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 <br />1996年6月16日、午前4時に、ナイロビのラテマロードにある、イクバルホテルの部屋で目を覚ます。<br /> 今日は、ザンジバルへ飛ぶので、二度寝するわけにもいかず、ハインラインのSFを読んでいた。<br /><br />読み終わった本を数冊、「イクバルホテル」の2階の食堂のラックに入れた。<br />これからナイロビを出て南アまで下るが、まあ、南アからどこへ行くにしても、ナイロビには戻ってこないだろう。<br /><br />1988年にいたナイロビとは違って、1996年のナイロビは、全体的に、危険に、汚くなっていた。<br /> 将来的にも、また戻ってくることはないだろうね。<br /><br />イクバルホテルの前からタクシーに乗ると、20分で空港に到着。<br /> 料金は600シリング。<br /><br />このときのケニアシリングのレートは、100ドルが5460ケニアシリングだった。<br /> 100ドルが1万2千円と考えれば、1ケニアシリングは2.2円だ。<br /><br />でも旅をしているときは、面倒なので、2円と考える。<br />とすると、ラテマロードのイクバルホテルから、空港まで、1200円ということになる。<br /><br />ちょっと高いかな、と思わないことはないが、空港からダウンタウンに来た時は、900シリングだった。<br />つまり、来た時は、1800円だった(日本女性と割り勘にして、一人900円だった)ので、そんなものでしょう。<br /><br />タクシーがナイロビ空港に到着したのは、午前8時半。<br /> 僕の乗る、ケニア航空「KQ490」便の出発は、昼の12時15分出発予定。<br /><br />チェックインは、午前10時15分開始予定だった。<br />2時間ほど早く着きすぎたが、ホテルを出るのを遅らせても、何もすることがないのだから、これでいい。<br /><br />海外旅行法則には「空港に着くのは、早ければ早いほどいい」というものがあるしね。<br />いつものように、空港で本を読んで時間を潰す。<br /><br />チェックイン時刻は、10時15分ということだったが、実際にチェックインが始まったのは、午前9時半だった。<br /> 午前8時半に来て正解ってことね。<br /><br />チェックイン後に、空港税を20ドルも取られた(涙)。<br />ドルでなくても、日本円でも払えるが、それだと2300円とノートに書いてあるので、やはりこの時期、1ドルは120円程度だった。<br /><br />KQ490便は、ナイロビを出て、ケニア東海岸の都市モンバサへ行き、そこからタンザニアの島ザンジバルへと飛ぶ。<br /> 座席は「4A」で当然、飛行機の左側の窓側の席だ。<br /><br />出国税(DEPARTURE TAX)を20米ドル払う。<br />50ドル札を出したら、20ドル札と10ドル札それぞれ一枚、合計30ドルおつりをくれた。<br /><br />チェックインカウンターにケニアの出国カードがあったので、記入する。<br />トイレに行くと、20シリング(40円)支払う。<br /><br />登場案内があるまで、朝食として、サモサ(インド風野菜ギョウザ)を2個、タスカービール(TUSKER PREMIUM)を1本買う。<br />サモサが一個30シリング、ビールが120シリングなので、合計180シリング。<br /><br />このとき、1ドルは60シリングで計算していたので、1ドル札一枚と120シリングで支払った。<br />というのが、ケニアからザンジバルへ移動したら、そのまま南アまで下るつもりなので、ケニアシリングを使い果たすわけだね。<br /><br />マラリア薬の「メフロキン」を1錠、ビールで飲む。<br /> 午後12時15分出発予定のフライトが1時間程度遅れて、午後1時になる。<br /><br />ケニアの東海岸の町モンバサ到着が午後2時。<br /> 僕のノートには、ナイロビからモンバサまで1時間5分と書いてある。<br /><br />モンバサを出たのが、午後2時。<br />ザンジバルへはたった25分のフライトで、午後2時半には到着。<br /><br />ザンジバルの入国手続きは、黄熱病の予防接種のチェックがあった。<br /> 僕は1988年にアテネで受けた予防接種を証明するイエローカードがあり、有効期間は10年なので、それを提示する。<br /><br />入国カードを記入するときに、滞在予定を適当に「1か月」と書いたら、申請通り1か月もらう。