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江戸から東海道33番目の二川宿(フタガワジュク)のを東側見附から西側見附までの宿場内を散策しました。<br />本陣と脇本陣が一軒、旅籠が38軒と小規模の宿場でしたが商家、旅籠、本陣の内部を見学することができました。<br /><br /><br />

旧東海道 二川宿の散策

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2017/04/04 - 2017/04/04

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アルプ・グリュム

アルプ・グリュムさん

江戸から東海道33番目の二川宿(フタガワジュク)のを東側見附から西側見附までの宿場内を散策しました。
本陣と脇本陣が一軒、旅籠が38軒と小規模の宿場でしたが商家、旅籠、本陣の内部を見学することができました。


  • 二川宿の散策は二川駅から始めます。<br />私は宿場内だけを散策するので隣の新所原駅から歩こうとしましたが、この辺りの東海道線は駅と駅の距離がかなり離れているので一度逆方向の一里塚のある川口屋まで引き返します。

    二川宿の散策は二川駅から始めます。
    私は宿場内だけを散策するので隣の新所原駅から歩こうとしましたが、この辺りの東海道線は駅と駅の距離がかなり離れているので一度逆方向の一里塚のある川口屋まで引き返します。

  • 駅前には二川宿の地図(現在と江戸時代)と二川宿の説明が記されています。

    駅前には二川宿の地図(現在と江戸時代)と二川宿の説明が記されています。

  • これは現在の地図です。

    これは現在の地図です。

  • これは江戸時代の地図です。

    これは江戸時代の地図です。

  • 私は一里塚跡のある川口屋まで引き返してきました。<br />写真を撮り忘れましたが左のカーブミラー下には川が流れていて、ここに東方見附土居があったところです。<br />

    私は一里塚跡のある川口屋まで引き返してきました。
    写真を撮り忘れましたが左のカーブミラー下には川が流れていて、ここに東方見附土居があったところです。

  • 川口屋<br />二川宿の案内所となっています。

    川口屋
    二川宿の案内所となっています。

  • 川口屋に入ると昭和30年当時の写真が掲示してありました。<br />左上は二川駅前の写真で松並木が写っていてのどかな光景がみられます。<br />二川駅は既に宿場の外側になるのです。

    川口屋に入ると昭和30年当時の写真が掲示してありました。
    左上は二川駅前の写真で松並木が写っていてのどかな光景がみられます。
    二川駅は既に宿場の外側になるのです。

  • 川口屋前の一里塚跡の碑<br />東海道で68番目となります。

    川口屋前の一里塚跡の碑
    東海道で68番目となります。

  • 妙泉寺

    妙泉寺

    妙泉寺 寺・神社・教会

  • 妙泉寺内には芭蕉の句碑があります。<br />紫陽花塚 「阿ちさゐや 藪を小庭の 別座敷」<br /><br />元禄七年 江戸川で読んだ句です。

    妙泉寺内には芭蕉の句碑があります。
    紫陽花塚 「阿ちさゐや 藪を小庭の 別座敷」

    元禄七年 江戸川で読んだ句です。

  • 妙泉寺<br />芭蕉翁 「阿ちさゐや 藪を小庭の 別座敷」<br /><br />何故江戸川で読んだ句がここに?

    妙泉寺
    芭蕉翁 「阿ちさゐや 藪を小庭の 別座敷」

    何故江戸川で読んだ句がここに?

