2017/07/07 - 2017/07/11
7710位(同エリア15916件中)
とんきさん
マレーシアはすでに3回旅行した。クアラルンプールへ仕事で一回、一人旅一回、東マレーシアの一人旅に一回。
マレーシアはもういいかと思っていたが、インタネットの広告を見ているとマレーシアの団体ツアーのコスパが高く見えてきた。特にトラピックスの4都市周遊ルートとその価格に釣られてしまった。2泊5日と強硬スケジュールだが、ホテルでの宿泊が少ないので、一人参加でも追加料金があまりかからないのも良い。
という訳で、家族に自分の誕生日をマレーシアで過ごすためという訳の分からない理由で許可をもらい、マレーシアツアーに一人参加を決めた。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 2.0
- 交通
- 2.5
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 5万円 - 10万円
- 交通手段
- 観光バス
- 航空会社
- マレーシア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
-
旅行初日は、マレーシア航空の夜行便でクアラルンプールへ。飛行機の中であっけなく一日が過ぎてしまいます。
成田空港第2ターミナル 空港
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クアラルンプールの空港に到着後、空港内を移動する電車で国内線ターミナルへ移動し、ペナン行きの便へ乗り継ぎ。でも、早すぎて空港の国内線搭乗カウンターには誰もいませんでした。行先を告げる電光掲示板も消えたまま。
成田空港で同じツアーの方と顔合わせしたわけでもないので、あの日本人は同じツアーかなくらいの感じで、心細く感じる方がいるかもしれません。クアラルンプール国際空港 (KUL) 空港
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誰もいない国内線の空港ターミナルビル。
朝4時にクアラルンプールに到着し、8時半にペナンへ出発予定。店はレストラン一軒だけしか開いていませんでした。
マレーシアリンギの使える自販機はありますが、両替は8時からでした。
Wifiがつながった人もいたようですが、私はつながりませんでした。クアラルンプール国際空港 (KUL) 空港
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長時間飛行機に乗り、乗り継ぐ飛行機までの待ち時間も長い、喫煙する人にはつらい時間ですね。日本でインタネットで調べたら、喫煙場所がないと出ていましたが、探したら国内線にはありました。
クアラルンプール国際空港 (KUL) 空港
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搭乗ゲートの電光掲示板が表示されました。でも同じゲートのその日初めての便は、ペナン行きではなくクチン(東マレーシア)行きでした。
待ち時間の暇つぶしが一番の問題のような状況で、空港自体は良くできているので、乗り換えはだれでも問題なくできると思います(日本語の表示もあります)。クアラルンプール国際空港 (KUL) 空港
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飛行機に乗ってしまえば、ペナンまでは1時間弱です。ペナンの空港で現地ガイドさんと落ち合って、観光開始。
始めはコーンウォーリス要塞。中には何もないとのことで、中には入らず外から見るだけでした。あまり高くない城壁に古い大砲が並ぶ。本気で攻められたら弱かったと想像します。 -
大砲の先にはこのような静かな海。この日は、雨季特有の熱帯の雲がかかっていますが。
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セントジョージ教会。綺麗なキリスト教会ですが中には入れませんでした。この周辺は同じような白い西洋風の建物が集まっています。西洋人街といっていいのでしょうか。
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観光バスで、トライショー(人力車)の乗り場に移り、トライショーで街中を行きます。車はトライショーを優先してくれているように感じました。
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トライショーは、大通りから、中国人街なのでしょうか、漢字の看板が多い道を通って進みました。この写真は、トライショーの上からです。
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トライショーを降りて、カピタン・クリン・モスクへ。綺麗に整備されたモスクです。ガイドブックによると1801年の創建のようですが古さを感じさせません。
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ヒンズー教のスリ・マハ・マリアマン寺院。
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通りに並ぶ霊廟の一つの前に立つのは、巨大なお線香(?)3本。
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ヤップ・コンシ。目立つ場所にある手の込んだ彫刻の施された霊廟です。
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アチェ・モスク。アラブ商人が建てたそうです。
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お供え物を売るお店。
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昼食はこのレストランで。
インド料理のビュッフェスタイルでした。
外の壁に樹木が描かれていました。ウォールアートの始まりです。 -
街の通りにあるアイアンアート。これは、インタネットによるとリトアニア人アーティストの作品とのことです。名前の通り、鉄棒を曲げて作られています。
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有名なウォールアート。絵と現実が混然となってしまいます。
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なんだか分かりませんが、おめでたい絵のような感じがします。
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これは何かの劇画の一部のようですね。
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アイアンアート。書かれている文字が読めないので意味は分かりません。でも、虎というと中国?虎を捕まえに行ったのに家来になって帰って来たのでしょうか?