<br />そのあと、チェックインしていた僕のバックパックを引き取って、これで入国完了。<br /><br />しかし、このまま空港の外に出てもだめ。<br /> 次は、タンザニアシリングへの両替が必要だ。<br /><br />両替カウンターは2つあって、一つは現金のみの両替。<br />もうひとつが「THE PEOPLE&#39;S BANK OF ZANZIBAR LTD.」で、こちらでドルのトラベラーズチェックを両替した。<br /><br />100ドルのトラベラーズチェックを出すと、61,545タンザニアシリングのレートで、両替手数料が310シリング引かれる。<br />つまり、100ドルのトラベラーズチェックは、61,235シリング。<br /><br />1ドルを120円と考えると、1タンザニアシリングは0.2円になるわけだね。<br />ここからは、シリングといったらタンザニアシリングのことです。<br /><br />空港には観光案内所があったので、入ってみた。<br />ザンジバルのストーンタウンへの行き方を聞きたかったからだ。<br /><br />そこに、30代半ばの白人女性がいた。<br /> 聞くともなく聞いていると、「ピックアップを頼んだインターナショナルホテルから迎えが来ない」んだそうだ。<br /><br />案内所のスタッフは、地図を出して、ホテルの場所などを説明していた。<br /> 僕は声をかけて、一緒に行こうと提案する。<br /><br />このとき聞いたが、ストーンタウンまで、マタトゥ(乗り合いマイクロバス)が100シリング(20円)、タクシーで4000シリング(800円)。<br />タクシーをシェアすることにして、一人2000シリング((400円)。<br /><br />空港の表に出たら、タクシーとはピックアップトラックのことでした(涙)。<br /> 運転手の隣に、白人女性と僕が座って、まずは、彼女の泊まるインターナショナルホテルへ。<br /><br />話をしていたら、フランスから来たという。<br /> 旅行代理店で、ホテルと出迎えを頼んでいたのに、迎えの車がいなかった。<br /><br />インターナショナルホテルは、空港からストーンタウンへ行く途中にあるリゾートホテルで、彼女が車を降りる。<br /> 僕は彼女と泊まってもよかったが、僕はストーンタウンの安宿に行くので、一緒に泊まりたいと言われても困るし…。<br /><br />と心配していたが、特にお誘いもなく、あっさりと別れる。<br /> 車はそのまま、ストーンタウンへ。<br /><br />ストーンタウンの中の広場で、僕が車を降りる。<br />と、黒人の若者が3人やってきて、僕が泊まるホテルを聞く。<br /><br />僕は、「Lonely Planet」で調べた「マリンディゲストハウス」へ行くつもりだ。<br />それを言うと彼らは、マリンディゲストハウスへ、僕を連れて行くという。<br /><br />ストーンタウンの地理もわからないし、彼らと一緒に歩いていく。<br /> 危険だと思わなかったかというと、少し思ったが、まあ、まだ昼の3時ごろ。<br /><br />今日は、ホテルにたどり着けばそれで十分なので、彼らの話に乗った。<br />とにかく町を歩けば、土地勘はできるからね。<br /><br />ザンジバルはイスラム圏だ。<br />イスラム圏を旅した経験がある僕は、「イスラムでは騙しやボッタクリはあるが、暴力はない」と考えている。<br /><br />それと、旅では流れに乗ることも大事だからね。<br /> 彼らは、僕が予期していた通り、別のホテルに連れて行った。<br /><br />かなり大きなホテルだったが、人が泊まっている雰囲気がない。<br />10ドルでシャワートイレ付きの、特に悪くはないホテルだった。<br /><br />一応部屋を見て、僕は言う「マリンディゲストハウスへ!」ってね。<br /><br />そのまま特にトラブルもなく、若者たちは、僕をマリンディゲストハウスへ連れて行ってくれた。<br />マリンディゲストハウスには、その日、シングルの部屋がなくて、ツインの部屋で、15ドル。<br /><br /><br />部屋の床も壁も、木製で、落ち着くね。<br /> 部屋も広いし。<br /><br />今日は、ナイロビからザンジバルに来て、ストーンタウンの宿に落ち着けば十分。<br /> 少し休んで、定番の「アフリカハウスホテル(AFRICA HOUSE HOTEL)」のバーへ行って、夕陽が落ちるのでも見ましょうか。<br /><br /><br /> <br /><br /><br /><br /><br />

