2005/11/14 - 2005/11/16
111位(同エリア592件中)
愛吉さん
熊野古道を歩く旅に出ました。
昔から日本人ならば一生に、伊勢には七度熊野に三度、お参りすべしと云われます、今回は三度目の熊野詣、初めて熊野古道中辺路を歩き二泊三日掛けて三山を回ります。
スタートは南紀白浜空港、先ず清姫の墓に立寄った後、中辺路滝尻王子より歩き始めます。
一泊目は川湯温泉、河原に掘った露店の仙人風呂にも入ります。
二日目は本宮に参拝,旧社地大斎原と速玉大社を回ります、宿泊は勝浦温泉。
三日目は、大門坂から歩いて那智大社へ、隣接の青岸渡寺にもお参りして展望台より見晴らしを楽しみます。
最期は那智の滝です、この滝は那智大社の別宮飛滝神社の御神体でもあり、落差は133米、熊野古道と共に世界遺産に登録されています。
熊野古道は名前の如く熊野詣の参詣道で、周りには何も無い山の中の道です、それでも王子と呼ばれる地元神を祀る社を巡り本宮に達すると何か清々しい気持ちになります。 やはり日本人なのでしょうか。
表紙の写真は、熊野古道、滝尻王子
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- JALグループ
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- クラブツーリズム
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朝9時に羽田を発ち、南紀白浜空港に到着。
迎えのバスが来ています。 -
先ず清姫の墓に立寄ります。
安珍清姫伝説によるもので、ここはもう熊野古道の一部、清姫出身地なのです。
安珍清姫伝説
奥州白河より熊野参詣に来た僧安珍に宿を貸した家の娘清姫が一目ぼれ、一夜の契りを結びます、安珍は帰途に立寄る事を約束して出立しますが、帰途はそのまま素通り、それを知った清姫はその情念から白蛇に変身、熊野川を渡り安珍を追いかけます。
道成寺の辺りで安珍に追い付きますが、安珍は道成寺に逃げ込み、寺僧に頼み鐘楼の鐘を下し、その中に隠れます。
それを知った清姫蛇は、その鐘に巻付き、情念の炎で安珍を焼き殺してしまいます。 清姫も情念が収まると人間の姿に戻りその場で亡くなります。
その清姫の墓がその出身地中辺路のこの地に建てられたという事です。 -
中辺路、滝尻王子、世界遺産の石碑が建ちます。
王子とは、地元神を祀った社。
多くは先達が住み、一部宿としての機能も果たしました。
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古い参詣道に相応しい佇まいです。
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正面の拝殿。
ここから熊野本宮を目指して歩きます。 -
道の脇には道標が。
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山の中の古道を歩き。
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牛馬童子に到着。
小高い山の中腹に小さな石像が立つています。
小さくとも参詣人にとっては、社に近付く道標として有難い存在だったのでしょう。
お参りをします。 -
山里の外れ、峠の坂道を登ります。
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近露王子跡を通過します。
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峠を越え山峡に降りて来ました。
辺りは薄暗くなってきました。
こんな石碑が建っています。
中辺路は、峡深き里、暮早し。 -
ここは川湯温泉、今日は此処に泊まります。
河原を掘って作った露天風呂、仙人風呂が楽しみです。 -
翌日は、川湯温泉を出発、熊野本宮を目指します。
出発して最初の王子、発心門王子。 -
古道には随所に案内板が立ちます。
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水呑王子です。
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中辺路は山深き道です。
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伏拝王子
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山道を抜けると視界が一気に広がり、中腹より熊野川を望む事が出来ます。
これも参詣道を歩む人への演出なのでしょうか。 -
道標に従い山の中の小道を辿ります。
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本宮一の鳥居に到着しました。
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二の鳥居。
3本足の八咫烏の幟が迎えます。 -
神門、ここにも八咫烏の幟が。
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熊野本宮、上四社が祀られます。
全国に三千社ある熊野権現の総本社です。
当初熊野本宮は熊野川の中州、大斎原に上四社、中四社、下四社と十二社が祀られていましたが、明治22年の水害で被害を被り、明治24年ここの高台に上四社を移しました。 -
順番にお参りします。
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牛王宝印。
昔、起請文として使用された神符です。
この神符の裏に起請文を記します、若し約束が実行されないと熊野の烏が一羽死に、又本人も死に値する罰を受けると云われる神符で牛王宝印と云います。 -
旧社地大斎原、明治22年迄この地に熊野本宮がありました。
ここは元熊野川の中州で、上中下各四社計12社が祀られ、上皇といえども裸足で川を渡り到着します。
明治22年の水害で被害を受けた後は、上四社のみが高台に移転し、中下社はここに留まります、小さな社が有ります。
私達はここでお弁当を使いました。
次に速玉大社を目指しますが、平安時代以降高貴な方々は、御供はこの地に残して、最小限の人数で船に乗り、速玉大社、那智大社を目指しました。
私達はバスで目指す事にします。 -
速玉大社に到着しました、ここは参道入口です。
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速玉大社も上中下三社に別れ、各4社の12社で構成されます。
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それでは順番にお参りしましょう。
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境内の一画に、熊野御幸の回数を記した石の屏風が置かれています。
後白河上皇の33度を最高に後鳥羽上皇の29度、鳥羽上皇の23度と続きます。
この3人を見ると、混乱の時代を生き、歴史に名前を残した人達です。
ではなぜ伊勢ではなく熊野なのかの問題ですが、よく判りません。
推測ですが、伊勢は藤原氏の力が及んでいるのを避けた為であり、熊野は山の中で自由に振舞えた事、密談も可能であったと思われます。戸津川郷士との結びつきも強くなります。
又熊野三山自体が、人生蘇りの場所であり、生まれ変わりが出来る場所であった事に由来すると思われます。
尚上皇の熊野詣でには約1ヶ月を要しました。ほぼ年中行事ですね。
でもこれが為、庶民による蟻の熊野詣が始まります。
今晩は紀伊勝浦温泉泊まりです。 -
3日目は那智大社を目指します。
上皇たちと同じルート、速玉大社よりは歩いて那智大社に向かいます。
ここは大門坂、熊野古道の内一番整備されている処です。 -
長い登坂が続きます。
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登って来た坂を振り返ります、杉の木立が続き、爽やかな風が吹き抜けます。
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道端に大きな石碑が在ります、那智大社に到着したようです。
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拝殿、奥には那智の滝を祀る滝宮を含めた五殿と中下社の8社殿を祀ります。
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拝殿の脇に建つ御県彦社、前に八咫烏の像が立ちます。
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八咫烏は神武東征の折り、熊野から大和への道案内をした烏で3本足です。
Jリーグのシンボルとして定着しました。 -
隣の青岸渡寺です。
昔は那智大社の阿弥陀堂でしたが、神仏分離により、青岸渡寺と名前を変えます。 -
見晴台から三重塔と那智の滝を望みます。
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那智の滝入口。
熊野那智大社別宮、飛滝権現、那智大滝と有ります。
滝そのものが御神体なのです。 -
落差133米、水量と共に日本一です。
滝は熊野古道と共に世界遺産に登録されています。
やはり近くで見るとその迫力に圧倒されます、遠く海上からも見えるそうです。
これで無事に熊野三山詣を済ませました、三度目の熊野詣、日本人としてのつとめも果たした事になります。
生まれ変わって、楽しい人生を送りましょう。
これから関西空港に出て東京に帰ります。
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