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予定されていたクー・コンシがなぜかお休み。急遽、寝釈迦仏寺院へ行き先を変更。
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お寺の中には、世界で3番目に大きい涅槃仏。
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道路の向かい側にあるビルマ寺院。ビルマの協力で建てられた仏教寺院だそうです。
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昨日は、夜行便で移動したこともあり、午後の早い時間に観光は終わりになり、ホテル到着。写真はホテルの外観。思っていたよりも立派なホテルでした。
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泊まったホテルの寝室からの眺望。素晴らしい眺めだが明日の朝はもう出発の予定。
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一人で泊まるには広すぎる。室内で料理も出来るようになっている。
この日は昨晩ほとんど機上で眠れなかったので早々と寝てしまい、2日目は終了。
ペナンのまとめ
多民族がモザイク状に混在して住んでいる街である。民族の独自性を表す宗教も民族と表裏一体となって混在している。これらの統合体としてペナンはある。つまり、それらは世界遺産の不可欠の要素であり、どれ一つも切り捨てられない。
できれば、長期間ここに滞在して、この街をじっくり観察してみたい気がします。 -
3日目は、朝の飛行機でクアラルンプールへ戻り、昼食後、プトラジャヤへバスで移動。プトラジャヤは、国の行政機能をクアラルンプールから移した新たな行政都市。
写真は首相官邸。 -
セランゴール州スルタンの別邸。スルタンは普段から政治に関与するのかな?それでなければ、何もないプトラジャヤに別邸はいらない気がする。
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プトラモスクも新行政都市と共に新たに造られた新しいモスク。中に入ることが出来るが、男性も含めて肌の露出が多いと服を借りて着ないといけない。私もハーフパンツはダメだと言われて服を着たが良い記念の写真になったと思います。
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プトラ広場には、マレーシア各州の州旗が掲げられている。
プトラジャヤは計画都市らしく広く、ゆったりとしているが、あまり人間味が感じられない。また、そうすることで本当に行政効率を高めているのかどうかは分からない。 -
プトラジャヤの観光の後はクアラルンプールへバスで戻ります。
写真は、新王宮。黄色い旗は王様がいらっしゃるしるしとか。 -
国家記念碑。ガイドさんの説明では、共産ゲリラとの闘いで戦死した兵士を表しているはずだが、踏みつけられている敵兵はマラヤ連邦の独立とは直接の関係がない日本兵の服装をしているとのこと。尚、この像の作者はアメリカ人だそうです。
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高い塔がスルタン・アブドゥル・サマド・ビル。旧連邦事務局のビル。ムルデカ広場からの撮影。ガイドさんに元々は何の建物ですかと聞いたら、初めから連邦事務局の建物として建てられたとのことでした。昔に来た時とは大分イメージが違う気がしました。
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お馴染みのクアラルンプールの象徴ペトロナス・ツイン・タワー。撮影スポットという場所には、観光バスが何台も停まります。そのため、法輪功のメンバーがプラカードを中国人観光客に見せて回っています。しかし、中国人観光客は知らん顔。
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国立モスクの良い撮影場所が見当たらなかった。この写真は、逆に国立モスクからクアラルンプール駅とマレーシア鉄道局方面を撮影して我慢。
昔とは、国立モスクの感じも大分違う感じがします。
ということで、マレーシア3日目の観光も終わり。 -
ホテルでの宿泊2泊目にして、マレーシア最後のホテル。
