2017/10/10 - 2017/10/19
219位(同エリア314件中)
大月さん
「一本の道」で放映されたプーリア地方、太陽と風と大地を体感するため、シニア4名でのんびり歩き旅を楽しんだ。
期日 2017.10.10~19
1日目
成田17:50発 エティハド航空→アブダビ23:10着。定刻より早い。
2日目
共同運行便のアリタリア航空に乗換、2:35発→ローマFCO空港6:40着。経営破綻したとニュースになっていたためか、席は半数くらいしか埋まっておらず、同行のNさんは、後部に移動して横になって寝ていた。
ローマでの乗り継ぎは、分かりづらい。初めに手荷物チェックがあった。出ると出国エリアのようにタックスフリーの店舗エリアに。入国審査は次の空港で行うのかな、と店舗内を歩いて書かれたゲートに進んでいくと、そこに出国審査場があった。
9:18発→ブリンディシ空港10:15着。
天気予報では、ブリンディシ地方は雷雨。その通りに、今まで地上の景色を楽しめていたのに、着陸間近になったら、雪のような雲海が広がり、雲の中を突入して着陸。雷雨は終わっていた。
小さな空港。タラップから徒歩で出口に。税関審査があると書かれていたが、何もなかった。11時発のバスがレッチェまで行くというので、ブリディシ駅から電車の予定を変更して乗車。8ユーロ。一度も停まらず快調に飛ばし、20分ほどで到着。駅から離れていたため、路線バスに乗換。1.5ユーロ。
予定していた列車より一つ速い電車に間に合ったので、切符を窓口で購入しようとすると、別の旅行会社らしいところに行け、という。無事購入。ガラティーナまで2.1ユーロ。
12:59発を待っていたが、一向に現れない。30分後、折り返し運転の電車が来た。ずっと手前に停まったので、急いで移動したが、2両しかないので、座れず立つはめに。それにしても中学生らしいのが、争って座席を取るが、一駅で降車して行ったのに呆れる。その後も、空いている席を見つけると急いで座る人が多いが、すぐ降りる。日本人ならば、1駅くらいならば、座らない人も多いだろうが。
14:20ガラティーナに到着。宿までの地図は用意してきたが、スマホを自在に使いこなす同行者が2名いるので、私は後陣で付いていくだけ。
石畳、古い教会、看板等の表示は地味、中世の街そのまま。宿も表示が小さいので、近くまで辿り着いてからウロウロ。BαB PALAZZO CAVOTI。2室144ユーロ。
中庭があり、テーブルと椅子が配され、リゾート仕様。部屋もきれい。母親とその娘らしき二人が親切に対応してくれた。英語は通じないので、対話に苦労。特に明日から歩くので、大きい荷物をタクシーで運ぼうと思っていたが、レッツェから呼び寄せるので高いという。ずうずうしく、家主に頼んでみたら、兄が車を持っているので頼んでみると話が進んだ。しかし我々は、3日後の宿に、先回りして運んでもらいたいのだが、これを理解させるのに難儀。紙に図を書き、
明日Aに行き、次ぎBに行き、その後Cに行く。だからCの宿に運んで
と何度も説明して、やっと理解してくれ、彼女たちも安堵の笑いが出た。一人10ユーロで請け負ってくれた。
スーパー探しに4人で出たが、住民に尋ねているうちに、見失い、2人ずつ別行動に。スーパーで食糧を調達し、夕食も2人ずつ別々になった。
3日目
早朝、部屋を物色すると、コーヒーメーカーがあり、コーヒー豆も。日本の家庭用よりは高級。エスプレッソも出来る。早速、一杯飲んでから、散歩に。7時前だが、カフェと名の付いた店が開店していた。
朝食は、母屋から袋に入れて運んできた。温かい物は、飲み物だけ。時間も、通常は8時半からというのを、何とか8時に繰り上げてもらったのだから。仕方ない。
9時。歩き始める。同じガラティーナ市内で7kmの距離。天候は快晴。
まずワイナリーを見つけていたので、立ち寄る。ワインの直売をしていた。水道のようなホースから大きな瓶、梅酒瓶のような、にコックをひねって注ぐ。4人ほどの購入者が去ったので、テイスト可能か尋ねたら、ダメと。見物はできるかと尋ねたら、英語の通訳と説明人の2人を連れてきた。
熱心に説明してくれた。大きな粉砕機。大きなタンク。自動瓶詰め機。最後に近所の人に販売しているワインと瓶詰めのワインの違いを尋ねたら、熟成度が違うとのこと。後で、安いワインを少しお金を払ってでも試飲すれば良かったと後悔。
この地方の典型か、通りから家屋まで真っ直ぐな道が繋がり、奥まった所に農家住宅が。一枚の畑が広く、放牧場かトラクターで耕したばかりの畑が続く。
