1990/09/02 - 1990/09/02
559位(同エリア1043件中)
マローズさん
鉄道廃線跡歩きが全国的にブームとなったのは’95年秋冬だが、’80年代後期に早くも人気を博していた廃線跡がある。それが武庫川中流の武庫川渓谷沿いを走る国鉄福知山線旧線の武田尾駅から生瀬駅の区間。
この区間は元々明治32年1月、阪鶴鉄道として開業し、8年後に国有化された。
単線路線だったが、昭和40年代以降、西宮市北部や神戸市北区の人口が増加するに連れ、複線化の必要性に迫られる。
そこで単に複線化するのではなく、土砂崩れが起きやすい急峻なこれまでのルートの西に長大な名塩トンネルと生瀬トンネルを掘り、時間の短縮も狙った。
そして昭和61年8月、現在の新線に切り替えられ、旧線は廃線となった。
武田尾駅から生瀬駅の区間の約5kmは、終始武庫川渓谷沿いを走っており、鉄橋やいくつものトンネルがあり、枕木が残されている箇所もある、と、なればハイカーなら歩きたくなる、ということで廃線跡ハイキングが始まり、休日にはウォーキングイベントでも開催されているのではないかと思うほど、ハイカーが押し寄せ、’90年代半ばの廃線跡ブームで廃線ファンも大勢訪れるようになった。
当初、JR側はそれを黙認していたが、’08年にハイカーの転落死亡事故が起こる等してから、立入禁止看板を設置した模様。しかし自治体が設置した廃線跡ハイキングコースの道標等はそのまま残され、探訪者の数も減ることはなかった。
春は桜、秋は紅葉と、景観美も人気の渓谷だけに、自治体からの要請もあり、遂にJRは今年初頭、廃線跡の整備を行い、立入禁止看板も撤去した模様。
私はてっきり、生瀬駅からスタートして武田尾駅へ向かったものと思っていたが、最近、ネットの写真と自己の写真を見比べてみると、逆コースを辿っていた。
武田尾駅からスタートし、一旦、保線路のトンネルのような箇所を抜けた記憶があるが、現在は一回り大きな普通の形状のトンネルに改修されている模様。
尚、駅から廃線跡起点へ行くまでの途中、若しくは駅の近辺に当時は食堂があった(今もあるかも)。天気がいい日中は屋外の木製テーブルで食事するようになっており、廃線跡を歩いたハイカーらで賑わっていた。私はそうめんとビールの大瓶を注文したと思う。
廃線跡には6基のトンネルと一つの鉄橋がある。トンネル内では懐中電灯を持たないと一寸先も見えないほど真っ暗だが、そこがまた人気。鉄橋は保線路を歩く。
渓谷は切り立ったV字峡になっている箇所もあり、東岸上方には大砲岩、新岩、高座岩等が現れる。
廃線跡に座り込んで弁当を食べている者もいたが、ザックの大きさから見ると恐らく、東方から大峰山(552m)を越えて西ノ谷に下り、廃線跡に出て南下しているのだろう。
この廃線跡コースは高低差が殆どないことから、子供連れで訪れる家族も多い。
現在は武田尾駅の東方一帯を宝塚市がJRから借り上げ、自然公園にしており、旧武田尾駅跡は市営駐車場になっている模様なので、アプローチにマイカーを利用する際は利用すると良い。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 交通手段
- JRローカル 私鉄
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武田尾橋方向を見る
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武田尾温泉だったか?
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保線路の隧道だったか?
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現在の武田尾駅から名塩トンネルへと架かる鉄橋
武田尾駅 駅
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長尾山第三隧道
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このヤブに覆われ気味の枕木も、現在はJRが整備しているはず。
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ヤブに覆われた架線柱か?
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長尾山第二隧道
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武庫川沿いを家族連れでハイク
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長尾山第一隧道
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長尾山第一隧道内から見た旧第二武庫川橋梁
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第二武庫川橋梁の保線路
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溝滝尾隧道
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隧道内
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渓谷が徐々にV字に移行
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激流の武庫川渓谷
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落石覆いだったか
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北山第二隧道
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深いV字峡になる
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男性的な山容
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北山第一隧道
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断崖峡谷
武庫川渓谷 自然・景勝地
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中国自動車道武庫川橋が見えて来た
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神戸水道の旧水路隧道だったか、それとも未整備の鉄橋が外された廃線跡隧道だったか?
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