宗像・古賀旅行記(ブログ) 一覧に戻る
2016年の世界遺産の候補「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」に続いて2017年に世界遺産の候補として国が推薦しているのが「宗像・沖ノ島と関連遺産群」で既に正式な推薦状が送られているそうです。17年夏のユネスコ世界遺産委員会で審査を受けるのを待っている状態です。「世界遺産になる前に行かないと。」と思い行って来ました。宗像神社は「宗像三宮」と呼ばれるように九州本土にある辺津宮、大島にある中津宮、沖の島にある沖津宮の3個の神社からなります。沖の島は常駐している一人の宮司さんを除いて許可なく島に入ることができません。このため今回二つの神社と沖の島に渡れない人のために作られた、運が良かったら沖の島が望める大島の「沖津宮遙拝殿」にいってきました。<br /> そのあと、JALのコマーシャルで感動したわけではないのだけど、宗像神社からそう遠くないところにそのロケ地;宮地嶽神社があると聞き、時間があったので行ってきました。神社そのものも趣がよく、さらに奥の宮に8つの神社があってそこを巡礼してまわれるなど見所の多い神社でした。特に不動神社は横穴式石室古墳の中に霊験あらたかなる「お不動様」をお祀りしているようで雰囲気がよいです。

世界遺産候補の宗像神社に行って来た。おまけ、ひかりのみち;宮地嶽神社

6いいね!

2016/05/04 - 2016/05/05

226位(同エリア327件中)

0

77

旅じぞう

旅じぞうさん

2016年の世界遺産の候補「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」に続いて2017年に世界遺産の候補として国が推薦しているのが「宗像・沖ノ島と関連遺産群」で既に正式な推薦状が送られているそうです。17年夏のユネスコ世界遺産委員会で審査を受けるのを待っている状態です。「世界遺産になる前に行かないと。」と思い行って来ました。宗像神社は「宗像三宮」と呼ばれるように九州本土にある辺津宮、大島にある中津宮、沖の島にある沖津宮の3個の神社からなります。沖の島は常駐している一人の宮司さんを除いて許可なく島に入ることができません。このため今回二つの神社と沖の島に渡れない人のために作られた、運が良かったら沖の島が望める大島の「沖津宮遙拝殿」にいってきました。
 そのあと、JALのコマーシャルで感動したわけではないのだけど、宗像神社からそう遠くないところにそのロケ地;宮地嶽神社があると聞き、時間があったので行ってきました。神社そのものも趣がよく、さらに奥の宮に8つの神社があってそこを巡礼してまわれるなど見所の多い神社でした。特に不動神社は横穴式石室古墳の中に霊験あらたかなる「お不動様」をお祀りしているようで雰囲気がよいです。

旅行の満足度
4.0
観光
4.0
交通
2.5
交通手段
高速・路線バス タクシー JRローカル
  • 2016年の世界遺産の候補「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」に続いて2017年に世界遺産の候補として国が推薦しているのが「宗像・沖ノ島と関連遺産群」で既に正式な推薦状が送られているそうです。17年夏のユネスコ世界遺産委員会で審査を受けるのを待っている状態です

    2016年の世界遺産の候補「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」に続いて2017年に世界遺産の候補として国が推薦しているのが「宗像・沖ノ島と関連遺産群」で既に正式な推薦状が送られているそうです。17年夏のユネスコ世界遺産委員会で審査を受けるのを待っている状態です

  • 昔、ビッグコミックの宗像教授シリーズで「神宿る島」として描かれていたので伝説、神話の島として記憶していました。改めて調べてみると宗像三女神と呼ばれる三姉妹が三つの神社に祀られているそうです。三女神のお名前は 田心姫神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、 市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)と申し上げ、田心姫神は 沖津宮(おきつぐう)、湍津姫神は 中津宮(なかつぐう)、市杵島姫神は 辺津宮 (へつぐう)におまつりされております。いちきしま姫神は弁天様とも関係があるようです。広島の世界遺産厳島神社も宗像三女神をまつっています。いちきしま姫神から厳島に転じたという説もあるようです。

    昔、ビッグコミックの宗像教授シリーズで「神宿る島」として描かれていたので伝説、神話の島として記憶していました。改めて調べてみると宗像三女神と呼ばれる三姉妹が三つの神社に祀られているそうです。三女神のお名前は 田心姫神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、 市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)と申し上げ、田心姫神は 沖津宮(おきつぐう)、湍津姫神は 中津宮(なかつぐう)、市杵島姫神は 辺津宮 (へつぐう)におまつりされております。いちきしま姫神は弁天様とも関係があるようです。広島の世界遺産厳島神社も宗像三女神をまつっています。いちきしま姫神から厳島に転じたという説もあるようです。