途中、オリーブの収穫準備をしている人に、味見して良いか、と尋ねる。了解を得て試食したが熟した実が分からず、苦いだけの一粒で諦めた。木の下にビニールシートを敷いて、木を揺すって、たぶん機械で、落とすようだ。オリーブ畑と耕作放棄地、サボテン、収穫後のぶどう畑、野菜畑が続く。天気は快晴だが、風があり汗は出ない。
昼過ぎ、宿の案内板が右手にあった。地図を確認すると真っ直ぐでも余り差がないので、真っ直ぐ進む。少し進んで、遠回りに気づく。先ほどの案内板に戻ろうと判断した時には、先導隊の2人は視界から消えていた。向こうもスマホで見ているから、遠回りでも辿り着くだろうと、2人ずつの別行動に。
アンティチョーク、ブンタレッラらしい畑が続く。14時、宿に到着。
Masselia la fica 2室160ユーロ。農家民宿となっているが、新築したばかりのようで、きれいでホテル仕様。牛舎等がすぐ近くにあるため、ハエは多い。しかし近代農場らしく臭いは少なく、ドアは網戸を含めて3重になっていて、衛生面にも配慮されている。
別行動の二人は、別の街にたどり着き、住民に電話してもらい、宿の車で迎えられる始末。初日から打ち合わせ不十分で、宿の人に迷惑をかけた
夕食は、持参のカップラーメンとお菓子のわびしい食事。
4日目
朝6時に牛舎に行くと、既に搾乳は終えてあった。奥に行くとチーズ工房があり、長男氏が作業中。衛生上の理由だろう、入室は出来なかった。売店を案内され、エスプレッソコーヒーをご馳走してくれた。隣の小屋では、農夫2人がヘッドライトを点けて、野菜の出荷準備をしていた。ブンタレッラ、マクワウリらしい黄色のメロンが洗われ、車に積まれ、出かけていった。朝市かもしれない。
明るくなったので、畑を見に行く。農夫が2人収穫していた。乾燥地域なのか、植えられた苗にそって、地中に散水パイプが埋められていた。
朝食は、作りたてのヨーグルトとチーズが添えられていた。
9時出発。距離は11km。Sternatiaまで。
収穫を終えたアンティチョークの畑、同じく収穫後の黄色のメロン畑が続く。石が沢山出るらしく、道路沿いに石垣の壁が続く。取り残された石が放牧地にも。歩いている人は皆無。時折通る車。
後半、オリーブ畑が続く。古木には、散水用ホースが巻かれていた。今日も快晴で風があり、汗が出ない。13:40宿に到着。BαB pergulea 2室141ユーロ。
しかし家主が不在で困っていたら、近所の婦人2人が電話してくれた。お陰で家主がすぐ自転車で駆けつけてくれた。部屋は4室あり、家主は住んでいない。そのため、朝食は近くのレストランに依託。古い建物だが、中はきれいになって、改装したようだ。ここも中世の街並み。一報通行の多い道路。狭い入り口。少ない窓。カフェで静かにくつろぐ客。
遅い昼食をレストランで食べ、6時再開したスーパーで食料を買い込み、夕食とした。イタリアは昼休み休憩が長く、その後も悩まされる。
5日目
早朝は、薄暗い中を散歩。駅に行ったが、小さい控え室があるだけ。高校生らしい人4人が乗り込んだ。教会の尖塔が目立つので、迷うことはないので、教会の墓地まで行ってみた。
8時、指定のレストラン。パンと飲み物1つずつだけ。私は腹が減っては戦ができない主義で、パンを2つ別払いで注文。どれもイタリアらしく甘い。
9時。チェックアウトすると、家主がfrantoio ipogeo(博物館)の中を案内してくれた。宿のすぐ向かい。古い城壁の地下にオリーブオイルの精製工場が作られていた。戦時中は防空壕としても利用されたとのこと。地下2階のようになっていて、大きな石臼などが残っていた。
9時20分出発。今日の距離は12km。Carpignanoまで。
早朝、訪れた墓地の中を覗く。キリスト教のお墓も大きな立派なものから、十字のみのものまであった。
その後、放牧地が続き、再びオリーブ畑が左右に広がる。ここも石が多い。レッツェ石と言い、家の壁や塀に使われていた。
畑で働いていた人がいたので、色々質問しようかと思って近づいたら、移動してしまった。Carpignatokの街に入り、14:00宿に着いた。新市街という印象。道路幅も広い。
Casina dei nonni 。2室100ユーロ。新築したばかりのような一軒家。緑の芝生、壁に這わせたブーゲンビリア。リゾート宿の様子。家主はシニアらしいおじさん一人。しかしスマホを電源に繋ぎ、何をするかと思っていたら、翻訳サイトで応答を始めた。努力家だ。まじめな会話だが、時々ジョークを入れるから、我々は戸惑う。
