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伊東家の菩提寺である東林寺では河津三郎、曽我兄弟の墓、伊東家の守護神である葛見神社、伊東祐親の墓を歩いて廻りました。<br /><br /><br /><br />

伊東市役所から東林寺、葛見神社、伊東祐親の墓を廻る伊東家ゆかりの地のを訪ねて

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2017/02/14 - 2017/02/14

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アルプ・グリュム

アルプ・グリュムさん

伊東家の菩提寺である東林寺では河津三郎、曽我兄弟の墓、伊東家の守護神である葛見神社、伊東祐親の墓を歩いて廻りました。



  • 出発点は伊東市役所から徒歩で回りました。<br />伊東市役所はかなり凝った建築で高低差もよく考慮された建築です。

    出発点は伊東市役所から徒歩で回りました。
    伊東市役所はかなり凝った建築で高低差もよく考慮された建築です。

    伊東市役所 名所・史跡

  • 市役所のすぐうらにある物見塚公園の伝伊東家館跡と物見の松<br />伊東の祖といわれる「伊東祐親(すけちか)」の二代前の「伊東家次(いえつぐ)」が初代として住みついたのがこの伊東の地であり、この「物見塚公園」に伊東家の館があったとされています。

    市役所のすぐうらにある物見塚公園の伝伊東家館跡と物見の松
    伊東の祖といわれる「伊東祐親(すけちか)」の二代前の「伊東家次(いえつぐ)」が初代として住みついたのがこの伊東の地であり、この「物見塚公園」に伊東家の館があったとされています。

    物見塚公園 公園・植物園

  • 伊東祐親の銅像<br />この手の銅像は駅前にあるのが一般的ですが伊東市では伊東市役所前です。<br />

    伊東祐親の銅像
    この手の銅像は駅前にあるのが一般的ですが伊東市では伊東市役所前です。

  • 物見塚公園には一見茶室と思わせるトイレがあり、その横に碑が見えます。

    物見塚公園には一見茶室と思わせるトイレがあり、その横に碑が見えます。

  • 松尾芭蕉の句碑です。<br />松尾芭蕉は伊東には縁もゆかりも全くありません、説明板もなく何故ここにあるのか不可解です。<br /><br />芭蕉翁 けふばかり 人もとしよれ 初しぐれ 五世雪中菴對山書<br />

