2005/12/04 - 2005/12/06
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Dwind_999さん
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アグラから西へ約240km、ピンクシティとも呼ばれるジャイプルの町。
ジャイプルで1泊したあとは、またアンバサダーに乗ってさらに北東約270kmにあるデリーへ戻り、観光は何もせずにその翌朝に帰国の途に就きました。
- 同行者
- その他
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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12月4日(日)、朝食後の7時前にアグラのホテルをチェックアウトして、西方向のジャイプルへと移動します。
年季の入ったオートリキシャが多く走るアグラの町をあとにします。 -
ジャイプルへ向けて走るアンバサダー。
幹線道路だけに、汚れた大型トラックがたくさん走っており、隙あらばすぐ追い越しにかかる、交通法規などお構いなしの無鉄砲な運転ぶり。 -
8時過ぎ、アグラの南西40?にある「ファテープル・スィークリー」に寄りました。
アグラ城と同じくアクバル帝により造られた壮大な建築群の城跡。
アグラからここに遷都したものの、水不足と夏の猛暑のため、わずか14年(1574年〜1588年)しか使われず、その後廃墟となった都城。
入場料として$5払いました。
風が吹いて肌寒かった。 -
中庭から見るディーワーネ・カース(貴賓謁見の間)。
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吹き抜けのディーワーネ・カース(貴賓謁見の間)に入ると、中央にある房状の装飾が施された、ちょっと変わった形の柱が目に飛び込んできます。
一見木造に見える赤砂岩で造られた柱の真上が玉座になっていて、謁見する人は玉座に座るアクバル帝を見上げる形になったそうで、何とも横着な謁見風景。 -
壁がなく、柱と梁だけでできた5層の建物パンチ・マハル(五層閣)。
「風の塔」とも呼ばれ、景色を見たり涼を得るために造られた建物。 -
ファテープル・スィークリーの南西、モスク地区入り口に建つ、高さ54mのブランド門(凱旋門)。
階段の下から見上げると余計に大きく見える。 -
ブランド門階段下の光景。
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ファテープル・スィークリーの城跡下の道を行く女性。
ムスリムの人なのでしょうか、薄い布で顔を覆っているけど、あれでは視界が悪かろうに。
9時にファテープル・スィークリーを出ました。 -
幹線道路を走っていると所々に町が出現し道路脇にいくつかの店が並びます。
ここでちょっと一休み。
道路は舗装が壊れてひどく荒れているところも多く、快適なドライブというわけにはいかない。 -
ジャイプルに近づいてきた13時頃、ラージャスターン州のこの辺りに来ると荷車を引くラクダをよく見かけるようになりました。
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13時半、途中の道路脇の露店。
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埃が舞う赤茶けた道を進んでいきます。
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いよいよジャイプルの町に近づいてきました。
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14時、ジャイプル郊外のレストランで昼食。
またまた定番のカレー。
ガイドはベジタリアンであまり食べないので、普段以上に私も頑張るけどそれでも残ってしまいます。 -
路上の床屋さんも頑張っています。
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象祭りも開催されるというジャイプルだけに、観光用途がほとんどなんでしょうがほんとに象をよく目にする。
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15時前、シティ・パレスに入りました。
入場はRs180。
1762年にマハラジャ(インドの藩王)が造った宮殿で、現在も建物の一部にマハラジャの子孫が住んでいるそうです。シティ パレス 史跡・遺跡
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ジャイプルの観光を早めに切り上げてホテルにチェックインしたので、16時半にホテルを出てお楽しみの一人歩き。
ガイドから開放されてホッと一息。
ホテル前の通りから流しのサイクルリキシャを拾い、シティ・パレスへ向かいました。
リキシャの男が指差しながらいろいろ説明するので、ふんふんと一応うなずくふりをする。 -
ジャイプルの「プル」は「城壁に囲まれた町」を意味し、その名の通り、西日を浴びた赤い色の門が出現しそこをくぐって旧市街へと入っていきます。
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この日は日曜日で、商店は休みの所が多いらしい。
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ジャイプルの旧市街は7つの門を持つ高さ6m、周囲10?の城壁に囲まれ、その中を道が碁盤の目のように区画されています。
建物の多くがピンク色(実際は赤茶けた色)に統一されており、別名ピンク・シティと呼ばれているそうです。 -
象のタクシーなのだろうか、街中でもときどき見かけます。
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30分かけてシティ・パレスに到着。
男がシティ・パレスは17時でクローズドだと言いますが、宮殿の中はもう見たので、門の中で待ってもらうことにしました。
帰りは別のリキシャを拾ってもいいけど、宿泊先が名の知れないエコノミーホテルなので、乗ってきたリキシャで帰るのが一番確実。
5人の子供がいるというこのリキシャマン、途中でいろいろ話しかけてきます。 -
シティ・パレスの敷地の中。
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「風の宮殿」前のハワ・マハル・ロードの通りを歩く。
