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2日目のブダペストは、Buda側へ。午後2時ごろ、Pest側に戻りました。<br /><br />表紙写真:聖イシュトヴァーン大聖堂。ライトアップされたクリスマスツリーが飾られています。

ブダペストに5泊:2日目~Bartok House、マーチャーシュ教会、聖イシュトヴァーン大聖堂。

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2017/02/02 - 2017/02/02

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Fluegel

Fluegelさん

2日目のブダペストは、Buda側へ。午後2時ごろ、Pest側に戻りました。

表紙写真:聖イシュトヴァーン大聖堂。ライトアップされたクリスマスツリーが飾られています。

  • ブダペスト2日目は、BudaにあるBartok Memorial Houseへ。metroでSzell Kalman terまで行き、そこから5番バスで終点へ。Szell Kalman ter駅前では、5番バスのバス停を探して、本日も、通行人に聞きまくり。バス停は、駅からは見えず、通りの向こう側でした。バス停で、乗客が一人待っていたので、行き先を彼に確認。反対方向に乗らないために。

    ブダペスト2日目は、BudaにあるBartok Memorial Houseへ。metroでSzell Kalman terまで行き、そこから5番バスで終点へ。Szell Kalman ter駅前では、5番バスのバス停を探して、本日も、通行人に聞きまくり。バス停は、駅からは見えず、通りの向こう側でした。バス停で、乗客が一人待っていたので、行き先を彼に確認。反対方向に乗らないために。

  • 1924年築。バルトーク(1881-1945)が住んだのは、1932~1940年(51~59歳頃)。彼の使用したベーゼンドルファーや家具が置かれています。バルトークの出身地は、当時はハンガリー領だったものの、今はルーマニアとなっている街なのね。<br /><br />国会議事堂の見学ツアーには、日本語コースがないけれど、当館に展示されているバルトークの年表には、日本語版があります。日本人が、何を目的にブダペストにやって来るかを、示唆しているみたい。

    1924年築。バルトーク(1881-1945)が住んだのは、1932~1940年(51~59歳頃)。彼の使用したベーゼンドルファーや家具が置かれています。バルトークの出身地は、当時はハンガリー領だったものの、今はルーマニアとなっている街なのね。

    国会議事堂の見学ツアーには、日本語コースがないけれど、当館に展示されているバルトークの年表には、日本語版があります。日本人が、何を目的にブダペストにやって来るかを、示唆しているみたい。

  • バルトークの死後、増築された階段室の手摺。デザインは、チューリップ。ハンガリーの国花。でも、チューリップといえばトルコ。オスマントルコに支配されていた時、ハンガリーに入ってきたのでしょうか。

    バルトークの死後、増築された階段室の手摺。デザインは、チューリップ。ハンガリーの国花。でも、チューリップといえばトルコ。オスマントルコに支配されていた時、ハンガリーに入ってきたのでしょうか。

  • 5番バスに乗り、元来た道を引き返します。今度は、Szell Kalman terを通り越して、その先4つ目のAlagút utcaで下車。王宮エリアは高台にあるので、バス停から見えるはず、という予想に、またもや反して、全く見えず。ブダペストの街は、大通りに面して、5F建て位の集合住宅が、そびえ立つように立ち並び、その向こう側が見えないのです。バス停には11歳位に見える少女が一人。Matthias Churchと言っても、全く通じず。発音が違うのかと、文字で書いてもダメ。churchという言葉を知らないみたい。casteloと言ってみたら、反応。方角を指差して確認し、歩き始めました。自分が何語を使っているのやら、分からなくなった私。<br /><br />そうして辿り着いたのが、マーチャーシュ教会。チケットを求め、教会内へ。こちらは主祭壇。

    5番バスに乗り、元来た道を引き返します。今度は、Szell Kalman terを通り越して、その先4つ目のAlagút utcaで下車。王宮エリアは高台にあるので、バス停から見えるはず、という予想に、またもや反して、全く見えず。ブダペストの街は、大通りに面して、5F建て位の集合住宅が、そびえ立つように立ち並び、その向こう側が見えないのです。バス停には11歳位に見える少女が一人。Matthias Churchと言っても、全く通じず。発音が違うのかと、文字で書いてもダメ。churchという言葉を知らないみたい。casteloと言ってみたら、反応。方角を指差して確認し、歩き始めました。自分が何語を使っているのやら、分からなくなった私。