    松尾芭蕉の句碑です。
    松尾芭蕉は伊東には縁もゆかりも全くありません、説明板もなく何故ここにあるのか不可解です。

    芭蕉翁 けふばかり 人もとしよれ 初しぐれ 五世雪中菴對山書

  • 市役所から葛見(くずみ)神社へ歩きます。<br />地図上では平坦にしか見えませんが歩くと坂が多いのが難点です。<br />

    市役所から葛見(くずみ)神社へ歩きます。
    地図上では平坦にしか見えませんが歩くと坂が多いのが難点です。

    葛見神社 寺・神社・教会

  • 伊東家の守護神・大樟・葛見神社<br />全国屈指の老樟が千古の緑を湛えて神域に聳える当葛見神社は、今から 凡そ千数十年昔の延長五年に制定された延喜式神名帳記載の久豆彌神社 に当てられる古社であります。<br />往昔、伊豆の東北部を葛見の庄と称し、当神社は此の庄名を負い、約 九百年昔、葛見の庄の初代地頭工藤祐高公(伊東家次…伊東家の祖)が 守護神として社殿を造営し、京都伏見稲荷神を勧請合祀してから、伊東 家の厚い保護を崇敬を受けて神威を高めてきました。<br />このことは元禄十年(一六九七年)の棟札に「葛見大社岡村稲荷者藤 原朝臣鎌足十六代後胤工藤大夫祐高之修造也」と記されていたり、慶長 十五年(一六一〇年)の棟札に「藤原氏伊東正世公伊東郷住人鈴木近守 仰而焼失後造立」ということからも判明いたします。<br />明治迄は代々の領主から供米が献じられ、又、岡明神と称えて地方民 の氏神として信仰されてきました。<br />このような由緒により明治六年四月新制度により、旧伊東、小室村の 唯一の郷社に列格されました。<br />近年も伊東在住の元首相故若槻礼次郎氏の崇敬を受け、氏は老樟を讃 える石碑を寄進いたしました。(大樟右手前) <br />(例 祭)<br />十月十五日(本来は十月十九日)祭礼時に奉納される神楽は「岡の カグラ」として有名で庁舎(チョウヤ)で演じられます。<br />二十数年間とだえていましたが、神楽保存会、青年有志により昭和五十 九年の祭礼より復活いたしました。 <br />(大 樟)<br />神木の巨樟は樹間二十メートル、樹令千数百年といわれ、本多静六林学 博士の著書大日本老樹名誌では、全国第二の老樟とされ、昭和八年二月 文部大臣から天然記念物に指定されました。 <br /><br /><br />老樟を讃へる 勺水(日下寛識)作五言絶句 <br /><br /><br /><br />霊怪神龍に似たり 晴天雲雨起す<br />誰が図らむ陵谷の変 一木千古を支ふ

    伊東家の守護神・大樟・葛見神社
    全国屈指の老樟が千古の緑を湛えて神域に聳える当葛見神社は、今から 凡そ千数十年昔の延長五年に制定された延喜式神名帳記載の久豆彌神社 に当てられる古社であります。
    往昔、伊豆の東北部を葛見の庄と称し、当神社は此の庄名を負い、約 九百年昔、葛見の庄の初代地頭工藤祐高公(伊東家次…伊東家の祖)が 守護神として社殿を造営し、京都伏見稲荷神を勧請合祀してから、伊東 家の厚い保護を崇敬を受けて神威を高めてきました。
    このことは元禄十年(一六九七年)の棟札に「葛見大社岡村稲荷者藤 原朝臣鎌足十六代後胤工藤大夫祐高之修造也」と記されていたり、慶長 十五年(一六一〇年)の棟札に「藤原氏伊東正世公伊東郷住人鈴木近守 仰而焼失後造立」ということからも判明いたします。
    明治迄は代々の領主から供米が献じられ、又、岡明神と称えて地方民 の氏神として信仰されてきました。
    このような由緒により明治六年四月新制度により、旧伊東、小室村の 唯一の郷社に列格されました。
    近年も伊東在住の元首相故若槻礼次郎氏の崇敬を受け、氏は老樟を讃 える石碑を寄進いたしました。(大樟右手前)
    (例 祭)
    十月十五日(本来は十月十九日)祭礼時に奉納される神楽は「岡の カグラ」として有名で庁舎(チョウヤ)で演じられます。
    二十数年間とだえていましたが、神楽保存会、青年有志により昭和五十 九年の祭礼より復活いたしました。
    (大 樟)
    神木の巨樟は樹間二十メートル、樹令千数百年といわれ、本多静六林学 博士の著書大日本老樹名誌では、全国第二の老樟とされ、昭和八年二月 文部大臣から天然記念物に指定されました。


    老樟を讃へる 勺水(日下寛識)作五言絶句



    霊怪神龍に似たり 晴天雲雨起す
    誰が図らむ陵谷の変 一木千古を支ふ

  • 葛見神社本殿<br />

    葛見神社本殿

  • 天然記念物葛見神社之大楠

    天然記念物葛見神社之大楠

  • 葛見神社<br />大クスはかなりの老木の様で支柱により支えられています。<br />

    葛見神社
    大クスはかなりの老木の様で支柱により支えられています。

  • 天然記念物 葛見神社の大クス<br />楠(クスノキ)は、関東以南の暖地、とくに海岸に多く自生しています。<br />樹齢約千年,目通約20mに及ぶ全国で有数な老楠として有名です。<br />伊東市教育委員会<br />

    天然記念物 葛見神社の大クス
    楠(クスノキ)は、関東以南の暖地、とくに海岸に多く自生しています。
    樹齢約千年,目通約20mに及ぶ全国で有数な老楠として有名です。
    伊東市教育委員会