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ホテルとしては良いホテルです。でも難点をいえば、郊外なのでショッピングなどが出来るところがありません。仕方なく、近くのセブンイレブンで買い物をして、この日は夕食がないので、マレー料理のレストランでカレー麺を食べました。尚、そのレストランでの酒類の販売はありませんでした。また、ひどくはないが何故かお腹を壊しました。
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翌朝の午前中は自由時間。
先ずは、ホテルの周りをぐるぐると結構離れたところまで歩いて様子を見ました。
次に、予め、地図で確認しておいた大きな公園への行き方をホテルのスタッフの方に聞く。簡単に行けることが分かり、行ってみる。
写真の看板を見て2つ疑問が湧く。ワニを養殖していて食べさせるレストランがあるのだろうか?ペイントボールってなんだろう? -
公園には大きな池が2つあります。一つの池では確かに小さいワニにようなものが岸から私を見ていて、近づくと逃げて行ったように見えました。レストランらしき建物の方に行ってい見たら、午前の早い時間なのでとてもやっていそうもなく、料理の内容確認はパス。
池へ続く小道付近に行く、とやたらとマスク着用厳守の看板が。有毒ガスの注意か病気を媒介する蚊などの注意かと思い、それ以上は近づきませんでした。 -
ホテルに戻り、スタッフに確認してみました。ワニの養殖場は有名だそうです。レストランは、有名な養殖場を名前に入れただけで、ワニを食べさせてはいないそうです。ペイントボールは戦争ごっこのようなもので、銃にインクを入れた弾を込めて打ち合うそうです。危険なので、マスクというかヘルメットの着用が義務付けられているそうです。
ということで一時間ほど公園の散歩でした。
その後、昼過ぎからはバスでマラッカに移動です。 -
ホテルからマラッカまで150㎞、約2時間半の旅路です。
マラッカ到着後、始めは、青雲亭寺院。 -
手の込んだ寺院の中の様子。
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カンポン・クリン・モスク。マレーシア最古のモスクだそうです。
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マラッカといえば、このキリスト教会。でも、実物は周囲が観光客で混雑しすぎていますと私のような観光客がいっています。
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写真ではよく見えませんが、遠くにマラッカ海峡を望む。
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ほとんどの日本人が知っているフランシスコ・ザビエルの像。
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サンチャゴ砦。昔は高い塀で囲まれていたそうです。
バスを降りてここまでは徒歩で回る形です。 -
少し離れて、バスで海峡モスク。新しそうなモスクです。何のために建てられたのか聞き洩らしました。
これで、マラッカ観光も終わり、すべての観光予定を完了。
マラッカのまとめ
基本的には、ペナンとの違いは感じられなかった。西欧の宗主国がイギリスかオランダかの違いのみか。時間をかけないと分からない。
夕食後、マラッカから空港までは2時間かかります。そして、23時30分発の直行便で帰国しました。 -
まとめ
今回の旅行は、今ひとつすっきりしません。
写真はバスの窓から見えるパームヤシの畑です。この畑は植民地時代のプランテーションです。観光で見た寺社などの建物は素晴らしいのですが、観光したマレーシアの何一つ、これはマレー人のものだというものがありませんでした。西欧人、中国人、インド人、アラブ人など、かつて支配してきた外来の人たちの文化が残したものだけ見てきた気がします。
5回目の訪問があるかどうか分かりませんが、あれば、マレー人のものを探して、そこを重点的に見てみたいと思います。
参加した団体ツアーについては、やはりもう少し時間が欲しいと思いました。往復とも夜行便では疲れます。私などとは違い元気な若い方なら平気なんでしょうが・・・。また、ホテルがもう少し中心地にあると買い物なども出来たのだが・・・。ツアー価格との兼ね合い難しいですね。
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この旅行記へのコメント (6)
