2016/05/12 - 2016/05/16
119位(同エリア543件中)
ジバゴさん
ある会合に参加するため奈良に出かけることにした。 それに便乗して自由時間を利用して前から興味があった江戸山谷にあった料亭八百善の跡地、京都にある北大路魯山人の墓所と生誕地及び日本橋三井記念美術館の魯山人展、妙心寺塔頭 大心院にある佐藤玄々の墓所を尋ねる計画をした。
尚、この旅行記には団体で行動したものは除いて私的な旅だけ載せております。
初日は南千住界隈を歩き次いでバスで隅田川上流の石濱神社付近から下流に向かって歩いた。 再びバスで山谷堀公園まで乗り江戸時代に隅田川に注いでいたという山谷堀を歩き、関東大震災前まではこの付近にあったという料亭八百善の跡地を見た。
バスと地下鉄を乗り継いで日本橋へ、今回の目的の一つだった三井記念美術館の北大路魯山人の美展を観た。
日本橋を後に地下鉄に乗り渋谷まで行き、歩いて松濤美術館まで潁川美術館の名品展を鑑賞した。 これで今日のミッションは終了。 初めての路線で勝手がわからなくて時間ギリギリになったが無事に立川駅から大阪行きの夜行バスに乗ることができ一日目は終了。
京都駅G13に5時35分に到着。 Q&Aで貰った回答で直ぐに駅側に渡る。地下道入り口に入って進むと券売機があった。地下鉄とバスにで小谷墓地へ、墓参りに来ていた近所の人に魯山人の墓の場所を聞いて教えてもらった。いろいろ世間話をして山形から来たと言ったら驚かれた。
墓所の位置を纏めると、池があるので手前を右に曲がり丘を登り
道なりに歩くと頂上に突き当たるので右方向に進むと端から2番目が北大路魯山人の墓所の裏側に当たります。
小谷墓地を後にしてバスを乗り継いで、妙心寺塔頭大心院まで辿り着き佐藤玄々先生の墓参をしたい旨を告げると案内してくださいました。花園駅からJRで京都駅に横浜から来る人達との集合場所に着いた時は待ち合わせ5分前でどうにか間に合いました。 全員で近鉄線で奈良行き。 これで2日目終了。
3日目は朝5時起きして土塀が続く小路を通り二月堂まで散歩。
夕方に京都駅で解散。 同行2名で大田神社近くにあると云う北大路魯山人生誕地の場所を見に行きましたが長距離の歩きで疲れました。
最後に姉小路の老舗店に掛けてある看板を見て夜行バスで帰宅しました。 なかなかハードでしたが観るべきものは観た充実した旅でした。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 高速・路線バス JRローカル 私鉄 徒歩
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JR南千住駅前
夜行バスで上野で降りて電車で南千住駅に着いた。
これから一日目の旅が始まる。 -
JR南千住駅前
奥の細道 矢立初めの地 千住
松尾芭蕉はここ千住地から奥の細道の旅へと出立しました。
夜行バスで東北の地から都内に着いたわけでこれも何かの縁と思いこれから奈良京都に行く三日間の旅に思いを馳せ心新たにした。 -
この像は、矢立初めの句を詠む芭蕉の像を表現したものです。
私も奈良ツアーへと出立する身ですので芭蕉の気持ちがよくわかります。 (嘘) -
南千住に来たのは40年以上の昔に宿泊した駅近くの旅館のことを思い出しそれが何処だったか記憶になくなりネットでも検索したが分からずとうとうどうにも堪らず実際に来て探してみようと思ったのだった。 覚えているのは「三ノ輪」の名と鉄道のガードを潜ったことだけ。 結局それらしいガードは見つけたものの残念ながら旅館は分からなかった。
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街を歩いていたら壁一面に植物の家を発見。 丁度主人が水やり中で花の名前とか聞いていろいろお話してたら「挿し木があるのでやるよ」いうことで頂いてきた。
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この挿し木をポットに入れて京都奈良まで手持ちで回ってきた。
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浄閑寺(投込寺)
浄閑寺は浄土宗の寺院で、栄宝山清光院と号する。安政二年(1855)の大地震の際、たくさんの新吉原の遊女が投げ込み同然に葬られたことから「投込寺」と呼ばれるようになった。 -
永井荷風の詩碑
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新吉原総靈塔
関東大震災や東京大空襲で死んだ遊女も祀られている。 -
生れては苦界、死しては浄閑寺
花又花酔の句壁 -
化粧品や装飾品などがお供えされていた。
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40年前にこのガードを潜ったような気がする。 緑の塗装にかすかに記憶が。。。
他に4ケ所のガードを実見したが違ったので。 -
南千住駅からバスに乗り汐入公園まで
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都内とは思えない静かな環境の公園だ。
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園内でバーベキューが出来る広場もある。
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全景
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隅田川を下流に向かって進み瑞光トンネルをくぐる
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道路を挟んで展望台もある
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隅田川と繋がっている港のような場所で舟の発着場だったのかも
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道路を越えると隅田川
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隅田川沿いの石浜神社
この辺りに11代将軍家斉が御成りになった料亭八百善の別荘があった。
このあたり昔は風光明媚な地だったろうと思われる。
実際に著名人の屋敷が軒を連ねていたという。 -
白鬚橋
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スカイツリーが遠くに見えます。
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明治天皇行幸對鴎荘遺跡
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對鴎荘は三条実美の別荘
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浅草 山谷堀公園 山谷堀は江戸初期に隅田川へと通じる堀で吉原へ舟で通う通路で現在は埋め立てられている。
料亭八百善はこの先の山谷堀に掛かった紙洗橋の近くにあった。
当日は浅草神社の三社祭で綺麗な芸者さんの行列を見たかったが時間がなくてパス -
聖天橋
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吉野橋
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正法寺橋
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紙洗橋 料亭八百善から近い
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玉紫陽花
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地方新橋
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標示は無いがこの辺りが日本堤橋か?