    そうして辿り着いたのが、マーチャーシュ教会。チケットを求め、教会内へ。こちらは主祭壇。

  • 右から、受胎告知、結婚、出産。聖母マリアの一生を描いた、12のステンドグラスより、3つ。教会は、1015年に聖イシュトヴァーンが「聖母マリア聖堂」として建築。<br /><br />15世紀、マーチャーシュ1世が塔を増築(マーチャーシュ教会と呼ばれるようになった由縁)。マーチャーシュ王は歴代王の中で、最も人気のある王。聖イシュトヴァーンは、国民にキリスト教を強いたので、それ程、人気はないのだとか。1541年、オスマン帝国がブダを占領、教会はモスクとして使用され、内部の豪華なフレスコ画は白く塗りつぶされ、備品は持ち去られました。145年に及ぶトルコ支配後、1686年、ハプスブルク家によりオスマン帝国が駆逐されカトリック教会に戻りました。そして19世紀末に修復され、建てられた当初のゴシック様式の大半を取り戻しました。<br />

    右から、受胎告知、結婚、出産。聖母マリアの一生を描いた、12のステンドグラスより、3つ。教会は、1015年に聖イシュトヴァーンが「聖母マリア聖堂」として建築。

    15世紀、マーチャーシュ1世が塔を増築(マーチャーシュ教会と呼ばれるようになった由縁)。マーチャーシュ王は歴代王の中で、最も人気のある王。聖イシュトヴァーンは、国民にキリスト教を強いたので、それ程、人気はないのだとか。1541年、オスマン帝国がブダを占領、教会はモスクとして使用され、内部の豪華なフレスコ画は白く塗りつぶされ、備品は持ち去られました。145年に及ぶトルコ支配後、1686年、ハプスブルク家によりオスマン帝国が駆逐されカトリック教会に戻りました。そして19世紀末に修復され、建てられた当初のゴシック様式の大半を取り戻しました。

  • 聖母マリアの死。1370年作のレプリカ。「マリアのドア」と呼ばれる、教会に向かって右手のドアの上にあります。やはり、「聖母マリア聖堂」ですね。

    聖母マリアの死。1370年作のレプリカ。「マリアのドア」と呼ばれる、教会に向かって右手のドアの上にあります。やはり、「聖母マリア聖堂」ですね。

  • 本物は、こちら。ガラスケースの中に。下段中央、聖母マリアの頭が、壊れて無くなっています。<br />

    本物は、こちら。ガラスケースの中に。下段中央、聖母マリアの頭が、壊れて無くなっています。

  • イムレ(St. Emetic 1007-1031)聖堂(マーチャーシュ教会内)。中央が24歳で亡くなったイムレ、右がその父・聖イシュトヴァーン、左がイムレの個人教師・聖ゲッレールト(樽の中に入れられ、山の上から転がされて1046年に没したロンバルディア出身の司教、Gerardo Sagredo =ハンガリー語名・ゲッレールトと、同一人物?)。

    イムレ(St. Emetic 1007-1031)聖堂(マーチャーシュ教会内)。中央が24歳で亡くなったイムレ、右がその父・聖イシュトヴァーン、左がイムレの個人教師・聖ゲッレールト(樽の中に入れられ、山の上から転がされて1046年に没したロンバルディア出身の司教、Gerardo Sagredo =ハンガリー語名・ゲッレールトと、同一人物?)。

  • アッシジの聖フランチェスコ(1182-1226、フレスコ画)。イムレ聖堂内、祭壇の向かい側。聖フランチェスコは、フランツ・ヨーゼフ(1867年、当教会にてハンガリー国王として戴冠式を行った)の守護聖人。中央がグレッチョの奇跡(1223年のクリスマス、41歳のフランチェスコがイタリア・グレッチョでプレゼピオ・飼い葉桶を作りミサを行ったら、本当に赤ん坊が出てきた)、左が汚名(1224年、天使によって聖痕を受けた)、右が鳥に向かって説教。<br /><br />これも、19世紀末の修復時、描かれたのでしょう。

    アッシジの聖フランチェスコ(1182-1226、フレスコ画)。イムレ聖堂内、祭壇の向かい側。聖フランチェスコは、フランツ・ヨーゼフ(1867年、当教会にてハンガリー国王として戴冠式を行った)の守護聖人。中央がグレッチョの奇跡(1223年のクリスマス、41歳のフランチェスコがイタリア・グレッチョでプレゼピオ・飼い葉桶を作りミサを行ったら、本当に赤ん坊が出てきた)、左が汚名(1224年、天使によって聖痕を受けた)、右が鳥に向かって説教。

