羽田旅行記(ブログ) 一覧に戻る
今回は蒲田から羽田を歩くという、まさに「駅からハイキング」ならではの企画でした。<br />羽田と言えば空港と物流センターというイメージがありますが、周辺には江戸時代から神社門前町として栄えていた名残があったりと意外と奥が深かったりします。蒲田からその羽田へ、昔の町工場産業の面影や今の活気ある商店街など、「かつて」と「今」をめぐる散策を楽しめたウォーキングになりました。<br /><br />起点駅・集合時間:東京都JR京浜東北線蒲田駅 10時<br />歩行距離・所要時間: 約8km 約3時間 <br /><br />今回のコース:<br />蒲田駅→さかさ川通り(蒲田東口商店街)→あやめ橋→大田区産業プラザPiO→京浜蒲田駅前通り商店会→おいで通り糀谷商店会→糀谷商店街→萩中通り商店会→羽田神社→大鳥居→穴守稲荷神社→羽田クロノゲート→穴守稲荷駅<br /><br /><br />歩行後のお酒とごはん:蒲田ニーハオ別館<br /><br />蒲田さかさ川通り「おいしい収穫祭」(イベント)<br /><br /><br /><br />

蒲田から羽田の今昔を巡る

5いいね!

2016/10/15 - 2016/10/15

1833位(同エリア3069件中)

0

61

t.oさん

今回は蒲田から羽田を歩くという、まさに「駅からハイキング」ならではの企画でした。
羽田と言えば空港と物流センターというイメージがありますが、周辺には江戸時代から神社門前町として栄えていた名残があったりと意外と奥が深かったりします。蒲田からその羽田へ、昔の町工場産業の面影や今の活気ある商店街など、「かつて」と「今」をめぐる散策を楽しめたウォーキングになりました。

起点駅・集合時間:東京都JR京浜東北線蒲田駅 10時
歩行距離・所要時間: 約8km 約3時間 

今回のコース:
蒲田駅→さかさ川通り(蒲田東口商店街)→あやめ橋→大田区産業プラザPiO→京浜蒲田駅前通り商店会→おいで通り糀谷商店会→糀谷商店街→萩中通り商店会→羽田神社→大鳥居→穴守稲荷神社→羽田クロノゲート→穴守稲荷駅


歩行後のお酒とごはん:蒲田ニーハオ別館

蒲田さかさ川通り「おいしい収穫祭」(イベント)



旅行の満足度
4.0
  • 今回は蒲田駅から出発。<br />このエリアを観光の視点で歩くのは新鮮な気分。楽しみです!<br />蒲田駅東口の商店街に向かって歩き始めます。

    今回は蒲田駅から出発。
    このエリアを観光の視点で歩くのは新鮮な気分。楽しみです!
    蒲田駅東口の商店街に向かって歩き始めます。

    蒲田駅

  • 蒲田東口商店街の中にある「さかさ川通り」を進みます。<br />この通りはかつての用水路・六郷用水の支流である逆川の支流を埋設した緑道を、大田区が「蒲田駅周辺地区グランドデザイン」により、JR・東急蒲田駅と京急蒲田駅を繋ぐ回遊路のひとつとして生まれ変わったとのことです。<br />朝10時台の、まだ閑散としている遊歩道を進みます。<br />

    蒲田東口商店街の中にある「さかさ川通り」を進みます。
    この通りはかつての用水路・六郷用水の支流である逆川の支流を埋設した緑道を、大田区が「蒲田駅周辺地区グランドデザイン」により、JR・東急蒲田駅と京急蒲田駅を繋ぐ回遊路のひとつとして生まれ変わったとのことです。
    朝10時台の、まだ閑散としている遊歩道を進みます。

  • さかさ川通りを進み、呑川に突き当たったところに、昔、逆川に架かっていた橋跡がありました。<br /><br />その近くのあやめ橋を渡り、呑川沿いに京急蒲田駅方面にすすみます。<br />

