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 信州はNHk大河ドラマ「真田丸」ブームが起こっている。上田城址公園、博物館、上田大河ドラマ館に訪れる観光客は衰えない。<br /> 大型観光バス、小型自動車駐車場を新たに備え、個人・団体客の対応をしたが、特に休日など大型バス30数台収容可能なバス専用駐車場は満杯になることが多い。上田市では大型バスの予約駐車を行っているので、駐車に不都合は生じてはいないらしい。その他の真田丸に関連する、施設も休日ともなると、入込は多い。ただ、道路、駐車場等は狭いので、小型自動車に限られる。<br /><br /> 今回関西地方の真田丸関連遺跡等を訪れる、団体ツアーの募集があった。ツアーは1泊ではあるが、これまで訪れたことがない観光施設が含まれていたので参加してみた。観光地は、宇治の平等院、大阪城と真田丸の遺跡、個人では宿泊機会がない「奈良ホテル」、何回も訪れているが、高野山金剛峰寺と奥の院であった。真田昌幸,信繁(幸村)が幽閉された高野山九度山は時間等の都合で立ち寄らなかった。1泊2日バスの旅は上田をスタートしたのがAM5:30 帰着はPM9:30であった。<br /> バスはひたすら高速道路を走るのであるが、茶目っ気のあるバスガイドが付き居眠りと半々であった。<br /> 最初に訪れた平等院鳳凰堂への入館は20分おきに50人ずつ限定して入館できたが、到着時間が若干遅れ、予約されていた昼食時間が切迫していたため、鳳翔館と庭園の観光にとどめた。<br /><br /> 次に向かったのは大阪城と真田丸の遺跡であった。大阪城はバスの駐車場所から、天守閣まで約15分位歩いた。気温が高い時間帯で、年配者には酷であった。<br /> 天守閣内は2階から5階まではエレベーターが運行され、天守閣最上階8階まで、5階から階段を上がらなければならなかった。エレベーター乗降口の女性係員は、ウォーキング・ステッキを見て、上昇ボタンを3度押すとエレベーターが止まり、8階まで上がれますと、教えてくれて大いに感謝した次第。<br /> <br /> 大阪城真田丸の遺跡は大阪城からわずかバスに揺られ到着した。駐車場はなく、道路わきに停車し、石段を上がると小山に横穴があった。柵があり入ることはできないが、どこかに通じているようであり、まさしく抜け穴であったかもしれない。隣には真田信繁(幸村)の銅像があった。そこからわずか石段を登ると真田山 三光神社があり、家紋も6文銭であった。真田丸跡と呼ばれている所以であった。<br /><br /> 当日の観光は真田丸遺跡を最後に宿泊場所、奈良市に向かった。ホテルは奈良では最古の老舗、奈良ホテルである。<br /> 奈良ホテルは明治42年に「関西の迎賓館」として、奈良公園を見下ろす高台で創業。明治・大正・昭和・平成に至るまで、幾多の著名人が宿泊している。これまで奈良では幾度か、宿泊しているが、奈良ホテルに宿泊する機会はなく、とにかく初めてのこと、一度は宿泊してみたいホテルであった。<br /> 本館は木造作りであるが趣がある。スイートルームは本館に3室あるが、室内の見学はできなかった。入室したのは、さすがに本館ではなく、別館であったが、部屋はホテルの庭園に面し猿沢の池、興福寺などを見下ろせる景観であった。ディナーはメインダイニング「三笠」で洋食を味わった。<br /><br /> ホテルの朝食の後、高野山に向かった。<br /> 私の家の宗派は真言宗豊山派であり、高野山金剛峰寺(高野山真言宗)は派は異なるものの、弘法大師と、奥の院は身近な存在である。<br /> それは真言宗の開祖は改めて言うまでもなくは弘法大師空海である。しかも弘法大師は現在も生存しておられるのである。場所は高野山奥の院弘法大師御廟で、御廟の橋を渡り、石段を上がると燈籠堂があり、その奥、1日2回奥の院から食事が運ばれ、約1200年1日たりとも欠かされることはない。<br /> 弘法大師御廟は過去に3度お参りに行っているが、今回はじめて燈籠堂の地下に入り御廟の前でお参りが出来た。<br /> 今から13年前四国88ヶ寺遍路が満願となり、徳島からフェリ―で和歌山に渡り、高野山に向かった。奥の院弘法大師御廟に四国遍路満願の報告(巡礼は「同行二人」と言ってお大師様と常に2人である。)とお礼参りであった。燈籠堂の奥の弘法大師御廟まえで燈明、線香をあげ、遍路満願のお礼をし、般若心経を唱えたのをつい昨日のように思えた。<br /> 奥の院にお礼参りをした後、宿坊に宿をとり、翌日帰りの途に就いたが、今回のツアーで昼食を摂った宿坊が、前回宿泊した宿坊であった。何かの縁があったのだろうと思った。<br /> <br /> 