    これも、19世紀末の修復時、描かれたのでしょう。

  • 天井。福音書(キリストの言行録)の著者4人を表しています。天使はマタイ Matthew、ライオン(頭は熊に見えるけれど)がマルコ Mark(ヴェネツィアの守護聖人)、雄牛がルカ Luke(雄牛=獣=キリストの犠牲)、鷲がヨハネ John。「エゼキエル書」(旧約聖書の書物の一つ)に由来するらしい。

    天井。福音書(キリストの言行録)の著者4人を表しています。天使はマタイ Matthew、ライオン(頭は熊に見えるけれど)がマルコ Mark(ヴェネツィアの守護聖人)、雄牛がルカ Luke(雄牛=獣=キリストの犠牲)、鷲がヨハネ John。「エゼキエル書」(旧約聖書の書物の一つ)に由来するらしい。

  • 一人で写真を撮っていたら、2014年にTavistock Abbyで見たThree Haresを思い出しました。中世に建てられた修道院の天井、 &#39;roof bosses&#39; (carved wooden knobs) という部分のレリーフに、3匹の兎が描かれていました。<br /><br />Tavistockの旅行記は、こちら:http://4travel.jp/travelogue/10871807<br /><br />もしやと思い、ここでも天井を撮ってみました。普通は、このような葉のレリーフ。ところが、一つだけ…

    一人で写真を撮っていたら、2014年にTavistock Abbyで見たThree Haresを思い出しました。中世に建てられた修道院の天井、 'roof bosses' (carved wooden knobs) という部分のレリーフに、3匹の兎が描かれていました。

    Tavistockの旅行記は、こちら:http://4travel.jp/travelogue/10871807

    もしやと思い、ここでも天井を撮ってみました。普通は、このような葉のレリーフ。ところが、一つだけ…

  • 聖母子像がありました♪ カトリック教会ですね。

    聖母子像がありました♪ カトリック教会ですね。

  •  教会を出て、王宮エリアを歩きます。Arany Sas Patikamuzeum(金の鷲薬局博物館)の建物外壁にある聖母子。

    教会を出て、王宮エリアを歩きます。Arany Sas Patikamuzeum(金の鷲薬局博物館)の建物外壁にある聖母子。

  • dobostorta ドボシュトルタとパリンカで休憩。ハンガリー人ドボシュ氏が、1887年に創ったトルタ。皇帝フランツ・ヨーゼフの好物だったらしい。スポンジケーキとチョコレートクリームを何層にも重ね、一番上をカラメルで覆ったもの。美味♪

    dobostorta ドボシュトルタとパリンカで休憩。ハンガリー人ドボシュ氏が、1887年に創ったトルタ。皇帝フランツ・ヨーゼフの好物だったらしい。スポンジケーキとチョコレートクリームを何層にも重ね、一番上をカラメルで覆ったもの。美味♪

  • 14時ごろ、Pest側に戻り、Kodaly Memorial Museumへ。Kodaly(1882-1967)も、ベーゼンドルファーを使っていました。やはり、ウィーン文化圏なのですね。Bartok Houseの係員が、英語で説明してくれ、質問にも答えてくれたのに対して、当館の係員は、来館者が悪さをしないか見張っているだけ。質問しても答えません。

    14時ごろ、Pest側に戻り、Kodaly Memorial Museumへ。Kodaly(1882-1967)も、ベーゼンドルファーを使っていました。やはり、ウィーン文化圏なのですね。Bartok Houseの係員が、英語で説明してくれ、質問にも答えてくれたのに対して、当館の係員は、来館者が悪さをしないか見張っているだけ。質問しても答えません。

  • Eszterházy Torta エステルハージ・トルタ。ハンガリーの貴族エステルハージ家ゆかりのお菓子。ハイドンが楽長を務め、リストの父がチェリストとして務め、シューベルトが音楽教師をしていたエステルハージ家の財力は、相当なものでした。トルタは、アーモンドクリームとスポンジケーキが何層にも重ねられていて、とても甘い。

    Eszterházy Torta エステルハージ・トルタ。ハンガリーの貴族エステルハージ家ゆかりのお菓子。ハイドンが楽長を務め、リストの父がチェリストとして務め、シューベルトが音楽教師をしていたエステルハージ家の財力は、相当なものでした。トルタは、アーモンドクリームとスポンジケーキが何層にも重ねられていて、とても甘い。

