2016/11/20 - 2016/11/20
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ゆずのはさん
その1をアップしてから、大分日にちが経ってしまいましたが、2016年11月18日(金)から11月20日(日)の滋賀県の旅の続きです。
20日(日)9:00近江八幡のホテルニューオウミを出発。
まずは、4度目となる近江八幡市内を観光、八幡堀やヴォーリズの建築物を見て歩きました。
その後、去年11月の旅行では行けなかった日牟礼八幡宮、八幡山ロープウェイ、安土駅、安土城跡、大津市に移動し、帰りの新幹線の乗車時間を気にしつつ坂本宿を慌ただしく観光しました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 5.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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11月20日(日)朝のホテルニューオウミの朝食。
赤こんにゃくなどの近江グルメ、デザートも杏仁豆腐(手前右側)、瓶入りプリン(中央奥)、おかずも種類豊富、味もなかなかでしたので、例によっておてんこ盛りです。
これでもちろん一人分なんですが、周囲を見渡しても、こんなに食べている人は私たち以外いませんでした(笑)
観光の都合で昼は食べている時間がないから、朝はたっぷり食べなきゃね! -
朝食後は、ちょっとだけおみやげ売り場を覗いたりしてみました。
近江名物のでっち羊羮、近江牛のカレーなども並んでいました。 -
9時にチェックアウトし、近江八幡観光に向かいました。
早々とツリーの飾られたエントランス。
設備や接客の面では多少気になる点もありましたが、夕朝食のグレードの高さに、またいつか近江八幡に泊まることがあったらリピしてもよいかなと思えるホテルでした。 -
まずは近江八幡駅へ。
昨年の旅では寄りませんでしたが、約30年前の旅では確か、この駅で下車したはず。
でも、当時は木造の駅舎だったような…? -
次に、八幡堀を観光する前にウィリアム・メレル・ヴォーリズが設計した建物巡りをしてみました。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(1880ー1964)は近江兄弟社やメンソレータムでも知られた米国出身の建築家。
旧小野藩主・一柳末徳子爵令嬢満喜子(広岡浅子の娘婿・広岡恵三の妹)と結婚後、日本に帰化し、設計建築した教会やその他の建物は今でも多数日本国内に現存しています。
こちらは、ヴォーリズとともに近江ミッションを興した吉田悦蔵宅。(1913年建築) -
旧ヴォーリズ住宅。
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旧ヴォーリズ住宅の説明板。
その他にも巡ったのですが、スマホのカメラがストライキを起こした都合で保存されておらず…。 -
近江八幡市立郷土資料館。
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郷土資料館前にある『近江商人のふるさと』の説明板。
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古い町並みを散策してみました。
小京都と名のつく町が大好きな私は、今まで数々の地方の城下町を旅しましたが、訪ねたなかで好きな町は、岐阜県の郡上八幡、広島県の竹原、そして、この近江八幡。
夫(カメラ小僧)は、山奥、滝、高い所が大好きなので、私みたいに古い町並みに興味がないかというとそうでもなく、二度目の近江八幡にも関わらず、2台のカメラを駆使して、あちらこちらを撮りまくっていました。
結局、ジャンルにこだわりなんてないのかもね(笑) -
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重要文化財旧西川家住宅。
前回も中には入らず、外観だけを撮りましたが、今回も外観のみをパチリ。 -
八幡堀方面に向かいました。
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八幡堀到着。
前回も曇っていたような…?