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- 墨水さん 2017/08/04 23:49:04
- マレーシア。
- とんきさん、今晩は。
インド人、アラブ人は、イギリス人が連れてきた。
中国人は、華僑ですね。
共に、マレーシアの経済を牛耳ってきた。
ただし、スルタンを怒らせない様に。
パーム椰子とゴム栽培で、イギリスは巨万の富を手にする。
中国との茶貿易で、イギリスは巨額の貿易赤字を作り、アヘンで支払うことにした。
この時の、華僑のまつえですね。
南米でのゴム貿易で、是またイギリスは貿易赤字を作る。
ゴムの木の種を盗み出し、ロンドン王立植物園で栽培方法を研究し、マレーシアに植えた。
其の労働力として、インド人アラブ人を連れてきた。
あおりを喰らい、追い出されたのがマレーシア人で、ムスリムに改宗するに及び、アイデンティティーが変化してしまってます。
スルタンの宮殿にでも見学に行かないと、文化面は判らないのかと・・・。
イギリスが、ムスリムを利用してマレーシアの文化破壊をした事は明らかですが、明確な証拠を辿るのは不可能かと。
植民地支配による多民族国家がマレーシアです。
スルタンはどうしたかと言うと、イギリスから税金(と言うか賄賂)を取ってました。
当時は、税金と賄賂の区別が無かった。
マレーシアが独立してから、スルタンは搾取されていた事を知ったんですね。
伝来の文化を探すのは、非常に難しいかと。
墨水。
- とんきさん からの返信 2017/08/05 09:45:58
- RE:書込み」 「マレーシア。」へのお礼
- >墨水さん、おはようございます。
長文の書込みをありがとうございます。とても参考になりました。
私は、ASEANは一つの文化圏との共通認識が域内にあって、植民地時代の宗主国の違いによって、むりやり国境で分断された文化圏を統合したいとの願いをASEANの人々は持っているように思っています。
エジプトはナイルの賜物といいますがASEAN地域はの根本はジャングルの賜物と思っています。ジャングルの中で、持続可能な生活をしていたマレー人が、ジャングルを収奪し、破壊する海から来た域外勢力に負けたのが今見える状況と思います。
しかしながら、それは沿岸部では顕著ですが、内陸部や島しょ部ではマレー人本来の姿が残っているものと期待しています。
実際に東マレーシア(ボルネオ島)では、そういうところが一部見られたんですが、マレー半島でもそれが見られて、ASEAN諸国全体に共通性の広がりが確認できればいいなと思っています。
短期のツアーでは無理かな?
とんき
- 墨水さん からの返信 2017/08/05 23:58:45
- RE: RE:書込み」 「マレーシア。」へのお礼
- とんきんさん、今晩は。
> 私は、ASEANは一つの文化圏との共通認識が域内にあって、植民地時代の宗主国の違いによって、むりやり国境で分断された文化圏を統合したいとの願いをASEANの人々は持っているように思っています。
???。
昔タイ人から「タイとビルマとは文化が違う。」と聞きました。
アイデンティティーが違うと言う意味でしょうけど・・・。
「カンボジア」とも違うとも言ってました。
タイ、ラオス、カンボジアは共通言語圏に入りますが、アイデンティティーが違う認識でした。
私の認識では、華僑の存在が問題を複雑化させたと思われます。
宗主国と利益を共にしたのが華僑だからです。
ASEAN現地人は、共通して華僑を嫌ってます。
華僑側から見ると、宗主国から利益を抜き取る才に長け、其の存在を盤石にした。
(そのためには、なんでもしたのが華僑です。)
現在のASEANは、華僑が経済を握ってます。
このいびつさが、問題の根源かと。
それと、教育の質が低いかと・・・。
高品質の教育を受けられるのは、一部の人間に限られている現状では問題かなと。
> エジプトはナイルの賜物といいますが・・・。
なら、ASEANの賜物は華僑ですかね。(笑)
> 実際に東マレーシア(ボルネオ島)では、そういうところが一部見られたんですが、マレー半島でもそれが見られて、ASEAN諸国全体に共通性の広がりが確認できればいいなと思っています。
一部見られた事は、幸いだと思います・・・。
ASEAN諸国全体の共通性の広がり?て、何ですか?。
共通性が有ったら、マレーシアとシンガポールは別々に独立しなかったかと・・・。
一番大事なのは「多様性に寛容か。」ですね。
日本も文化的には、多様性に富んでいます。
多様性が重要だと思います。
墨水。
- とんきさん からの返信 2017/08/06 23:42:05
- RE: RE: RE:書込み」 「マレーシア。」へのお礼
- 墨水さん、今晩は!
