1996/06/05 - 1996/07/15
135位(同エリア163件中)
みどくつさん
1996年6月16日、午前4時に、ナイロビのラテマロードにある、イクバルホテルの部屋で目を覚ます。
今日は、ザンジバルへ飛ぶので、二度寝するわけにもいかず、ハインラインのSFを読んでいた。
読み終わった本を数冊、「イクバルホテル」の2階の食堂のラックに入れた。
これからナイロビを出て南アまで下るが、まあ、南アからどこへ行くにしても、ナイロビには戻ってこないだろう。
1988年にいたナイロビとは違って、1996年のナイロビは、全体的に、危険に、汚くなっていた。
将来的にも、また戻ってくることはないだろうね。
イクバルホテルの前からタクシーに乗ると、20分で空港に到着。
料金は600シリング。
このときのケニアシリングのレートは、100ドルが5460ケニアシリングだった。
100ドルが1万2千円と考えれば、1ケニアシリングは2.2円だ。
でも旅をしているときは、面倒なので、2円と考える。
とすると、ラテマロードのイクバルホテルから、空港まで、1200円ということになる。
ちょっと高いかな、と思わないことはないが、空港からダウンタウンに来た時は、900シリングだった。
つまり、来た時は、1800円だった(日本女性と割り勘にして、一人900円だった)ので、そんなものでしょう。
タクシーがナイロビ空港に到着したのは、午前8時半。
僕の乗る、ケニア航空「KQ490」便の出発は、昼の12時15分出発予定。
チェックインは、午前10時15分開始予定だった。
2時間ほど早く着きすぎたが、ホテルを出るのを遅らせても、何もすることがないのだから、これでいい。
海外旅行法則には「空港に着くのは、早ければ早いほどいい」というものがあるしね。
いつものように、空港で本を読んで時間を潰す。
チェックイン時刻は、10時15分ということだったが、実際にチェックインが始まったのは、午前9時半だった。
午前8時半に来て正解ってことね。
チェックイン後に、空港税を20ドルも取られた(涙)。
ドルでなくても、日本円でも払えるが、それだと2300円とノートに書いてあるので、やはりこの時期、1ドルは120円程度だった。
KQ490便は、ナイロビを出て、ケニア東海岸の都市モンバサへ行き、そこからタンザニアの島ザンジバルへと飛ぶ。
座席は「4A」で当然、飛行機の左側の窓側の席だ。
出国税(DEPARTURE TAX)を20米ドル払う。
50ドル札を出したら、20ドル札と10ドル札それぞれ一枚、合計30ドルおつりをくれた。
チェックインカウンターにケニアの出国カードがあったので、記入する。
トイレに行くと、20シリング(40円)支払う。
登場案内があるまで、朝食として、サモサ(インド風野菜ギョウザ)を2個、タスカービール(TUSKER PREMIUM)を1本買う。
サモサが一個30シリング、ビールが120シリングなので、合計180シリング。
このとき、1ドルは60シリングで計算していたので、1ドル札一枚と120シリングで支払った。
というのが、ケニアからザンジバルへ移動したら、そのまま南アまで下るつもりなので、ケニアシリングを使い果たすわけだね。
マラリア薬の「メフロキン」を1錠、ビールで飲む。
午後12時15分出発予定のフライトが1時間程度遅れて、午後1時になる。
ケニアの東海岸の町モンバサ到着が午後2時。
僕のノートには、ナイロビからモンバサまで1時間5分と書いてある。
モンバサを出たのが、午後2時。
ザンジバルへはたった25分のフライトで、午後2時半には到着。
ザンジバルの入国手続きは、黄熱病の予防接種のチェックがあった。
僕は1988年にアテネで受けた予防接種を証明するイエローカードがあり、有効期間は10年なので、それを提示する。
入国カードを記入するときに、滞在予定を適当に「1か月」と書いたら、申請通り1か月もらう。
