅院などが拝観受付してました。

    櫟谷七野神社からは北にまっすぐで大徳寺。広い境内に塔頭がぎっしり、これ全部覚えるのは無理と思えるほどよりどりみどり。今日は秋の特別拝観らしく、黄梅院などが拝観受付してました。

  • 大徳寺の地図。塔頭はたくさんあるが拝観できるのは数箇所だけ。

    大徳寺の地図。塔頭はたくさんあるが拝観できるのは数箇所だけ。

  • 大徳寺は後回しで今宮神社へと。

    大徳寺は後回しで今宮神社へと。

  • 立派な神社だと思ったら、西陣界隈が氏地。繊維関係の氏子から寄贈された石碑等多数。

    立派な神社だと思ったら、西陣界隈が氏地。繊維関係の氏子から寄贈された石碑等多数。

  • あほかしさんの石。お休みの日は行列必至か。

    あほかしさんの石。お休みの日は行列必至か。

  • 桂昌院のレリーフ。西陣の青物屋に生まれたお玉が三代将軍家光の側室となり五代将軍綱吉を生むという玉の輿伝説の人物、京都の荒廃した寺社を数多く再興させている。善峰寺なんぞが検定では良く出ている。ここ今宮神社も桂昌院が再興させたのかも。

    桂昌院のレリーフ。西陣の青物屋に生まれたお玉が三代将軍家光の側室となり五代将軍綱吉を生むという玉の輿伝説の人物、京都の荒廃した寺社を数多く再興させている。善峰寺なんぞが検定では良く出ている。ここ今宮神社も桂昌院が再興させたのかも。

  • 大徳寺に戻って塔頭の研究。まずはちょっと離れた孤蓬庵から。ここはもともと龍光院内にあったものを小堀遠州が移転独立させた塔頭で、ほぼ遠州カラーに染まっている。茶室は忘筌(筌を忘れる=魚を捕えることができれば筌を忘れる=目的を達成したら手段は忘れる)、手水は露血(うさぎの汗)。名物は国宝井戸茶碗喜左衛門。(ご本家筋の龍光院は国宝の曜変天目茶碗でどちらもすごいモノ) ここは特に関係した武将はいない、というのも遠州自身が作事奉行という立派な武士。

    大徳寺に戻って塔頭の研究。まずはちょっと離れた孤蓬庵から。ここはもともと龍光院内にあったものを小堀遠州が移転独立させた塔頭で、ほぼ遠州カラーに染まっている。茶室は忘筌(筌を忘れる=魚を捕えることができれば筌を忘れる=目的を達成したら手段は忘れる)、手水は露血(うさぎの汗)。名物は国宝井戸茶碗喜左衛門。(ご本家筋の龍光院は国宝の曜変天目茶碗でどちらもすごいモノ) ここは特に関係した武将はいない、というのも遠州自身が作事奉行という立派な武士。

  • このまま大徳寺に行ってもよかったがちょっと寄り道で船岡山へ。北側が良く見える展望台があった。

    このまま大徳寺に行ってもよかったがちょっと寄り道で船岡山へ。北側が良く見える展望台があった。

  • 船岡山を西に降りて先日行った上品蓮台寺へと。このお寺は三大葬送地の蓮台野にあるお寺ですが、ここの墓地に先日北野天満宮近くの東向観音寺にあった土蜘蛛の塚と同じ、土蜘蛛の塚があります。墓地の大木の根本に石碑があるが、雰囲気的にはここが一番。

    船岡山を西に降りて先日行った上品蓮台寺へと。このお寺は三大葬送地の蓮台野にあるお寺ですが、ここの墓地に先日北野天満宮近くの東向観音寺にあった土蜘蛛の塚と同じ、土蜘蛛の塚があります。墓地の大木の根本に石碑があるが、雰囲気的にはここが一番。

