2016/06/24 - 2016/07/02
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dapuqiaoさん
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年に一、二度中国で1週間前後の旅を行っている仲間達との旅行です。
今回は西寧から青蔵鉄道に乗って「拉薩」に入り、布達拉(ポタラ)宮や大昭寺などを巡った後、高原の村「林芝」に移動、高山植物や7千メートル級の高山を愛でるというものでした。
しかし期間中はトラブル続出に加え生憎の悪天候で計画変更を余儀なくされたりと散々な結果になってしまいました。
が、終わってみればそれもまた楽しい思い出です。
旅程
6/24 金 上海 → (車中泊)
6/25 土 → 西寧 寝台列車K376、約32時間
6/26 日 西寧(塔爾寺) バス観光
西寧 → (車中泊)
6/27 月 → 拉薩 寝台列車Z6801、約17時間
拉薩(八角街) 徒歩観光
6/28 火 拉薩(布達拉宮→色拉寺→大昭寺) バス観光
6/29 水 拉薩 → 林芝 バス、約10時間
6/30 木 林芝(喇嘛嶺寺,柏樹王園林,民族第一村) バス観光
7/01 金 林芝 → 成都 飛行機、
成都(金沙遺跡博物館) バス観光
7/02 土 成都 → 上海 動車D2208、約15時間
その6 林芝から飛行機で成都へ、成都に一泊して翌日の高鉄で上海に戻り
ます。
写真 長江文明の金沙遺跡(成都)から出土された黄金のマスク。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 飛行機
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
-
07:46
ホテルを7時半に出発し、尼洋河に沿って林芝空港へと国道318号を走ります。
今日は午前便の飛行機で四川省の省都成都まで(約2時間)、成都では昼食後、一か所観光(金沙遺跡博物館)。 -
07:53
国道318と別れて空港への専用高速道路に入ります。 -
7:59
雅魯蔵布江(ヤルツァンポ江)大橋を渡ります。
尼洋河はこの辺りで本流のヤルツァンポ江に流れ込んで大河となっています。 -
08:14
林芝空港が見えて来ました。 -
08:18
空港に到着。
5日間行動を共にしたバスともお別れです。
運転手さん、交通警察のおじさんはガイドの羅さんが無事我々を送り出した後、一緒に拉薩まで戻る事になります。 -
林芝空港
2006年に開通した比較的新しい空港。
観光客の増加のせいか増築中でした。 -
それにしても重要通知とある案内板はしょぼい。
しかし、内容はと見ると本日の飛行機は軒並み到着が遅れていて我々の乗るCA4432(9:55発)も遅れています。
到着した便が折り返すという事になるので当然出発も遅れるという事でしょう。 -
08:26
取りあえずチェックインを始めます。
が、トラブル発生、皆さんは無事チェックインが終わるも私だけ名前が無いとの事。
旅行社がブッキングを忘れたらしい。
トラブル(9)です。
ガイドの羅さんが航空会社と掛け合うと、CA4432便の他に成都行は3便あるのでどれかに空席があるだろうからしばらく待てとの事。 -
08:55
相変わらず厳しい機内貨物のチェックを受けて皆さんはチェックイン。
私とガイドさんは待機、そして運転手さんと交通警察の方も拉薩へ帰る事も出来ず待つ事になります。
私のせいではないのですがなんとなくすんません。 -
10:39
遅れていたCA4432が到着。
すると係員からCA4432に空きがあるので直ぐにチェックインしろとの案内。
ほっと胸をなでおろすも正規の料金(2千元強)を請求される。
それはないやろと思うものの止むを得ず支払い後で旅行社から返金を受ける事とする。(ちゃんと日本の旅行社からは返金して頂きました。) -
10:44
一時間遅れで皆さんと一緒に無事(?)搭乗、離陸です。 -
13:04
成都にはやはり1時間遅れで到着。
やれやれと思う間もなく、おひとりさんが機内に携帯を忘れたらしいとの事。
トラブル(10)です。
飛行機会社のカウンターに行って探してもらうと確かに座っていた席にあるようです。
待つ事30分ほどで無事手元に戻ってきました。 -
13:53
このため少々遅れて成都空港を出発、まずは昼食です。 -
途中、こんなリムジンが停まっていましたが何に使うんでしょう。
車体に書いてある中国語を直訳すると、変色竜家居 = カメレオンの居間 ??