  • この時期、日没は17時頃。ハンガリー国立歌劇場がライトアップされていました。こちらは、入口右横のリスト像。

    この時期、日没は17時頃。ハンガリー国立歌劇場がライトアップされていました。こちらは、入口右横のリスト像。

  • 入口の庇の内側を仰ぎ見ると、弦楽器、竪琴、ラッパといったモチーフが。

    入口の庇の内側を仰ぎ見ると、弦楽器、竪琴、ラッパといったモチーフが。

  • ロビー開場されていたので、中へ。チケットは座席に着く時に見せるので、開いていれば、誰でもロビーまで入れます。

    ロビー開場されていたので、中へ。チケットは座席に着く時に見せるので、開いていれば、誰でもロビーまで入れます。

  • 座席入口ドアの上にも、竪琴。劇場は、皇帝フランツ・ヨーゼフが資金を提供して建設。1884年のこけら落としでは、真新しい建物を一目見ようと押し寄せた群衆が、歌劇場の守衛を押し倒すほどでした。1888年、28歳のマーラーが、この劇場(当時は、ブダペスト王立歌劇場)の芸術監督に就任。翌1889年、ワーグナーの『ラインの黄金』と『ワルキューレ』のカットのない初演をして高い評価を得ました。

    座席入口ドアの上にも、竪琴。劇場は、皇帝フランツ・ヨーゼフが資金を提供して建設。1884年のこけら落としでは、真新しい建物を一目見ようと押し寄せた群衆が、歌劇場の守衛を押し倒すほどでした。1888年、28歳のマーラーが、この劇場(当時は、ブダペスト王立歌劇場)の芸術監督に就任。翌1889年、ワーグナーの『ラインの黄金』と『ワルキューレ』のカットのない初演をして高い評価を得ました。

  • アンドラーシ通りで、露払いが行われ、車は遮断されて、警官が出ています。昼間から、yellow metroも止まっています。いよいよ、プーチンのお出ましか。でも、いつまでも待っている訳にもいかず、歩き続けると…

    アンドラーシ通りで、露払いが行われ、車は遮断されて、警官が出ています。昼間から、yellow metroも止まっています。いよいよ、プーチンのお出ましか。でも、いつまでも待っている訳にもいかず、歩き続けると…

  • 聖イシュトヴァーン大聖堂が、霧の中にヌーッと現れました。巨大。国会議事堂と並んで、ブダペストで最も高い建造物。建物高96m。1905年築。

    聖イシュトヴァーン大聖堂が、霧の中にヌーッと現れました。巨大。国会議事堂と並んで、ブダペストで最も高い建造物。建物高96m。1905年築。

  • 主祭壇に祀られているのは、ハンガリー王国の初代国王・聖イシュトヴァーン(969/975-1038)。

    主祭壇に祀られているのは、ハンガリー王国の初代国王・聖イシュトヴァーン(969/975-1038)。

  • 写真はドーム。ちょうど18時より、ミサが始まるところでした。カトリック教会のミサといえば、2010年サンティアゴ・デ・コンポステーラで参加したことが思い出されました。スペイン語だったので、司祭がSenor(主よ)と言えば、アーメンと答えれば良かった…でも、ハンガリー語で「主」を何というのか、分からない…参加は諦め、荘厳なパイプオルガンの音色を聞いて、退出。

    写真はドーム。ちょうど18時より、ミサが始まるところでした。カトリック教会のミサといえば、2010年サンティアゴ・デ・コンポステーラで参加したことが思い出されました。スペイン語だったので、司祭がSenor(主よ)と言えば、アーメンと答えれば良かった…でも、ハンガリー語で「主」を何というのか、分からない…参加は諦め、荘厳なパイプオルガンの音色を聞いて、退出。

  • 歩いていたら、シナゴーグの前を通りました。ヨーロッパで最大、世界ではエルサレムとニューヨークに次いで3番目に大きいシナゴーグ。1859年築。フランツ・リストやカミーユ・サン=サーンスが、ここで度々オルガンの演奏をしたといいます。

    歩いていたら、シナゴーグの前を通りました。ヨーロッパで最大、世界ではエルサレムとニューヨークに次いで3番目に大きいシナゴーグ。1859年築。フランツ・リストやカミーユ・サン=サーンスが、ここで度々オルガンの演奏をしたといいます。

  • Simple Kert(Simple Garden) へ。ruin pubsの老舗。

    Simple Kert(Simple Garden) へ。ruin pubsの老舗。

  • Gulyás グヤーシュ を初めて頂きました。牛肉、タマネギ、パプリカなどから作られます。パプリカが夏野菜なので、基本は夏の料理なのかも知れません。<br /><br />2日目も、盛りだくさんの一日でした。

    Gulyás グヤーシュ を初めて頂きました。牛肉、タマネギ、パプリカなどから作られます。パプリカが夏野菜なので、基本は夏の料理なのかも知れません。

    2日目も、盛りだくさんの一日でした。

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