2016/05/15 - 2016/05/15
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MechaGodzillaⅢ&703さん
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■蜂ケ峯総合公園・和木町歴史資料館と大竹市木野&小方の古い町並みを訪ねて
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
蜂ヶ峯総合公園管理棟2階にあり、和木町の歴史について展示、解説されています。館内は、主に次の四つのコーナーに分かれていてそれぞれ歴史資料を参考にした精密な複製品や写真、説明パネルを用いて、わかりやすい展示構成がなされています。
(芸州口の戦いコーナー)
幕末の慶応2年(1866)に幕府軍と長州藩が戦った四境戦争(第二次長州征伐)について和木町が関わった芸州口の状況を関係史料や光ファイバーの地図パネル及びナレーション解説のフォトシステムで紹介しています。
(国境紛争コーナー)
和木町は小瀬川を挟んで安芸国と接しています。江戸時代の大竹との国境争いについて、地図・古文書で紹介しています。
(うぐろ樋コーナー)
農業用水の確保のため三分一源之丞・権四郎の親子により完成されたうぐろ樋の仕組みと役割を紹介しています。
(海苔の養殖コーナー)
昭和33年まで和木村の大半の農家が副業としていた海苔養殖を導入した米元広右衛門と海苔の生産工程を紹介しています。
▽和木町
和木(わき)町は、山口県本土部の最東にある町です。玖珂郡で唯一残る町でもあります。山口県と広島県との県境である小瀬川の右岸河口部に位置しています。南側を岩国市に囲まれ、北側を県境である小瀬川を挟んで広島県大竹市と接しています。
町東部(和木地区)には、町役場を含む主要な公共施設や交通・産業施設の過半が集まる干拓地や埋立地を含む低地が存在します。
他の地域(瀬田地区・関ヶ浜地区)は山地がその多くを占め、小瀬川の支流域に古くからの集落が形成されています。
▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
大竹市木野。古くは「小野」と書き、現大野町に対する地名だったという説があります。広島県最西端、大竹市のさらに最西端にある小さな集落で、古くからの和紙の里として知られていました。
安芸・周防国境の川として複雑に蛇行する小瀬川。その川に沿って細長く湾曲してできた三日月形のわずかな平地に形成された集落である木野は、かつて山陽道が集落を通り、対岸の小瀬に川渡しを行った渡し場で茶屋などがありました。
宿場町ではありませんが、農間余行として旅人相手に諸商売を行っていたようです。江戸期より麦作を主に山畑には楮を植えて紙漉きを生業としていました。
その後明治に入っても和紙生産は活況を続け、集落の半数以上の家で紙漉が行われていたといいます。
本当に小さな集落ですが、旧街道沿いには重厚な伝統的な商家建築が軒を連ねています。建物はほぼ明治期以降に建てられたもので、かつての酒蔵もあり、山陽道における要地として賑わい、また和紙産業で栄えた時代の様子を偲ばせています。
▽古い町並み~大竹市小方(おがた)/広島県大竹市小方
広島県最西端の山陽道宿場町である玖波の南に、かつて陸路海路の要衝として栄えた在郷町小方があります。小方は戦国期から町場が形成され、隣接する小方浦は内海航路の要港として賑わっていました。
関ヶ原の戦い後、毛利氏の周防・長門に対する押さえとして広島藩主となった福島正則は、甥の福島伯耆守を国境の地である小方に配し、小方城(通称・亀居城)を築いて守りにあたらせます。
小方城時代の小方町には家臣団が駐屯して「家中町」と呼ばれ、村民は町から離れた「卸場」に分けられていました。しかし伯耆守の死後わずか3年で小方城は幕府によって破却されてしまいます。
廃城後の小方には再び村民が移り住み町人町が形成されていきました。山陰道と瀬戸内海交通の要衝として急速に発展。多くの商家が軒を連ね、小方湊にも廻船問屋が割拠し諸国廻船で賑わったと言われています。
山陽道の宿場町としては隣接する玖波宿があり、小方は正式な宿場ではありませんでしたが、500軒にも及ぶ家並みが続き、問屋や旅籠があるなど玖波宿を凌ぐ規模だった事が伺えます。
山陽自動車道大竹ICの南側、かつて小方城が築かれた亀居公園に沿って旧街道は続いています。山陽地域の大動脈である国道2号線は海側をバイパスしており、その東側に大竹市役所があります。
しかし小方にはJRの駅もなく、大竹市の玄関口にして中心繁華街は依然玖波であるため、小方の旧道筋は大きく開発されずに残されたのですが、一方で宅地化が進み、宿場町らしい桝形が見られる他は、伝統的な家並みはほとんど残されていません。
小方1丁目の北側に数多く見られる旧家の重厚な建物に対して、くの字に折れ曲がった南側の街道筋には比較的街道筋らしい雰囲気がわずかながら残されています。
【 手記 】
アップ時期が5か月近くずれてたいへん遅くなっております。
この日は少し疲れていてどこへも行くまいと思って自宅の庭で花を撮って遊んでいたのですが、どうも落ち着かない^^;
山口県和木町の蜂ケ峯総合公園のバラが満開と言うことなので昨年に続いてドビューンと行って参りました。満開!見ごろでしたよ~♪
バラ園訪問記 ⇒ http://4travel.jp/travelogue/11138408
この日のドライブルートは、蜂ケ峯総合公園バラ園・古民家・和木町歴史博物館・大竹市木野&小方の古い町並みでした。
薔薇鑑賞のあと昨年と同じように古民家でのんびり♪と休憩したり、またまた歴史資料館へ入って地域の歴史についてお勉強?をしたりしました。
【 追記 】
アップ時期が5か月近くずれてたいへん遅くなっております。旅行記はその都度リアルタイムでアップしていきたいのですが、なかなか気分が乗らず作業がペースダウン、未だ手付かずの写真・旅行記(残り90ファイルくらい)が山積しております。
完全退職後は私事でそれなりに忙しい身の上なのですが、以前より時間ができた分やっぱりいろんなところへ出かけて外出回数が増えてしまい、旅行記作成に体力が回らないのが実情です。1歩進んで2歩下がる…未だアップできていない旅行記がどんどん溜まっていくばかり・・・どうしたもんじゃろのお~
