2016/04/22 - 2016/05/02
672位(同エリア1289件中)
アーサーさん
昨年 西地中海クルーズを初体験した。それから 東地中海 特にエーゲ海へのクルーズは 私のちょっとした夢になった。
今年 正月恒例のトラベルズーのセールで ベニス出航、サントリーニ島、アテネ寄港、モンテネグロのコトルにも立ち寄り ベニスに帰港する7泊8日の定番コースが発表された。価格も想像の範囲で早速 申し込みだけはする。
ゆっくり 他社のプランとも比較したが 一長一短があり 価格的に安い クルーズプラネットの当初案で決定。
実際の旅行は色々とトラブルもあり大変だったが、こうして終わってみればそれなりに「満足」。妻がどこかで見つけてきた「クルーズは旅のテイスティング。」のフレーズに妙に納得する結果だった。
サントリーニ島までの前編と それ以降の後編に分けて掲載。
表紙写真はサントリーニ島沖合に停泊する「オーケストラ号」
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ショッピング
- 4.0
- 交通
- 4.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
-
(0)−1
トラベルズーのメールでも書かれていたが、「149,800円〜が実現したのは、オンシーズン突入直後の4月末出発だから。つまりこの時期を逃すと、好シーズンに10万円台で実現するチャンスはそうありません。」で 少しでも安価な4月22日出発を選択する。(結果的に 今年のヨーロッパは寒くて ベニスは冷雨だったが。)部屋は海側の169,000円を選択。
写真は早速送られてきた日程表、請求書類。日程表ではクルーズの予定は分かった。船の観光寄港予定・時間は満足。
でも 飛行機の便が未定でベニスの滞在の詳細は未定。 -
(0)−2
旅行申込金は支払い、無償キャンセル可能日の2月中旬までに時間が有ったので 少し他のプランも暇に任せて調べてみた。
自分で手配して行くとなると クルーズコムのデーターから船代が約8万円、飛行機代が約8万円で ベニスでのホテル代等を合計すると17万円位。ベニスでの自由度は増すが 手間を考えるとそれ程メリットは無い。日本の各社のクルーズ提案も見たが 確かに料金水準は以前と違って随分下がっている。それでも 内容を含めて考えても 価格的には今回のクルーズプラネットの案が最安値のようだった。
昨年の西地中海のクルーズの反省から 事前に観光情報をそれなりに調べておこうと 図書館で本を借り出し読んだ。写真はその中の一冊 塩野七生さんの「ヴェネツィア物語」。随分絢爛な時代があったものと驚く。 -
(0)−3
地球の歩き方も借りて来て、寄港地の自分で歩きそうなところは 事前にコピーをして用意する。
ネットの旅行ブログも それなりに読み込み、情報を増やしておく。
MSCのネット情報(特にオーケストラ号の)にも目を通しておく。
またスマホの「MAPSME」に各地区の地図情報を取り込んでおく。
2月ごろ クルーズプラネットの係りの方から連絡が有り、前年乗船実績から MSCのVOYAGERS CLUBへの入会を勧められ 快諾。
3月になり 旅行社から請求書が届き、船内支払いを除き 二人で総額385千円弱を払う。一応今回の旅行予算は総額50万円以内と目途を立てる。
(待てば金額は下がるだろうが、私の体力の衰えはそれ以上に進みそう と判断) -
(0)−4
出発の10日前位になって やっと最終書類が届く。そこにEチケットが入っていて 飛行機の便が分かり ドーハーの乗り換えの明細が判明する。併せてベニスの滞在ホテルが分かり 早速ホテルを検索して 交通関係などを調べる。また参考資料として入っていた「寄港地マップ」は前回の旅行では入っていなかったので 重宝して調べる。
ここで 「MSCクルーズ乗船のご案内」は前回の同じだろうと思い込み きちんと読んでおかなかった。(あとでトラブルの遠因。) -
(0)−5
数日遅れで やっと「乗船券」が到着。
船室の明細が判明。バルコニースタンダードに格上げ。ラッキー。
ブッキングナンバーが判明したので エクスカーションの予約を実施。 -
