2006/01/25 - 2006/01/26
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Dwind_999さん
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汚れた喧騒の街コルカタ。
よほど物好きじゃないとまた来ようという気にはならない、混沌の街。
実際うんざりすることも多く、気持ちの良い街歩きを楽しむというわけにはいきませんが、私にとっては初めての海外旅行の地だけに、ある種トラウマにも似た心的イメージが刷り込まれ、猥雑な街並みにもかかわらずノスタルジアさえ覚えてしまいます。
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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1月25日(水)、朝5時半過ぎ。
マザーハウスのミサ見学のため早起きして暗い中を歩いて行きます。
宿近くにモスクがあるのか、5時過ぎにはアザーン(イスラムの礼拝の時間を知らせる拡声器からの声)が鳴り響き部屋の中まで聞こえてきます。 -
夜行性の習性が強い野良犬たちがうろつき回っているのでちょっと恐い。
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イスラム街辺りには何軒かの肉屋があり、店先に肉の塊が吊り下げられています。
羊や山羊の肉なのだろうか。
水牛の肉もあるかもしれない。 -
暗い中、電灯の明かりに浮かび上がる肉塊。
ちょっと不気味な光景。 -
夜明け前の静かなイスラム街を歩いて行きます。
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大八車のそばでスコップを手に働く男たち。
薄暗がりの中でもう仕事を始めているけど、もしかしたら夜通し働いていたのかもしれない。 -
マザーハウス2階でのミサの後、1階奥の部屋で振る舞われるチャイやパン、モンキーバナナなどの朝食。
欧米人が多いけど、若い韓国人(女性が多い)の姿も多く見かけます。マザー テレサの家(マザー ハウス) 寺院・教会
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ボランティアをする人たちはここで簡単な朝食を取った後あちこちのマザー施設に向かいます。
彼らの情報交換の場でもある朝食タイムですが、ボランティアをしない私もちゃっかり食事をいただき、チャイもお代わり。
後でこの事を同じホテルにいた、この地での医療ボランティアを目指している日本人男性に話したら、「あの朝食は、あくまでもボランティアをする人たちのために用意されているのだから、やめた方がいい」と率直に注意を受けました。
3年前の時は献品を持参しての訪問だったので、まあそれなりの資格があったのでしょうが今回は単なる旅行者。
前回と同じノリで御馳走に預かっていた私はなるほどその通りだと反省し、それ以来ミサにだけ出てすぐ帰るようにしました。 -
「神の愛の宣教者会」のシスターたちは、貧しい人のために、なんの報酬も受けずに心から仕える誓いを立て、青い3本線の入った木綿のサリーなど必要最小限の物以外、一切の私物を持たないという、稀有な存在。
マザーハウスのチャイとパンを目当てに、夜の明けきらぬうちからサダル・ストリートを抜け出してくる私とは天と地ほどの差があります。 -
裕福な家庭の子なのだろう、リキシャに乗って登校する子供たちをよく見かけます。
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歯磨きや風呂代わりに体を洗っている、朝の井戸端光景。
1月の朝は肌寒いので大変だろうな。 -
ゴミを漁る野良犬。
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車輪のような歯車を手で回して絞り出すサトウキビジュース。
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サイクルリキシャも見かけるが、コルカタの街は圧倒的に人力車が多い。
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通勤や通学で活気を見せる朝のコルカタ。
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朝の身づくろいや、食堂で朝食を取ったりチャイを飲んだりする人々。
庶民の1日が始まります。 -
朝から多くの人力車が行きかうコルカタの街。
リキシャにとっても朝夕が稼ぎどきなのだろう。 -
サダル・ストリートの方へ戻っていきます。
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イスラム街を通って行きます。
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朝のまだ暗いうちにもこの肉屋の前を通ったな。
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サダル・ストリートの東の入り口付近に戻ってきました。
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歯ブラシの木(Miswak)で歯を磨いている人もよく見かけます。
後日、路上のおばちゃんから歯ブラシの木を1本買ったけど。 -
「Hotel Maria」、この有名な安宿にはインターネットブースもあり、Windows98のPCが4台、1時間Rs15(\45)で使える。
しかし途中でよく通信不能になり、スタッフに言うと線を抜き差ししてPCを再起動するだけ。
しばらくしてまた調子が悪くなると、もう次からは知らん顔。
他にも近くにネットを使えるところが2軒あったので、後半はそちらを多く利用しました。 -
フライドライスをよく食べた露店のある路地。
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面白い顔したヤギが、なぜかいつもここに繋がれていました。
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サダル・ストリートからちょっと入った路地の、この看板の左に私の泊まっている宿「Timestar Hotel」があります。
ここには何人かの日本人も宿泊していて、南インドからコルカタへ流れてきて、マザー・テレサの施設でボランティアをしている男性や、この地での医療ボランティアを目指している男性、北インドでヨガの勉強をしてきた若い女性などもいました。 -
サダル・ストリートの路上の床屋さん。
とら刈りにならなければいいが。 -
コルカタには100万人以上いるといわれる路上生活者。
インド人口の4分の1にあたる2億5千万人以上もいるカースト以下の不可触民。(当時)
ヒンドゥー教の浄・不浄の観念によって「穢れ」の存在として位置づけられ、職業の世襲制が存在する中、物乞いの子供は物乞いの生き方を、路上生活者の子供は長じても路上での生活を余儀なくされ、そこから這い出るのは容易ではない。 -