また、書込みをしていただき、ありがとうございます。
あまり、回答になっていないと思いますが勝手なことを書きます。
現在、マレシーアは連邦国家ですが、元々は現在の13州のスルターンは国王でした。周辺国もそれぞれ国王を擁していて、この地域に中央主権国家的なものはできたことがありません。要するに小国が乱立していたのです。
第二次大戦後、英国領のイスラム教徒の過半の国が一緒に健国したのが、マレーシア連邦です。シンガポールは、英国から独立してマレーシア連邦に入りましたが、多くを占める中国系住民と連邦の取るマレー人優遇政策が相容れず、連邦から除名される形で現在に至っています。この地域のもう一つのイスラム教徒の多い国、インドネシアはオランダ領であったことから、マレーシアと長く国境を接しているにもかかわらず、連邦に参加することはありませんでした(英蘭協約があったから?)。
タイ、ミャンマー、カンボジアのお話がありましたが、これらの国はどれも仏教徒の多い国です。しかしながら、昔から争いの絶えない国同士です。アンコールの遺跡にはこれらの国との戦争の様子を描いたレリーフがいくつも残っています。また、近年になっても、タイ・カンボジア間では国境地帯の寺院の帰属をめぐって紛争があったばかりです。したがって、中々、これらの国が同じ仲間だと口に出して言い難い風土もあるものと思います。
だからといって、共通意識がないということでなく、これらの国では、毎朝、隣の国から国境を歩いて超えてきた人が工場の隣の机で働いていても、隣町の人が働いているのとあまり変わらず接しているようです。また、言葉も不便のない程度には通じるので、お互いに仲間として普通に接しているようです。
華僑については、分けて考える必要があると思います。中国と東南アジアは陸続きだし、海を越えればすぐ近い位置にあります。したがって、いつの時代も中国から移り住んで来る人はいる訳で、大きく分けると、中国系の人は3種類だと思います。1)欧米の植民地になる以前に移り住んだ人たち、2)植民地支配のために欧米人についてきた人たち、3)戦後に中国から逃れてきた人たち、です。
また、国や地域によっても違うと思います。まったくのイメージで根拠ない話ですが、ベトナムでは中国系となるベトナム人は国民の半数位になるのではないでしょうか。東マレーシアのコタキナバルなどでも同じような気がします。
一般的には、中国系の人口比率の高いところでは、中国系かどうかはあまり気にされないのですが、2)の人たちは、今でも支配階級として国を牛耳っていることがあり、3)の人たちは中国との関係が強く嫌われている人もいるようです。
ボルネオ島は、マレーシア、インドネシア、ブルネイに分かれています。でも、この島に住む人はあまり国境など気にしていません。更に、フィリピンも島伝いで小舟で行けます。
フィリピン人も国境を気にせず、小舟で楽器やお面などの木工製品などをコタキナバルなどへ持ってきてマレーシアみやげとして販売しています。ここで販売しているものは、フィリピンやインドネシアで販売されているものとほとんど変わらないことは見ていただけば分かると思います。また、これらの国の農家は、みな高床式で同じ構造です。
つまり、同じ文化圏なのです。
また、フィリピンのミンダナオ島、インドネシア、マレーシアはイスラム教徒が多いこともあり、同じ仲間意識が強いようです。
と書いてきて、気になったのがイスラム教と仏教、ヒンズー教との関係?一番古いのはヒンズー教で、次が仏教、最後がイスラム教。ヒンズー教も仏教も他を飲み込もうとしたが、イスラム教はひたすら他を拒否した。ヒンズー教がイスラム教を飲み込んで、シク教になったんだっけな?