初めて来たのが春の始め、その次がなぜか真夏、約30年ぶりの再々訪の昨年が11月の三連休、そして今年はその少し前。
次回、来ることがあったら桜の咲く季節に来てみたい。 -
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左側の石の階段、天気が良ければ、のんびり座って堀を眺めたりするのにちょうど良いんだけど、この日は濡れてしまっているので腰かけている観光客は残念ながらいませんでした。
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雰囲気の良さそうなお食事処。
お腹が空いていたら、ランチもよいかなぁと思いましたが、観光詰め詰めだし、ホテルでおてんこ盛り朝食を食べた身としてはさすがに無理。 -
こちらのお店はまだ閉まっていますが、なかなか良い雰囲気です。
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明治橋。
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明治橋の上から見た八幡堀。
数々の時代劇のロケで使われているのがこの辺りの景色でしょうか。 -
右側手前の白壁の建物は浜ぐらというお食事処で、前回来た時も気になったのですが、なんせお腹がいっぱいなのと、観光詰め詰めのため、今回も寄ることはできませんでした。
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白壁の土蔵好きとしては、たまらないですね、この八幡堀の景色。
大して白壁の土蔵には興味を持ってなさそうな夫(カメラ小僧)もパチリパチリ。
そうそう、夫は『堀』と名の付く物が好きだった…(笑) -
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1877年に建築された白雲館。
当初は八幡東学校として使われていたのですか、1893年以降は八幡町役場、郡役所として使用され、一時は民間所有となったことがあるそうですが、今は観光案内所やおみやげ品販売所を兼ねた多目的な建物として活用されているようです。
明治初期の洋風建築物としては、かなりハイカラな部類だったのではないかと思います。 -
白雲館のエントランス。
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白雲館内部。
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2階では催し物が行われていました。
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2階から撮ってみた階段。
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白雲館真ん前には日牟禮八幡宮の鳥居があります。
前回は時間の都合で寄れなかったので、お詣りしていくことにしました。 -
日牟禮八幡宮の鳥居の中(参道)にある有名な和菓子屋さん『たねや』。
たねやさんの手作り最中好きだったなぁ…。
今は、同経営の『クラブハリエ』の方が名が知られてるかな。 -
たねやさんの店構え。
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本店限定販売のつぶら餅。
限定物に弱いので、もちろんお買い上げ。
できたてのホカホカで、餡がまだ熱いので食べる時にご注意下さいとのことでした。 -
できたてを買ったからにはすぐに食べないとね。
見た目、ソースの掛かってないたこ焼きですよね?
胡麻のまぶしていない中華菓子の胡麻団子っぽい味で、お餅が香ばしくて、あっという間に完食でした。
旅行中はがっつり朝食を頂くため、昼食は基本抜きだけど、こんなふうに間食しちゃうのが悪い癖(笑) -
こちらが、バームクーヘンで知られたクラブハリエの建物。
ヴォーリズの設計した建物の一つとか。
時間の都合とつぶら餅で満腹のため、店舗内には入らず、外観のみを遠くからパチリ。 -
たねやさんに寄り道したため、お詣りが後回しになってしまった日牟禮八幡宮。
なかなか立派な山門です。
丁度、七五三のお詣りの時期だったので、着物を着たお子さん、その家族などで賑わっていました。 -
伝承では、131年成務天皇の命により、武内宿禰がこの地に大嶋大神を祀ったのが始まりといわれている日牟禮八幡宮。
古くは日郡之礼八幡宮といい、また691年藤原不比等が参拝した折りに詠んだ和歌に因んで、比牟禮社と改められたと伝わっています。
商売繁盛、出世開運、厄除、火除の神社として知られ、また左義長祭や八幡祭でも有名な神社です。 -
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本殿横にあった左義長祭と八幡祭の由来書き。
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本殿。
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高い所大好きな夫(カメラ小僧)のリクエストにより、日牟禮八幡宮のすぐ後ろにある八幡山ロープウェイにやってきました。
八幡山は、豊臣秀吉の甥であり、養子であった豊臣秀次の居城があった場所。
史実では、秀次は殺生関白の汚名があり、秀吉に対する謀反の罪で高野山で切腹を命じられ、その一族郎党も処刑されるという悲運の人物ですが、NHKの大河ドラマ『真田丸』では気弱な愛すべき人物として描かれ、もしかしたら史実のように残虐ではなく、ドラマのような人物だったのではないかと思いました。
実際、近江八幡の治世に尽力した記録も残っているようです。 -
小さなゴンドラです。