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フェンスの内
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紙洗橋に戻って八百善跡地に行こう
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山谷にあった料亭八百善の跡地と思われる場所
現、城北信用金庫 -
またバスで日本橋にむかったのだが途中までしか行かないバスだったので降りて近くの地下鉄を乗り継いで日本橋へ、今回の目的の一つだった三井記念美術館の北大路魯山人の美展を観た。
その後、日本橋銘店スタンプラリーをコンプリートしてノベルティの箸と黒文字セットをゲットした。 この展覧会と協賛したのか近くのマンダリンホテルと象彦でも魯山人作品の展示があったので観てきた。 象彦では抹茶のサービスもあって楽しかった。 -
夜行バス京都駅G13に5時35分に到着。 Q&Aで貰った回答で直ぐに駅側に渡る。地下道入り口に入って進むと自動販売機があったので買う。まもなく電車が来て北大路駅で下車。
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バスに乗り換えE37西賀茂車庫行きで神光院前で降りる。
ここから西方寺方向を目指し歩く -
西方寺門前を素通りしてまっすぐ歩くと池があるので手前を右に曲がり丘を登る。
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この道を登る
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ここが小谷墓地です。
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突き当りを右に
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西賀茂町 小谷墓地
北大路魯山人墓所
早朝京都駅に着いて一目散に目指した。
持参の定家葛をお供えしました。
今回の最大の目的が果たせて感無量です。 -
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昭和14年十二月建立
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魯山人の娘、和子が十二歳の時に書いた書を魯山人が大変気に入って墓碑とした。
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丘を降りると正面に大田垣蓮月の墓所標柱が
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行ってきます。
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大田垣蓮月の墓所
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撰文は富岡鉄斎
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お墓はこの大木の影に有りました。
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歩く途中にあった北野神社御旅所
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花園会館
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バスを乗り継いで妙心寺まできました。
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京都花園町 妙心寺塔頭 大心院
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9時前ですが中に入りました。
学生の書道作品の発表展示会があるようで先客が多数いました。 -
住職夫人と思しきご婦人に佐藤玄々先生の墓参をしたい旨を告げると案内してくだされました。
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佐藤玄々夫妻の墓 武者小路実篤の筆
原三溪が支援、後に中村房次郎が支援
佐藤玄々(朝山)(1888-1963年09月14日)木彫家、帝国美術院会員
それにしても三方を瓦土塀で囲まれた広くて立派で別格なお墓です。 -
撰文は武者小路実篤
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玄々
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墓所への入出口引き戸となっていた。
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一般的なお墓と比べると佐藤玄々の墓所の別格さが分かるでしょう。
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お墓参りを終えたあとに帰りながら撮してますので入所ルートとは逆になります。
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阿吽堂
1949年、彫刻家・佐藤玄々が境内にアトリエ「阿吽洞」を開く。
佐藤玄々は第二次世界大戦後、玄々、阿吽洞を号した。
この建物は三越本店の天女「まごころ」を制作したアトリエだった。
ただ今は宿坊となっている。 -
祖堂
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本堂南庭の「切石の庭」です。
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右の引き戸が祖堂と墓所への入り口
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阿吽亭
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阿吽亭
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この奥が墓所
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阿吽堂内部
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中庭
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JR花園駅
ここから京都駅の集合場所に着いた時は待ち合わせ5分前でどうにか間に合いました。 -
3日目 二月堂と土塀鑑賞のため早朝散歩に出かけた。
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奈良らしいマンホールの蓋
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鹿との初遭遇
タブレットを見ながら歩いてたもので近くに鹿が来たことに気づくのが遅れた。 -
土塀に遭遇
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木々の間から写真では分からないが肉眼では正倉が見えた。
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道路際にお墓がある。
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いい茶碗だな。
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ここから土塀オンパレード
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用水路の底に石が敷いてある。 芸術的や。
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二月堂が見えてまいりました。
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二月堂の回廊から眺めた大仏殿の屋根と奈良市街
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回廊をグルグルと何周も回り続ける人が2名ほどいたのです。
これは何か宗教的な儀式かご利益があるから行っているのでしょうか?
OKWAVEに質問してみた
回答
おそらく「お百度参り」をされているのでしょうね。 -
芭蕉句碑
(二月堂に籠りて)
水取りや籠りの僧の沓の音 -
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京都に戻り解散
参加者2名で北大路魯山人の生誕地に行くことにした。
大田神社 上賀茂神社境外摂社「大田神社」
京都府京都市北区上賀茂本山340 -
北大路魯山人生誕地碑
大田神社門碑のほぼ真向かい -
夜になったが姉小路の銘店の看板扁額を観るツアー決行
亀末廣 山本意山作 -
春芳堂 竹内栖鳳作
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八百三 柚味噌 北大路魯山人
外にあるのはレプリカで本物は店内にある。
営業時間は終了しては本物の扁額は観られなかったのが心残りだが
京都駅からの夜行バスで帰宅した。
-- 以上 --
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