うーーん。
よく分からなくなったので出直します。
申し訳ありません。
とんき
- 墨水さん からの返信 2017/08/07 21:11:15
- RE: RE: RE: RE:書込み」 「マレーシア。」へのお礼
- とんきさん、今晩は。
有意義なレポート、痛み入ります。
>インドネシアはオランダ領であったことから、マレーシアと長く国境を接しているにもかかわらず、連邦に参加することはありませんでした(英蘭協約があったから?)。
独立に対しては、英国は英連邦の拡充を図ってます。
まぁ、英国が資本を抜き取る為の時間稼ぎ思いますが・・・。(笑)
第二世界大戦時、宗主国は共に米国の侵攻を拒否しました。
従って、米国の対日戦の作戦は、日本の信託統治領の占領と、フィリピンの再占領と、第一列島線、第二列島線で橋頭堡を築き、日本本土への進行が計画されました。
当時の日本は、連合国と言えども不協和音に陥るから、協調作戦は不可能と為り、日本有利と考えていた節が有ります。
しかし、米国はその上を行ったんですね。
「勝つてしまえば、どうにでも為る。」と。
米国が勝っても、日本が勝っても、英国(含、蘭国)にとって不利な事には違いない。
そこで、英国「英連邦に加入してよ、そしたら独立認めるから。」と。
蘭国「独立は、絶対認めない。」と。
しかし、インドネシアは日本軍が置いていった大量の武器と、日本軍が教育したインドネシア軍が居たんですね。(笑)
蘭国は、反撃されてアッサリ独立を認めた。
是は、英連邦加入を阻止する為の最後の抵抗かと。
やっぱりね〜っ、血を流した独立とは、理論にまさるんだわ。
> タイ、ミャンマー、カンボジアのお話がありましたが、これらの国はどれも仏教徒の多い国です。しかしながら、昔から争いの絶えない国同士です。アンコールの遺跡にはこれらの国との戦争の様子を描いたレリーフがいくつも残っています。また、近年になっても、タイ・カンボジア間では国境地帯の寺院の帰属をめぐって紛争があったばかりです。したがって、中々、これらの国が同じ仲間だと口に出して言い難い風土もあるものと思います。
> だからといって、共通意識がないということでなく、これらの国では、毎朝、隣の国から国境を歩いて超えてきた人が工場の隣の机で働いていても、隣町の人が働いているのとあまり変わらず接しているようです。また、言葉も不便のない程度には通じるので、お互いに仲間として普通に接しているようです。
同じ言語圏に入るので、個々人感では意思の疎通が可能な事が大きいのかなと。
>
> 華僑については、分けて考える必要があると思います。中国と東南アジアは陸続きだし、海を越えればすぐ近い位置にあります。したがって、いつの時代も中国から移り住んで来る人はいる訳で、大きく分けると、中国系の人は3種類だと思います。1)欧米の植民地になる以前に移り住んだ人たち、2)植民地支配のために欧米人についてきた人たち、3)戦後に中国から逃れてきた人たち、です。
その通りだと思います。
しかし、華僑が経済を握り、支配階級に居座るのはいびつだと思われます。
> フィリピン人も国境を気にせず、小舟で楽器やお面などの木工製品などをコタキナバルなどへ持ってきてマレーシアみやげとして販売しています。ここで販売しているものは、フィリピンやインドネシアで販売されているものとほとんど変わらないことは見ていただけば分かると思います。また、これらの国の農家は、みな高床式で同じ構造です。
> つまり、同じ文化圏なのです。
> また、フィリピンのミンダナオ島、インドネシア、マレーシアはイスラム教徒が多いこともあり、同じ仲間意識が強いようです。
同じ文化圏を共有するのが、本来の形ですね。
しかし、何処かで線を引かないと生けないのも、厳しい現実ですね。
>
> と書いてきて、気になったのがイスラム教と仏教、ヒンズー教との関係?一番古いのはヒンズー教で、次が仏教、最後がイスラム教。ヒンズー教も仏教も他を飲み込もうとしたが、イスラム教はひたすら他を拒否した。ヒンズー教がイスラム教を飲み込んで、シク教になったんだっけな?
ヒンズー教の支流が仏教ですから、大きな括りでは仏教とはヒンズー教徒です。
イスラム教は新興勢力ですから、拒絶するしか無かったのかなと・・・。
本来は、神が有って人が居る事は同じなので、同じなんだと言うところに行き着かない。
人間のエゴなんですね。(笑)
神は、恵みを与える(人間のためでは無く、総ての為に。)、人は恵みを取って生きているだけ。
エゴが、国家を分断してしまった。
国家とは、何なのかを考えさせられますね。(笑)
有意義な、意見交換が出来て有り難うございます。
墨水。
- とんきさん からの返信 2017/08/08 15:00:25
- RE: RE: RE: RE: RE:書込み」 「マレーシア。」へのお礼
- 墨水さん
こんにちは!
色々と興味深いお話をありがとうございました。
前回の宗教のところは、アジアでは何故、同じ地域に異なる宗教が共存できたのかを考えていたらよく分からなくなってしまいました。引き続きもう少し考えてみます。
また、よろしくお願いいたします。
とんき
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