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定刻に出発しました。
…どんより曇っていなければ、山もきれいだったろうな。 -
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八幡山からの景色は雲海のように見えました。
同行していたボランティアガイドさんが、このような景色は非常に珍しいといっていました。 -
八幡山の案内図。
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八幡山も紅葉の名所として有名な場所だそうで、色とりどりの紅葉が見られました。
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石段を昇った先にも雲海のような景色が広がっていました。
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八幡山の山頂は、恋人の聖域としても有名だそうで…。
私たちのような結婚して30年近い元恋人たち(?)には、小恥ずかしい(笑) -
この辺で、カメラ小僧夫としてもはぐれてしまい、旧八幡城の石垣をぐるっと回って、村雲瑞龍寺に向かいました。
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村雲瑞龍寺門跡の看板。
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村雲瑞龍寺の由緒書き。
秀次の生母であり豊臣秀吉の姉であるとも(智)が、秀次とその一族郎党の菩提を弔うために、得度して日秀尼となり、京都嵯峨の村雲に寺院を開いたのが始まりである日蓮宗唯一の門跡尼寺です。
小笠原氏出身の日英尼の時に、現在の地に瑞龍寺を移しましたが、完成を見ずに遷化、現在は尼寺ではなく男僧が住職となっているそうです。 -
村雲瑞龍寺の山門に到着。
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本堂。
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ご朱印所の脇から見えた景色。
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ようやくカメラ小僧夫と再会し、ロープウェイ乗り場に向かう途中の石段、この紅葉も色鮮やかでした。
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帰りに上りのゴンドラとすれ違いました。
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再び八幡堀に戻ってきました。
八幡堀の由来書きを見つけたのでパチリ。 -
安土城跡へ向かう前に、八幡堀を今一度目におさめます。
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八幡堀から明治橋を臨む。
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新町駐車場に戻る途中、ヴォーリズゆかりの近江兄弟社製のメンタームの看板を撮ったりしました。
ご存知、ロート製薬のメンソレータムは元々近江兄弟社が販売権を所有していたのですが、ヴォーリズ亡き後、近江兄弟社は経営難に陥り、ついに1974年に会社更生法が適用となったため販売権を失いました。
その後、メンタームと改称し、ナースのイラストから現在のインディアンマークに変わったと記憶しています。
私は今でもついついメンタームの方を購入してしまうんですよね。 -
近江兄弟社本社前のヴォーリズ像。
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近江兄弟社本社。
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本社横にあった近江兄弟社発祥の地の説明板。
さあ、そろそろ安土方面に向かいましょう! -
安土城跡へと向かう途中、安土駅に寄りました。
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安土城跡。
いわずと知れた織田信長の居城だった城です。
パンフレットによると『天下統一を目標に天正四年(1576年)1月17日、重臣である丹羽長秀を総普請奉行に据え、標高199mの安土山に築城させた平山城。
岐阜城よりも京に近い利便性があり、北陸・東海の要所であった。
現在は四方とも干拓により陸地となっているが、当時は琵琶湖の内湖に囲まれ、南方のみが開けた地形であった。
その僅か三年後の天正7年5月、我が国初めて天守閣(天主閣)を持つ安土城が一応の完成をみせた。
ところが、天主完成から三年目の天正10年6月2日未明、中国毛利へ出陣途中の明智光秀の謀反により、信長公は京都・本能寺で自刃。
混乱のなか、6月15日、天主などを焼失、一夜のうちに落城した。
原因は、織田信雄が誤って焼き払ったという説や敗走する明智光秀軍による放火という説などが有名。』とあります。
安土城については、確かな資料は少なく、いまだに謎に包まれた城として知られています。 -
安土城跡の案内図。
ちょっと無理かなと思えるくらいのすごい石段を昇らないとならず、一度は断念しかけたけど…。
ちなみに、カメラ小僧夫は一人でどんどん昇り始めてました。 -
こちらで入場料700円を支払らわなければなりません。
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頂上天主跡まで登り石段405段あります。所要時間約一時間と書いてありますが…『405段の石段』が普通の石段じゃありませんでした。
大手道のこの石段のきついことといったら!