路上生活者が住むすぐ近くにある学校の校庭からは、歓声を上げて遊ぶ子供たちの声が聞こえてきます。
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汚物にまみれたサダル・ストリート。
ここいらはそれを狙うカラスたちの縄張りでもあります。 -
地下鉄でパーク・ストリートからカーリーガートまでRs4(\12)で乗り、人に道を尋ねながら入り組んだ路地を通ってカーリー寺院に向かいます。
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野良犬が多いコルカタの街。
噛まれたら即病院行きだ。 -
生贄の山羊の首をはねる儀式が毎日あるというカーリー女神寺院に、12時前に到着。
すると待ってましたとばかりに男がやってきて、ここは靴を脱がないと入れない、この店に靴を預けろ、お参りの花はRs20、と考える間もなく、裸足のまま寺院に招き入れられ、狭い中を人々に揉みくちゃにされながら通り抜けていき、途中で男がいろいろ説明するけどチンプンカンプン。
最後の所にやってくると、これが一番の目的のようで、「ノートに記帳してくれ、みんな寄付をしている」、と今度は別の男も加わって迫ってきます。
結局Rs50(\150)だけ渡して、額の少なさに男たちをがっかりさせ、記帳はせず這々の体で寺院を抜け出しました。ふぅ。
自分のペースで見ることも出来ず、いったい何をしに来たのやら。 -
行き倒れたようにして路上に横たわっている人たち。
実際、行き倒れて息を引き取る人も珍しくないらしい。 -
マザー・テレサの施設「死を待つ人の家」(Nirmal Hriday=清い心)に来ました。
3年前にも立ち寄った場所。 -
1952年、マザー・テレサが42才の時、カルカッタの地で初めて作った救済施設。
3年前に訪れた時は、小さな掲示板に「新入所者」「退所者」「死者」の三つの記入欄があって毎日そこに数字が記され、その単純明快な簡潔さがここの現実を示しているように思われました。 -
「死を待つ人の家」がある通りは、コルカタの守り神といわれるカーリー女神寺院のすぐそばだけに門前町の様相を呈しており、多くの人が繰り出してごった返しています。
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参拝者からの慈悲を求めて、物を乞う人たちが路上に座り込んでいます。
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お土産物や寺院参拝グッズなどの店が並ぶ狭い参道は人々がひしめき合って大混雑。
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野良犬とカラス。
犬と目を合わさないようにして通り過ぎよう。 -
狭い路地を抜けて、地下鉄のカーリーガート駅へと向かいます。
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13時過ぎ、サダル・ストリート近くに戻ってきました。
リキシャや車でごった返す道路。 -
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黄色のアンバサダーが列をなすサダル・ストリート。
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手際よく素早く注文をさばく、路地裏の飯屋。
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Rs14(\42)のフライドライス。
これがけっこういける。
衛生状態はいいはずはないけど火を通しているので、まあ大丈夫なようです。
お腹を壊すことはありませんでした。 -
日暮れのサダル・ストリート。
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夕食に向かう途中の路地裏。
この日の夕食はハウ・ホア(豪華飯店)という中華料理店に入りました。
でも食べるのは定番のチキンフライドライス(Rs59)、それにチキンスィートコーンスープ(Rs56)で税が12.5%。
かなりの量があって完食するのに苦労しました。 -
これと同じような楽器を持っていた若い日本人女性が同じ宿にいて、テンテケテンと、ちょっと叩いてみせてくれました。
その女性は一人でヨガの勉強に来ていて、インド2ヶ月半の滞在で北インドからバラナシを経由してコルカタに戻ってきたところでした。 -
仕事にありつけないでいるリキシャマン。
歩いていると、乗らないかと声をかけられます。 -
しゃがみ込んで、汚れたバケツの水で食器を洗ったりしていますが、食べる前には見たくない光景。
ここでは、街歩きの一休みに1杯Rs3(\9)のチャイをよく飲みました。 -
1月26日(木)の朝5時半過ぎ。
いつものように不気味な静けさに包まれたイスラム街を通り、宿から歩いて20分ほどのマザーハウスへ向かいます。 -
ミサが終わって、表に出てきました。
右の建物がマザーハウス。 -
ミサの帰り、いつもここで小さなカップに入ったチャイを飲んで一息つきます。
量も少なめなので1杯Rs1.5(\4.5)と安い。 -
サダル・ストリートへ戻る途中。
この時はまだ朝の7時半ですが、なぜか夜のハウラー駅に行くまでのその間の写真が残っていない。
この日は、午前と午後に「Hotel Maria」でネットしたり、ホテル・マリアに泊まっている日本人旅行者と話したり部屋を見せてもらったり、食堂でご飯を食べたり、「Timestar Hotel」で日本人と話したり、モイダン公園に行ったり、フェアローンホテルの中庭でRs80(\240)のキングフィッシャー大瓶を飲んだりしました。 -
ホテルのオヤジにタクシーを手配してもらい、Rs80(\240)の運賃でハウラー駅にやって来ました。
慣れない駅からの夜行列車なので早めに来ましたが、あまりの人の多さとそのごった返しように恐れをなす。
23時半発のガヤ行き。
電光掲示板を見ると、なんと午前1時に変更されているではないか。
しばらくすると今度は午前3時半出発に変わっていました。
始発の駅でこの有様。ハウラー駅 駅
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仕方ないので駅の売店でクッキーと新聞紙(Rs1.5)を買い、座る椅子など空いていないのでインド人に混じって床に新聞紙を敷き、横になって待つことにしました。
床の冷たさが体に伝わり、羽毛布団が恋しくなります。
一人なのでトイレに行くときも荷物(リュック)を置いていくわけにはいかない。
素早くトイレを済ませて戻ってくると、インド人が私の大事な寝床の新聞紙を持って行こうとしていたので、あわてて奪い返しました。
まったく油断も隙もない。
次にトイレに行く時は新聞紙も持っていきました。
結局、発車までの6時間半を肌寒い駅で待つ羽目になりました。
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