ナイロビからモンバサ経由ザンジバル、そしてストーンタウンへ@ナイロビ/ケニア~ザンジバル/タンザニア

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1996/06/05 - 1996/07/15

135位(同エリア163件中)

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みどくつ

みどくつさん


1996年6月16日、午前4時に、ナイロビのラテマロードにある、イクバルホテルの部屋で目を覚ます。
今日は、ザンジバルへ飛ぶので、二度寝するわけにもいかず、ハインラインのSFを読んでいた。

読み終わった本を数冊、「イクバルホテル」の2階の食堂のラックに入れた。
これからナイロビを出て南アまで下るが、まあ、南アからどこへ行くにしても、ナイロビには戻ってこないだろう。

1988年にいたナイロビとは違って、1996年のナイロビは、全体的に、危険に、汚くなっていた。
将来的にも、また戻ってくることはないだろうね。

イクバルホテルの前からタクシーに乗ると、20分で空港に到着。
料金は600シリング。

このときのケニアシリングのレートは、100ドルが5460ケニアシリングだった。
100ドルが1万2千円と考えれば、1ケニアシリングは2.2円だ。

でも旅をしているときは、面倒なので、2円と考える。
とすると、ラテマロードのイクバルホテルから、空港まで、1200円ということになる。

ちょっと高いかな、と思わないことはないが、空港からダウンタウンに来た時は、900シリングだった。
つまり、来た時は、1800円だった(日本女性と割り勘にして、一人900円だった)ので、そんなものでしょう。

タクシーがナイロビ空港に到着したのは、午前8時半。
僕の乗る、ケニア航空「KQ490」便の出発は、昼の12時15分出発予定。

チェックインは、午前10時15分開始予定だった。
2時間ほど早く着きすぎたが、ホテルを出るのを遅らせても、何もすることがないのだから、これでいい。

海外旅行法則には「空港に着くのは、早ければ早いほどいい」というものがあるしね。
いつものように、空港で本を読んで時間を潰す。

チェックイン時刻は、10時15分ということだったが、実際にチェックインが始まったのは、午前9時半だった。
午前8時半に来て正解ってことね。

チェックイン後に、空港税を20ドルも取られた(涙)。
ドルでなくても、日本円でも払えるが、それだと2300円とノートに書いてあるので、やはりこの時期、1ドルは120円程度だった。

KQ490便は、ナイロビを出て、ケニア東海岸の都市モンバサへ行き、そこからタンザニアの島ザンジバルへと飛ぶ。
座席は「4A」で当然、飛行機の左側の窓側の席だ。

出国税(DEPARTURE TAX)を20米ドル払う。
50ドル札を出したら、20ドル札と10ドル札それぞれ一枚、合計30ドルおつりをくれた。

チェックインカウンターにケニアの出国カードがあったので、記入する。
トイレに行くと、20シリング(40円)支払う。

登場案内があるまで、朝食として、サモサ(インド風野菜ギョウザ)を2個、タスカービール(TUSKER PREMIUM)を1本買う。
サモサが一個30シリング、ビールが120シリングなので、合計180シリング。

このとき、1ドルは60シリングで計算していたので、1ドル札一枚と120シリングで支払った。
というのが、ケニアからザンジバルへ移動したら、そのまま南アまで下るつもりなので、ケニアシリングを使い果たすわけだね。

マラリア薬の「メフロキン」を1錠、ビールで飲む。
午後12時15分出発予定のフライトが1時間程度遅れて、午後1時になる。

ケニアの東海岸の町モンバサ到着が午後2時。
僕のノートには、ナイロビからモンバサまで1時間5分と書いてある。

モンバサを出たのが、午後2時。
ザンジバルへはたった25分のフライトで、午後2時半には到着。

ザンジバルの入国手続きは、黄熱病の予防接種のチェックがあった。
僕は1988年にアテネで受けた予防接種を証明するイエローカードがあり、有効期間は10年なので、それを提示する。