  • 宗像三宮つまり、辺津宮と中津宮、沖津宮は一直線上に並んでいて、しかのその延長上に韓国の釜山があります。そんな偶然があるのかと思っていましたが、自分なりにこんな仮説を立ててみました。たまたまですが沖の島と大島と釜山が一直線上に存在しています。遣唐使や遣隋使、更にそれ以前の時代 日本海を渡って朝鮮半島へ行く目印に大島と沖の島がなることが船を操る人たちの中で知られる様になったのではないでしょうか。この時代には羅針盤もないので大島から天気の良い日にわずかでも見える沖の島はよい目印になったのでしょう。逆に沖の島を越えると沖の島に重なるように大島が見えればそのまままっすぐ行ければ釜山に着くのですから。<br /> 大事な大事な目印ですので無事に航海できるようにそれぞれの島に神社が造られ、更にその延長上の九州本土にも神社を造ったのではないでしょうか。ただ不思議なのはもしこの説が正しければ辺津宮は地図上にたまたま場所が決められたように思えますが、辺津宮の高宮祭場はものすごく雰囲気のあるパワースポットです。これは偶然だったのでしょうか??それとも祭礼を繰り返すうちに土地にパワーが生じたのでしょうか?

    宗像三宮つまり、辺津宮と中津宮、沖津宮は一直線上に並んでいて、しかのその延長上に韓国の釜山があります。そんな偶然があるのかと思っていましたが、自分なりにこんな仮説を立ててみました。たまたまですが沖の島と大島と釜山が一直線上に存在しています。遣唐使や遣隋使、更にそれ以前の時代 日本海を渡って朝鮮半島へ行く目印に大島と沖の島がなることが船を操る人たちの中で知られる様になったのではないでしょうか。この時代には羅針盤もないので大島から天気の良い日にわずかでも見える沖の島はよい目印になったのでしょう。逆に沖の島を越えると沖の島に重なるように大島が見えればそのまままっすぐ行ければ釜山に着くのですから。
     大事な大事な目印ですので無事に航海できるようにそれぞれの島に神社が造られ、更にその延長上の九州本土にも神社を造ったのではないでしょうか。ただ不思議なのはもしこの説が正しければ辺津宮は地図上にたまたま場所が決められたように思えますが、辺津宮の高宮祭場はものすごく雰囲気のあるパワースポットです。これは偶然だったのでしょうか??それとも祭礼を繰り返すうちに土地にパワーが生じたのでしょうか?

  • いずれにしろ朝鮮半島に渡るためのこの3つの神社は大事な場所とされ遣唐使が廃止されるまで国家的な儀式が船出のために行われていたようです。このため貴重な祭具が用いられていて、ガラスのようなシルクロードから来たような珍しい宝物も沖の島では発掘されていて沖の島は「海のシルクロード」とよばれるようです。

    いずれにしろ朝鮮半島に渡るためのこの3つの神社は大事な場所とされ遣唐使が廃止されるまで国家的な儀式が船出のために行われていたようです。このため貴重な祭具が用いられていて、ガラスのようなシルクロードから来たような珍しい宝物も沖の島では発掘されていて沖の島は「海のシルクロード」とよばれるようです。

  • 【宗像大社;辺津宮】辺津の宮です。宗像大社というと一般にここをさすとタクシーの人が言っていました。

    【宗像大社;辺津宮】辺津の宮です。宗像大社というと一般にここをさすとタクシーの人が言っていました。

  • 【宗像大社;辺津宮】

    【宗像大社;辺津宮】

  • 【宗像大社;辺津宮】一宮;辺津宮の本殿です。市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)が祀られています。

    【宗像大社;辺津宮】一宮;辺津宮の本殿です。市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)が祀られています。