    さかさ川通りを進み、呑川に突き当たったところに、昔、逆川に架かっていた橋跡がありました。

    その近くのあやめ橋を渡り、呑川沿いに京急蒲田駅方面にすすみます。

  • 呑川の流れ。<br />呑川は濃い緑色をしていて、かつて高度成長時代によく見られた河川を思い起こさせます。<br />

    呑川の流れ。
    呑川は濃い緑色をしていて、かつて高度成長時代によく見られた河川を思い起こさせます。

  • 京急蒲田駅を越えて、大田区産業プラザPioに到達しました。<br />

    京急蒲田駅を越えて、大田区産業プラザPioに到達しました。

    大田区産業プラザPiO 名所・史跡

  • ここは、大小さまざまなホールや会議室があり、大田区のものづくりを伝えるフェアや各種イベントが行われる施設だそうです。

    ここは、大小さまざまなホールや会議室があり、大田区のものづくりを伝えるフェアや各種イベントが行われる施設だそうです。

    大田区産業プラザPiO 名所・史跡

  • この日はちょうど「おおた商い・観光展」が開催され、日本各地の物産と観光を紹介する沢山の出店が施設内に軒を連ねており、大勢の人出で賑わっておりました。<br />

    この日はちょうど「おおた商い・観光展」が開催され、日本各地の物産と観光を紹介する沢山の出店が施設内に軒を連ねており、大勢の人出で賑わっておりました。

    大田区産業プラザPiO 名所・史跡

  • 我々一行も、東北の日本酒を試飲したり、各地の名産のお菓子などを試食したりして楽しみました。<br />

    我々一行も、東北の日本酒を試飲したり、各地の名産のお菓子などを試食したりして楽しみました。

    大田区産業プラザPiO 名所・史跡

  • 大田区産業プラザを出て、<br />京浜蒲田駅前通り商店会に到達しました。<br />京急蒲田駅から第一京浜を渡ってすぐに位置する、二股の路地から左側の安泰寺まで続く商店街です。焼き菓子が驚くほど安く買える菓子店や、スイーツも人気の豆腐店など、魅力ある店舗が多数あるとのことです。<br />

    大田区産業プラザを出て、
    京浜蒲田駅前通り商店会に到達しました。
    京急蒲田駅から第一京浜を渡ってすぐに位置する、二股の路地から左側の安泰寺まで続く商店街です。焼き菓子が驚くほど安く買える菓子店や、スイーツも人気の豆腐店など、魅力ある店舗が多数あるとのことです。

  • 一行のかたが、試しに豆腐のチーズケーキ風味のお菓子をテイクアウトしたものをお裾分けして味見させてもらったところ、豆腐を感じさせない、まさにチーズケーキを思わせ、予想を超える美味しい食感と味にびっくりしました。

    一行のかたが、試しに豆腐のチーズケーキ風味のお菓子をテイクアウトしたものをお裾分けして味見させてもらったところ、豆腐を感じさせない、まさにチーズケーキを思わせ、予想を超える美味しい食感と味にびっくりしました。

    恵比寿屋豆富店 グルメ・レストラン

  • 安泰寺を通りすぎて右折、<br />「おいで通り糀谷商店会」に入ってきました。<br />この商店街は昭和27年に15軒の店舗でスタートし、12年後「西糀谷商店会」という名称になったそうです。昨春、毎年10月に開催する「おいで祭り」にちなみ商店会の名称変更をしたそうです。<br />

    安泰寺を通りすぎて右折、
    「おいで通り糀谷商店会」に入ってきました。
    この商店街は昭和27年に15軒の店舗でスタートし、12年後「西糀谷商店会」という名称になったそうです。昨春、毎年10月に開催する「おいで祭り」にちなみ商店会の名称変更をしたそうです。

  • 「おいで通り糀谷商店会」を通りすぎて糀谷商店街に入りました。<br />京急糀谷駅から南側に続く商店街です。戦前から賑わい、今なお下町の趣を残す活気ある商店街です。<br />

    「おいで通り糀谷商店会」を通りすぎて糀谷商店街に入りました。
    京急糀谷駅から南側に続く商店街です。戦前から賑わい、今なお下町の趣を残す活気ある商店街です。

    糀谷商店街 市場・商店街

  • 賑わう街中をいろいろお店をチェックしながら通り抜けます。

    賑わう街中をいろいろお店をチェックしながら通り抜けます。

    糀谷商店街 市場・商店街

  • 糀谷商店街を進み郵便局のあたりで左折し、今度は萩中通り商店会に入ってきます。<br />ここは昭和42年頃、勘八通りの拡張で日の出通りにあった商店などが移転して形成された商店街とのこと。300メートルほどの通りに、60軒近くの店舗が並んでおります。<br /><br />