  • 大徳寺に戻り、聚光院。ここは千家の菩提寺、茶面の大徳寺を代表する塔頭。茶室は閑隠席と枡床席の二つ。お庭は利休作の百積の庭。お宝は永徳筆の数々の絵。

    大徳寺に戻り、聚光院。ここは千家の菩提寺、茶面の大徳寺を代表する塔頭。茶室は閑隠席と枡床席の二つ。お庭は利休作の百積の庭。お宝は永徳筆の数々の絵。

  • 大徳寺境内、広すぎてなかなか大変。

    大徳寺境内、広すぎてなかなか大変。

  • 次に奥の方にある芳春院。前田マツゆかりの塔頭で、ここは京都検定的には京都三閣の呑湖閣くらいしかない。しかしこの導入路の雰囲気は最高。

    次に奥の方にある芳春院。前田マツゆかりの塔頭で、ここは京都検定的には京都三閣の呑湖閣くらいしかない。しかしこの導入路の雰囲気は最高。

  • 芳春院手前には龍泉庵、如意庵というあまり知られていない塔頭で拝観もできないが、ここは雰囲気最高。

    芳春院手前には龍泉庵、如意庵というあまり知られていない塔頭で拝観もできないが、ここは雰囲気最高。

  • 高桐院。細川忠興建立。細川幽斎と三斎(忠興)、ガラシャ夫人の墓所。茶室は松向軒で三斎好み。意北軒という書院が移築されているが、これは利休邸とされる。また灯籠は利休が持っていたが秀吉から所望された際にわざと欠けさせてこれを断った。その灯籠がここにある、でも残念ながら屋根の修理とかで拝観停止になっていました。

    高桐院。細川忠興建立。細川幽斎と三斎(忠興)、ガラシャ夫人の墓所。茶室は松向軒で三斎好み。意北軒という書院が移築されているが、これは利休邸とされる。また灯籠は利休が持っていたが秀吉から所望された際にわざと欠けさせてこれを断った。その灯籠がここにある、でも残念ながら屋根の修理とかで拝観停止になっていました。

  • 総見院。秀吉は信長追悼のために当初黄梅院を建てたが小さすぎるということでこの総見院を建てた。総見院は信長の戒名。京都検定的には特に、という感じ。特別拝観やってましたがパス。

    総見院。秀吉は信長追悼のために当初黄梅院を建てたが小さすぎるということでこの総見院を建てた。総見院は信長の戒名。京都検定的には特に、という感じ。特別拝観やってましたがパス。

  • 三玄院。石田三成の墓所がある。検定では出ていない模様。

    三玄院。石田三成の墓所がある。検定では出ていない模様。

  • 真珠庵。一休さん死去後に一休さんを慕う人たちにより建立された塔頭。<br />茶室は庭玉軒、金森宗和好み。庭は七五三の庭で村田珠光好み。

    真珠庵。一休さん死去後に一休さんを慕う人たちにより建立された塔頭。
    茶室は庭玉軒、金森宗和好み。庭は七五三の庭で村田珠光好み。

  • 国宝密庵と曜変天目茶碗を擁する大徳寺で超重要な塔頭龍光院は完全拝観拒絶。入口くらいは見てみたいと来たのがここ。ここが龍光院のはずなんだが。

    国宝密庵と曜変天目茶碗を擁する大徳寺で超重要な塔頭龍光院は完全拝観拒絶。入口くらいは見てみたいと来たのがここ。ここが龍光院のはずなんだが。

  • 大徳寺金毛閣。一階部分は連歌師の宗長が寄進し財政難で放ってあったものを二階部分含めて千利休が完成させた。二階部分には千利休像が設置してあり、このことが利休切腹の理由になったとのこと。

    大徳寺金毛閣。一階部分は連歌師の宗長が寄進し財政難で放ってあったものを二階部分含めて千利休が完成させた。二階部分には千利休像が設置してあり、このことが利休切腹の理由になったとのこと。

  • 黄梅院の導入部。今日はざっと外だけ見て回るので中には入らず。

    黄梅院の導入部。今日はざっと外だけ見て回るので中には入らず。

  • 黄梅院。小早川隆景により創建、毛利家の菩提寺。茶室は昨夢軒で武野紹鴎好み。庭は利休作の直入軒。この日は特別拝観やってましたが時間切れで行けず。

    黄梅院。小早川隆景により創建、毛利家の菩提寺。茶室は昨夢軒で武野紹鴎好み。庭は利休作の直入軒。この日は特別拝観やってましたが時間切れで行けず。

  • 大徳寺の南門、船岡山を建勲神社から降りて北に進むとこの門の前に出るが、北大路を渡らないといけない。この緩い石段を下り大徳寺前からバスで市街へと。

    大徳寺の南門、船岡山を建勲神社から降りて北に進むとこの門の前に出るが、北大路を渡らないといけない。この緩い石段を下り大徳寺前からバスで市街へと。

  • 四条界隈の繁華街をうろうろしていたらたまたま錦天満宮の鳥居が建物に食い込んでいるところに出くわした。テレビで何度か見たがここにあったのか、という感じ。<br />

    四条界隈の繁華街をうろうろしていたらたまたま錦天満宮の鳥居が建物に食い込んでいるところに出くわした。テレビで何度か見たがここにあったのか、という感じ。

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