2017/04/05 - 2017/04/05
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ソウルの旅人さん
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30年前に訪れた湖東の石塔寺と百済寺を再訪した。当時と変っておらず、歴史を感じさせる場所であった。
タイトル写真は石塔寺の野仏群。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車
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ETCカードの期限が3月31日で切れたが、新しいカードは未着。最早、カードが無いと危なくて高速道路を走ることが出来ない。従って、今回は往復ズッと地道を走った。
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兵庫県西宮市から東近江市にある石塔寺までの地道
【往路のルート】
国道171号で高槻まで行き、170号に入って枚方に出て、1号線を横切って国道307号線を走った。
石塔寺まで休憩なしで4時間かかったが、名神なら1時間30分で行けたはず。地道をこんなに走ったのはいつ以来だろう。 -
307号線の途中紹介。
【その1】
京田辺市の竹林。
京田辺市は京都から奈良に至る丁度中間点。 -
【その2】
竹林横にあった、臨時たけのこ販売所。
京田辺はたけのこと同志社大学・同志社女子大が名物である。 -
助手席に座っている同行者が走っている車から写真を撮るのだが、だいたいタイミングを逸っして、うまくいかない。このようにぴったり嵌った写真は希少。
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【その3】
宇治田原町の茶畑。 -
【その4】
宇治茶はほぼこの近辺で栽培されている。 -
【その5】
信楽焼
田原町から一山越えて、滋賀県に入ると信楽町になる。
陶芸の町。 -
【その6】
信楽焼といえば「たぬき」の焼物。
李朝白磁が好みの私としては趣味に合わないので、途中下車せず、通過する。 -
【その7】
信楽を少し越えた所に聖武天皇が作った紫香楽宮跡がある。 -
【その8】
紫香楽宮跡への道。この奥に礎石が残っている。 -
石塔寺
4時間かかって到着。
近くのコンビニで昼食をとり、12時頃入山した。 -
30年前とはいえ鮮明な記憶が残っている。正面にはきつい石段があった。
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石段を登る前に本堂に入る。
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本堂に渡る橋。
聖域に入る前には川を石橋で渡る。 -
石塔寺の本堂。
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石塔寺の石段
お寺へ詣るのではなく、丘陵に上って行く感じが実感に近い。
30年前は、果たして「本当に何が在るのか」半信半疑であった。 -
石段最上階に来ると、丘の上にある物が見えてくる。
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これが石段を登った丘陵上にある三重の石塔。
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司馬遼太郎はこう書いている。
「ぬっと立っている巨石の構造物は、三重の塔であるとはいえ、塔などというものではなく、朝鮮人そのものの抽象化された姿がそこに立っているようである。」 -
寺の由緒書には「学説によれば、推定飛鳥時代と言われ、日本最古の塔」であるとしている。
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高さは約8メートル。
誰が、何時、何のために作ったのかは不明。由緒書には稚拙な作り話が載せられているが、記載するような内容ではない。 -
石塔の周辺はこんな感じ。
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三段の石塔としても、建造物として異様である。
と、言うよりは日本的ではないと言うべきか。 -
30年前は気がつかなかったが、第1段は石が割れているのではなく、2個の石からなっている。単独の大きな石を用意出来なかった?。
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存在感だけを静かに主張している。
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慶州国立博物館に保存されている「髙仙寺址三層石」
時期不明 -
慶州「仏国寺の釈迦塔」
8世紀か? -
驪州「弥勒寺の漢江に臨む三重塔」
時期不明
韓国には多数の石塔があり、『石』の文化であるが、日本文化は『木』の文化である。薬師寺、法隆寺の三重塔・五重塔の様に石製から木製に変わる。
石塔寺の石塔は日本文化が木の文化に変わる以前に作られた塔なのであろう。 -
巨大石塔を中核に、膨大な数の石仏・小石塔が周辺を埋め尽くしている。
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その石仏群の参拝順路案内板。
手書きの紙切れ一枚を木に貼り付けているだけ。
ご愛敬である。 -
三万とも八万とも書かれているが、この石仏群の数は圧倒的である。
石塔があることから、何百年に亘って奉納されたのであろう。 -
壮観な仏群
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400メートルの周回コースの両側も野仏の連続である。
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一つ一つのお姿。
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こんな仏様もおられる。
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落ち椿
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年輪を感じさせる仏様。
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野仏の道
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八十八ケ所を巡って石塔に戻り、最後の挨拶。
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石段の下り。
石段を登り、最古の巨大石塔、膨大な野仏を見て回り、石段を下りきるまでは異界巡礼である。
強烈な印象を残してくれる。 -
石塔寺から百済寺までは車で20分。ごく近い。
途中は湖東の田園風景である。 -
百済寺への上り道
4月5日であるのに、今年は桜が未だ咲いていなかった -
百済寺
由緒書には「ひゃくさいじ」とカナがふってある。「くだらじ」ではないと寺は主張しているのであろう。 -
日本語で読めば「くだらじ」、韓国語で読めば「ぺくちゃさ」となる。では「ひゃくさいじ」は何語?