わかりません。 -
14:16
成都のレストランで昼食です。
西蔵の食事が続いた我々にはあか抜けた料理だと感じさせられ妙に美味しい。 -
15:43 金沙遺跡博物館。
昼食後向かった先がこちらの博物館。
金沙遺跡は、成都近郊にある三星堆遺跡(BC1700~1200年,夏晩期~商後期)に続く文化遺跡(BC1200~500年,商後期~春秋)との事。 -
こちらのモニュメントは金沙遺跡博物館の出土品の中でも有名な「太陽神鳥金飾」。
中央の渦巻き型の火炎を持つ太陽の周りを四羽の神鳥がはばたいているデザイン。 -
正面の建物内に遺跡が保存されています。
-
中の様子です。
-
ここから黄金の仮面やら、
-
象牙やらが掘り出されたそうです。
象牙は、象牙細工のためにストックされていたもののようでこのあたりにマンモスやナウマンがいたかどうかは定かではありません。
出土品は後で向かう別館に展示されています。 -
3000年の柏樹ならぬ、3000年前の榕樹(ガジュマロ?)の根っこが掘り出された状態で展示されています。
-
16:04
出土品の陳列館に向かいます。 -
殷墟より少し後の時代になるのでしょうがこちらの甲骨には文字が見当たりません。
甲骨に小さな穴を穿ち、熱した青銅製の棒を穴に差し込んでひび割れを生じさせその割れ具合で占いを行ったそうですが、殷墟のものは占いの結果を記号=文字で刻んだとの事。
長江より黄河の方が文化は進んでいたという事でしょうか。 -
太陽神鳥金飾
出土されたものです。 -
青銅立人像。
左右の手は指が丸く結ばれ、何か棒状のものを握っているようです。
祭祀の際のポーズらしいとの事。 -
16:37 出土した象牙。
金沙遺跡博物館の見学を終えてホテルにチェックインです。 -
宿泊先の銀河王朝大酒店。
市の中心天府広場の近くにあります。
チェックイン後市内のレストランで夕食です。 -
18:53
本日の夕食はこちらのレストラン(大海弯酒楼)、我々のグループが以前の旅で知り合い親しくなった方々にも参加して頂きました。 -
右端の男性、知り合ったのは高校生の頃、その後四川省への旅の機会に大学生、社会人と成長する彼に会ってきましたが、今回は隣のフィアンセを連れての参加です。(私が最初に会ったのは大学生の頃の彼)
左の三人の女性(?)は、これまで四川省の旅でガイドをお願いしているJさんの奥様、娘さん、お母様です。
Jさんは現在中国への日本人旅行者が少なくなったため、逆に日本への中国人旅行者のガイドを日本でなされています。
今回たまたま彼の帰郷と我々の旅が合致したため家族の皆さんと参加です。
娘さんが生まれた時には日本から粉ミルクを私も含め何人かで運んだ事もありましたが大きく可愛らしくなっているのにびっくりです。 -
06:54
皆さんは午前中はパンダを見に行ってから成田への直行便で帰国です。
私は皆さんと別れて一人上海まで列車の旅です。
早朝にも拘わらずJさんが成都東駅まで見送ってくれました。謝、謝。 -
07:18 成都東駅
高鉄、動車の発着駅です。
駅の柱は三星堆遺跡や金沙遺跡から出土した黄金のマスクを形どっているようです。 -
本日乗るのは動車D2208、成都東~上海虹橋間の1940Kmを約15時間かけて走る列車です。
-
08:08
Jさんと別れて改札を終え、プラットフォームへ入ります。
私の席は01車01A号なので一番先頭まで進みます。 -
そしてこちらがその01車01A号の席(正面右側)、二等車ですが割とゆったりとしています。
成都東駅から上海虹橋駅の間、同席の方々は何人も入れ替わりましたが終点まで居たのは私だけでした。 -
08:16
成都東駅を定刻よりすこし早く出発??? -
08:34
成都を出て間もなく渡るのは沱江、長江の支流です。
D2208は真っ直ぐ西に向かい遂寧市辺りで南下し重慶に向かいます。 -
10:06
遂寧市から重慶まで長江の支流「培江*」と共に南下します。
(*培=fuは正しくはさんずいです。) -
10:39
約2時間余りで重慶北に到着。
こちらの駅は市中心から北の方に位置していて長江の三峡下りの出発港からは離れています。 -
10:46
重慶からは長江に沿って北東に進み石柱県の辺りから長江と少し離れて真西に向かい、宜昌でまた長江と出会います。
石柱から宜昌の間がまさしく三峡下りのメインの場所に当たりますが残念ながら長江から離れるため車窓から見る事は出来ません。 -
11:10 培陵北駅
-
11:46 石柱県駅、この辺りから長江と離れます。
-
12:17 石柱と恩施の間。
重慶市から湖北省の恩施に入りました。 -
14:10 恩施と宜昌東の間
この辺り一帯は土家族、苗族、回族、蒙古族、彝族、壮族など28の少数民族が住んでいるとの事。 -
14:36
再び長江が姿を現すと宜昌市です。 -
14:42 宜昌東駅
宜昌もみどころの多いところです。
三峡ダムはこの近くで、宜昌からも三峡観光の船が沢山出ているようです。 -
14:56
宜昌から70Kmほど北東にある当陽は三国志の趙雲や張飛が活躍した長坂の戦いのあったところです。
写真の高速道路は国道50号(G50)、そしてその向こう(右方向)に例のG318が並行して走っているはずですが見えません。 -
15:29 荊州
三国時代に関羽が治めた場所、曹操の魏や孫権の呉と激突する最前線の街でした。 -
16:10 漢江
長江は荊州から南下し洞庭湖へと流れて行きます。
D2208は西進し仙桃市近くで漢江と出合いそのまま並行して武漢まで進みます。
漢江は長江の最大の支流、武漢で長江と合流する。 -
16:35
これまで曇りがちだった天気もこのあたりから雨が激しくなって来ました。 -
16:58 漢口
武漢の漢口駅へ到着。 -
17:05
停車時間を利用してプラットフォームへ降りてみました。
手前が私の乗っている動車(Dong che=D)、向こうは高鉄(Gao tie=G)です。
日本流に言うと動車は時速200Kmで走るひかりタイプ、高鉄は時速250Kmで走るのぞみタイプでしょうか。 -
17:57
漢口を出たD2208は北東の安徽省の合肥に向かいます。
長江は逆に南東の江西省の九江に流れて行きます。 -
18:41 金寨
安徽省の六安市の金寨を通過、間もなく安徽省の省都合肥です。
合肥からは来た時と同じ行程を逆に江蘇省の南京、鎮江、無錫、蘇州を経て上海に至ります。
この辺りは省略して、上海へは無事23時15分ごろ到着。
思えばトラブル続きの今回の旅も無事終了です。
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