    糀谷商店街を進み郵便局のあたりで左折し、今度は萩中通り商店会に入ってきます。
    ここは昭和42年頃、勘八通りの拡張で日の出通りにあった商店などが移転して形成された商店街とのこと。300メートルほどの通りに、60軒近くの店舗が並んでおります。

    萩中通り商店街 市場・商店街

  • 商店街を進み、萩中公園の周囲の道を産業道路方面に歩きます。<br />ここの公園は、立派な陸上競技場や野球場、遊園などの施設を備える広大な公園です。大田区民の人々が、草野球や散策など楽しむのどかな光景を眺めながら、改めて蒲田の文化度の高さを認識しながら歩みを進めます。

    商店街を進み、萩中公園の周囲の道を産業道路方面に歩きます。
    ここの公園は、立派な陸上競技場や野球場、遊園などの施設を備える広大な公園です。大田区民の人々が、草野球や散策など楽しむのどかな光景を眺めながら、改めて蒲田の文化度の高さを認識しながら歩みを進めます。

    萩中公園 公園・植物園

  • 一行は産業道路に到達し、道路沿いに多摩川方面に歩行、羽田神社に到達しました。<br />ここは羽田総鎮守として羽田空港を含む羽田全域に広く氏子を有する歴史のある神社だそうです。

    一行は産業道路に到達し、道路沿いに多摩川方面に歩行、羽田神社に到達しました。
    ここは羽田総鎮守として羽田空港を含む羽田全域に広く氏子を有する歴史のある神社だそうです。

    羽田神社 寺・神社・教会

  • 羽田神社は、もともと小田原北条氏が当地附近を治めていた頃に領主行方与次郎が牛頭天王社を祀ったことに始まったそうです。そういった由緒からか手水場は普通、龍の彫像が置いてたりするものですが、ここは牛の彫像が置いてありました。

    羽田神社は、もともと小田原北条氏が当地附近を治めていた頃に領主行方与次郎が牛頭天王社を祀ったことに始まったそうです。そういった由緒からか手水場は普通、龍の彫像が置いてたりするものですが、ここは牛の彫像が置いてありました。

    羽田神社 寺・神社・教会

  • 拝殿です。総鎮守だけあって立派な造りです。

    拝殿です。総鎮守だけあって立派な造りです。

    羽田神社 寺・神社・教会

  • 境内には八雲神社の碑(疱瘡神の石碑)がありました。

    境内には八雲神社の碑(疱瘡神の石碑)がありました。

    羽田神社 寺・神社・教会

  • 文久元年(1861)に疱瘡が蔓延した際に将軍徳川家定が病気平癒に参詣し、治癒した故事にちなみ、病気平癒を祈願する参拝客も多いとのこと。

    文久元年(1861)に疱瘡が蔓延した際に将軍徳川家定が病気平癒に参詣し、治癒した故事にちなみ、病気平癒を祈願する参拝客も多いとのこと。

    羽田神社 寺・神社・教会

  • この神社は須佐之男命・稲田姫命の夫婦神を祀り、縁結びのご神徳でも知られるそうです。<br />航空会社各社の崇敬の念も篤く、運航安全・航空完全祈願の参詣があるとのこと。あと境内にはCAを目指す人達の合格祈願の絵馬がかかっておりました。

    この神社は須佐之男命・稲田姫命の夫婦神を祀り、縁結びのご神徳でも知られるそうです。
    航空会社各社の崇敬の念も篤く、運航安全・航空完全祈願の参詣があるとのこと。あと境内にはCAを目指す人達の合格祈願の絵馬がかかっておりました。

    羽田神社 寺・神社・教会

  • 奥のほうには、富士塚がありました。<br />富士塚は、江戸中期安永(1772-1780)のころから、関東を中心として各地におこった習俗で、富士山の信仰団体である富士講の人々が、その年実際に富士山に登れない者のために、富士山を模して築いた人造の小山なのだそうです。 <br />この塚は、明治初年に築造されたものだとのこと。大田区唯一の存在なのだそうです。

    奥のほうには、富士塚がありました。
    富士塚は、江戸中期安永(1772-1780)のころから、関東を中心として各地におこった習俗で、富士山の信仰団体である富士講の人々が、その年実際に富士山に登れない者のために、富士山を模して築いた人造の小山なのだそうです。
    この塚は、明治初年に築造されたものだとのこと。大田区唯一の存在なのだそうです。