  • 妙泉寺の本堂

    妙泉寺の本堂

  • 旧宿場町特有の景観です

    旧宿場町特有の景観です

  • 一般家庭の家の軒先にも二川宿ののれんが見られます。<br />

    一般家庭の家の軒先にも二川宿ののれんが見られます。

  • 二川宿 三十三番目の宿場町

    二川宿 三十三番目の宿場町

  • 商家駒屋駐車場には二川宿の浮世絵が掲示されてあります。<br />二川の町民が自分たちの町を記憶だけではなく、記録として残そうとしているのが感じられます。

    商家駒屋駐車場には二川宿の浮世絵が掲示されてあります。
    二川の町民が自分たちの町を記憶だけではなく、記録として残そうとしているのが感じられます。

  • 二川八幡神社<br />1195年に鎌倉の鶴岡八幡宮を勧進したものが始まりだとされている神社です。

    二川八幡神社
    1195年に鎌倉の鶴岡八幡宮を勧進したものが始まりだとされている神社です。

    二川八幡神社 寺・神社・教会

  • 二川八幡神社本殿<br />

    二川八幡神社本殿

  • 二川八幡神社<br />この常夜灯は文化6年の代物です。

    二川八幡神社
    この常夜灯は文化6年の代物です。

  • 二川八幡神社<br />この常夜灯は文化6年の代物です。

    二川八幡神社
    この常夜灯は文化6年の代物です。

  • 二川八幡神社には若宮神社、稲荷社、三峰神社、護国神社の4つの末社があります。

    二川八幡神社には若宮神社、稲荷社、三峰神社、護国神社の4つの末社があります。

  • 商家駒屋の前の道が微妙にS字にカーブしています。<br />これは故意にカーブさせているのです。

    商家駒屋の前の道が微妙にS字にカーブしています。
    これは故意にカーブさせているのです。

  • 商家駒屋<br />入場無料ですので。

    商家駒屋
    入場無料ですので。

    商家 駒屋 名所・史跡

  • 本陣も旅籠も同じですが間口に比べ奥行はかなり長いのが特徴です。

    本陣も旅籠も同じですが間口に比べ奥行はかなり長いのが特徴です。

  • 製紙の町二川、二川の祭礼等を紹介しています。

    製紙の町二川、二川の祭礼等を紹介しています。

  • こちらは二川の問屋場、商家を紹介しています。

    こちらは二川の問屋場、商家を紹介しています。

  • 北土蔵と呼ばれる建物ですが飲食店として食事もできます。

    北土蔵と呼ばれる建物ですが飲食店として食事もできます。

  • 左の建物は茶室、右の長い建物は中土蔵、南土蔵、離れ屋敷、主屋と続きます。

    左の建物は茶室、右の長い建物は中土蔵、南土蔵、離れ屋敷、主屋と続きます。

  • こちらは離れ屋敷です。

    こちらは離れ屋敷です。

  • 商家駒屋周辺は江戸時代と同じ光景が見られます。

    商家駒屋周辺は江戸時代と同じ光景が見られます。

  • 二川宿まちなか公園<br />ベンチもあるので一息できます。

    二川宿まちなか公園
    ベンチもあるので一息できます。

  • 二川宿まちなか公園<br />ここにも二川宿の地図があります。

    二川宿まちなか公園
    ここにも二川宿の地図があります。

  • 公園横には東問屋場の碑が建っています。<br />この碑もまちなか公園の地図にも記されています。

    公園横には東問屋場の碑が建っています。
    この碑もまちなか公園の地図にも記されています。

  • 東問屋場跡<br />す。人馬の継立業務で、幕府の公用旅行者や大名などがその宿場を利用する際 に、必要な馬や人足を用意しておき、彼らの荷物を次の宿場まで運ぶというもので

    東問屋場跡
    す。人馬の継立業務で、幕府の公用旅行者や大名などがその宿場を利用する際 に、必要な馬や人足を用意しておき、彼らの荷物を次の宿場まで運ぶというもので

  • この民家には旅籠中村屋と和泉屋の札が提示されています。<br />ここに旅籠があったことを示すもので現在住んでいる方とは無縁だそうです。

    この民家には旅籠中村屋と和泉屋の札が提示されています。
    ここに旅籠があったことを示すもので現在住んでいる方とは無縁だそうです。

  • こちらのお宅は旅籠屋三ツ田屋

    こちらのお宅は旅籠屋三ツ田屋

  • こちらのお宅は脇本陣<br />本陣、脇本陣は大名など身分の高い武士が宿泊していました。

    こちらのお宅は脇本陣
    本陣、脇本陣は大名など身分の高い武士が宿泊していました。

  • 脇本陣は本陣の利用が重なった場合補助的な役割を果たした。<br />二川の脇本陣は松坂家がつとめていました。

    脇本陣は本陣の利用が重なった場合補助的な役割を果たした。
    二川の脇本陣は松坂家がつとめていました。

  • ここにも旅籠屋があったことを示しています。

    ここにも旅籠屋があったことを示しています。

  • 見事に復元された高札場

    見事に復元された高札場

  • 高札場復元<br />法令、禁令は見に付きやすい場所に設けました。

    高札場復元
    法令、禁令は見に付きやすい場所に設けました。

  • 二川宿本陣<br />左側が旅籠屋の清明屋、右側が二川本陣(馬場家)です。<br />資料館はこの背後にあります。

    二川宿本陣
    左側が旅籠屋の清明屋、右側が二川本陣(馬場家)です。
    資料館はこの背後にあります。

    豊橋市二川宿本陣資料館 美術館・博物館

  • こちらは旅籠屋清明屋<br />旅人は草履を脱いで奥へ案内されました。

    こちらは旅籠屋清明屋
    旅人は草履を脱いで奥へ案内されました。

  • 旅籠屋清明屋<br />江戸時代はスニーカーなどは履いていません。<br />草鞋で歩いて旅をしていたのです。

    旅籠屋清明屋
    江戸時代はスニーカーなどは履いていません。
    草鞋で歩いて旅をしていたのです。

  • 旅籠屋清明屋<br />こちらでは旅籠を紹介しています。

    旅籠屋清明屋
    こちらでは旅籠を紹介しています。

  • 二川宿本陣<br />上段の間は、大名等の貴人が休泊する部屋で、本陣の中で最も重要な部分でした。他の部屋より一段高くなっており、大床・付書院・御簾が付けられていました。