たまに「もう4トラを辞めて写真クラブ一本で行こうかなあー」と思ったりもしています。が、そんなに写真のセンスがあるわけじゃなし今のところは自由気儘に行動できる車旅のほうが楽しいので 車旅>カメラ のうちは体力がつづく限り、4トラをガンバって行くことにしましょう。
若いころからアウトなロングランの車旅が好きで好きで仕方ない・・・困ったもんだ。必要最小限の生活道具を積んで動き回る、自力旅行とでも言いますか、実はこれが「ホントに旅をしているな~」と思える瞬間で楽しいのです^^)ウッシ!
残りファイルがあまりにも多過ぎるので旅行記は圧縮・削除も考えて作成していこうと思います。アップ時期がいつのことになるやらわかりませんが、気長に挫けず少しずつ作成していきますのでよろしくお願いしまーす! m(_ _)m
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
■蜂ケ峯総合公園の「バラ園」/山口県玖珂郡和木町
山口県和木町の蜂ケ峯総合公園のバラが満開と言うことなので昨年に続いてドビューンと行って参りました。満開見ごろ~♪
バラ観賞記 ⇒ http://4travel.jp/travelogue/11138408 -
▽蜂ケ峯総合公園の古民家/山口県玖珂郡和木町
無料休憩所として開放されている昔ながらの風情ある日本家屋があります。 -
▽蜂ケ峯総合公園の古民家/山口県玖珂郡和木町
昔ながらの風情ある日本家屋。中には精米器具、囲炉裏やお風呂などもあって、縁側に座ったりして休憩することもできます。 -
▽蜂ケ峯総合公園の古民家/山口県玖珂郡和木町
和木(わき)町は、山口県本土部の最東にある町です。玖珂郡で唯一残る町でもあります。 -
▽蜂ケ峯総合公園の古民家/山口県玖珂郡和木町
山口県と広島県との県境である小瀬川の右岸河口部に位置しています。南側を岩国市に囲まれ、北側を県境である小瀬川を挟んで広島県大竹市と接しています。 -
▽蜂ケ峯総合公園の古民家/山口県玖珂郡和木町
かまど -
▽蜂ケ峯総合公園の古民家/山口県玖珂郡和木町
囲炉裏 座敷 -
▽蜂ケ峯総合公園の古民家/山口県玖珂郡和木町
土間 精米用だいがら 石臼 -
▽蜂ケ峯総合公園の古民家/山口県玖珂郡和木町
座敷 柱時計は動いていません。 -
イチオシ
▽蜂ケ峯総合公園の古民家/山口県玖珂郡和木町
昨年はこの縁側で寝転がった。今回は庭の椅子に腰かけて休憩♪ -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
歴史資料館は蜂ヶ峯総合公園管理棟2階にあり、和木町の歴史について展示、解説されています。 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
館内は、主に次の四つのコーナーに分かれていてそれぞれ歴史資料を参考にした精密な複製品や写真、説明パネルを用いて、わかりやすい展示構成がなされています。 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
(海苔の養殖コーナー)
昭和33年まで和木村の大半の農家が副業としていた海苔養殖を導入した米元広右衛門と海苔の生産工程を紹介しています。
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▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
(うぐろ樋コーナー)
農業用水の確保のため三分一源之丞・権四郎の親子により完成されたうぐろ樋の仕組みと役割を紹介しています。 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
(芸州口の戦いコーナー)
幕末の慶応2年(1866)に幕府軍と長州藩が戦った四境戦争(第二次長州征伐)について和木町が関わった芸州口の状況を関係史料や光ファイバーの地図パネル及びナレーション解説のフォトシステムで紹介しています。 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
(国境紛争コーナー)
和木町は小瀬川を挟んで安芸国と接しています。江戸時代の大竹との国境争いについて、地図・古文書で紹介しています。 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
幕末の長州藩士・・・久坂玄瑞
安政の大獄によって吉田松陰が刑死した後、長州藩における尊皇攘夷派の中心人物になった人物です。 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
幕末の長州藩士・・・吉田松陰
高杉晋作など幕末に活躍する志士を育て上げました。長州出身の偉人が多いのは松下村塾のおかげです。 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
幕末の長州藩士・・・高杉晋作
「動けば雷電の如く 発すれば風雨の如し!衆目駭然、敢て正視する者なし!これ我が東行高杉君に非ずや。」伊藤博文の言葉で人物像を語られています。
また、辞世の句「おもしろき こともなき世を おもしろく」は有名です。 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
幕末の長州藩士・・・桂小五郎(木戸孝允)
尊王攘夷派の中心人物で、薩摩の西郷隆盛、大久保利通とともに「維新の三傑」として並び称せられる。 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
幕末の長州藩士・・・伊藤俊輔(博文)
伊藤 博文は、日本の幕末の長州藩士、明治時代の政治家。初代、第5代、第7代、第10代内閣総理大臣。元老。 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
木刻十二之面 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