入国カードを記入するときに、滞在予定を適当に「1か月」と書いたら、申請通り1か月もらう。
そのあと、チェックインしていた僕のバックパックを引き取って、これで入国完了。

しかし、このまま空港の外に出てもだめ。
次は、タンザニアシリングへの両替が必要だ。

両替カウンターは2つあって、一つは現金のみの両替。
もうひとつが「THE PEOPLE'S BANK OF ZANZIBAR LTD.」で、こちらでドルのトラベラーズチェックを両替した。

100ドルのトラベラーズチェックを出すと、61,545タンザニアシリングのレートで、両替手数料が310シリング引かれる。
つまり、100ドルのトラベラーズチェックは、61,235シリング。

1ドルを120円と考えると、1タンザニアシリングは0.2円になるわけだね。
ここからは、シリングといったらタンザニアシリングのことです。

空港には観光案内所があったので、入ってみた。
ザンジバルのストーンタウンへの行き方を聞きたかったからだ。

そこに、30代半ばの白人女性がいた。
聞くともなく聞いていると、「ピックアップを頼んだインターナショナルホテルから迎えが来ない」んだそうだ。

案内所のスタッフは、地図を出して、ホテルの場所などを説明していた。
僕は声をかけて、一緒に行こうと提案する。

このとき聞いたが、ストーンタウンまで、マタトゥ(乗り合いマイクロバス)が100シリング(20円)、タクシーで4000シリング(800円)。
タクシーをシェアすることにして、一人2000シリング((400円)。

空港の表に出たら、タクシーとはピックアップトラックのことでした(涙)。
運転手の隣に、白人女性と僕が座って、まずは、彼女の泊まるインターナショナルホテルへ。

話をしていたら、フランスから来たという。
旅行代理店で、ホテルと出迎えを頼んでいたのに、迎えの車がいなかった。

インターナショナルホテルは、空港からストーンタウンへ行く途中にあるリゾートホテルで、彼女が車を降りる。
僕は彼女と泊まってもよかったが、僕はストーンタウンの安宿に行くので、一緒に泊まりたいと言われても困るし…。

と心配していたが、特にお誘いもなく、あっさりと別れる。
車はそのまま、ストーンタウンへ。

ストーンタウンの中の広場で、僕が車を降りる。
と、黒人の若者が3人やってきて、僕が泊まるホテルを聞く。

僕は、「Lonely Planet」で調べた「マリンディゲストハウス」へ行くつもりだ。
それを言うと彼らは、マリンディゲストハウスへ、僕を連れて行くという。

ストーンタウンの地理もわからないし、彼らと一緒に歩いていく。
危険だと思わなかったかというと、少し思ったが、まあ、まだ昼の3時ごろ。

今日は、ホテルにたどり着けばそれで十分なので、彼らの話に乗った。
とにかく町を歩けば、土地勘はできるからね。

ザンジバルはイスラム圏だ。
イスラム圏を旅した経験がある僕は、「イスラムでは騙しやボッタクリはあるが、暴力はない」と考えている。

それと、旅では流れに乗ることも大事だからね。
彼らは、僕が予期していた通り、別のホテルに連れて行った。

かなり大きなホテルだったが、人が泊まっている雰囲気がない。
10ドルでシャワートイレ付きの、特に悪くはないホテルだった。

一応部屋を見て、僕は言う「マリンディゲストハウスへ!」ってね。

そのまま特にトラブルもなく、若者たちは、僕をマリンディゲストハウスへ連れて行ってくれた。
マリンディゲストハウスには、その日、シングルの部屋がなくて、ツインの部屋で、15ドル。


部屋の床も壁も、木製で、落ち着くね。
部屋も広いし。

今日は、ナイロビからザンジバルに来て、ストーンタウンの宿に落ち着けば十分。
少し休んで、定番の「アフリカハウスホテル(AFRICA HOUSE HOTEL)」のバーへ行って、夕陽が落ちるのでも見ましょうか。







旅行の満足度
4.0
  • 機内からモンバサ(ケニア)を見る。

    機内からモンバサ(ケニア)を見る。

  • マリンディゲストハウスの、カヤ付きのベッド。

    マリンディゲストハウスの、カヤ付きのベッド。

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