(0)−6
私のクルーズの経験から 船のエクスカーションは出来るだけ絞ろうと考えていた。日本の旅行社のオプショナルツアーは 一件当たり1万円を超えていて 論外。
一応 アテネは初めてなので街の概観を知ると言うことで 申し込み、サントリーニ島は私の足ではフィラとイアの両方は歩けないと思い、テンダーボート乗船の優先順位からも エクスカーションを申し込み、オリンピアは港から離れていて 寄港時間が約6時間と限られていて個人で行く時間的リスクもあり、申し込む。
各プランとも英語ツアーで MSCのサイトから申し込み 予約完了のプリントを打ち出し 持参した。 -
(1)4月22日(金)
①
直前まで ネットでイタリア、ギリシャの気候を調べたが どうもベニスは寒そう。
それで 冬用の衣類も用意し 最低限の荷物と心がけたがスーツケースの重量は20キロを少し超えた。
何時ものように 地下鉄の特急成田行きに乗車。地下鉄の駅で行き合わせた高校生が階段の途中から スーツケースを運んでくれた。「日本の若者も捨てたものではない。」と嬉しかった。 -
②
前日カタール航空のWEBチェックインを完了しておいたが 予定通りに20時過ぎにカウターで荷物を預ける。(尚、カタール航空の出発48時間WEBチェックイン開始は出来なくて、38時間前位で私は出来た。)
カウターの日本人係員は親切で 成田空港のJALラウンジの利用やドーハ空港のワンワールド航空のラウンジ利用も教えてくれた。
写真はそれで利用した JALのさくらラウンジ。思いがけず得した気分。 -
③
QR807便は 22:20の定刻に出発。機内は団体客も多く、満席。
座席は3人席の両端で確保して 不満は無い。
機内のアイマスク、歯磨きセットなども座席に用意されていた。日本人の客室乗務員も乗っていた。 -
④
離陸後1時間位で夜食が提供されて それを食べ、味の素の試供品睡眠アミノ酸「グリナ」を飲んで 寝てしまう。 -
(2)4月23日(土)
①
飛行時間約12時間のドーハ着陸の1時間前に起こされ よく分からない時間帯の朝食を食べる。
現地時間4時過ぎで 機内を出る。飛行場は熱気で冬下着では暑い。飛行場の周りは暗闇が広がっている様子。 -
②
飛行場は新しく広大。オイル資本の力?
行先案内標示は 分かり易い。トランジットの表示に従って進む。 -
③
途中 (写真の)セキュリティチェックエリアが有り、ここで ドーハからベニスの搭乗券を紛失して 慌てるが カタール航空カウンターでパスポートを示し 再発行して貰う。 -
④
ベニス行のQR125便6:45出発迄 約2時間半あり 成田で教えて貰ったワンワールドのラウンジを探す。オリックスラウンジではなくて 大きなぬいぐるみの反対側の2階にワンワールドのラウンジが有った。受付でサファイアレベルのカードと搭乗券を示し入室する。団体客用の安い搭乗券の所為かあまり歓迎されている風では無かった。 -
⑤
ラウンジの中は 時間の所為かゆっくりしていて 軽い食事も用意されていた。シャワールームは無さそう。パソコンルーム、ファミリールームは有ったが。 -
⑥
ドーハ空港内の免税店は華やかで 早朝の為お客さんはいないが電気が明々とついていた。成田空港のシャッター街も侘しいが これも同じく 空々しく興醒め。 -
⑦
出発ロビーで待機。日本人の団体客が多い。
ここで 去年クルーズで一緒になったご夫婦とお会いする。 -
⑧
ベニス行は半分ぐらい空席の感じ。WEBチェックインで席を4人席の両端にしておいたが、間には誰も入ってこなかかった。正解。ゆっくり横になって眠れた。
ベニスまで飛行時間 約6時間。 -
⑨
食事はドーハーを出て1時間後、ベニスに着く1時間前にと2回提供された。さすがに 飛行中の食事の回数が多く 最後の軽食はお腹一杯。 -
⑩
入国手続きは 最近の難民問題の為か 審査場の列によっては 引っかかると時間が掛かった。(日本人観光客は殆んどフリーパスだが。)それで 荷物を受け取り 通関出口で一行が揃うまで 少し待ち時間発生した。
写真は 一行が揃うまで ベニス空港の出口付近で待っている様子。 -
⑪