宇治の平等院と大阪城真田丸遺跡

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2016/06/20 - 2016/06/21

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na1430

na1430さん

 信州はNHk大河ドラマ「真田丸」ブームが起こっている。上田城址公園、博物館、上田大河ドラマ館に訪れる観光客は衰えない。
 大型観光バス、小型自動車駐車場を新たに備え、個人・団体客の対応をしたが、特に休日など大型バス30数台収容可能なバス専用駐車場は満杯になることが多い。上田市では大型バスの予約駐車を行っているので、駐車に不都合は生じてはいないらしい。その他の真田丸に関連する、施設も休日ともなると、入込は多い。ただ、道路、駐車場等は狭いので、小型自動車に限られる。

 今回関西地方の真田丸関連遺跡等を訪れる、団体ツアーの募集があった。ツアーは1泊ではあるが、これまで訪れたことがない観光施設が含まれていたので参加してみた。観光地は、宇治の平等院、大阪城と真田丸の遺跡、個人では宿泊機会がない「奈良ホテル」、何回も訪れているが、高野山金剛峰寺と奥の院であった。真田昌幸,信繁(幸村)が幽閉された高野山九度山は時間等の都合で立ち寄らなかった。1泊2日バスの旅は上田をスタートしたのがAM5:30 帰着はPM9:30であった。
バスはひたすら高速道路を走るのであるが、茶目っ気のあるバスガイドが付き居眠りと半々であった。
 最初に訪れた平等院鳳凰堂への入館は20分おきに50人ずつ限定して入館できたが、到着時間が若干遅れ、予約されていた昼食時間が切迫していたため、鳳翔館と庭園の観光にとどめた。

 次に向かったのは大阪城と真田丸の遺跡であった。大阪城はバスの駐車場所から、天守閣まで約15分位歩いた。気温が高い時間帯で、年配者には酷であった。
 天守閣内は2階から5階まではエレベーターが運行され、天守閣最上階8階まで、5階から階段を上がらなければならなかった。エレベーター乗降口の女性係員は、ウォーキング・ステッキを見て、上昇ボタンを3度押すとエレベーターが止まり、8階まで上がれますと、教えてくれて大いに感謝した次第。
 
 大阪城真田丸の遺跡は大阪城からわずかバスに揺られ到着した。駐車場はなく、道路わきに停車し、石段を上がると小山に横穴があった。柵があり入ることはできないが、どこかに通じているようであり、まさしく抜け穴であったかもしれない。隣には真田信繁(幸村)の銅像があった。そこからわずか石段を登ると真田山 三光神社があり、家紋も6文銭であった。真田丸跡と呼ばれている所以であった。

 当日の観光は真田丸遺跡を最後に宿泊場所、奈良市に向かった。ホテルは奈良では最古の老舗、奈良ホテルである。
 奈良ホテルは明治42年に「関西の迎賓館」として、奈良公園を見下ろす高台で創業。明治・大正・昭和・平成に至るまで、幾多の著名人が宿泊している。これまで奈良では幾度か、宿泊しているが、奈良ホテルに宿泊する機会はなく、とにかく初めてのこと、一度は宿泊してみたいホテルであった。
 本館は木造作りであるが趣がある。スイートルームは本館に3室あるが、室内の見学はできなかった。入室したのは、さすがに本館ではなく、別館であったが、部屋はホテルの庭園に面し猿沢の池、興福寺などを見下ろせる景観であった。ディナーはメインダイニング「三笠」で洋食を味わった。