    羽田神社 寺・神社・教会

  • 羽田神社を出で目の前の産業道路に沿って進むと多摩川に行き当たりました。<br />そのまま産業道路の橋の下をくぐり、多摩川沿いに堤防の遊歩道を羽田空港方面に向かって進みます。<br />

    羽田神社を出で目の前の産業道路に沿って進むと多摩川に行き当たりました。
    そのまま産業道路の橋の下をくぐり、多摩川沿いに堤防の遊歩道を羽田空港方面に向かって進みます。

  • 街中の眺めから一転、河口近辺の解放感がある広大な眺めに、心が癒されます。

    街中の眺めから一転、河口近辺の解放感がある広大な眺めに、心が癒されます。

  • くぐり抜けた高速横羽線方面の眺めです。

    くぐり抜けた高速横羽線方面の眺めです。

  • 時々野生の鷺と思われる水鳥が飛びたつ様子や、干潟でしじみを採る人達の様子など眺めながら、歩みを進めます。実にのどかで平和感じです。

    時々野生の鷺と思われる水鳥が飛びたつ様子や、干潟でしじみを採る人達の様子など眺めながら、歩みを進めます。実にのどかで平和感じです。

  • 遠くに羽田空港が見えてきました。

    遠くに羽田空港が見えてきました。

  • 多摩川の河口に到着。

    多摩川の河口に到着。

  • 羽田空港の管制塔が遠くに見えます。

    羽田空港の管制塔が遠くに見えます。

  • 天空橋駅方面に歩みを進めていいます。

    天空橋駅方面に歩みを進めていいます。

  • 向こう岸に大鳥居が見えてきました。

    向こう岸に大鳥居が見えてきました。

  • この鳥居はもともと穴守稲荷神社の鳥居で、神社遷座後も鳥居のみが羽田空港内に残り、旧ターミナルビル前の空港駐車場に鎮座していたそうです。平成11年のさらなる空港拡張で撤去も検討されたものの地元の人々の強い希望により、現在地の多摩川のほとりに移されたそうです。

    この鳥居はもともと穴守稲荷神社の鳥居で、神社遷座後も鳥居のみが羽田空港内に残り、旧ターミナルビル前の空港駐車場に鎮座していたそうです。平成11年のさらなる空港拡張で撤去も検討されたものの地元の人々の強い希望により、現在地の多摩川のほとりに移されたそうです。

    羽田大鳥居 名所・史跡

  • 対岸に渡り鳥居のそばに来ました。<br /><br />この鳥居は終戦後の羽田の住民の苦難の象徴でもあるそうです。<br /><br />第二次世界大戦が終わった直後の1945年(昭和20年)9月21日、羽田空港を軍事基地として拡張するため米軍(GHQ)より、拡張地区内の周辺住人に48時間以内の強制退去を命じたそうです。<br />そこには、羽田鈴木町、羽田穴守町、羽田江戸見町といった三つの町があり、約1,200世帯約3,000人が住んでいたそうです。<br /><br />強制退去後、羽田空港は拡張工事により、約3.5倍になり、当然のことながら、退去の対象となった建造物は軒並み撤去されたものの、穴守稲荷神社のこの大鳥居だけは頑丈にできていたため撤去できず、更地(後に駐車場となる)に残されたそうです。<br /><br />その後、沖合展開事業に伴う新B滑走路の拡張計画にて障害となるため撤去の計画が出たりしたそうですが、移転費用を近隣住民を主体とする有志が負担すると申し出たことにより、1999年2月に800メートルほど南の今の位置に移されたそうです。<br />鳥居は、かつて羽田にあった三つの町の悲劇のシンボルともいえるのですね。<br /><br /> この赤鳥居にロープをかけて倒そうとしたところ、ロープが切れて作業員たちに死傷者が出てしまい、その後も何度か取り壊しや移転案も出たのだが、その度に移転の工事関係者が事故にあったり原因不明の病気になったりと、赤鳥居は“祟る”と言われてきた逸話もあったそうです。<br /><br /><br />

    対岸に渡り鳥居のそばに来ました。

    この鳥居は終戦後の羽田の住民の苦難の象徴でもあるそうです。

    第二次世界大戦が終わった直後の1945年(昭和20年)9月21日、羽田空港を軍事基地として拡張するため米軍(GHQ)より、拡張地区内の周辺住人に48時間以内の強制退去を命じたそうです。
    そこには、羽田鈴木町、羽田穴守町、羽田江戸見町といった三つの町があり、約1,200世帯約3,000人が住んでいたそうです。

