2017/02/10 - 2017/02/10
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Pontakaiさん
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現在、厳冬の日本の寒さを避けて高雄市に短期滞在しています。(1月21日~2月21日まで)そのうち、用があったことも兼ねて台湾の小京都といわれている台南市を2月6日(月)、10日(金)と2回高雄からの日帰りで訪れてみました。写真は両日のものが混ざっていることをご承知おきください。
台南市へ下車するのは実は初めてでした。一応台湾で最も歴史のある街ということはガイドブックで知っていましたが、さてどのような歴史的、文化的な遺跡があるのかと興味がありました。初めての首府として機能した街ということで期待は大きかったのですが、台湾では最も古い都といっても17世紀くらいに遡る程度のことですから、それほど長い歴史があるわけでもなく、こじんまりとした街のなかの数少ない建物や遺跡、遺構の見学でした。それでも最初の一日では足りなかったので、再度また訪れたわけです。
街歩きの移動手段はもっぱら公共バス(公車)と自分の足でした。一回目は実質半日しか時間がなく、公共バスの台湾好行という観光客用循環バスを利用しました。2度目の日は主に自分の足を使って歩きました。巡回バス(88番と99番)は地理感覚が分かるとぐるぐるまわりしており、また待ち時間が長いことも多く、時間通り来なかったりで、かなり無駄な時間を費やすなぁと感じました。安平老街区域を別にすれば、中心街にある赤?斬楼を中心にして自分の足で動くとわかりやすいと思います。
ところで見出し写真に置いたのは、偶然出会った日本式料亭の跡でした。詳しくはまた触れますが、美しいこじんまりとした日本庭園と料亭の雰囲気が良く出ていて、まさしく昭和団塊世代には懐かしく思えたものです。そのほかにも昭和天皇が宿泊された和式宿舎も訪れてみました。
では、始めます。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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台鉄高雄駅からは朝7:00台から9:00台までは4本から6本の列車が出ています。左の時刻表は高雄駅発のものです。
区間車というのが各駅停車で約1時間で台南市に着きます。運賃は68NT$です。列車は正確に走っています。遅延があればその旨表示されますのでとても信頼できます。
赤字は自強号という急行列車です。莒光号という準急もありますが、写真ではちょっと黒字だけの区間車と区別がつきにくくなっていますのでご注意ください。
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電車はハンディキャップのある人々にも優しくできている車両もあります。この電動車椅子の方の下車の時には乗務員と駅員とが連絡を走行中に取り合っていてホームのギャップ渡し板が到着時にはすぐに用意されていました。
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約1時間で台鉄台南駅に到着です。駅舎は南口に全てが集中しており、バスの発着場や半放射状ロータリーからの大通りもすべて南口側です。駅の表示では前口となっていました。
改札口を出た右側すぐのところにiマーク、旅行者用インフォメーションがあり、市内観光案内図を受け取ることができます。市内マップと安平区の2種類をもらっておくととても便利です。
写真は駅舎です。 -
私用の部分は飛ばして、まず見るべき場所は赤崁楼です。とりあえず建物の前景です。
この城はもともとは1653年にオランダ人が建てたもので「プロヴィンティア」と呼ばれていたものを漢人が紅毛城とか「赤崁楼」(せきかんろう)と呼んだそうです。建築様式も独特のものだそうです。 -
入口から右手には台湾のオランダからの解放者であり、国の祖と呼ばれる鄭成功がオランダ人と交渉して統治を放棄させる交渉をした様子の再現を彫像とした銅像が建てられています。
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鄭成功の肖像画です。彼は九州平戸生まれであり、母が日本人でした。父親は福健省の出とか。明朝末期にのちの清朝に逆らって台湾で活躍した人です。オランダ人との戦争では1663年勝利し、台湾建国の父のひとりとされているようです。
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室内。
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赤崁楼を出てほぼ正面に永福路があり、そこに沿って1分くらい歩くと祀典武廟があります。1665年開設の伝統ある廟です。ご本尊は「関羽」だそうです。
良縁を求めて祈願し、神像の前で赤い糸を引いてそれを身につけていると良縁に巡り合えるとか。 -
同廟内の額字
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次の廟はやはりすぐ近くの大天后宮です。台湾でもっとも古い媽祖像で、1665年の建立で明時代の建築様式がそのまま残っているそうです。
ここの神様は月老という恋愛の神様だそうでたいそうな人気だそうです。 -
内部もなかなか華やかです。
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西門のロータリーを民族路に沿ってしばらく行くと神農街に通じる庶民の胃袋や日常品を扱う店舗が並ぶ街路があります。平日の昼間からとにかく人通りが絶えることがないようなにぎわいぶりです。
