2017/04/25 - 2017/04/25
117位(同エリア390件中)
元カニ族さん
2017年4月25日、JR京浜東北線「蕨駅」で下車し、前回の終点の蕨宿から、中山道を北上して浦和宿を通過し、JR京浜東北線「北浦和駅」まで歩きました。
現在の浦和は東京に近いこともあって大都市として発展していますが、天保14年の記録では本陣1、脇本陣3、旅籠屋15軒で、埼玉県内にあった9宿(蕨、浦和、大宮、上尾、桶川、鴻巣、熊谷、深谷、本庄)のなかでは、小さな方でした。
図は、浮世絵の描かれた「浦和宿浅間山遠望」の図です。
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- JRローカル 私鉄 徒歩
-
図は、この日のルートマップです。
-
①京浜東北線「蕨駅」で下車しました。
蕨駅 駅
-
蕨駅と中山道は約1Km離れているため、商店街を歩きました。
-
ようやく旧中山道に着きました。
-
中山道に着くと「②岡田加兵衛本陣跡」に着きました。この隣には前回紹介した「蕨市立歴史民俗資料館」があります。
隣の蕨市立歴史民俗資料館に、本陣の「上段の間」が復元されていますので、そちらもお忘れなく! by 元カニ族さん蕨本陣跡 名所・史跡
-
ここから、前回歩いた中山道に沿って行くと、国道17号線との交差点付近に、蕨宿の京(西)口の木戸を模した「③上木戸跡」のモニュメントが見えてきました。
-
「③上木戸跡」のモニュメントをくぐって、振り返ったところです。
-
中山道を進むと「④宝蔵院」がありました。
-
「④宝蔵院」の本堂です。
-
やがて、見沼用水の分流「一六用水」にかかる「⑤一六橋」がありました。
-
橋の名はこの辺りで、一と六のつく日に市が立っていたことに由来しています。
-
すぐ近くに見沼用水の分流「笹目用水」にかかる「境橋」がありました。
-
笹目用水は蕨宿と辻村の境を流れていることから「境橋」の名前が付けられました。
現在では、蕨市とさいたま市の境界になっています。
標識には「中山道 蕨宿 一番地」と書かれています。 -
東京外環自動車道下に、江戸日本橋から5里目の「⑥辻の一里塚碑」が立っていました。
-
碑の傍らに弁財天がありました。往時この辺りは湿地帯で通行に難渋したため、水難除けに祀られてものです。
-
その先には、辻村の鎮守の「⑦熊野神社」がありました。
-
里人には「おくまさん」と尊称され、敬愛されました。
-
道路を隔てて「⑧吉祥院」がありました。境内に大銀杏があり、参道の祠に「六地蔵」が安置されていました。
-
六地蔵の祠の隣の祠には「子育て地蔵」が安置されていました。
-
本堂です。
-
本堂の内部です。
-
鐘楼です。
-
少し離れて「⑨萬蔵院」がありました。
-
本堂前の六地蔵です。
-
「⑨萬蔵院」の本堂で、内部には行基作の延命地蔵尊が祀られていました。
-
「⑩焼米坂」です。
-
「⑩焼米坂」(やきごめざか)とかながうってあります。
-
「焼米」とは、籾のままの米を焼き、それをついて殻を取って売られていたようです。そのままでは固くて食べにくので、「保存食」としおき、湯につけたり、蒸したりして食べていたようです。
-
浦和宿に近づくと「⑪調(つき)神社」がありました。調は租庸調の調(みつぎ)物を意味し、武蔵国の調はここに集められました。この神社には調物の搬入・搬出の邪魔にならないように、鳥居がありません。
調(つき)は月信仰に結びつき、狛犬は兎でした。社名の「調(つき)」は租庸調の「調(みつぎ)物を」意味し、武蔵国の調はここに集められました。 by 元カニ族さん調神社 寺・神社・教会
-
手水も兎でした。
社名の「調(つき)」は租庸調の「調(みつぎ)物を」意味し、武蔵国の調はここに集められました。 by 元カニ族さん調神社 寺・神社・教会
-
「⑪調(つき)神社」の本殿です。
社名の「調(つき)」は租庸調の「調(みつぎ)物を」意味し、武蔵国の調はここに集められました。 by 元カニ族さん調神社 寺・神社・教会
-
中山道沿いの旧家です。
-
中山道沿いの旧家です。
-
浦和宿に入っていくと「⑫中山道浦和宿碑」が立っていました。
-
「浦和駅西口」交差点です。
浦和駅 駅
-
中山道の左手に「門前通り」の標識が立っていました。
-
門前通りの奥に真言宗豊山派「⑬玉蔵院」の山門が見えました。
-
「⑬玉蔵院」の山門がです。
本堂の前に石庭が広がり、その上に玄関につながる石橋がかかる珍しいお寺です。 by 元カニ族さん玉蔵院 寺・神社・教会
-
山門をくぐると、左に二階建ての鐘楼がありました。
本堂の前に石庭が広がり、その上に玄関につながる石橋がかかる珍しいお寺です。 by 元カニ族さん玉蔵院 寺・神社・教会
-
境内が、南北に貫く道路で分断されています。
-
本堂です。玉蔵院は弘仁11(820)年弘法大師の創建、伽藍は元禄12(1699)年の災禍後再建されたものです。
本堂の前に石庭が広がり、その上に玄関につながる石橋がかかる珍しいお寺です。 by 元カニ族さん玉蔵院 寺・神社・教会
-
本堂の隣にある「地蔵堂」です。
-
地蔵堂の内部です。
-
さいたま市指定有形文化財になっています。
-
創業160年の老舗うなぎ蒲焼店「山崎屋」です。
浦和一帯は沼地が多く、うなぎが豊富にとれ、ウナギを出す店が繁盛していました。浦和を出るともう京都の手前までウナギを食べられなくなってしまうため、旅人たちは浦和宿で“ウナギの食べ納め”をして精を付けたそうです山崎屋 グルメ・レストラン
-
写真は「仲町公園」で、「明治天皇行在所跡碑」が立っています。
現在は「仲町公園」になっていて、「明治天皇行在所跡」の碑があります。 by 元カニ族さん浦和宿本陣跡 (仲町公園) 公園・植物園
-
ここが「⑭星野権兵衛本陣跡」です。
現在は「仲町公園」になっていて、「明治天皇行在所跡」の碑があります。 by 元カニ族さん浦和宿本陣跡 (仲町公園) 公園・植物園
-
写真は、「市場通り」で、歩道に「野菜を売る女性のブロンズ像」がありました。
-
市場通りの説明碑です。
-
市場通りの先にある「常盤公園」です。ここは鷹狩場御殿跡です。
-
「常盤公園」から振り返った「市場通り」です。
-
市場通りの隣の通りに「⑮浦和宿二・七市場跡」です。当時の浦和宿では二と七のつく日に市がたっていました。
-
長い参道の奥に「慈恵稲荷神社」があり、参道の途中に鳥居がありました。
-
稲荷神社の灯籠です。
-
参道の奥の「慈恵稲荷神社」です。
-
真言宗豊山派の尼寺「⑯成就院」です。
-
「⑯成就院」の本堂です。
-
御本尊の不動明王です。
-
中山道沿いの古い民家。
-
京浜東北線を陸橋で超えます。
-
陸橋を越えたところに「⑰笹岡稲荷神社」がありました。
-
「⑰笹岡稲荷神社」の社です。
-
京浜東北線に沿って歩きました。
-
やがて京浜東北線「⑱北浦和駅」に着き、この日のウオーキングはここまでにしました。
北浦和駅 駅
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
64