    強制退去後、羽田空港は拡張工事により、約3.5倍になり、当然のことながら、退去の対象となった建造物は軒並み撤去されたものの、穴守稲荷神社のこの大鳥居だけは頑丈にできていたため撤去できず、更地(後に駐車場となる)に残されたそうです。

    その後、沖合展開事業に伴う新B滑走路の拡張計画にて障害となるため撤去の計画が出たりしたそうですが、移転費用を近隣住民を主体とする有志が負担すると申し出たことにより、1999年2月に800メートルほど南の今の位置に移されたそうです。
    鳥居は、かつて羽田にあった三つの町の悲劇のシンボルともいえるのですね。

     この赤鳥居にロープをかけて倒そうとしたところ、ロープが切れて作業員たちに死傷者が出てしまい、その後も何度か取り壊しや移転案も出たのだが、その度に移転の工事関係者が事故にあったり原因不明の病気になったりと、赤鳥居は“祟る”と言われてきた逸話もあったそうです。


    羽田大鳥居 名所・史跡

  • 鳥居のそばには鈴木弥五右衛門を称える立て札が建っておりました。<br /><br />羽田空港一帯の土地は、鈴木弥五右衛門が、今からおよそ200年ほど前、従来要島と呼ばれていた出洲中の低湿地を開発したものだそうで、文化十二年(1815)に至り、ようやく新田としての形態が整ったらしく、新たに鈴木新田として羽田猟師町から独立し、いわゆる羽田三ヶ村を構成することになり、名主は鈴木弥五右衛門が兼務したそうです。

    鳥居のそばには鈴木弥五右衛門を称える立て札が建っておりました。

    羽田空港一帯の土地は、鈴木弥五右衛門が、今からおよそ200年ほど前、従来要島と呼ばれていた出洲中の低湿地を開発したものだそうで、文化十二年(1815)に至り、ようやく新田としての形態が整ったらしく、新たに鈴木新田として羽田猟師町から独立し、いわゆる羽田三ヶ村を構成することになり、名主は鈴木弥五右衛門が兼務したそうです。

    羽田大鳥居 名所・史跡

  • 穴守稲荷神社も、もともとは新田開拓を行った鈴木家の土地にある小さな祠であったそうです。<br />そう考えると、たまたま撮ったこの杭と鳥居の構図もなかなか意義深い感じがします。

    穴守稲荷神社も、もともとは新田開拓を行った鈴木家の土地にある小さな祠であったそうです。
    そう考えると、たまたま撮ったこの杭と鳥居の構図もなかなか意義深い感じがします。

    羽田大鳥居 名所・史跡

  • 大鳥居を後にして空港脇の環八通り沿いに天空橋駅方面に歩みを進めながら羽田空港を眺めます。まさに日本と世界を繋ぐ架け橋ですね。<br />この羽田の地を追われ、周辺から蒲田にかけて移住した人々が、町工場を興し、その町工場で作られた部品が日本の輸出工業製品を作り、この羽田の架け橋から世界へ渡っていった日本人がそれらを売り込むことにより、アメリカのメーカーを席巻、日本の発展を支えてきたのですね。<br />そう考えるとこの風景の印象もだいぶ違ってくるような気がします。<br />

    大鳥居を後にして空港脇の環八通り沿いに天空橋駅方面に歩みを進めながら羽田空港を眺めます。まさに日本と世界を繋ぐ架け橋ですね。
    この羽田の地を追われ、周辺から蒲田にかけて移住した人々が、町工場を興し、その町工場で作られた部品が日本の輸出工業製品を作り、この羽田の架け橋から世界へ渡っていった日本人がそれらを売り込むことにより、アメリカのメーカーを席巻、日本の発展を支えてきたのですね。
    そう考えるとこの風景の印象もだいぶ違ってくるような気がします。