時間が有ったので 出口付近のキャッシュディスペンサーの機械を探し、ユーローを借り出そうとした。いつものように英語画面に変え 指示された通りに操作するも最後の現金が出てこない。あれぇ何か間違えたかなぁと思い再度試すが 出てこない。意地になってもう一度金額を変更するもダメ。これは新手の詐欺かなと不安になり マシンの画像を写真に取り、機械を離れる。少し不安で 日本に帰り真っ先に調べたが 現在の所大丈夫そうだ。機械の信頼度の社会的な差なのかもしれないが驚いた。 -
⑫
空港から借り切りバス2台で ホテルに向かう。約30分。
今回ツアーを一緒に回る人数は約50人位。
後日 船の中で ツアー参加 当人からお聞きしたが 空港で置いてきぼりにされ
仕方なく空港からホテルまでタクシーで来たそうだ。ご夫婦の方は 英語とイタリア語をそれなりに話をされ なんとかなったらしいが 人数の確認をせずに バスを出発させるとは ちょっと想像外。我が身で考えると恐怖。
ホテルはベニス島から離れたメストレ駅からバスで10分位の ノボテル。大型の団体客がよく使う感じのホテル。 -
⑬
空港から案内してくれた 現地添乗員の ホテルでの対応は準備不足で最悪。途中のバスの中で メモ等を渡し、車内放送設備を使って、ホテルチェックインの手順、ホテル利用の諸注意、翌朝食の利用、出発時間の確認、それからホテルからベニス本島への交通手段の説明を手順よくやれば良いのに ホテルフロント前の雑踏で 口頭で その説明を一挙に行い、チェックイン手続きを行うから 待たされるし、質問は続発されるし、聞こえないで混乱し、お客の不満続出。
実際のホテルの部屋は さすがノボテルと納得できるグレード。 -
⑭
部屋で一息つき 体力は残っていそうなので ベニスで船の遊覧だけでもしようと午後3時過ぎ出掛ける。
フロントでバスと遊覧船の24時間券(20ユーロー)を購入する。フロントも忙しそうなので 簡単なホテル周辺地図を貰い、バス停の方向を確認して出かける。
ブログで読んだ記憶のある ドイツ系安売りスーパー「LIDL]の前にバス停が有った。3時16分発のバスに乗ろうとして バス停に行ったが 出た後だった。仕方なく46分まで待つ。雨が降り出す。(H1線以外のバスも停まったが ベニス行では無く 周りの人に尋ねてHI線のバスを待つ。)
写真はそのバス停から安売りスーパーを写す。 -
⑮
やって来た HI線のバスに乗り込む。途中のバス停で多くの乗客が降りた。ホテルの案内で貰ったメモに (TO VENICE HI+2)と書かれていたが 老眼の為 +2がよく分からなくて また乗り換えポイントも表示されていなかったので そのまま椅子に座れた安堵感もあり 途中おかしいとは思ったが 乗り続けた。終点迄来て 運転手さんに尋ねて ミスをしたことが判明。多くの客が降りたところが メストレ駅でそこで 2番線に乗り換える必要があった。
戻ろうかと思ったが 親切な運転手さんから 近くからベニス行のバスが出ていると言うことを教えて貰い そちらに向かう。
写真は HI線のバスの車中。お客が途中から降りてしまった。 -
⑯
教えて貰ったバス停に向かう為 駅構内を歩いている時 放送でサンタルチア駅行の列車が近ずいているのが聞こえた。プラットフォームに居た人に尋ねると ベネチア行きと確認できた。切符を買う暇もなく 列車に飛び乗る。
(後で調べると メストレ駅の北側の最初の駅「VE MESTORE OSPEDALE]
みたい。)
写真はその駅のプラットホーム。随分あか抜けたデザインの地方駅。 -
⑰
無賃乗車の高い罰金は 知っていたので 慌てて次のメストレ駅で降りる。
駅中のマックでトイレを無償拝借。トイレ番の女の子は老人を見逃してくれた。
写真はメストレ駅構内。結構大きな駅。 -
⑱
駅前のバス停から 2番線のバスに乗り、ベネチア島に向かう。車窓からは NETで見覚えのある 列車と道路の並行して走る橋からの風景が広がる。一安心。雨は止まない。 -
⑲
ローマ広場にバスは着き、直ぐ近くの船着き場から ヴァボレットの1番航路に乗り込む。 -
⑳
船は運河を進んでいく。
想像してきたような風景で それでも現実に広がるパノラマに 生活の場であることも踏まえ 歴史の積み重ねに 意味もなく感動する。 -
21
満足感に酔ってしまい、「S.MARCUOLA」乗り場の表示にサン・マルコ広場と間違えて 船を降りてしまう。乗船時間が短すぎるとは思ったが、ある程度の客が降りるのでつられてしまった。 -
22
それでも 結構人通りのある裏街で ベニスらしい雰囲気は漂う。 -
23
ショーウインドの「仮面」の陳列もベニスらしい。
この辺りの ATMでユーロを借り出す。今回は問題なし。 -
24
MAPS MEで間違いに気づき そぞろ歩きで ゆっくりと船着き場に戻る。 -
25
船着き場で2番航路の北行と南行が不確かなまま どちらでも良いと やって来た北行の船に乗り込む。 -
26
船の後ろのオープンデッキの所に座ると 周りの客から話しかけられる。日本人と分かると 色々と説明してくれるが こちらは殆んど分からない。 -
27
又直ぐに ローマ広場の所に戻ってきたが ちょっとまだ時間もあるし、歩くのも疲れたので そのまま 船に乗り続ける。デッキで乗り合わせた中年の女性の方がイタリア民謡を歌ってくれる。メロディのテンポが異国らしい。 -
28
デッキの一団はフェリー乗り場で降りて行った。船は大運河側では無く 外回りを航行しているのが分かる。船はスピードを上げ 白波を立てる。 -
29
船はジューデッカ島との間を航行して 観光船と言うより 地元の乗り合いバスの趣。それなりに歴史建造物らしい建物は散見できるが。 -
30
船は やっとサンマルコ広場の船着き場に着き、大運河を通って ローマ広場に戻るのかと想像していたら 同じ航路を引き戻り ローマ広場へ。ちょっとがっくり。(写真はサンマルコ広場の船着き場付近) -
31
戻ってきたローマ広場で2番線のバスに乗り、メストレ駅へ。ホテルへの帰りはH2番線のバスで 駅の向かい側の道路上に バス停があることを教えてもらい そちら側で待つ。イタリアでは半数ぐらいの人が英語の質問に答えてくれる感じ。都会とは異なり田舎の人は親切そう。
写真は暗くなったメストレ駅をバス停から写す。 -
32
降りるバス停の名前をイタリア語で言えず 焦ったが、ノボテルホテルで分かって貰えた。
降りたバス停の前の安売りスーパーに ちょっと立ち寄った。確かに安いが 大型規格商品で (乗船前と言うこともあり。)買うことは出来なかった。
写真は閉店時間が迫る LIDLの店。
ホテルに帰り、持参したカップラーメンを食べ、風呂に入って眠った。 -
(3)4月24日(日)
①
朝 7時からホテルでコンチネンタルの朝食。期待はしていなかったが 実際はかなり豪華で満足。但し食堂の席数は不足で慌ただしい。
8時 ホテルにバスが迎えに来て 出発。昨日と違い イタリア人の男性添乗員の方が先導してくれる。 -
②
ベニス本島への橋の上から 雨でもやが掛かった向こうに 乗船するオーケストラ号が見えて来る。
MSC社のデーターによれば オーケストラ号の概要は
建造年 2007年、トン数 92.409トン 、乗客定員数 2,550名(2名1室利用時)
乗務員数 約1,054名 、全長/幅/高さ 293,80m/32,20m/59,64m
昨年のファンタジア号(137.936トン)と比較すると かなり小振り。
それでも 巨大であることには変わりはない。 -
③
バスはベニス本島への橋を渡った所で 昨日のローマ広場に向かう 手前で右折し、クルーズターミナルに向かう。
写真は ターミナル前でバスを降り、各自が預ける手荷物を運んでいる所。みなさん結構な大きさのスーツケース。 -
④
写真は 手荷物をクルーズ船に預け、身軽になって サンマルコの自由時間観光に貸切船で出かける所とその貸切船。
(サンマルコまでの貸切船の乗り場まで約15分位歩いた。)写真中央にクルーズターミナルに接岸したオーケストラ号が見える。右側は 別のターミナルに接岸している 同じカジュアルクラスの船「コスタ」。 -
⑤
貸切船は昨日と同じジューデッカ島との間を航行して ちょっとサンマルコ広場から離れた場所に接岸し、再集合場所の確認の為 「ドゥカーレ宮殿」まで 全員で歩く。
写真は 途中で有名らしい「溜息の橋」を写す。 -
⑥
9時半頃 再集合場所と時間(11時20分)を確認して自由解散。
約2時間位しか 自由時間が無かったので まず ドゥカーレ宮殿への入場待ちの長い列とサンマルコ寺院の同じ長い列を見て 諦め、島全体を俯瞰するため 近くの「鐘楼」に登る列に並ぶ。
写真の塔が「鐘楼」。 -
⑦
20分近く経って やっと鐘楼にエレベータで昇れる。
写真はサンマルコ広場を見下ろして写す。小さくて平面的な島に歴史を重ねてきた建物が密集している。 -
⑧
真下のドゥカーレ宮殿とサンマルコ寺院は結構巨大そう。 -
⑨
遠くのクルーズターミナルに オーケストラ号とコスタの船が煙って見える。やはり巨大な存在感。 -
⑩
夕刻には 目の前のサン・ジョルジョ・マッジョーレ島との間のサンマルコ運河をオーケストラ号の巨大船で通過するのかと想像すると 胸が高鳴る。クルーズ船でベニス出航はいいものだろうと思う。 -
⑪
下に降りても 日曜日の為か ドゥカーレ宮殿への入場待ちの長い列は変わっていない。
それで 近くをブラブラと散策する。 -
⑫
入り組んだ運河沿いに 多くの観光客が歩いている。ゴンドラに乗る人も結構多い。
路地を歩いていて、トイレも兼ねて 小さなレストランに入ったら、昨年同じ船だったご夫婦で ドーハで再会した方と偶然お会いする。ゆっくり ワイン片手に軽食を楽しんでおられた。 -
⑬
パリやブリュッセルでのテロの影響か 柱の陰には 自動小銃を手にした警備の人達がいた。
11時15分の再集合時間に一組のカップルが姿を見せず、私も誘われて サンマルコ広場に戻って、探したが 見当たらず 11時30分頃 諦めて専用船でクルーズターミナルに戻る。(*心配したが 翌日そのカップルの姿を船でみかけた。) -
⑭
一時前 もう一度クルーズターミナルに戻り、二階のチェックインの列に並ぶ。(この前でイタリア人の現地添乗員と別れる。)いつもの飛行機のチェックインと同じだが、乗船客も多くて三〇分程待たされる。(写真は待っているところ。)
カウンターでチェックインの時、乗船券とパスポートとクレジットカードを提示したが、クレジットカードは不要と言われる。確か前回もホーランドアメリカで利用の時も デポジットの意味でクレジットカードの確認をされたような気がしたが 今回はエクスカーションの予約の際に カードデーターは渡してしまったのかと思い、必要ないなら 別にそれまでと カードをポケットに仕舞う。顔写真を撮られ、クルーズカードを発行して貰い チェックイン終了。ロビーでウエルカムジュースらしきものを飲んで一息。 -
⑮
順番が来て、セキュリティゾーンを通り、個々に乗船口へ。(写真)
乗船後 クルーズカード読み取りの乗船のチェックを終了したところで 女性の係りの人に こちらの列に並べと指示される。見ると前には中国人らしき一団が 列を乱して集まっている。どうもパスポートを預けるらしい。列が進まない苛立ちもあり、(西欧人らしき人はフリーパス。)もう一度女性の係りの人に 何故並ぶか尋ねたが 並べの指示を繰り返すだけ。折りたたみ机のようなカウンターには女性が 一人いて 紙片に私の名前をサインして それと共にパスポートを出せと言う。今まで預かり証と引き換えに パスポートを預けたことは有ったかもしれないが 何の証文もなく カウンターの紙製の箱に無造作に放り込んでいく光景を見ると 心配だったが 面倒になり差し出した。後日 他の乗客の話によれば ここをスルー人も居たようだ。(それだけ いい加減?)下船時の前夜 パスポートは居室サービスの人から返却されて問題なかったが 不安な扱いだった。 -
⑯
部屋は前回のファンタジア号より若干狭そうな気もしたが 問題の無い設備。
部屋を確認し、早速13階のビュッフェ食堂へ。 -
⑰
見晴らしの良いビュッフェで 軽くランチを戴く。船に居る限り これで食事の面倒はなくなると喜ぶ。 -
⑱
それから 船室に戻り、届けられたスーツケースの整理・収納をしたり、日本語の船内新聞を読んだりしていると、館内放送で「緊急時避難訓練」の案内がある。予定の16:15頃 警報が鳴り、救命胴衣を持って クルーズカード記載の集合場所に向かう。カードをスキャンして貰い、いつもの説明を聞いて終了。(写真はその説明会場。)
尚 15:30から日本語の船内生活の過ごし方の説明会があったが、二回目と言うこともあり、パス。これは結果的にまずかった。 -
⑲
17:00過ぎ 船はクルーズターミナルを離れ、出航して行く。
上階の甲板には その情景を見ようと多くの客が集まってくる。 -
⑳
船の両側のタグボートのサポートを受け 巨大なクルーズ船は器用に 狭い水路を抜けて行く。 -
21
午前中のサンマルコ広場も眺めながら船はゆっくりと進む。 -
22
ベニスの中心部が遠ざかって行く。曇り空で風も出てさすがに寒い。ただ熱心な乗客は 数多く見守っている。 -
23
船は いよいよアドリア海へ。そして タグボードと別れ 解放されたようにスピードを上げていった。 -
24
夕刻 6時半のディナーの指定時間にクルーズカード指示のレストランに行ってみると 少し若い熟年のご夫婦の方との4人席であった。自己紹介で偶然にも近隣にお住まいの方と分かり驚く。外国に慣れたお二人で 私が老眼鏡の持参を忘れたこともあり、日本語メニューだが 積極的に食事のオーダーを主導してくれる。
ちょっと4人席は 前回の6人席や8人席と異なり 話題の提供に苦しい時もあったが 積極的な方々で助かった。どちらかと言うと私が男性同士で 東京の地元のローカルな話題を持ち出すもので 女性達は少し呆れていたが。
食事は前回のファンタジア号の初日が 記憶に残る不味いものだったので 懸念していたが 今回は普通に美味しかった。食材の鮮度が随分改良されているように思った。
夜は疲れていたので ショーを見に行かずに シャーワーを浴び眠った。
窓の外では風が出て、少し揺れている風だった。 -
(4)4月25日(月)
①
朝 ベランダに出ると 風もあり 曇っていて寒かった。波も高い。
眺めるアドレア海は想像していたより 広かった。 -
②
朝食も5階のレストランで食べる。13階のビュッフェは何時も混雑していて落ち着かなく、原則として食事は オープンしている限り 三食共にレストランを利用した。
朝食はエッグベネディクトを選択し、西欧に来たとの満足感に浸り食す。 -
③
部屋に帰ると 要望通り ベッドの仕様がツイン仕様に変えてくれていた。部屋のテレビのリモコン操作が分からなかったが 部屋担当の男性係り員に教えて貰ってCNNの受信が可能になる。アジア系 多分インドネシア人の係り員は親切で真面目。
持参したマグネットとハンガーは今回も便利。室内では持参したスリッパに履き替え寛ぐ。 -
④
午前中 時間があったので 恒例の船内探検で時間を過ごす。
写真は13階の船首部分にあるフィットネスセンター。ちょっと狭くて いつも満杯。壊れているマシンもあり、ゆったりとは使えなかった。
無料で運動靴さえ持参すれば使用できる。汗拭きのタオルもセンターに常備されていたが 飲料は無くて持参するか、付帯のバーを有料で利用する必要あり。 -
⑤
キッズルームを覗いたが、日本の保育園の様で 多くの幼児が利用していた。これは やはり先進国。子供乗船料金が無料だけでなく家族が利用しやすくなっている。 -
⑥
パブリックのゾーンも 利用するのに不便な場所にある為か、窓際でも結構空いていた。
図書室にも行ってみたが、狭くて 閉鎖的で ちょっと利用する気にはならない。勿論 日本語の図書は無い。 -
⑦
11時過ぎ イタリアのバーリーの港が見えて来る。
バーリーの街はイタリアの長靴形状の踵のつけねの所に位置し、古くから往来の要所の港で有ったみたいだ。 -
⑧
11時半から ゆっくり食堂でランチを取る。エクスカーションで船を出て行く人を先に出し、個人で港町を見学する積り。
レストランは空いていて ランチもフルコースの提供をしていた。 -
⑨
ランチ後 船を降り バーリの観光の中心 聖ニコラ教会を目指す。
海岸沿いに 歩いて20分位かなぁと思っていたが 港湾部の無機質なエリアを抜けるのに時間を取られ 30分ほどかった。
旧市街エリアは 重なり合った住居の中を歴史を感じながら歩く。 -
⑩
教会の建物は それ程興味を引くものではない。11世紀頃建造とか。 -
⑪
教会の入口も 地味な感じ。 -
⑫
祭壇も 地方の古い教会の様。 -
⑬
見上げると 天井絵は 思いがけず豪華。 -
⑭
暇に任せて 地下に降りて行くと 人々が熱心に礼拝中。???
ちょっと普通の教会では見かけない風景。誰かの葬式の最中かと疑う。
どうもそうではないみたい。 -
⑮
この御棺のような礼拝物に祈っているようだ。
後で調べてみると サンタクロースの元ともいわれるミラのニコラオスの不朽体らしい。ニコラオスは3世紀から4世紀にかけて小アジアのミュラ(ミラ)で大主教を務め、多くの奇跡をあらわしたとされ、聖人とされた人物とか。
サンタクロースの起源を始めて知った。
此処は 古くからの巡礼の地らしい。 -
⑯
それから旧市街を歩いていて、13世紀頃建造された お城に出くわす。
空は少し青空が出て来て 南イタリアの風情を感ずる。
写真はお城の入り口。空堀の草の青さが目立つ。 -
⑰
お城は 小さくて 少額の入場料を払った割には 大したものは何もない。
写真はその博物館の展示物。 -
⑱
新市街に出ると 道も広く 建物も大きい。街路樹も南国風。
ベルギーのテロへの連帯を示す イタリアの宣伝物も見かける。
それから 旧市街の路地を歩いて 港に帰る。 -
⑲
殺風景な港湾地帯を歩いていると 風が強くなり また雲が出て来る。
多くの乗船客が 徒歩でそそくさと船に帰って行く。 -
⑳
体も冷えたので、13階のビュッフェでアフターヌーンティーの気分でお茶をする。いい気分。 -
21
今晩はイタリアデーだとかで ドレスコードは緑・白・赤の指定。レストランのナプキンもそうだが、西欧人は意識した服装。
同席の食卓のご夫婦は 有名なアルベロベッロの村をツアーで訪ね楽しかったそうだった。 -
22
今晩は夕食後 21:15からのショーを見る為に 20:45頃劇場に行く。良い席は結構一杯。
ショーの写真撮影は「著作権保護」だとかで お控えくださいと書かれているが 無視しておっぴらに撮影する人多し。ちょっと恥ずかしくて今回は撮影せず。
ショーそのものは 面白いがアクロバット風。
夕方から 風が更に出て来て 夜 船はバーリの港を まだ出港していない。 -
(5)4月26日(火)
①
朝 4時頃船が出港しているような気配はしていたが、結局 寄港地のカタコロンをパスして 直接サントリーニに向かっているとのこと。本日は一日航海日となる。まぁ負け惜しみに近いが カタコロンの予定の半日は私の中でのプライオリティは低い。安全航行優先で良しと思う。
朝、食堂には まだお客が居なくて ゆっくり食べられた。写真のように パブリックのラウンジもガラスキ。結構居室で過ごす人が多いのか?
午後は 溜まった洗濯をして、フィットネスセンターで汗を流す。センターでは日本人の方も見かけた。船内で てるみくらぶの100名以上の団体の方もおられたので 日本人の割合は10%位の感じ。昼食時 台湾からの方と同席になる。英語での片言会話では台湾から団体で参加されたとか。そいうこともあり 東洋人の参加は15%位の感じで 随分と増えた。(世界の人口比から考えれば まだまだ増えて当たり前か?)
妻は船内の体操系・ダンス系のアクティビティーに 積極的に参加。 -
②
今夕は ドレスコードは「ガラ」の日。夕刻(18:00~19:00)ガラ・カクテルで船長と写真撮影や飲み物サービスが有る。
私も夕食の少し前に行って バーのカウンターでジュースをご相伴する。今宵のジュースは 朝のレストランの水っぽいジュースより美味しい。
ちょっと戴けないのは ガラの日でそれなりに着飾った 日本の婦人達が 私達が飲んでいるカウンターの前から カフテリアのセルフの飲み物を取るように 手を伸ばし 黙ってグラスを持ち去っていくこと。見かねて「一言 バーテンダーに断った方がいいですよ。」と注意喚起したが 慣れていないっこともあってか 婦人達に 軽く無視された。
イタリア語は皆目わからないが バーテンはサッカーの日本人選手の名前を出し、ジェスチャーで 「いい。」と笑いかえてくる。私もジュースが美味いと下手な英語でお礼を言う。そういうコミュニケーションが一つの礼儀だろうと思う。 -
③
ディナーは流石にガラの日で ちょっと手が込んでいる。 -
④
ヨーロッパの船で 服装は皆さん (日本人客を含めて) カジュアル船クラスだけれど 華やか。 -
⑤
私は デイナーのメイン料理に 原則として太り過ぎ防止の為 ベジタリアン料理を 頼んでいたが 今晩の「てんぷら」は失敗。ころもが厚く、たれも日本ほど美味しくない。やはり 野菜だけのてんぷらは物足りなかった。
夜は 華やいだ劇場に行き いつものようにショーを楽しんだ。
終日航海も ゆっくりしていいもんだと思い眠った。 -
(6)4月26日(水)
① 朝起きると エーゲ海は晴れていた。気分が良い。
船はサントリーニ島に近づく。
早速 6時半からの朝食レストランへ行き、エクスカーションに 参加するため8時頃 集合のラウンジに行く。 -
②