明日、バスでlecce駅に行きたいと告げると、苦虫を潰したような顔になり、バスは無いと。ここまでは想定内。田舎のバス、列車は学生利用が大半で土日は運休が多い。タクシーは?と告げると、私が運転すると言う。30kmほどの距離50ユーロ。
17時、大きなスーパーに行き、買い物し、お奨めのレストランに行くと閉まっている。近くのバーにいた若者に尋ねると、20時から開店だという。出直す。
結局20時にも閉まっていたため、他のレストランに変更。ブッフェがあり、喜んで沢山食べたら、会計で一皿単位での料金と知る。がっかり。一皿に山盛りにするのだった。
6日目
朝食は豪勢。パンも3種類。飲み物も紅茶、コーヒー、ジュース、ヨーグルトと。果物まであった。今までで一番。おまけに、電車の中で食べろ、とお菓子までくれた。
9時自家用車でレッツェ駅に。広い道は90kmも出す。なかなかの小父さん。9:40駅着。レッツェも古い街。観光客もかなり多い。
13:03でバリ駅に向かう。EチケットのままでOK。一等車で座席は3列。新幹線並みの乗り心地。バリ乗換でローカル線に。日曜日で空いている。長いトンネル、たぶん3km以上、が2本続き、そろそろ駅かな、と思った途端、スピードダウン。一人が、駅名にcasellanetaとあったぞ、の声で大急ぎで降りる。あぶなかった。迎えの宿の主人に合流し、自家用車で宿に。
Casa di leo 2部屋100ユーロ。奥さんが日本人の裕子さん。細身、小柄な典型的な大和撫子。これならイタリア人がアモーレ!と叫ぶのが分かる。坂になった立地で1階を貸し、2、3階を住まいに。1階からの階段は狭い螺旋階段。そのことを尋ねると、元々、別々だったのを2階の床に穴を空けて、螺旋階段で繋いだという。すごい発想。
ラスベガスほどではないが、断崖上の街。中世では、攻めにくいということで、こういう場所に街ができたとのこと。散策すると断崖下の谷の深さが恐怖。ギリギリまで家屋が建っている。
この街も20時開店のレストランで夕食。
7日目。
朝食後、4人とも自由行動。バラバラ。裕子さんも驚いていた。私は、午前中は旧市街を散策。午後は、同行者とバスでマテイラ観光。
12:45発マテイラ着13:45。2.8ユーロ。洞窟住居見学は無料。1時間ほどでほぼ一周。時間調整して、17:15発に乗り、18:30帰着。
夕食は、旧市街の洞窟レストラン。雰囲気は良い。
8日目
5:30出発。ご主人の車でMATERAまで送り。一台30ユーロ。6時ターミナルに到着。バスがまだ入庫していなかった。ご主人には、帰宅してよいですよ、と伝え、一度バイバイをしたが、どこかで待っていたらしく、バスが入庫したら、再び現れた。日本的な心配り。裕子さんの指導?かも。
6時半、バス発。11時に休憩15分。12時10分ローマ、TIBURTINAターミナル到着。地下鉄でテルミニ駅に向かう。
宿は駅近か。入り口が自動でしまり、かつフロント(事務所)が2階なため、スタッフが入り口で待機していた。治安が悪い時があったのだろう。入り口に錠があり、5階の4部屋の入り口と各部屋にもカードキー。今は、それほど治安が悪いようにも感じなかったが。
外観は古いが、中は改築したらしくきれい。鍵もカードキー。防音も十分。洗面所も広い。朝食付きとあったので確認すると、1階のレストランで摂るとのこと。開店時間は8時。これでは間に合わないので、バケット(弁当)を依頼したら、夜届けると。
15時。昼夜兼食のブッフェ。大皿3枚てんこ盛り。水とパン付き。イタリア最後の日は、腹一杯が一番。
9日目
8時5分の電車のため、7時半出発。弁当は届かなかった。事務室も無人らしく誰も出てこない。
11:15ローマ空港発。アブダビ乗り継ぎ、
10日目
成田着12時半。正確には、着陸が12時半で、第一ターミナルに到着は、12:50。
どこまでも続く平らな大地。快晴の太陽を浴びて、風に吹かれてオリーブ樹林を歩く旅だった。昼は23度、早朝は10度で長袖は必需。 諸経費 航空機往復代 74810円
宿代 7泊 一人当たり230ユーロ=約31000円
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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