置き杖がありますから、杖を借りた方が絶対いいと思います。(私も借りました) -
伝・羽柴(豊臣)秀吉邸跡。
安土城自体が謎だらけなので、はっきりとしないらしいです。 -
しばらく石段を昇って振り返ると、ひゃあ、すごい傾斜!!
戻りたくても、絶対に無理!!
杖を借りて本当に良かったと思えるくらい急な石段ですが、今から400年以上もの昔、その当時の人たちは着物に草鞋でどう昇ったのかしら。 -
前方に目をやると、皆さん、淡々と昇ってますが、私は四苦八苦でした。
一段一段の段差が高いというか、当時のままにしてあるというか、非常に昇りづらい。
とっとと先に行ってしまったカメラ小僧夫の姿も見えず…。 -
右天主、本丸跡の表示が見えました。
何段昇ったか、ぜんぜん数える余裕がなかったので、一体あと何段昇ればよいのか見当もつきません。 -
ようやく平地にきました。
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しかし、安心したのも束の間…まだまだ石段が続くようです。
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皆さん、淡々と昇っているのが不思議!!
…でも、よく見たら、皆さん男性ばかりで、一人昇っている女性(おばさん)は私だけという事実に気づきました(笑) -
黒金門跡の説明板。
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天主跡へと続く石垣なども昔のままという風情。
多少の整備はあったでしょうが、この史跡を昔のまま保存することには、大変な努力を要したことでしょう。 -
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仏足石。
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いよいよ天主跡が近づいてきました。
この辺りで折り返してきたカメラ小僧夫とばったり行き合いましたが、私が来るとは思っていなかったらしく、ややびっくりして「根性あるじゃん!」ですと。
…ふん、あんたには負けたくないもんね。 -
天主跡到着。
礎石が整然と並ぶのみですが、当時は5層7階の豪壮な天主が聳えていました。
以前、信長の館に行った時に、復元された天守閣の最上階を見たことがありますが、実際に見たことのあるイエズス会の宣教師ルイス・フロイスによると「ヨーロッパにもあるとは思えないほどの壮大さ」だったとのこと。 -
天主跡の説明板。
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天主跡から眺める景色。
晴れていたら、琵琶湖が臨めたかしらん。 -
そう見寺へと向かいました。
そうけんじの『そう』の字の変換ができませんでした。
臨済宗妙心寺派の寺であり、遠景山と称します。
やはりパンフレットによると、『信長公が他所より移築し、安土城本丸の西方の峰に自らの菩提寺西伊達伝わる。天正10年の天主崩落の際も焼け残ったが、安政元年(1854年)11月16日、火災により本堂などをほとんど焼失。今は礎石のみが三重塔の北側に残っている。その後、昭和7年(1932年)に仮本堂が大手門近くの伝・徳川家康邸跡に建てられ、現在に至る。』とあります。 -
三重塔。
『三間三重の塔で屋根は本瓦葺き、室町時代の建造で、棟柱に享徳三年(1454年)建立、天文24年(1555年)修理の墨書きがある。天正3年から4年に信長公が甲賀の長寿寺から移築したものとされている。慶長9年(1604年)、豊臣秀吉の次男・秀頼が一部修理している。大正3年(1914年)9月、突然3層目の屋根と1・2層の軒が崩落したがすぐに修復された』とあります。
明治34年3月、特別保護建造物に指定、重要文化財にも指定されています。 -
帰り道もまた困難を極めましたが、二王門(楼門)到着。
二王門は、明治36年4月、特別保護建造物に指定、重要文化財。
金剛二力士像も明治44年に特別保護彫刻に指定、重要文化財。 -
ようやくもときた辺りに到着しました。
約一時間とか書いてあったけど、実際は一時間半近くかかりました。
