
2016/11/24 - 2016/11/24
138位(同エリア220件中)
kakusanさん
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朝の旅館の湯は熱くちょうど良かった。天気もよくドライブに最適だ。竹崎温泉から鹿島方面に行くと市街地と祐徳稲荷神社とに分かれた。祐徳稲荷神社に向かった。すぐに見つかり車を境内に置いた。参道の店屋はしまっていた。朱色の建物が目に付き見事だ。参拝して歩いて上まであがった。境内は広い。1時間ほどいた。パンフレットでは「祐徳稲荷神社は衣食住の守護神で伏見稲荷、笠間稲荷とともに日本三大稲荷の一つ。漆で仕上げた極彩色の華麗な本殿、神楽殿、楼門は鎮西日光と称される。貞享4年(1687年)に創建された。旧鹿島藩主鍋島直朝の夫人万子(花山院のち祐徳院)が鍋島家に嫁ぐ際同花山院邸内に祀られていた稲荷神社の分霊を奉祀したもの。」と書いてある。車で市街地方面の肥前浜宿に行ってみた。最初の酒屋に車を停めた。創業100年は経っている。昭和時代を再現していた。懐かしいテレビや洗濯機があった。旧長崎街道の宿場町のひとつとして土蔵造りの商家や造り酒屋が並ぶ。酒蔵通りを歩いた。武士が馬に乗って闊歩した街道だそうだ。酒屋の蔵がかなりあるが3軒に酒造メーカーになった。街道には昔の建物が残っている。継場は旅人の荷物を中継する問屋だ。この継場は江戸時代の建物だ。入り口には馬をつないだ鉄の輪が残る。その後武家屋敷に行った。乗田家は鍋島藩士で地方有力武士らしい造りだった。橋を渡り萱葺きの舟津まで行った。牡蠣のからの残りをあひるが漁っていた。酒屋にもどり梅酒を買った。説明では「肥前浜宿は鎌倉・室町時代にさかのぼる古い歴史を持った町で、港町・宿場町として栄えてきた。経済力と豊かな地下水、おいしいお米によって酒造りが盛んとなった。肥前浜宿には多くの白壁土蔵や茅葺町家などの伝統的な建物が残り、南側の庄金や舟津には茅葺町家がある。庄津は船頭などが住む港町、金屋は鍛冶屋などが住む職人町。」フナが泳いでいるのを目にするが鹿島では二十日正月に「ふなんこぐい」を供える慣わしがある。「ふなんこぐい」は昆布で巻いた鮒をダイコンやゴボウなどと一緒に煮込んだ郷土料理。この「ふなんこぐい」の鮒や野菜を売る「ふな市」が肥前浜宿酒蔵通りに立つ。その昔商家や酒造元、網元などは奉公人や蔵男たちを主座に据えて労をねぎらい馳走を振舞った。鯛によく似た鮒を代用したのが「市」の始まりだそうだ。
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