  • 二ノ宮、三宮や高宮祭場はここからうっそうとした木々の間の道を通って行きます。

    二ノ宮、三宮や高宮祭場はここからうっそうとした木々の間の道を通って行きます。

  • 【宗像大社;辺津宮】二ノ宮、三宮<br /> 島に渡ることができない人のために中津宮、沖津宮の分社が一宮の後ろにあります。

    【宗像大社;辺津宮】二ノ宮、三宮
     島に渡ることができない人のために中津宮、沖津宮の分社が一宮の後ろにあります。

  • 【宗像大社;辺津宮】<br /> 高宮祭場に行くため木々の間の道を上っていきます。

    【宗像大社;辺津宮】
     高宮祭場に行くため木々の間の道を上っていきます。

  • 【宗像大社;辺津宮】<br />  この奥に高宮祭場があります。

    【宗像大社;辺津宮】
      この奥に高宮祭場があります。

  • 【高宮祭場】<br />「宗像三女神降臨の地」として伝わる場所です。奈良時代以前など祀る場所に社殿などなかった時代の姿を今も残しているようです。社殿や神棚以外の場所で祭を行う「神籬(ひもろぎ)」の古代祭場とされています。

    【高宮祭場】
    「宗像三女神降臨の地」として伝わる場所です。奈良時代以前など祀る場所に社殿などなかった時代の姿を今も残しているようです。社殿や神棚以外の場所で祭を行う「神籬(ひもろぎ)」の古代祭場とされています。

  • 【高宮祭場】<br /> ここでは現在でも毎年10月3には高宮神奈備祭が行われます。また毎月1日と15日には月次祭(つきなみさい)が斎行され雅楽の演奏、早乙女による舞などが披露されているようです。

    【高宮祭場】
     ここでは現在でも毎年10月3には高宮神奈備祭が行われます。また毎月1日と15日には月次祭(つきなみさい)が斎行され雅楽の演奏、早乙女による舞などが披露されているようです。

  • 【高宮祭場】<br /> この日は風の強い日で木々が風に揺らされる音が響いていました。

    【高宮祭場】
     この日は風の強い日で木々が風に揺らされる音が響いていました。

  • 【高宮祭場】<br /> 中央の木に良い具合に光が当たって輝いているようでした。

    【高宮祭場】
     中央の木に良い具合に光が当たって輝いているようでした。

  • 【高宮祭場】<br /> 高宮の場所は右の小高い丘の上だと思われます。

    【高宮祭場】
     高宮の場所は右の小高い丘の上だと思われます。

  • 翌日、朝からフェリーに乗って大島に渡りました。

    翌日、朝からフェリーに乗って大島に渡りました。

  • 大島に渡るフェリーが発着する神湊です。

    大島に渡るフェリーが発着する神湊です。

  • 大島です。

    大島です。

  • 【大島】手前に見える鳥居が中津宮です。

    【大島】手前に見える鳥居が中津宮です。

  • 【大島;中津宮】

    【大島;中津宮】

  • 【大島;中津宮】

    【大島;中津宮】

  • 【大島;中津宮】上っていきます。

    【大島;中津宮】上っていきます。

  • 【大島;中津宮】<br /> 湍津姫神(たぎつひめのかみ)が祀られています。

    【大島;中津宮】
     湍津姫神(たぎつひめのかみ)が祀られています。

  • 【大島;中津宮】

    【大島;中津宮】

  • 【大島;中津宮】

    【大島;中津宮】

  • 【大島;中津宮】

    【大島;中津宮】

  • 【大島;中津宮】<br /> 本殿向かって右にある道を下ったところに「天の川」とそこに流れる「天真名井  (あめのまない)」と呼ばれる湧き水があります。<br /> この湧き水は「中津宮 御神水」として信仰の対象となっており飲むと書道がうまくなると言う話しもあります。またこの水を使用している酒造メーカーもあると言います。

    【大島;中津宮】
     本殿向かって右にある道を下ったところに「天の川」とそこに流れる「天真名井  (あめのまない)」と呼ばれる湧き水があります。
     この湧き水は「中津宮 御神水」として信仰の対象となっており飲むと書道がうまくなると言う話しもあります。またこの水を使用している酒造メーカーもあると言います。

  • 【大島;中津宮】 <br /> 「天の川」はこのまま神社の正面の方に流れていき、鳥居の本殿に向かって左側を流れるようになっています。大島は七夕伝説発祥の地と言われ下のような話が伝わっています。<br /><br />

    【大島;中津宮】 
     「天の川」はこのまま神社の正面の方に流れていき、鳥居の本殿に向かって左側を流れるようになっています。大島は七夕伝説発祥の地と言われ下のような話が伝わっています。

  • 【大島;中津宮】織姫神社とその手前を流れる「天の川」<br />〜 筑前大島天の川伝説 〜<br />遠い昔に、ある貴族の若者が朝廷の命で海を渡り、数人の織工女(きぬぬいひめ)を連れて帰国する途中、織工女のひとりと深い恋仲になります。やがて、役目を果たした若者は都に帰り、彼女たちは宗像神社の辺津宮にあずけられました。<br />  若者は織工女を想ってわびしい日々を送っていたところ、ある夜の枕元に宗像の神という天女が現れ「宗像の中津宮に行きなさい」と告げます。若者はお告げに従い、中央の役目を捨て、中津宮で神に仕える道を選びました。(つづき)<br /> 

    【大島;中津宮】織姫神社とその手前を流れる「天の川」
    〜 筑前大島天の川伝説 〜
    遠い昔に、ある貴族の若者が朝廷の命で海を渡り、数人の織工女(きぬぬいひめ)を連れて帰国する途中、織工女のひとりと深い恋仲になります。やがて、役目を果たした若者は都に帰り、彼女たちは宗像神社の辺津宮にあずけられました。
      若者は織工女を想ってわびしい日々を送っていたところ、ある夜の枕元に宗像の神という天女が現れ「宗像の中津宮に行きなさい」と告げます。若者はお告げに従い、中央の役目を捨て、中津宮で神に仕える道を選びました。(つづき)
     

  • 【大島;中津宮】織姫神社<br />(天の川伝説のつづき)<br />ある星のきれいな夜のことでした。いつものように天の川でみそぎをしていると、身にかける何杯目かの手桶の中をのぞいてみると、片時も忘れたことのない、あの彼女が、今にも語りかけんばかりに、水に映っているではありませんか。それから七夕のころになると手桶のなかに彼女の姿が映り、二人は時のたつのも忘れ無言で見つめあい、幸せなひとときを過ごしました。<br />  そしていつしか二人の姿は辺津宮と、中津宮から見えなくなったそうです。めでたく結ばれ、宗像の地のどこかに住んだとも、逆に結ばれぬままに、それぞれ遠いところに移り住んだともいわれました。また勝浦の奴山に住んで、織殿(ぬいどの)神社にまつられたという言い伝えもあります。

    【大島;中津宮】織姫神社
    (天の川伝説のつづき)
    ある星のきれいな夜のことでした。いつものように天の川でみそぎをしていると、身にかける何杯目かの手桶の中をのぞいてみると、片時も忘れたことのない、あの彼女が、今にも語りかけんばかりに、水に映っているではありませんか。それから七夕のころになると手桶のなかに彼女の姿が映り、二人は時のたつのも忘れ無言で見つめあい、幸せなひとときを過ごしました。
      そしていつしか二人の姿は辺津宮と、中津宮から見えなくなったそうです。めでたく結ばれ、宗像の地のどこかに住んだとも、逆に結ばれぬままに、それぞれ遠いところに移り住んだともいわれました。また勝浦の奴山に住んで、織殿(ぬいどの)神社にまつられたという言い伝えもあります。

  • 島の反対側にある沖津宮遙拝殿には頑張れば歩いて行けると言うことでしたが、他の場所も見たいので連休中に特別に出ている無料観光バスで回ることにしました。

    島の反対側にある沖津宮遙拝殿には頑張れば歩いて行けると言うことでしたが、他の場所も見たいので連休中に特別に出ている無料観光バスで回ることにしました。

  • フェリーが着いて直ぐフェリー乗り場に無料観光バスが止まっていたのでこれに乗りました。(実は中津宮はバス観光の後に行きました。)<br />予約など無しでバスに乗ったもの順で満員になると出発します。今回は少し空いていました。運転手さんはどちらかというと無口な方でぺらぺらガイドをするタイプではなかったです。<br />

    フェリーが着いて直ぐフェリー乗り場に無料観光バスが止まっていたのでこれに乗りました。(実は中津宮はバス観光の後に行きました。)
    予約など無しでバスに乗ったもの順で満員になると出発します。今回は少し空いていました。運転手さんはどちらかというと無口な方でぺらぺらガイドをするタイプではなかったです。

  • 【大島;沖津宮遙拝殿】<br /> 無料観光バスはまず世界遺産後方にも推薦されている沖津宮遙拝殿に行きました。

    【大島;沖津宮遙拝殿】
     無料観光バスはまず世界遺産後方にも推薦されている沖津宮遙拝殿に行きました。

    宗像大社沖津宮遙拝所 寺・神社・教会

  • 【大島;沖津宮遙拝殿】<br />沖の島に渡れない人のために、大島の北端:沖の島を臨める場所(岩瀬海岸)に、「沖津宮遙拝殿」が鎌倉時代から作られていて、天気の良い日には、沖の島を臨むことが出来るといいます。でもバスの運転手さんによるとそれも朝とかの条件の良いわずかな時間だそうです。今日も見る事はできませんでした。

    【大島;沖津宮遙拝殿】
    沖の島に渡れない人のために、大島の北端:沖の島を臨める場所(岩瀬海岸)に、「沖津宮遙拝殿」が鎌倉時代から作られていて、天気の良い日には、沖の島を臨むことが出来るといいます。でもバスの運転手さんによるとそれも朝とかの条件の良いわずかな時間だそうです。今日も見る事はできませんでした。

  • 【大島;沖津宮遙拝殿】<br /> 沖の島は今も女人禁制の島で、日頃は一人の宮司さんだけが常駐して毎朝海でみそぎをして過ごしていると言います。それ以外の男性は年に一回、くじで当たった人だけが一日だけに島に渡ることができるといいます。その人達も一本の木の枝も島から持ち出してはいけないし、島で見聞きしたことを他の人に話してはいけないという禁制ごとが多いそうです。

    【大島;沖津宮遙拝殿】
     沖の島は今も女人禁制の島で、日頃は一人の宮司さんだけが常駐して毎朝海でみそぎをして過ごしていると言います。それ以外の男性は年に一回、くじで当たった人だけが一日だけに島に渡ることができるといいます。その人達も一本の木の枝も島から持ち出してはいけないし、島で見聞きしたことを他の人に話してはいけないという禁制ごとが多いそうです。

  • 【大島;日本海軍砲台跡】船の監視室<br />「日露戦争の時、日本海で日本海軍がバルティック艦隊を破った場所はこの先ですよね。」とバスの運転手さんに聞くと「ここではない沖の島の先だ。」との返事。確かに沖の島は今日も見えないくらい遠いわけだけど、この先というのは間違いじゃないのではと思うのだが…。ただ戦争の時このあたりはあまり関係しなかったみたいですが。

    【大島;日本海軍砲台跡】船の監視室
    「日露戦争の時、日本海で日本海軍がバルティック艦隊を破った場所はこの先ですよね。」とバスの運転手さんに聞くと「ここではない沖の島の先だ。」との返事。確かに沖の島は今日も見えないくらい遠いわけだけど、この先というのは間違いじゃないのではと思うのだが…。ただ戦争の時このあたりはあまり関係しなかったみたいですが。

    砲台跡 名所・史跡

  • 【大島;日本海軍砲台跡】船の監視室<br /> 近くにはロシア側が立てた追悼の碑もあります。

    【大島;日本海軍砲台跡】船の監視室
     近くにはロシア側が立てた追悼の碑もあります。

  • 【日本海軍砲台跡】丸いへっこみが砲台跡、その向こうに風車

    【日本海軍砲台跡】丸いへっこみが砲台跡、その向こうに風車

  • 【馬蹄岩】突き出ているところが馬蹄岩。神代の昔、三姉妹の神さまの一人、田心(たごり)姫神が、馬に乗って沖の島へ飛び渡ったときに出来た、馬の足跡だと伝えられているそうです。

    【馬蹄岩】突き出ているところが馬蹄岩。神代の昔、三姉妹の神さまの一人、田心(たごり)姫神が、馬に乗って沖の島へ飛び渡ったときに出来た、馬の足跡だと伝えられているそうです。

  • 【牧場】

    【牧場】

  • あまり食べるところがなくやっと見つけた食事処。もう一見海岸沿いに水槽の中の魚を食べさせてくれる店がありましたがものすごく混んでいました。この店は路地に入ったところにあるので目立たないようで余裕では入れました。

    あまり食べるところがなくやっと見つけた食事処。もう一見海岸沿いに水槽の中の魚を食べさせてくれる店がありましたがものすごく混んでいました。この店は路地に入ったところにあるので目立たないようで余裕では入れました。

  • 肝付のカワハギの刺身と煮魚の定食

    肝付のカワハギの刺身と煮魚の定食

  • 【大島:安部宗任の墓】<br /> 安部宗任の墓があると聞き、どこかで聞いた名前だと思っていたら東北で良く耳にした安部宗任でした。前九年の役で源頼良、義家に敗れ、伊予に流された後にここ大島に流されていたのですね。ここでは日宋、日朝貿易で活躍したみたいです。

    【大島:安部宗任の墓】
     安部宗任の墓があると聞き、どこかで聞いた名前だと思っていたら東北で良く耳にした安部宗任でした。前九年の役で源頼良、義家に敗れ、伊予に流された後にここ大島に流されていたのですね。ここでは日宋、日朝貿易で活躍したみたいです。

  • 【大島】

    【大島】

  • 【大島】

    【大島】

  • 【大島;夢の小夜島】<br /> 夏はライトアップされるそうです、

    【大島;夢の小夜島】
     夏はライトアップされるそうです、

  • 【大島;夢の小夜島】正面に鳥居があります。

    【大島;夢の小夜島】正面に鳥居があります。

  • 【大島】

    【大島】

  • 大島から神湊へのフェリー

    大島から神湊へのフェリー

  • 【宮地嶽神社(みやじだけ)】<br /> ここがJALのCMで嵐が出ていた「ひかりの道」のロケ地です。

    【宮地嶽神社(みやじだけ)】
     ここがJALのCMで嵐が出ていた「ひかりの道」のロケ地です。

  • 【宮地嶽神社】<br />光の道の先に太陽が沈むのは10月20日頃と2月20日ごろのそれぞれ1週間くらいだそうです。

    【宮地嶽神社】
    光の道の先に太陽が沈むのは10月20日頃と2月20日ごろのそれぞれ1週間くらいだそうです。

  • 【宮地嶽神社】

    【宮地嶽神社】

  • 【宮地嶽神社】

    【宮地嶽神社】

  • 【宮地嶽神社】

    【宮地嶽神社】

  • 【宮地嶽神社】日本一のしめ縄

    【宮地嶽神社】日本一のしめ縄

  • 【宮地嶽神社】

    【宮地嶽神社】

  • 【宮地嶽神社】黄金の屋根

    【宮地嶽神社】黄金の屋根

  • 【宮地嶽神社】この日は5月5日菖蒲祭でした

    【宮地嶽神社】この日は5月5日菖蒲祭でした

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;薬師神社】病難から救う神さま

    【宮地嶽神社奥の宮八社;薬師神社】病難から救う神さま

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;三宝荒神】<br /> 竃、火除けの神さま

    【宮地嶽神社奥の宮八社;三宝荒神】
     竃、火除けの神さま

  • 【宮地嶽神社】

    【宮地嶽神社】

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;恋の宮】

    【宮地嶽神社奥の宮八社;恋の宮】

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;不動神社】

    【宮地嶽神社奥の宮八社;不動神社】

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;不動神社】<br /> 不動神社は横穴式石室古墳からあまりにたくさんの宝物などが出てきて、逆に怖くなり霊験あらたかなる「お不動様」をお祀りしたそうです。

    【宮地嶽神社奥の宮八社;不動神社】
     不動神社は横穴式石室古墳からあまりにたくさんの宝物などが出てきて、逆に怖くなり霊験あらたかなる「お不動様」をお祀りしたそうです。

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;稲荷神社】

    【宮地嶽神社奥の宮八社;稲荷神社】

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;稲荷神社】

    【宮地嶽神社奥の宮八社;稲荷神社】

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;水神社】

    【宮地嶽神社奥の宮八社;水神社】

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;水神社】龍神様

    【宮地嶽神社奥の宮八社;水神社】龍神様

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;万地蔵尊】

    【宮地嶽神社奥の宮八社;万地蔵尊】

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;万地蔵尊】<br /> 宮地嶽のお地蔵様は万地蔵さまと呼ばれ、子供の願い事は何でも(万・ヨロズ)聞いていただけるそうです。

    【宮地嶽神社奥の宮八社;万地蔵尊】
     宮地嶽のお地蔵様は万地蔵さまと呼ばれ、子供の願い事は何でも(万・ヨロズ)聞いていただけるそうです。

  • 【宮地嶽神社奥の宮八社;七福神社】

    【宮地嶽神社奥の宮八社;七福神社】

  • 【宮地嶽神社】

    【宮地嶽神社】

この旅行記のタグ

関連タグ

6いいね!

利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。 問題のある投稿を連絡する

コメントを投稿する前に

十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?

サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)

報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。

この旅行で行ったスポット

旅の計画・記録

マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?

フォートラベル公式LINE@

おすすめの旅行記や旬な旅行情報、お得なキャンペーン情報をお届けします!
QRコードが読み取れない場合はID「@4travel」で検索してください。

\その他の公式SNSはこちら/

タグから国内旅行記(ブログ)を探す

この旅行記の地図

拡大する

価格.com旅行・トラベルホテル・旅館を比較

PAGE TOP