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さて、次は民族路をまた赤崁楼の方向へと戻って永福路をまたそのまま地図の下へと降りますと、食いしん坊には有名な「度小月」という担仔麺で有名な店があります。この店は本店ではないそうですが、味は同じようなものです。
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食べたのはもちろんこれ。担仔麺です。量がこじんまりしていてなんとなく品の良い盛り付けと器なども含めた雰囲気に日本人の女性たちはイカレそうです。お店の方は少し日本語も話せますし、メニュも日本語のものが出されました。
食べるものが決まっている私には関係ありませんでしたが……
この店の本店は永福路と直角に交差している中正路を台南駅の方に向かった左にもあります。こちらの本店の隣には帆布バッグで秘かな人気を誇る「永盛帆布」工場直売店があります。写真は取り損ないました。 -
さて、「度小月」を出て中正路にそってワンブロック、3分ほど歩くと右側に日本式建物、雰囲気満載で復活したという「原林百貨」店があります。内部に入ると戦前戦後の雰囲気を出すもので一杯のフロアがあります。
エレヴェータも5人しか乗れないこじんまりしたレトロ調のもの。階数表示機も棒針式です。 -
最上階屋上にはこんな神社もありました。このデパート、台湾の若者たちに結構な人気のようでデートスポットでもあるようです。カップルが何組も写真を撮っていました。
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その屋上からは対角線上の位置に旧第一勧業銀行台南支店の建物、現在は台湾の土地銀行の建物が良く見えます。
左の写真は地上部からみた建物前景です。トライアングルをうまく使った重厚華麗な白亜の殿堂です。 -
この四つ角を忠義路に沿って赤崁楼側に向かって行くと右側に台湾建国の父鄭成功を祀った「鄭家廟」があります。文字通り鄭成功をご本尊とする廟です。
台湾人に限らず中華文化圏の人々は「廟」が大好きのようです。 -
廟の内部です。
廟の入り口わきの井戸は日本統治時代に埋められてしまったそうですが、その後再び掘り返された時、たくさんの明時代の陶器の破片などが出てきたそうです。 -
さらに忠義路を遡り途中で右に曲がる道を入ると北極殿がありました。また武聖廟というものもありましたが、不謹慎ながら廟にはもう辟易。この煙突にまで龍のデコレーションが施されている凝りようには驚きを通り越して口をあんぐりという感じでした。
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少し入り組んだ道に迷っているといかにも日本的な屋根の家が塀越しに見えました。なんだろうと思ってまわり込んでみるとこれが立派な門構えのお屋敷風情。幸い中に自由に入れるということで入ってみました。
鶯料理というものがどのようなものか分かりませんが、かつては日本料理の料亭として使わsれていたお屋敷のようです。 -
外観の一部。老朽化の見られない手入れの行き届いた感じの家屋です。
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庭にはこのような当時を偲ばせる写真が説明入りで貼られていました。まさに昭和と共に生きてきた建物のようです。非常に貴重な建物であると思います。
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家屋の中にも入れましたので見学したところまさに和室。畳といい、床の間といい立派なものです。
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庭も手入れが行き届いており、敷地もそれなりに広く立派なものです。高級料亭として復活して欲しいような、そんな気になりました。
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さて中心街で忘れてならないのが孔子廟です。広い敷地の一角に武徳殿と並んで立っています。
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学問を無事習得し、卒業できたのでしょうか、お礼にたくさんの学生たちが父兄と共に来ていました。
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孔子廟の一角にある建物
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回った順序としては逆になりますが、北極殿です。案内パンフレットには1665年の成立と記されています。ご神像は玄天上帝です。
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廟としては最後の見学地として北門路に近いこの廟も訪れてみました。あまり変わり映えのない廟でした。
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次に安平古街区に行きます。
台南駅南口からは2番バスならば20分くらい。中心街からだと10分くらいの安平古街区に次は行きます。公車(バス)は88,99番循環バスでも行けますが、曲折走行ですので時間がもったいないです。
自分の歩いている路上にバス停があればそこで待つのが良いと思います。立ち位置によりますが、2番バスが一番早いと思います。
この区域は500メートル四方に見るべきものがすべて収まっているので見学しやすいところです。 -
この地区で一番最初の見どころは2番バスの降り場、蠣灰窯文化施設跡です。ここから安平樹屋→古堡→台塩宿舎→天后宮→古堡街散策→延平路 などと回ればよいかと思います。距離のないところですからどういう順序でも大して変わりありません。
ここは建築部材として用いるために牡蠣殻を混ぜ牡蠣殻セメントを焼結する焼き窯があったところです。 -
安平樹屋です。ガジュマル(榕樹)が家屋に茂みついたお化け屋敷です。木の生命力そのものがマヌーバー(鵺)的、不死身です。
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もとは製塩業会社の塩の倉庫であった建物が廃業に伴い放置されていたところにガジュマルが伸び放題になったという場所です。
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ガジュマルの生命力についての説明が部屋の一室にあります。とにかくガジュマルは恐ろしい生命力を持っており、なんでも溶かして根付いてしまい、その根が幹となってしまうという樹木です。
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隣接地には旧英国領事館の建物があります。
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なかなか瀟洒な建物です。高雄の(打狗)領事館は赤煉瓦造りですが、こちらは白壁。アーチ型の回廊部は同じです。
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「夕遊」という日本式ホテルだったところです。歴史のある建物で昭和天皇が若かりし頃泊まったホテルとのことです。
由緒あるホテルということで撮影やロケにも使われているようで、訪れた日には大層な美人をモデルした写真撮影が行われていました。
肖像権の関係で公開できないのがちょっぴり残念。 -
この辺りは製塩業が盛んであったらしく、その名残で色別の願掛け塩が売られています。6種類のご利益が得られるとか。
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次は天后宮です。
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神像は媽祖と鄭成功3体目は誰?。
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ちょっと離れた水景公園の一角に砲台の跡があります。1840年アヘン戦争に際して設置されたものだそうです。
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安平古堡街に立つ壁
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街路には珍しい金魚(メダカと呼んだ方がいい形の魚)が売られていました。結構いい値段です。
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国定史跡、安平古堡の入り口です。小学生の授業の場でもあるようです。
1624年オランダ人によってZeelandia(ゼーランディア)城として創建開始されました。10年後1634年完成。その後鄭成功がオランダを破り、「内府」そして「王城」と呼ばれたということです。
この城は清朝時代には荒廃していたそうですが、日本統治時代に再建され、現在は「安平古堡」と呼ばれています。
オランダ時代からの遺跡は外上南側のレンガ壁のみとなっているとのこと。 -
ほぼ全景です。
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ゼーランディア城を落とした鄭成功の銅像です。
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城の遺構です。授業で先生の説明を生徒たちが受けています。
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白亜の塔の展望台からの景色のひとつです。
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隣接する博物館資料室のパネルの一部です。より詳しい資料は入場の際にもらえるパンフレットに記されています。
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イチオシ
こんなユーモアにあふれた表示がありました。オランダとの関係を暗示するおもしろい発想の「歴史を振り返ろう」的なメッセージです。表紙カバーに使おうかとも思ったくらいのいち押しです。
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88番バスは運河を渡って海浜歴史公園や林獣娘公園を回り、台南市議会前を通って中心街をぐるぐる回ってから駅へと向かいます。
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バスからの景色です。
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最後に台南駅にある市内マップガイドを貼っておきます。この壁にある地図はそれとして、既述のインフォメーションで台南市の「台南の歴史を巡る」と「安平老街をめぐる旅」の二つのパンフレットを手にすることをお勧めします。
それらの写真を添えようかと思いましたが、著作権に引っかかってもいけませんのであえて写真を載せるのを控えました。
以上、主な観光ポイントをレポートしました。ここまでお付き合いくださりありがとうございました。
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