まじで足が痛い…。
こちらは、大手道にある伝・前田利家邸跡。 -
-
車に戻り、村雲瑞龍寺とそう見寺で頂いたご朱印をパチリ。
もう足も腰もガタガタでしばらく動けないくらい疲れました。
あとは京都駅近くのレンタカー屋さんで車を返却するまで、車を降りられないかも。
疲れ知らずのカメラ小僧夫も、さすがに疲れたといっていました。
でも、こんな貴重な場所に来れたことに感謝します。 -
琵琶湖に面した道路を通って、比叡山のお膝元の坂本宿にちょこっと寄って京都駅に向かわなければ。
カメラ小僧夫の旅は、毎度のことながら慌ただしい! -
琵琶湖大橋を約一年ぶりに渡ります。
-
車を可能な限り(?)ぶっ飛ばし坂本宿にやってきました。
返却期限まで時間があまりないので、車窓からチャチャチャッと見るだけが精一杯。 -
時間があれば、ゆっくり観光したかったなぁ。
約二日間の旅じゃ、どうしても時間に限りがあるから仕方ないけど。 -
-
日吉大社の鳥居も見えるけど、人人人でお詣りはもちろん断念。
カメラ小僧夫は残念そうだったけど、もうそろそろタイムリミットだから京都駅に向かいました。
いつかまた、この辺りに来ればいいよね、カメラ小僧さん。 -
返却期限の30分前にはレンタカーを返却することができましたが、おみやげ売り場が混雑していたため、ちょっとギリギリになり、なんとか乗車予定ののぞみに間に合いました。
それに、弁当だけはちゃんと買うことができました。
なんとも慌ただしい旅でしたが、念願の湖東三山と永源寺、近江八幡、八幡山ロープウェイ、安土城跡、ちょっとだけど坂本宿にも行けたし、それなりに充実した旅ができました。
これが年内最後の旅行ではなく、12月にも旅行したので、これから今日中にアップできるかどうか…。
できなかったら、新年早々、アップ出きるよう頑張ってみます。
最後までご覧頂き、ありがとうございました。
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この旅行記へのコメント (2)
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- saikai99さん 2016/12/31 16:14:07
- 素晴らしい夫婦旅(^^♪
- ゆずのはさん こんばんゎ♪
旅行三昧の?ゆずのは家。。。羨ましいですバィ(^^♪
近江の地域も見どころ満載!ですよね
大津近辺を少しばかり散策しましたが、来年は訪れたいです
特にロープウェー周辺の紅葉は最高でした
ただし、朝食は若干食べ過ぎでは。。。理由はどぅあれ
2016年も光陰矢の如し。。。大晦日ですが、年金生活の身
何をするでもなく、、、TV観賞の冬日です(苦笑)
4月に怪我しました右足首もほぼ回復し、車の運転も市内程度は出来る様に
なりましたが
半時間もの歩行は疲れて終い自分ながら情けない!身体となって仕舞った様です
先月の金沢旅行でも結構歩けば足には負担が。。。
4月には米国から来日する親子との京都4泊の旅もタクシー観光とは言え一抹の
不安があり。。。
3月のハワイ以降。。。久しぶりで肉食系の私メ! 大当たりの「ステーキ」に
超堪能したXmas Lunchでした。
この一年、ゆずのはさんには楽しくお付き合いただき有り難うございました
2017年もよろしくお付き合い下さい。
saikai99
- ゆずのはさん からの返信 2017/01/02 15:36:13
- RE: 素晴らしい夫婦旅(^^♪
- saikai99さん、いつもコメントありがとうございます。
昨年は本当に旅行ばかりの一年でした。まだ両親が健在のため、行けるうちに…という感じでしょうか(笑)
いつも食べてばかりの旅ですね。二人とも大食漢ゆえ、がっつり食べる習慣がなかなかなおりません。
近江は京都に比べると地味な印象がありますが、由緒ある寺社仏閣、景勝地も多く見所満載なのでオススメです。
八幡山ロープウェイや八幡堀もよいですよ。
saikai99さんの旅ブログも楽しみにしています。
今年もまたよろしくお願いします。
ゆずのは
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