 ホテルの朝食の後、高野山に向かった。
 私の家の宗派は真言宗豊山派であり、高野山金剛峰寺(高野山真言宗)は派は異なるものの、弘法大師と、奥の院は身近な存在である。
 それは真言宗の開祖は改めて言うまでもなくは弘法大師空海である。しかも弘法大師は現在も生存しておられるのである。場所は高野山奥の院弘法大師御廟で、御廟の橋を渡り、石段を上がると燈籠堂があり、その奥、1日2回奥の院から食事が運ばれ、約1200年1日たりとも欠かされることはない。
 弘法大師御廟は過去に3度お参りに行っているが、今回はじめて燈籠堂の地下に入り御廟の前でお参りが出来た。
 今から13年前四国88ヶ寺遍路が満願となり、徳島からフェリ―で和歌山に渡り、高野山に向かった。奥の院弘法大師御廟に四国遍路満願の報告(巡礼は「同行二人」と言ってお大師様と常に2人である。)とお礼参りであった。燈籠堂の奥の弘法大師御廟まえで燈明、線香をあげ、遍路満願のお礼をし、般若心経を唱えたのをつい昨日のように思えた。
 奥の院にお礼参りをした後、宿坊に宿をとり、翌日帰りの途に就いたが、今回のツアーで昼食を摂った宿坊が、前回宿泊した宿坊であった。何かの縁があったのだろうと思った。
 
 

交通手段
観光バス

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  • 宇治の平等院鳳凰堂 前面の池は阿字池

    宇治の平等院鳳凰堂 前面の池は阿字池

  • 鳳凰堂

    鳳凰堂

  • 鳳凰堂左側<br />前面の池にはハスが咲いていた。

    鳳凰堂左側
    前面の池にはハスが咲いていた。

  • 鳳凰堂 更に左側からの映像

    鳳凰堂 更に左側からの映像

  • 鳳凰堂 左側鐘楼

    鳳凰堂 左側鐘楼

  • 大阪城天守閣の威容<br />駐車場からはここまでが遠い。

    大阪城天守閣の威容
    駐車場からはここまでが遠い。

  • 大阪城 天守閣

    大阪城 天守閣

  • 大阪城8F 天守閣展望台から

    大阪城8F 天守閣展望台から

  • 大阪城天守閣展望台からの景観

    大阪城天守閣展望台からの景観

  • 大阪城天守閣展望台からの景観

    大阪城天守閣展望台からの景観

  • 大阪城天守閣から 鯱

    大阪城天守閣から 鯱

  • 天守閣からの市内景観

    天守閣からの市内景観

  • 天守閣からの景観

    天守閣からの景観

  • 金の鯱とトラ

    金の鯱とトラ

  • 大阪城の紋章

    大阪城の紋章

  • 大阪城金の鯱

    大阪城金の鯱

  • 大阪城のお濠

    大阪城のお濠

  • 真田丸遺跡にある横穴<br />三光神社にある大阪城真田丸の抜け穴。<br />どこに通じていたかは不明

    真田丸遺跡にある横穴
    三光神社にある大阪城真田丸の抜け穴。
    どこに通じていたかは不明

  • 三光神社の横穴に並んで真田信繁(幸村)の立像

    三光神社の横穴に並んで真田信繁(幸村)の立像

  • 真田山 三光神社

    真田山 三光神社

  • 真田幸村の立像<br /> 左に見えるのが抜け穴

    真田幸村の立像
     左に見えるのが抜け穴

  • 三光神社石段<br /> 石段を上がったところに抜け穴と幸村立像<br /> 三光神社は更に石段を上がる。

    三光神社石段
     石段を上がったところに抜け穴と幸村立像
     三光神社は更に石段を上がる。

  • 奈良ホテル本館<br />明治の操業 木造建築である。

    奈良ホテル本館
    明治の操業 木造建築である。

  • 奈良ホテルの入り口付近から

    奈良ホテルの入り口付近から

  • 奈良ホテルの登り口 小高い丘である。

    奈良ホテルの登り口 小高い丘である。

  • 下方に猿沢の池がある。

    下方に猿沢の池がある。

  • 付近の案内板

    付近の案内板

  • 猿沢の池が見える。

    猿沢の池が見える。

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