ランプ -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
鉄砲の弾薬装填用具 -
▽和木町歴史資料館/山口県玖珂郡和木町
鉄砲の弾薬装填用具 -
▽蜂ケ峯総合公園の「ミニ動物園」/山口県玖珂郡和木町
リフトカー -
▽蜂ケ峯総合公園の「ミニ動物園」/山口県玖珂郡和木町
孔雀 -
▽蜂ケ峯総合公園の「ミニ動物園」/山口県玖珂郡和木町
孔雀 羽根を広げてくれました。 -
▽蜂ケ峯総合公園の「ミニ動物園」/山口県玖珂郡和木町
子どもたちに人気 -
▽蜂ケ峯総合公園の「ミニ動物園」/山口県玖珂郡和木町
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▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
蜂ケ峯総合公園から北へ3kmほど行ったところに大竹市木野の古い町並みがあります。 -
▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
古くは「小野」と書き、現大野町に対する地名だったという説があります。 -
▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
広島県最西端、大竹市のさらに最西端にある小さな集落で、古くからの和紙の里として知られていました。
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▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
安芸・周防国境の川として複雑に蛇行する小瀬川。その川に沿って細長く湾曲してできた三日月形のわずかな平地に形成された集落である木野は、かつて山陽道が集落を通り、対岸の小瀬に川渡しを行った渡し場で茶屋などがありました。
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▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
宿場町ではありませんが、農間余行として旅人相手に諸商売を行っていたようです。 -
▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
江戸期より麦作を主に山畑には楮を植えて紙漉きを生業としていました。
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▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
その後明治に入っても和紙生産は活況を続け、集落の半数以上の家で紙漉が行われていたといいます。
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▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
本当に小さな集落ですが、旧街道沿いには重厚な伝統的な商家建築が軒を連ねています。 -
▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
嚴島神社入口 -
▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
建物はほぼ明治期以降に建てられたもので、かつての酒蔵もあり、山陽道における要地として賑わい、また和紙産業で栄えた時代の様子を偲ばせています。 -
▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
むかしの生活道(メインストリート)なので狭いです。 -
▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
ここは初訪でしたが、なかなかいい町並みが残っていました。 -
▽古い町並み~大竹市木野(この)/広島県大竹市木野
小瀬川に沿った旧道を次の訪問地「小方」へ向かって走って行きます。 -
▽古い町並み~大竹市小方(おがた)/広島県大竹市小方
広島県最西端の山陽道宿場町である玖波の南に、かつて陸路海路の要衝として栄えた在郷町小方があります。 -
▽古い町並み~大竹市小方(おがた)/広島県大竹市小方
小方は戦国期から町場が形成され、隣接する小方浦は内海航路の要港として賑わっていました。
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▽古い町並み~大竹市小方(おがた)/広島県大竹市小方
山陽自動車道大竹ICの南側、かつて小方城が築かれた亀居公園に沿って旧街道は続いています。 -
▽古い町並み~大竹市小方(おがた)/広島県大竹市小方
山陽地域の大動脈である国道2号線は海側をバイパスしており、その東側に大竹市役所があります。
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▽古い町並み~大竹市小方(おがた)/広島県大竹市小方
しかし、小方にはJRの駅もなく、大竹市の玄関口にして中心繁華街は依然玖波であるため、小方の旧道筋は大きく開発されずに残されたのですが、一方で宅地化が進み、宿場町らしい桝形が見られる他は、伝統的な家並みはほとんど残されていません。 -
▽古い町並み~大竹市小方(おがた)/広島県大竹市小方
小方1丁目の北側に数多く見られる旧家の重厚な建物に対して、くの字に折れ曲がった南側の街道筋には比較的街道筋らしい雰囲気がわずかながら残されています。 -
▽帰路途中の景色/広島県廿日市市大野
国道2号線から -
▽帰路途中の景色/広島県廿日市市前空
宮島の赤い鳥居(○印)がかすかに見えます。 -
▽帰路途中の景色/広島県廿日市市宮島口
以上で「蜂ケ峯総合公園・和木町歴史資料館と大竹市木野&小方の古い町並み訪問記」を終了します。
THE END. それでは、また~。
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