  • 我々一行は普通の橋を渡って海老取川を対岸に渡ります。

    我々一行は普通の橋を渡って海老取川を対岸に渡ります。

  • 天空橋を渡ります。名前のわりにこじんまりした橋に新鮮感を覚えます。対岸から見れば小さくても羽田という天空へ通ずる橋であることは間違いありません。

    天空橋を渡ります。名前のわりにこじんまりした橋に新鮮感を覚えます。対岸から見れば小さくても羽田という天空へ通ずる橋であることは間違いありません。

  • 天空橋からの眺め。あの船着き場から観光船などが発着するのでしょうか。

    天空橋からの眺め。あの船着き場から観光船などが発着するのでしょうか。

  • 橋を渡り細い路地を抜けて穴守稲荷神社に到達しました。今はこの場所に鎮座しているのですね。<br />

    橋を渡り細い路地を抜けて穴守稲荷神社に到達しました。今はこの場所に鎮座しているのですね。

    穴守稲荷神社 寺・神社・教会

  • なぜ穴守という名前?<br />この神社は文化元年(1804)頃、鈴木新田(現在の羽田空港内)開墾の際に、激しい波により沿岸の堤防にしばしば大穴が開いたため、風浪の被害を防ぎ、五穀豊穣を願って創建されたのが由来だとか。

    なぜ穴守という名前?
    この神社は文化元年(1804)頃、鈴木新田(現在の羽田空港内)開墾の際に、激しい波により沿岸の堤防にしばしば大穴が開いたため、風浪の被害を防ぎ、五穀豊穣を願って創建されたのが由来だとか。

    穴守稲荷神社 寺・神社・教会

  • 境内の神楽殿ですね。

    境内の神楽殿ですね。

    穴守稲荷神社 寺・神社・教会

  • 稲荷神社らしく鳥居のトンネルがあります。

    稲荷神社らしく鳥居のトンネルがあります。

    穴守稲荷神社 寺・神社・教会

  • 鳥居のトンネルの向こうには奥宮が鎮座しております。

    鳥居のトンネルの向こうには奥宮が鎮座しております。

    穴守稲荷神社 寺・神社・教会

  • その奥宮には「招福の砂」の置き場があり、参拝者が持ち帰れるようになっておりました。<br />その昔、捕った魚を篭に入れたところ何故か砂に変わってしまう事件が多発。人々が狐の仕業だと穴守神社付近で捕まえて殺そうとしてたところをある老人の漁師が助け逃がしたそうです。その後、その漁師は必ず大漁に恵まれ、篭にいれると少しの砂が底に残るので庭にまいたところ、客が途切れることなく訪れるようになり、老人は富を得たそうです。そのため、穴守の砂には招福のご利益があるとされ、今も多くの参拝者を集めているのだそうです。

    その奥宮には「招福の砂」の置き場があり、参拝者が持ち帰れるようになっておりました。
    その昔、捕った魚を篭に入れたところ何故か砂に変わってしまう事件が多発。人々が狐の仕業だと穴守神社付近で捕まえて殺そうとしてたところをある老人の漁師が助け逃がしたそうです。その後、その漁師は必ず大漁に恵まれ、篭にいれると少しの砂が底に残るので庭にまいたところ、客が途切れることなく訪れるようになり、老人は富を得たそうです。そのため、穴守の砂には招福のご利益があるとされ、今も多くの参拝者を集めているのだそうです。

    穴守稲荷神社 寺・神社・教会

  • 穴守稲荷神社を後にして、穴守稲荷駅に向かいます。(駅ハイの設定では、この後も昭和島駅までコースは続くのですが、今回はカット。)<br />途中、羽田クロノゲートを眺めます。<br />この施設は「宅急便」のヤマト運輸グループ最大級の総合物流ターミナル。ギリシャ神話における時間の神「クロノス」が名称の由来で、「新しい時間と空間を提供する物流の玄関であるとともに、物流の新時代の幕開け」を表現しているとのことだそうです。要予約の見学コースも併設しているそうです。<br />

    穴守稲荷神社を後にして、穴守稲荷駅に向かいます。(駅ハイの設定では、この後も昭和島駅までコースは続くのですが、今回はカット。)
    途中、羽田クロノゲートを眺めます。
    この施設は「宅急便」のヤマト運輸グループ最大級の総合物流ターミナル。ギリシャ神話における時間の神「クロノス」が名称の由来で、「新しい時間と空間を提供する物流の玄関であるとともに、物流の新時代の幕開け」を表現しているとのことだそうです。要予約の見学コースも併設しているそうです。