漢語である。韓半島4~7世紀の「百済国」は日本語や韓国語で読まれていたことはありえず、漢語読みで発言されていたのであり、「ひゃくさいこく」であったはず。
このお寺がわざわざ「ひゃくさいじ」と自称する意味は、伝えられた創建以来の呼び名に拘っているからであろう。素晴らしい。 -
本坊に入り、庭園への入口。
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立派な庭
30年前は紅葉の時期であったが、この庭は記憶に残っている。 -
春爛漫のはずが、早春の景観であった。
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池の鯉
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庭園を登っていくと展望が開け、湖東が一望される。
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百済寺からの景観説明
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落ち椿
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本堂への石段
百済寺のホームページの説明は古代日本の実像を説明して、立派である。訪ねてみる価値あり。 -
本堂への山門
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本堂
百済寺は特に見るべき仏像があるわけでもなく、古い建築物があるわけでもない。先ほどの庭からここまで登ってくる全体の佇まいと、景色を楽しむお寺である。 -
本堂横にあった苔むした石塔
石塔寺の石塔とあまりに相違する。 -
本堂横の梵鐘と石塔
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菩提樹
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菩提樹の説明文
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半跏思惟像
この像の由緒はホームページ参照。説明が微妙に揺れている。 -
本堂から下りる道の途中にある椿林
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同じく椿林
小浜遠敷のそれもそうであるが、椿林は他の樹木と異なり独特の景観を呈する。 -
百済寺を見終わって帰路につく。
【復路のコース】
国道8号線は直接1号線に繋がり、1号線からそのまま同じく171号線に繋がる。171号線で西宮に辿り着いた。
百済寺から湖東平野を横切って国道8号線に出た。
8号線を走るのは何年ぶりであろうか。30~40年前はよく走った。 -
三上山
近江富士の名前でよく知られているか。記憶が不確かでるが、8号線の際に在ったことを覚えていない。 -
栗東が8号線と1号線の中継点。
ここから延々と1号線を走る。何度も名神に乗る誘惑があったが、1号線を走り抜いた。 -
草津を通る。
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山科方面の旧1号線に入る。
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瀬田川を渡る
遠方に見える橋は瀬田の唐橋。 -
逢坂峠を越えて京都に入り、東寺まで辿りついた。
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東寺の角にある1号線と171号線の中継点。
あとは171号を通って帰った。
朝7時30分出発、夕刻19時30分帰着。
丁度12時間。実際に運転していた時間は9時間位か。地道を走って往復するのが、これほど時間がかかるとは予想できなかったが、現役の頃に走り回った箇所が多く、40~50年前を懐かしく思い出した。
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この旅行記へのコメント (3)
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- 熟年ドラゴンさん 2017/04/18 06:13:26
- 椿の林
- 307号の宇治田原に鷲峰山があり行場修行に失敗したところです。途中でコースを間違えたようで途中から引き返しました。
石塔寺に四国八十八か所巡りがあるのですね。
朝鮮のお寺が残っているのは中国様式の万福寺が宇治にあるようなものですか?それともずっと古くからあるということでしょうか?
我が家にも椿の木がありますが小さくてとても大木になると思えませんが、林になるほど成長するのですね。
近江富士の三上山、いずれ登ってみませんか? 手軽だけど岩場もあり面白そうです。
「くだら」という読み方はどこから来ているのでしょうか? 気になります。「ぺくちぇ」「しんら」「こくりょ」が「くだら、しらぎ、こうくりまたはこうらい?」になったとすれば「くだら」だけちょっと違和感ありますね。
地道を走ると高速道路のありがたみがわかりますね。我々には時間が一杯あるので「そんなに急いでどこへ行く」という気もしますが。
- ソウルの旅人さん からの返信 2017/04/18 16:23:24
- RE: 百済の[読み]について
- > 百済の発音に関して返事します。
百済というのは4〜7世紀に朝鮮半島南西部にあった、国の名前であることが前提です。
読み方1 「ひゃくさい」
普通に漢字を音読みすれば「ひゃくさい」となります。即ち、漢語として読んだ場合の発音です。
読み方2 「ぺくちゃ」
現代韓国語で百はペク、済はチャなので、韓国語では「ぺくちゃ」となる。即ち、韓国語の訓読みです。
読み方3 「くだら」
日本語であることはまちがいありませんが、日本語の訓読みで百をクとは読めず、済をダラとも読めない。訓読みではない。音読みではなく、訓読みでもないとすれば、当て字に近いと考えられる。有力案は百済は大きな国だったので、古代朝鮮語で大きな国を「くんなら」と呼んだので、それが訛って『クンナラ→クナラ→クダラ』になったです。しかし、古代朝鮮語の発音資料などはなく、もっともらしい案ほど眉唾でしょう。結局、不詳です。
4〜7世紀には朝鮮半島にも日本列島にも文字はなく、中国から入ってくる段階です。当然、当時の人々は「百済」という漢字を中国の発音通りに読んだはずであり、「ヒャクサイ」と呼ばれていたにちがいありません。百済寺が「ひゃくさいじ」に拘ることが素晴らしいと思うのは、4〜7世紀の言い伝えをそのまま保持し、一般的になった「くだらじ」とせずに、自らの出自を頑固に保守していることです。
最近の興味の中心は日本語と韓国語(朝鮮語)の関係です。
追記:椿は大木になります。若狭遠敷の椿は高さは10メートルをこえています。
- 熟年ドラゴンさん からの返信 2017/04/21 18:01:04
- RE: RE: 百済の[読み]について
- 司馬遼太郎の街道をゆく「近江・奈良散歩」をたまたま読みかけております。
早速「寝物語の里」という章で、百済寺と石塔寺が紹介されていました。百済寺はちゃんと「ひゃくさいじ」とルビが振ってありました。
石塔寺はてっきり「せきとうじ」だと思っていたら「いしとうじ」とルビが振ってありました。湯桶読みなのですね。塔「とう」は音読みでしょうが訓読みはあるのかな?
気になりだすと世の中知らないことだらけです。
「之を知るを知るとなし、知らざるを知らざるとなす。之知るなり」ですから知らないことを自覚していれば恥じることはないですよね。
歳は取っても何事にも興味を失わないよう心掛けます。
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