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江戸から31番目にあたる新居宿を散策しました。<br />新居宿は本陣3軒、脇本陣0軒、旅籠26軒あり、今切の渡しがおかれ、東海道の要衝のひとつとして今切関所が設置されていました。<br />宿場内の散策は新居宿の西側の木戸があった棒鼻跡までを歩きました。<br /><br /><br />

旧東海道 新居宿の散策

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2017/04/04 - 2017/04/04

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アルプ・グリュム

アルプ・グリュムさん

江戸から31番目にあたる新居宿を散策しました。
新居宿は本陣3軒、脇本陣0軒、旅籠26軒あり、今切の渡しがおかれ、東海道の要衝のひとつとして今切関所が設置されていました。
宿場内の散策は新居宿の西側の木戸があった棒鼻跡までを歩きました。


  • 散策のスタートは新居町駅(あらいまちえき)から歩きます。

    散策のスタートは新居町駅(あらいまちえき)から歩きます。

    新居町駅

  • ここでの観光スポットは新居関所跡が有名ですが宿場内を散策するため新居宿の終わりとなる棒鼻跡まで歩きます。

    ここでの観光スポットは新居関所跡が有名ですが宿場内を散策するため新居宿の終わりとなる棒鼻跡まで歩きます。

  • 種田山頭火句碑<br />行乞の旅を続け、漂泊の詩人といわれた山頭火が2度目に遠州路を訪れた時に作った句、<br />「水のまんなかの道がまっすぐ 山頭火」

    種田山頭火句碑
    行乞の旅を続け、漂泊の詩人といわれた山頭火が2度目に遠州路を訪れた時に作った句、
    「水のまんなかの道がまっすぐ 山頭火」

  • 「ようこそ 関所と湖の町 湖西市へ」ですが新居宿も忘れてはいけません。<br />湖西市は宿場町なのです。

    「ようこそ 関所と湖の町 湖西市へ」ですが新居宿も忘れてはいけません。
    湖西市は宿場町なのです。

  • 駅から整備された遊歩道を歩きます。

    駅から整備された遊歩道を歩きます。

  • 浜名橋を渡ると関所となります。<br />橋の名の通り浜名湖から海に注ぐ川を渡る橋です。<br />

    浜名橋を渡ると関所となります。
    橋の名の通り浜名湖から海に注ぐ川を渡る橋です。

  • 橋には何枚かの浮世絵が

    橋には何枚かの浮世絵が

  • 駅所の手前には渡船場

    駅所の手前には渡船場

  • 発掘調査して復元されました。<br />東海道舞阪宿へは必ずここから船を利用しなければなりませんでした。

    発掘調査して復元されました。
    東海道舞阪宿へは必ずここから船を利用しなければなりませんでした。

  • やがて見えてきたのは新居関所です。<br />何度も津波等で関所の場所が変わり現在の関所は安政2年から5年をかけて建てられたものです。

    やがて見えてきたのは新居関所です。
    何度も津波等で関所の場所が変わり現在の関所は安政2年から5年をかけて建てられたものです。

    新居関跡 名所・史跡

  • 箱根の関とともに東海道の重要な関所ですが現存する全国唯一の関所跡です。<br />取締りは厳重で、特に入鉄砲出女の詮議は厳しかったため、婦女子がここを避け、湖北を回る姫街道を通ることが多かったそうです。

    箱根の関とともに東海道の重要な関所ですが現存する全国唯一の関所跡です。
    取締りは厳重で、特に入鉄砲出女の詮議は厳しかったため、婦女子がここを避け、湖北を回る姫街道を通ることが多かったそうです。

  • ここは通行手形を検査した部屋で当時の様子を再現しています。

    ここは通行手形を検査した部屋で当時の様子を再現しています。

  • 突棒、袖搦、刺又<br />江戸時代には犯罪者を捕獲する捕り物のための三道具です。

    突棒、袖搦、刺又
    江戸時代には犯罪者を捕獲する捕り物のための三道具です。

  • あらため女<br />改め女は普通には関所役人の御内儀(妻)又はその母親等が扶持(給料)<br />を貰って女改めを行ってました。<br /><br />足軽勝手<br />この関所へ勤めている役人のうちで足軽という階級の人たちが休憩した<br />部屋を勝手と呼んでました。<br /><br />

