2016/05/18 - 2016/05/18
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tono202さん
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「ソラのお堂巡り」と題していますが「ソラ」ってなあに?
「ソラ」についてある本には、こんな風に「定義」しています。
「四国山地は近代に至るまで焼畑農耕が卓越している地で、近世・近代の平野に住む人々がソラと言ったのは、この焼畑農耕が行われている四国山地、
(中略) 山の上の焼畑社会を指す。」『徳島県の歴史』(河出書房新社)
里の人たちから見た山上の地域をソラと呼んだということでしょうか。
その呼称の中には、焼畑農耕に代表されるように、サト人たちにとっては自分たちとは生活様式が大きく異なるソラという意識も含まれていたようです。
ソラには時間の流れの中で、サトでは消えてしまった物がまだまだ現役で頑張っていたりします。
そういう物や景観に出会うと、心が動かされます。
お堂という点を、線で結ぶ巡礼(移動)の中で、いろいろな出会いがあります。
- 交通手段
- バイク
-
捨子から中山へ等高線に沿うように町道が水平に続きます。
しかし、道の両側は急斜面。
そこに畑が開かれています。
南向きに開けているので太陽の光は一杯受けれそう。
でも、これを耕作するとなると多くの労働力を求められます。 -
畑は等高線に沿って畝が作られて作物が植え付けられています。
黒いマルチの間に敷かれているのは?
カヤだそうです。
土壌流出を防ぐために、カヤが敷かれているそうです。
標高、傾斜度、日照量、気候、地勢、地質に応じて様々な作物が栽培されています。 -
そしてどこから見てもきれいな友納山。
その前山には大きなソラの集落が見えてきました。
家賀(けが)の集落です。
しばらく見とれてしましました。
あそこに行くんだと思うと、心がときめきます。 -
いろいろなことを考えながらバイクを走らしていると、いつの間にか長木集落まで降りてきてしまったようです。
中山のお堂はどこに?
道標を見落としてしまったようです。 -
ということで中山堂はPAS。
「それで巡礼になるんかのう?」という仏さんの声が聞こえた来たような・・・
石垣を積み、母屋と隠居宅、煙草の乾燥室を連ねた長木の民家
家の前には、畑が開かれ畝が走ります。
ここにもカヤが敷かれ、種々の野菜が作られていました。
ほんで・・・中山堂は、どうなるんかの?
うーん
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