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ハワ・マハル・ロードの通り。
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シティ・パレスの東側に位置する、風の宮殿(ハワ・マハル)と呼ばれる1799年に造られた建物。
風の通りが良く、透かし彫りを施したテラスからは、女性たちが自分の姿を見られることなく、外を眺められるように工夫されているそうです。ハワー マハル (風の宮殿) 城・宮殿
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風の宮殿前の通りをさらに南へ歩いて行きます。
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風の宮殿近くのロータリー付近。
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風の宮殿から少し南に進むと賑やかなロータリーに出ました。
角のこの店の椅子に座り、1杯のチャイ(Rs4)を飲みながら一休み。
この何でもない露店でのひと時が異国の地にあっては妙に楽しい。 -
車やバス、オートリキシャやサイクルリキシャ、バイクに自転車、時おり馬や象が通り、夕暮れのざわめきにあふれたピンク・シティ。
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ロータリー付近。
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ロータリーの近くで揚げ物屋台を見つけたので、6個でRs10(\28)の揚げ団子を買いました。
熱々の一見おいしそうな揚げ団子でしたがスパイスが私の口に合わず、これはちょっと失敗だった。 -
1時間ちょっとの散歩を終えて、日の暮れかけたシティ・パレスに戻り、待っていたリキシャに乗ってホテルへ引き上げます。
急な坂道では自転車から降りて一緒にリキシャを押したり。
途中、道端で男がリキシャを止め、料金を先払いしてくれと言うので何事かと思いきや、道路脇の酒屋に行って小瓶に入った酒を買ってきました。
値段を聞くとRs27(\76)。
これが一仕事終えての彼の毎日の楽しみなのだろう。
ガムを1つ男にあげると喜んで、「ユーアーグッドマン」と私を持ち上げ、さらに子供が5人いる、もっと欲しいと言い出します。
部屋にまだあったので、ホテルに着いてから男に5枚のガムを渡すと、「ユーアー、ベーリー、ベーリー、ベーリー、グッドマン」とべーリーが3つもついてきました。 -
宿泊先のホテル外観。
風の宮殿をちょっぴり真似た、名前もそのものズバリの「Hotel Hawa Mahal」。 -
ホテルのレストランで夕食を終えたあと近くを散歩。
照明が少なくて暗い中にも、周りはけっこう賑やかで、3カ所ほどで結婚式の披露宴のようなものが催されていました。
この写真も結婚式のようです。
別な会場では、一般の人々も気軽に入場していたようなので、チャイの一杯でもご馳走になろうかと厚かましく素知らぬ顔で広い敷地の中に入り込みましたが、しばらくして、先ほどから私を胡散臭そうに見ていた警備員に追い出されてしまいました。 -
12月5日(月)8時にホテルを出て、ジャイプルから北東11?にあるアンベール城に向かいました。
丘の上に建つ巨大なお城です。 -
狭い道を登ってやってきたアンベール城。
入場料はRs75(\210)。
下からアンベール城までの坂道を象のタクシーに乗って上がってくることができ、一度乗ってみたいものですが、料金がRs400(\1120)と高い上に時間もかかるので今回はやめました。アンベール城 城・宮殿
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アンベール城から眼下のアメール村を望む。
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ジャレブ・チョウクと呼ばれるアンベール城の中庭。
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精密なモザイクで壁面を飾った、世界で最も美しい門と称えられる「ガネーシャ門(ガネーシャ・ポール)」。
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「勝利の間」の、大理石の透かし彫りの窓から眼下を望む。
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わずか1時間弱のアンベール城見学を終えて丘を下りました。
アンベール城の下にあるアメール村の露店。
このあと北東約260?にあるデリーへ戻っていきます。 -
たくさんの木の棒を積んでいくラクダの荷車。
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途中、13時頃に昼食を取り、15時少し前にデリーのホテルに到着。
最初に泊まったのと同じエコノミーホテルの「ホテル・ビルパレス」。
街歩きをしたいので、ショッピングタイムは要らないとガイドに断り、荷を解いた後ホテルを出ました。
道路に出て流しのオートリキシャを拾い、まずはコンノート・プレイスへ向かいます。
壊れたメーターはただの飾り。
料金は交渉でRs40(\112)。 -
15分でコンノート・プレイスの地下鉄入口に到着。
ここから地下鉄に乗って一駅先のニューデリー駅まで移動。
料金はRs6(\17)。 -
線路の上をまたぐ跨線橋から見たニューデリー駅。
首都ニューデリーのメインステーションですが、そこはやはりインド、雑多で汚れた印象を与える駅です。ニューデリー駅 駅
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ニューデリー駅の表広場。
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ニューデリー駅前にびっしりと並ぶオートリキシャ(3車タクシー)。
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ニューデリー駅前から西へまっすぐ延びるメイン・バザール(パハール・ガンジ)の入り口付近。
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メイン・バザールはバックパッカーご用達の安宿街でもあります。
1ヶ月前にこの近くでも爆弾テロがあったところで、ここを含めてデリー市内3カ所で60数名が犠牲になったそうです。
ガイドはここは危ないから行かないようにと言っていましたが。メインバザール 市場
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西日が射すニューデリー駅前。
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ごった返す駅のチケット売り場前。
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ニューデリー駅から地下鉄に乗って、二駅先のデリーメイン(オールドデリー)で降りました。
窓口で切符を買うとき、ちゃんと並んでいても横からすぐ割り込んできたりする奴らが多いので、悠長に構えてはいられない。
おまけに、切符を購入するとき「デリーメイン」という私のひどい発音が通じず、窓口の男から「ハーッ、何だっ?」と小馬鹿にしたような態度で聞き返されたり、切符をポンと投げてよこして来たりで少々むかっ腹のたつ、「お客様は神様」なんてことは100年先でもあり得ないだろうインドの公共職員のお仕事。
もちろん中には優しい人もいるけどね。
乱雑なオールドデリー駅前の脇道を歩いて行きます。 -
オールドデリー駅前。
デリー駅 (オールドデリー駅) 駅
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オールドデリー駅前のざわめき。
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オールドデリー駅構内入口付近。
大きな荷物とともに座り込んで列車を待つ人たち。 -
オールドデリー駅構内入口付近。
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オールドデリー駅を出て左に歩きました。
目の前の陸橋を渡ってまっすぐ行くとチャンドニー・チョウクに当たりますが、その前にここでチャイを一杯。Rs3。 -
陸橋からの光景。
右手にあるのが先ほどチャイを飲んだ店。 -
チャンドニー・チョウクへ向かって歩いて行きます。
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ギュウギュウ詰めの乗り合いマイクロバスに乗り込む人たち。
夕時のラッシュアワー、移動するのも大変だ。 -
チャンドニー・チョウクの通りに来ました。
「人間の森、人間のるつぼ」と形容されるインドを象徴しているような所です。 -
信号機も壊れて機能していない。
人と物の洪水、それらが無秩序に喧噪とともに流れてゆく。 -
シャー・ジャハーンが17世紀半ばに造った、赤い砦と呼ばれる城塞ラール・キラーへと続く、昔の都大路のチャンドニー・チョウク。
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このチャンドニー・チョウクの通りを、白布にくるんだ死人を竹で編んだ担架に乗せて、「道を空けろー」と大声で叫びながら進んでいく一団がいました。
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あらゆる動く物が押し合いへし合いしながら、「月光の市」という意味を持つチャンドニー・チョウクを流れていく。
この旧市街エリアはオールドデリー一番の繁華街で、通りから迷路のように入り組んだ路地には、金銀細工の製品、衣類、骨董品などを扱う商店がずらりと並びます。 -
ぎゅうぎゅう詰めのチャンドニー・チョウクの通り。
ひしめき合って、停滞している時間の方が長いようだけどなんでみんなこの通りに流れ込んで来るのだろうか。 -
夕食を取りたいけど、適当な店がない。
ようやく黄色いmのマークのマクドナルドを見つけて、入口に警備員が立つ店に入り、「チキン・マハラジャ(Rs99)」を注文。
当然、ビーフのハンバーガーはないです。
帰りの陸橋では、真っ暗な中に通路の両側にびっしりと人が寝ていてびっくりしました。
その後コンノート・プレイスから、ホテルの名刺を見せてオートリキシャに乗りましたがホテルの場所がなかなか見つからず、途中で運転手が3度も人に聞いたりして、20時前にようやくホテルにたどり着きました。 -
12月6日(火)、午前3時半にホテルを出て車でデリーの空港へ送ってもらいました。
ガイドの他に空港担当だというインド人が、必要もないのに車の後部座席の私の横に乗り込んできました。
それにこの男、Eチケットのことを知らず、プリントされた用紙を見せても「航空券はどうしたのか?これでは飛行機に乗れない」と睡眠不足の私の横で大声を張り上げます。
これで大丈夫だと何度言っても信じてくれない。
ガイドに、「空港担当といいながらEチケットのことも知らないの?」と愚痴ると、「知ってますよ」と言いながらも、またしばらくすると「ほんとうにこれだけですか?」とガイドが聞いてくる始末。
さすがに私もウンザリして、「ノープロブレム!」と彼らに言ってやりました。
インド人の常套句を彼らに言い放って少しは溜飲を下げた私、この言葉にはガイドも笑っていました。
4時にインディラ・ガンディー国際空港に到着。
頼んでもいないのに勝手に付いてきた空港担当の男はチップ稼ぎに来たようなものですが、仕方ないので別れ際にRs50を渡しました。もちろん彼はその少なさに不満足の表情をしていましたが。
インドの空港内では写真撮影禁止のはずですが、早朝で人が少ないこともあり、セキュリティチェックの係官が私のデジカメを手にしてもう一人の職員を写し、再生しては笑いあったりするという、なごやかな出国風景。インディラ ガンディー国際空港 (DEL) 空港
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デリーから乗り継ぎ先の香港へ向かうキャセイパシフィック航空の機内。
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15時、香港国際空港に着きました。
この後、香港から飛び立った飛行機は21時前、関西国際空港に着陸。
移動の連続で慌ただしい1週間、ガイドと二人だけの窮屈さはあったものの、強烈な異文化とカオスに満ちたインドの一端に触れながら、安価なツアーなりに初めての北インドを楽しむことができました。
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