そのあと、チェックインしていた僕のバックパックを引き取って、これで入国完了。
しかし、このまま空港の外に出てもだめ。
次は、タンザニアシリングへの両替が必要だ。
両替カウンターは2つあって、一つは現金のみの両替。
もうひとつが「THE PEOPLE'S BANK OF ZANZIBAR LTD.」で、こちらでドルのトラベラーズチェックを両替した。
100ドルのトラベラーズチェックを出すと、61,545タンザニアシリングのレートで、両替手数料が310シリング引かれる。
つまり、100ドルのトラベラーズチェックは、61,235シリング。
1ドルを120円と考えると、1タンザニアシリングは0.2円になるわけだね。
ここからは、シリングといったらタンザニアシリングのことです。
空港には観光案内所があったので、入ってみた。
ザンジバルのストーンタウンへの行き方を聞きたかったからだ。
そこに、30代半ばの白人女性がいた。
聞くともなく聞いていると、「ピックアップを頼んだインターナショナルホテルから迎えが来ない」んだそうだ。
案内所のスタッフは、地図を出して、ホテルの場所などを説明していた。
僕は声をかけて、一緒に行こうと提案する。
このとき聞いたが、ストーンタウンまで、マタトゥ(乗り合いマイクロバス)が100シリング(20円)、タクシーで4000シリング(800円)。
タクシーをシェアすることにして、一人2000シリング((400円)。
空港の表に出たら、タクシーとはピックアップトラックのことでした(涙)。
運転手の隣に、白人女性と僕が座って、まずは、彼女の泊まるインターナショナルホテルへ。
話をしていたら、フランスから来たという。
旅行代理店で、ホテルと出迎えを頼んでいたのに、迎えの車がいなかった。
インターナショナルホテルは、空港からストーンタウンへ行く途中にあるリゾートホテルで、彼女が車を降りる。
僕は彼女と泊まってもよかったが、僕はストーンタウンの安宿に行くので、一緒に泊まりたいと言われても困るし…。
と心配していたが、特にお誘いもなく、あっさりと別れる。
車はそのまま、ストーンタウンへ。
ストーンタウンの中の広場で、僕が車を降りる。
と、黒人の若者が3人やってきて、僕が泊まるホテルを聞く。
僕は、「Lonely Planet」で調べた「マリンディゲストハウス」へ行くつもりだ。
それを言うと彼らは、マリンディゲストハウスへ、僕を連れて行くという。
ストーンタウンの地理もわからないし、彼らと一緒に歩いていく。
危険だと思わなかったかというと、少し思ったが、まあ、まだ昼の3時ごろ。
今日は、ホテルにたどり着けばそれで十分なので、彼らの話に乗った。
とにかく町を歩けば、土地勘はできるからね。
ザンジバルはイスラム圏だ。
イスラム圏を旅した経験がある僕は、「イスラムでは騙しやボッタクリはあるが、暴力はない」と考えている。
それと、旅では流れに乗ることも大事だからね。
彼らは、僕が予期していた通り、別のホテルに連れて行った。
かなり大きなホテルだったが、人が泊まっている雰囲気がない。
10ドルでシャワートイレ付きの、特に悪くはないホテルだった。
一応部屋を見て、僕は言う「マリンディゲストハウスへ!」ってね。
そのまま特にトラブルもなく、若者たちは、僕をマリンディゲストハウスへ連れて行ってくれた。
マリンディゲストハウスには、その日、シングルの部屋がなくて、ツインの部屋で、15ドル。
部屋の床も壁も、木製で、落ち着くね。
部屋も広いし。
今日は、ナイロビからザンジバルに来て、ストーンタウンの宿に落ち着けば十分。
少し休んで、定番の「アフリカハウスホテル(AFRICA HOUSE HOTEL)」のバーへ行って、夕陽が落ちるのでも見ましょうか。
- 旅行の満足度
- 4.0
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