    二川宿本陣
    上段の間は、大名等の貴人が休泊する部屋で、本陣の中で最も重要な部分でした。他の部屋より一段高くなっており、大床・付書院・御簾が付けられていました。

  • 二川宿本陣

    二川宿本陣

  • 二川宿本陣<br />これは貸し衣装で着替えれば江戸時代の情緒に浸かることができます。

    二川宿本陣
    これは貸し衣装で着替えれば江戸時代の情緒に浸かることができます。

  • 二川宿本陣<br />宿場内の様子が分かります。<br />庶民、武士、馬、籠、荷車等が動きのあるジオラマに仕上がっています。

    二川宿本陣
    宿場内の様子が分かります。
    庶民、武士、馬、籠、荷車等が動きのあるジオラマに仕上がっています。

  • 二川宿本陣資料館<br />これは大名行列

    二川宿本陣資料館
    これは大名行列

  • 二川宿本陣資料館<br />これは物資の運搬

    二川宿本陣資料館
    これは物資の運搬

  • 二川宿本陣資料館<br />二川宿の西側部分のジオラマです。<br />要所の建造物、特に寺院は今でもあるので把握し易い。

    二川宿本陣資料館
    二川宿の西側部分のジオラマです。
    要所の建造物、特に寺院は今でもあるので把握し易い。

  • 二川宿本陣資料館

    二川宿本陣資料館

  • 二川宿本陣資料館<br />これは庶民の男女と武士の衣装、姿を現しています。

    二川宿本陣資料館
    これは庶民の男女と武士の衣装、姿を現しています。

  • 二川宿本陣資料館<br />見附の土塁を再現したものです。<br />私はここ資料館内に復元するのではなく実際の二川宿の東西に作ってほしかった。

    二川宿本陣資料館
    見附の土塁を再現したものです。
    私はここ資料館内に復元するのではなく実際の二川宿の東西に作ってほしかった。

  • 西駒屋<br />駒屋から分家した味噌、醤油を醸造しましたが明治時代から創業です。<br />

    西駒屋
    駒屋から分家した味噌、醤油を醸造しましたが明治時代から創業です。

  • 西駒屋<br />国の登録有形文化財となっています。

    西駒屋
    国の登録有形文化財となっています。

  • 二川本陣の規模が分かります。

    二川本陣の規模が分かります。

  • 中村屋前で道路はS字にカーブしています。

    中村屋前で道路はS字にカーブしています。

  • 中村屋の横には高札場跡

    中村屋の横には高札場跡

  • 高札場跡

    高札場跡

  • 二川宿の景観を守るために自販機も江戸情緒を高めています。<br />ヤクルトが出費したのだと思います。

    二川宿の景観を守るために自販機も江戸情緒を高めています。
    ヤクルトが出費したのだと思います。

  • 大岩神明宮

    大岩神明宮

    大岩神明宮 寺・神社・教会

  • 大岩神明宮

    大岩神明宮

  • 大岩神明宮

    大岩神明宮

  • 大岩神明宮

    大岩神明宮

  • 大岩神明宮<br />常夜灯には文化4年3月吉日とはっきりと刻印が見えます。<br /><br />最近は常夜灯を見ると思わず確認したくなっています。

    大岩神明宮
    常夜灯には文化4年3月吉日とはっきりと刻印が見えます。

    最近は常夜灯を見ると思わず確認したくなっています。

  • 二川の宿場もここまでです。

    二川の宿場もここまでです。

  • この川に西方見附土居があったところです。<br />碑は設置されていませんが地図に依るとこの川に西方土塁がありました。

    この川に西方見附土居があったところです。
    碑は設置されていませんが地図に依るとこの川に西方土塁がありました。

  • 二川宿ない方向を見ています。<br />道路が広くなっているのは松林が植えられていたからです。<br />東海道は宿場貫には日光、風を防ぐ目的で松を植えていたのです。

    二川宿ない方向を見ています。
    道路が広くなっているのは松林が植えられていたからです。
    東海道は宿場貫には日光、風を防ぐ目的で松を植えていたのです。

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