    羽田クロノゲート 名所・史跡

  • 駅に向かう途中の商店街を通ります。

    駅に向かう途中の商店街を通ります。

  • 穴守稲荷神駅に到着。ここから京急蒲田駅まで戻りました。

    穴守稲荷神駅に到着。ここから京急蒲田駅まで戻りました。

    穴守稲荷駅

  • 今回、歩行後の食事は、京急蒲田駅前にある中華料理のお店「ニーハオ 別館」にていただきました。<br />聞くところによると、蒲田は「羽根つき餃子」発祥の地だそうで、「ニーハオ」は、その羽根つき餃子の3大有名店の一つなのだそうです。(その他は歓迎、今春本館というお店だそうです。)<br />

    今回、歩行後の食事は、京急蒲田駅前にある中華料理のお店「ニーハオ 別館」にていただきました。
    聞くところによると、蒲田は「羽根つき餃子」発祥の地だそうで、「ニーハオ」は、その羽根つき餃子の3大有名店の一つなのだそうです。(その他は歓迎、今春本館というお店だそうです。)

    你好 別館 グルメ・レストラン

  • 前菜として、棒々鶏

    前菜として、棒々鶏

    你好 別館 グルメ・レストラン

  • トマトと玉子炒め

    トマトと玉子炒め

    你好 別館 グルメ・レストラン

  • ゆで豚のニンニクソースがけ

    ゆで豚のニンニクソースがけ

    你好 別館 グルメ・レストラン

  • メインディッシュで羽根つき餃子。見事な羽根です。ぱりぱりと香ばしくて、美味しく、生ビールとハイボールが進みました。

    メインディッシュで羽根つき餃子。見事な羽根です。ぱりぱりと香ばしくて、美味しく、生ビールとハイボールが進みました。

    你好 別館 グルメ・レストラン

  • ニーハオを後にしてJR蒲田駅に向かいます。途中見かけた蒲田八幡宮に参拝します。<br />この神社は北蒲田村より新宿村として分村した慶長年間に、?摧田神社を勧請して新宿村鎮守として創建されたものと伝えられているそうです。

    ニーハオを後にしてJR蒲田駅に向かいます。途中見かけた蒲田八幡宮に参拝します。
    この神社は北蒲田村より新宿村として分村した慶長年間に、?摧田神社を勧請して新宿村鎮守として創建されたものと伝えられているそうです。

    蒲田八幡神社 寺・神社・教会

  • ただし境内に小円墳があったこと、言い伝えや伝説、史実などから、相当古くから聖地として村人の信仰の場であったとも言われているそうです。やはり蒲田は奥が深いですね。

    ただし境内に小円墳があったこと、言い伝えや伝説、史実などから、相当古くから聖地として村人の信仰の場であったとも言われているそうです。やはり蒲田は奥が深いですね。

    蒲田八幡神社 寺・神社・教会

  • 神社を後にしJRの駅の方に戻る途中、羽根つき餃子の3大名店の一つ金春本館の前を通りました。一行はせっかくなので手土産にここの小籠包をテイクアウトで購入しました。

    神社を後にしJRの駅の方に戻る途中、羽根つき餃子の3大名店の一つ金春本館の前を通りました。一行はせっかくなので手土産にここの小籠包をテイクアウトで購入しました。

    金春 本館 グルメ・レストラン

  • JR蒲田駅前の近くさかさ側通りに戻ってきました。するとちょうど「おいしい収穫祭」というお祭りが開催中で沢山の露店が並んでおります。せっかくなので一行はここでもう一杯いただいて帰ることにしました。

    JR蒲田駅前の近くさかさ側通りに戻ってきました。するとちょうど「おいしい収穫祭」というお祭りが開催中で沢山の露店が並んでおります。せっかくなので一行はここでもう一杯いただいて帰ることにしました。

  • 私は、蒲田の地ビール、蒲田エールを購入。

    私は、蒲田の地ビール、蒲田エールを購入。

  • しっかりとした味で、美味しかったです。その他スパークリングワインを頂いたり、露店で美味しいツマミを楽しんだりしてひとときを過ごします。

    しっかりとした味で、美味しかったです。その他スパークリングワインを頂いたり、露店で美味しいツマミを楽しんだりしてひとときを過ごします。

  • ほろ酔い加減で駅に戻ってきました。時刻は3時過ぎ。今回も充実したウォーキングを楽しむことができました。<br />

    ほろ酔い加減で駅に戻ってきました。時刻は3時過ぎ。今回も充実したウォーキングを楽しむことができました。

    蒲田駅

この旅行記のタグ

関連タグ

5いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

この旅行で行ったグルメ・レストラン

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

この旅行記の地図

拡大する

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP