2016/12/31 - 2016/12/31
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むう2にゃんさん
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みなさま 明けましておめでとうございます。
2016―2017 お正月は、イベリア半島の半分を時計回りで周遊します。
12/29(木) 伊丹→成田→FRA→MAD マドリード泊
12/30(金) 午後マドリード→グラナダ グラナダ泊
12/31(土) 午後グラナダ→セビリア セビリア泊
01/01(日) セビリアで まったり セビリア泊
01/02(月) コルドバ日帰り観光 セビリア泊
01/03(火) 午後セビリア→メリダ メリダ泊
01/04(水) メリダ→(時差△1時間)→エヴォラ エヴォラ泊
01/05(木) 午後エヴォラ→リスボン リスボン泊
01/06(金) リスボン滞在 リスボン泊
01/07(土) 午後LIS→CDG→ 機内泊
01/08(日) 機内泊→成田→伊丹帰着
2年前のポルトガル旅行で行きそびれたエヴォラと、かれこれ10年以上前にツアーで訪れたアンダルシアに再訪問です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
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3日め 12月31日(土)
今日は2度目のアルハンブラ観光です。 -
10年以上も前にパックツアーでアンダルシアに来たのですが、ツアーで引き回されると楽な分 記憶が薄れるのも早いので 今回は自分のペースでアルハンブラを見て回ります。
チケットは2ヶ月ほど前に アルハンブラHPからネット予約決済し チケット売り場でチケットを受け取るシステムです。
(前日の到着が遅かったため、市内窓口でのチケット交換時間に間に合わなかったの)
朝8時に ホテルの朝食OPEN時間を待って朝ごはんを済ませ、チェックアウトしフロントに荷物を預けてアルハンブラに向かいます。
手ぶらなので、ホテル近くの広場を発着するECOバス(C-3)でアルハンブラに向かい チケットオフィスで入場チケットを受け取って アルハンブラ観光スタートです。 -
アルハンブラ宮殿全体では 午前/午後の2部制のみですが、アルハンブラの華 ナスル宮殿は30分毎に区切った予約になっていて、予め選択した予約時間がチケットに表示され その時間以外にはナスル宮殿に入る事が出来ません。
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朝9時前にアルハンブラに入場し ナスル朝宮殿予約時刻が午前11時なので、ナスル宮殿以外の場所を先に回ります。
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アンダルシア地方の夏はとても暑く、太陽の照りつける日中は 40℃近い気温となります。
その暑さを少しでも和らげるために、遠いシエラネバダ山脈から水路を引いて この離宮のために豊富な水源を確保して、中庭の泉や花々が咲き乱れる噴水を置きました。 -
暑い土地では非常に貴重な水を 惜し気もなく使ったこの離宮は、ムスリムの人々が思い描いた天国の写し絵、地上の楽園なのでしょうか。
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ヘネラリフェからアルハンブラ宮殿の中心に向かい、サンタ・マリア教会からカルロス5世宮殿に。
これはレコンキスタを達成したカトリック両王の孫にあたるスペイン王カルロス1世(ハプスブルクの神聖ローマ皇帝カール5世でもある)が建設に着手した宮殿です。
ちなみにレコンキスタは 日本では「国土回復運動」と訳されていますが、実際は Reconquista=Re-Conquista=再・征服、一旦ムスリムの領土となった土地を キリスト教国が奪い返した十字軍戦争の一種でしょうね。 -
おっとここで 猫ちゃん発見♪
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賢い猫たちは 陽のあたる場所に陣取って日向ぼっこの真っ最中、彼らは日光浴でビタミンDも吸収しているのです。すごいぞ、猫って!
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アルカサバ(軍事要塞)の見張らし台からアルバイシンの眺めは素晴らしいものでして、ローマ帝国時代の砦の跡を 対キリスト教徒への要塞として築いたものです。
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ナスル朝宮殿の入場は11時、20分前から入場の列に並んで暫し待機、じっと立っていると足の爪先がちゃっぷいー(T.T)
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いよいよ、アルハンブラの華 ナスル朝(13~15世紀まで存続)宮殿に入場します。
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ローマ帝国時代の高度な建築技術は喪われて久しく、ヨーロッパのキリスト教諸国が低い文化的水準に停滞したままの時代、イスラムの国々は繁栄を謳歌していました。
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偶像崇拝を禁じる教義ゆえに、キリスト教のような絵画や彫刻作品が存在しないイスラム世界では、自然界の草花やアラベスク(絡まる文様が終りのない永遠を意味する意匠)模様をモチーフにした装飾芸術が発達しました。
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精緻な石の透かし彫りは見事というより他なく、どれほどの職人達が心血を注いでこの作品を仕上げたのでしょう?
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寄せ木細工の天井は 天空の星々を表していて、煌めく満天の夜空を表現しています。
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そして光りをうけて蒼く瑠璃色に輝く鍾乳石の天井、夏の暑さが厳しいグラナダならではの 視覚的効果を利用した室内装飾です。
この涼しげな天井を見上げて、当時の人々は涼しさを感じたのでしょうか・・・。 -
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ナスル朝宮殿を堪能し、冬の花壇を通り抜けて最初のチケット売り場、そこから同じC-3バスで市内中心部に戻ります。
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現在 12:30前、グラナダ大聖堂と王室礼拝堂は 13:30に閉まるので、急がねばっ!
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王室礼拝堂は写真撮影不可、礼拝堂にはレコンキスタを達成した カトリック両王とその後継者ファナ女王夫妻の棺が安置されています。
「狂女王ファナ」として有名なこの女性は、兄姉の夭折によってカスティーリャ女王となりますが、ハンサムだが女好きで無能な夫・ハプスブルク家のフィリップ美公の急死で錯乱状態となり(浮気性の美男夫を熱愛していた) その後40年間に亘り実の息子(カール5世)によって幽閉され 幽閉先の修道院で生涯を終えました。
次に大聖堂、カテドラル。 -
キリスト教社会には厳密な位階がありまして、ローマ教皇を頂点として
枢機卿>大司教>司教>司祭>助祭の順序となり、司教座聖堂がカテドラル(一般的に大聖堂と称される)と呼ばれています。
ちなみに大司教とは 広大な領地を保有する大貴族的な立場でして、かのモーツァルトの最初のパトロンがザルツブルク大司教。神聖ローマ帝国の侯爵を兼ね、侯爵司教の称号を持つ権力者でした。
16世紀に着工がはじまり約200年の年月を経て完成した大聖堂は、各時代の建築様式が混在しながらも 不思議な調和を見せる美しい大聖堂です。 -
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これから遅めのお昼ご飯、バスの出発時刻が 15:30発なので ホテル近くのレストランで適当な食事です。
海老入りのオムレツ(トルティーリャ)と魚介類のフライ、デザートはレモンのシャーベット。
(あ、シャーベットは半分食べた後です、汗) -
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ホテルに預けていた荷物を受け取り、ヌエバ広場に常駐しているタクシーでバスターミナルに到着、15:30のALSAバスで セビリアまでは3時間の移動です。
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セビリアには予定より 10分ほど早く日暮れ前の 18:20に到着したものの、ここでトラブル発生!
今日は大晦日、いつもならバスターミナル前のタクシー乗り場に常駐している筈のタクシーが いくら待っても一台も来ないのです・・・・(>_<) -
交通量の多い道路でタクシーを捕まえようとしても、たまに目の前を走るタクシーは全て乗車中か営業外(運転手さん達は皆さん 自宅で大晦日を過ごす為に早々と営業終了?)
そうこうするうちに日も暮れて、周囲を歩く人も減っていく・・・、仕方ないのでバスターミナルからホテルまで歩くことにして 石畳のガタガタ道をキャリーケースを引きずって歩きます。
もともとホテルはバスターミナルから徒歩 10分ほどの距離で 昼間なら楽勝なのですが、大まかな地図しか手元に用意していなかったので、道順が判らない~(ToT)
ホテル名にもなっている美術館への道順を通りすがりの人に聞きつつ ようやくホテルにたどり着いたのは1時間後の 20時前でありました(ため息) -
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あーあ、ホテル近くのデパ地下で食材とワインを買い込んで、大晦日ディナーを予定していたのに、この日のデパート営業時間は 20時まで(通常は22時)、買い出しの予定もガタ狂いです。
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キャリーを引きずって迷子になったのに疲れ果て、大晦日は非常食の どん兵衛・天ぷら蕎麦を食べつつ、部屋でTVのカウントダウンで今年は終わりです。
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