    あらため女
    改め女は普通には関所役人の御内儀(妻)又はその母親等が扶持(給料)
    を貰って女改めを行ってました。

    足軽勝手
    この関所へ勤めている役人のうちで足軽という階級の人たちが休憩した
    部屋を勝手と呼んでました。

  • 面番所の廊下

    面番所の廊下

  • 高札と関所の石樋

    高札と関所の石樋

  • 高札<br />掟が書かれています。

    高札
    掟が書かれています。

  • 石樋<br />雨水を流す側溝です。

    石樋
    雨水を流す側溝です。

  • 関所を出て散策を続けます。<br />門は二つあります。

    関所を出て散策を続けます。
    門は二つあります。

  • こちらの門は大御門と呼ばれる門です。

    こちらの門は大御門と呼ばれる門です。

  • 大御門<br />朝6時開門、夕方6時閉門に閉じました。<br />門は高さ5.8m、幅4.6mで屋根付きの堂々とした高麗門です。

    大御門
    朝6時開門、夕方6時閉門に閉じました。
    門は高さ5.8m、幅4.6mで屋根付きの堂々とした高麗門です。

  • 大御門と高札場

    大御門と高札場

  • 大御門の横には高札場が二つあります。<br />

    大御門の横には高札場が二つあります。

  • 大きい方が宿高札です。<br />宿高札は宿場では一般的な法令、通達が記されていますが各宿場には設置されていました。

    大きい方が宿高札です。
    宿高札は宿場では一般的な法令、通達が記されていますが各宿場には設置されていました。

  • 小さい方が浦高札ですが新居宿のみに設置されたと思います。。<br />浦高札は回船が破船した際の救難義務が記されています。

    小さい方が浦高札ですが新居宿のみに設置されたと思います。。
    浦高札は回船が破船した際の救難義務が記されています。

  • 関所跡を出るとカメラ店の前には東海道を行く籠が!<br />新居町泉町発展会は宿場に対する思いが伝わるようでした。

    関所跡を出るとカメラ店の前には東海道を行く籠が!
    新居町泉町発展会は宿場に対する思いが伝わるようでした。

  • 関所を出ると本陣、旅籠がある宿場となります。<br />こちらは旅籠 紀伊国屋<br />1703年(元禄16年)に開業した徳川御三家の一つ、紀州藩の御用宿となった旅籠です。

    関所を出ると本陣、旅籠がある宿場となります。
    こちらは旅籠 紀伊国屋
    1703年(元禄16年)に開業した徳川御三家の一つ、紀州藩の御用宿となった旅籠です。

    旅籠紀伊国屋資料館 名所・史跡

  • 旅籠 紀伊国屋<br />リフォームされていますが江戸時代の風情が感じられます。<br />この写真よりも奥行があります。<br />

    旅籠 紀伊国屋
    リフォームされていますが江戸時代の風情が感じられます。
    この写真よりも奥行があります。

  • 新居宿は宿場の中心で直角に曲がります。<br />左が関所、旅籠紀伊国屋方向です。

    新居宿は宿場の中心で直角に曲がります。
    左が関所、旅籠紀伊国屋方向です。

  • この付近には江戸時代の新居宿の跡を示すものが見られます。<br />これは旅籠屋(船割宿)尾張屋平吉です。

    この付近には江戸時代の新居宿の跡を示すものが見られます。
    これは旅籠屋(船割宿)尾張屋平吉です。

  • これは旅籠紀伊国屋と時五郎<br />時五郎は屋号だと思いますが関所にほど近いこの場所に髪結いでは関所改めを受けた女性たちの髪を結いなおしをしたと云われています。

    これは旅籠紀伊国屋と時五郎
    時五郎は屋号だと思いますが関所にほど近いこの場所に髪結いでは関所改めを受けた女性たちの髪を結いなおしをしたと云われています。

  • こちらのせんべい屋の壁には江戸屋太兵衛と研屋宗像<br />刃物を研ぐ職人でした。 当時包丁研ぎは25文ほど、刃研ぎは25両ほどでした。<br />

    こちらのせんべい屋の壁には江戸屋太兵衛と研屋宗像
    刃物を研ぐ職人でした。 当時包丁研ぎは25文ほど、刃研ぎは25両ほどでした。

  • 飯田武兵衛本陣跡<br />碑と説明文が設置されています。

    飯田武兵衛本陣跡
    碑と説明文が設置されています。

  • 飯田武兵衛本陣跡<br />飯田本陣は、天保年間の記録によると建坪百九十六坪で、門構え、玄関を備えていた。<br />飯田本陣には小浜、桑名、岸和田藩など約七十家が利用した。<br />明治元年(1868)の天皇行幸の際に行在所となり、同年の還幸、翌二年の再幸、明治11年(1878)の巡幸の際にも利用された。その行在所は明治18年(1883)、奥山方広寺に移築された。 <br />

    飯田武兵衛本陣跡
    飯田本陣は、天保年間の記録によると建坪百九十六坪で、門構え、玄関を備えていた。
    飯田本陣には小浜、桑名、岸和田藩など約七十家が利用した。
    明治元年(1868)の天皇行幸の際に行在所となり、同年の還幸、翌二年の再幸、明治11年(1878)の巡幸の際にも利用された。その行在所は明治18年(1883)、奥山方広寺に移築された。

  • 静岡県が設置した東海道 夢舞台も次の白須賀宿で終わりです。<br />二川宿からは愛知県となります。

    静岡県が設置した東海道 夢舞台も次の白須賀宿で終わりです。
    二川宿からは愛知県となります。

  • 疋田八郎兵衛本陣跡<br />樋と説明文がありました。

    疋田八郎兵衛本陣跡
    樋と説明文がありました。

  • 疋田八郎兵衛本陣跡

    疋田八郎兵衛本陣跡

  • 疋田八郎兵衛本陣跡<br />新居宿に3軒あった本陣の一つ。天保年間の記録によると建坪百九十三坪で、門と玄関を備えていた。<br />八郎兵衛本陣には吉田藩のほか御三家など約百二十家が利用した。疋田家は、新居宿の庄屋、年寄役などを務めた。 <br />

    疋田八郎兵衛本陣跡
    新居宿に3軒あった本陣の一つ。天保年間の記録によると建坪百九十三坪で、門と玄関を備えていた。
    八郎兵衛本陣には吉田藩のほか御三家など約百二十家が利用した。疋田家は、新居宿の庄屋、年寄役などを務めた。

  • 寄場跡

    寄場跡

  • 寄場跡<br />江戸時代の宿場では公用荷物や公用旅行者のために人馬を提供する義務があり、東海道の宿場では常に百人の人足と百疋の馬を用意していた。<br />しかし、交通量が多い場合は助郷(すけごう)制度といって付近の村々から人馬を寄せ集めて不足を補った。<br />この場所は寄せ集められた人馬のたまり場になったところである。<br />

    寄場跡
    江戸時代の宿場では公用荷物や公用旅行者のために人馬を提供する義務があり、東海道の宿場では常に百人の人足と百疋の馬を用意していた。
    しかし、交通量が多い場合は助郷(すけごう)制度といって付近の村々から人馬を寄せ集めて不足を補った。
    この場所は寄せ集められた人馬のたまり場になったところである。

  • 秋葉常夜灯

    秋葉常夜灯

  • 秋葉常夜灯<br />刻印は明治11年となっていて江戸時代の代物ではありませんが後に再建されて様です。

    秋葉常夜灯
    刻印は明治11年となっていて江戸時代の代物ではありませんが後に再建されて様です。

  • 一里塚跡<br />きれいな花が植えられています。

    一里塚跡
    きれいな花が植えられています。

  • 一里塚跡<br />一里塚は、江戸の日本橋を起点として街道の一里(4キロメートル)ごとに土を盛り、その上にエノキなどを植えた<br />里程の印として、旅行者にとっては馬や駕籠代の計算などの目安となった。<br />慶長9年(1604)二代将軍秀忠が一里塚を築かせたといわれ、東海道では104ヶ所あった。<br />ここには左(東)にエノキ、右(西)に松が植えてあった。

    一里塚跡
    一里塚は、江戸の日本橋を起点として街道の一里(4キロメートル)ごとに土を盛り、その上にエノキなどを植えた
    里程の印として、旅行者にとっては馬や駕籠代の計算などの目安となった。
    慶長9年(1604)二代将軍秀忠が一里塚を築かせたといわれ、東海道では104ヶ所あった。
    ここには左(東)にエノキ、右(西)に松が植えてあった。

  • 民家の前には棒鼻跡<br />

    民家の前には棒鼻跡

  • 棒鼻跡<br />樋と説明文が

    棒鼻跡
    樋と説明文が

  • 棒鼻跡<br />ここは新居宿の西境で、一度に大勢の人が通行できないように土塁が突き出て枡形をなしていた。棒鼻とは駕籠の棒先の意味があるが、大名行列が宿場へ入るとき先頭(棒先)を整えたのでこの場所を棒鼻と呼ぶようになったともいわれている。<br />

    棒鼻跡
    ここは新居宿の西境で、一度に大勢の人が通行できないように土塁が突き出て枡形をなしていた。棒鼻とは駕籠の棒先の意味があるが、大名行列が宿場へ入るとき先頭(棒先)を整えたのでこの場所を棒鼻と呼ぶようになったともいわれている。

  • 棒鼻跡<br />確かに桝型となっているのが現在の道路でも分かります。<br /><br />私は宿場内だけの散策としているのでここで引き返します。

    棒鼻跡
    確かに桝型となっているのが現在の道路でも分かります。

    私は宿場内だけの散策としているのでここで引き返します。

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