  • 葛見神社<br />こちらは文部省が設置した案内板です。<br />

    葛見神社
    こちらは文部省が設置した案内板です。

  • パワースポットに指定されてないようですがパワーを感じます。

    パワースポットに指定されてないようですがパワーを感じます。

  • 葛見神社での参拝を後にして東林寺へ向かいます。<br />この程度の距離だったら歩いたほうが良いと思いますが平地ではありません。<br />

    葛見神社での参拝を後にして東林寺へ向かいます。
    この程度の距離だったら歩いたほうが良いと思いますが平地ではありません。

  • 東林寺の山門

    東林寺の山門

    東林寺 寺・神社・教会

  • 東林寺の本殿

    東林寺の本殿

  • 東林寺は伊東温泉七福神めぐりの布袋様がいます。

    東林寺は伊東温泉七福神めぐりの布袋様がいます。

  • 河津三郎の墓参道と道標

    河津三郎の墓参道と道標

  • 「河津三郎の墓参道」道標<br />設置者は日本相撲協会です。

    「河津三郎の墓参道」道標
    設置者は日本相撲協会です。

  • 伊東祐親の子、曾我兄弟の父、相撲の河津掛の発明者、河津三郎祐泰(すけやす)の墓がある。

    伊東祐親の子、曾我兄弟の父、相撲の河津掛の発明者、河津三郎祐泰(すけやす)の墓がある。

  • 歴史を感じる道を登ります。

    歴史を感じる道を登ります。

  • 墓が見えてきました。

    墓が見えてきました。

  • 河津三郎の墓

    河津三郎の墓

  • 河津三郎の墓

    河津三郎の墓

  • 兄弟の兄の曽我十郎祐成の墓<br />

    兄弟の兄の曽我十郎祐成の墓

  • 曽我十郎祐成の墓

    曽我十郎祐成の墓

  • 兄弟の弟の曽我五郎時致の墓<br /><br />

    兄弟の弟の曽我五郎時致の墓

  • 曽我五郎時致の墓<br /><br />

    曽我五郎時致の墓

  • 東林寺での参拝を済ませ伊東祐親の墓へ向かいます。

    東林寺での参拝を済ませ伊東祐親の墓へ向かいます。

  • 伊東祐親の墓全景<br />ここは住宅街の中にあり、寺院の中の墓地ではありません。<br />よって駐車場はありません。

    伊東祐親の墓全景
    ここは住宅街の中にあり、寺院の中の墓地ではありません。
    よって駐車場はありません。

  • 普通の住宅街の一角にあるということは墓地のまわりが宅地化されて墓地が取り残されたと思います。

    普通の住宅街の一角にあるということは墓地のまわりが宅地化されて墓地が取り残されたと思います。

  • 伊東祐親の墓<br />

    伊東祐親の墓

  • 伊東祐親の墓<br />五輪塔の墓石は上から「空輪」「風輪」「火輪」「水輪」「地輪」の組み合わせとなっていてインドが発祥だそうです。<br /><br />

    伊東祐親の墓
    五輪塔の墓石は上から「空輪」「風輪」「火輪」「水輪」「地輪」の組み合わせとなっていてインドが発祥だそうです。

  • 伊東祐親の墓<br />辞世の句として「三笠山 さしてまもれるめぐみをば ゆくすえまでも なおたのまなん 祐親」

    伊東祐親の墓
    辞世の句として「三笠山 さしてまもれるめぐみをば ゆくすえまでも なおたのまなん 祐親」

  • 皇太子浩宮徳仁親王の御見学記念碑<br />皇太子がわざわざこの地に見学に来たとは驚きです。<br /><br />伊東家ゆかりの地には音無神社がありますが別途編集しています。

    皇太子浩宮徳仁親王の御見学記念碑
    皇太子がわざわざこの地に見学に来たとは驚きです。

    伊東家ゆかりの地には音無神社がありますが別途編集しています。

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