集合場所のカウンターで持参した予約リストを見せたが、オレンジ色の参加券が無い為、船会社の予約リストと照合するためにか 待たされる。
かなり しつこく言って 手書きの参加券を発行して貰い、9時頃のテンダーボートに乗る。(後刻 落ち着い 予約リストを見ると 小さな字で 当リストを、乗船後レセプションにご提示ください。と書かれていた。参加券との交換の為と書かれてはいなかったが 私が省略のミスを犯したのも事実。)
夕食のディナーの時 同席の方に伺ったが、エクスカーションに参加していないと 11時頃のテンダーボート乗船となったようだ。
写真は テンダーボートがオーケストラ号を離れる所。波は静か。 -
③
テンダーボートはニューポートに着き、出迎えのバスに乗り換え、断崖の坂を折り返しながら 島の町が有る上部に登って行く。
そして 最初に写真のワイナリー(サントーワイン)に寄る。 -
④
ワイナリーのレストランで試飲のグラスを傾けながら 見下すと 眼下にオーケストラ号が見える。エーゲ海だなぁと思う。 -
⑤
それから バスは島を縦断してイアの街に向かう。途中 島は観光の島で渋滞が激しそう。
バスを降りて イアの街を 自由散策。 -
⑥
観光写真でよく見かける 青いドームの屋根と白い壁の教会が そちらこちらに見える。 -
⑦
確かに 海を背景にすると一つの絵にはなるが 深さは無い。ドームの中に入り見上げると 現代のキリスト像。 -
⑧
何か結婚式場を巡っている気分。 -
⑨
フィラへの帰り道は バスは島の東側のなだらかの所を通って、帰った。バスが海に近づくので もしかしたら海岸(砂浜)に立ち寄ってくれるのかと期待したが このコースではビーチの立ち寄りは無かった。残念。 -
⑩
見かける 周辺の風景は 風車のある建物や別荘のような建物もあったが 一般の住居は それほど豊かそうには見えなかった。 建築途中のような外装のない建物で 周りに植えられた農作物も土が肥沃そうには見えなかった。オートバイが住民の足になっている風だった。 -
⑪
草花は太陽を浴び、元気そうだったが。 -
⑫
フィラの町に着き、歩いて大聖堂まで坂を登って行き ケーブルカーの駅が見える所で ケーブルカーの乗車券を渡され、ツアーは自由解散になった。
写真はギリシャ人男性添乗員がプラカードを掲げ、大聖堂の横を登って行くところ。 -
⑬
写真はケーブルカーの駅の方向。確かに教えられた通りに 道のポイントポイントにケーブルカー乗り場の方向が示され まず間違うことはない様になっていた。お土産屋さんとカフェが立ち並ぶ狭い道を 駅の方に歩く。 -
⑭
狭い路地では 世界からの観光客がぞろぞろと歩く。ネットで見たように ギリシャの男性はあまり熱心に働いていない。エーゲ海の豆を お土産にと立ち寄ったお店でも女性の方が出て来て対応してくれる。親切な感じ。 -
⑮
ケーブルカーの駅を確認して 駅を超えて少し人通りの少ない方に。地球の歩き方に書かれていた カフェを探して歩く。 -
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断崖にへばりついたフィラの町がよく分かる 突き出した部分でカフェに入る。 -
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レモンスカッシュとギリシャコーヒーを頼む。観光地の割には安い。
暖かい風が さらっとして心地良い。 -
⑱
眼下の海にはクルーズ船がもう一隻増えて テンダーボートがオールドポートとの間を行き来しているのが見える。 -
⑲
路地を充分散策して 暑くも感じられたので 混み始める前に 3時頃 ケーブルカーに乗る。 -
⑳
ケーブルカーから見ると 思いがけず階段を歩いて登り降りする人がそれなりにいる。ネットで読んだロバに乗って上り下りする人も。ちょっと怖そう。 -
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下の方から見上げると フィラの町は断崖の上に築かれて街であることが良く分かる。急なロープウエイが建造されたから 簡単に登れるが。 -
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岸壁からは オーケストラ号との間で行き来するテンダーボートの姿が見える。 -
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オールドポートには 新しく着いた もう一隻のクルーズ船のお客達がいた。岸壁から覗き見る海は 随分透明度が 驚くほど高かった。
それ程待たずに オーケストラ号のテンダーボードに乗って船に帰る。 -
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一息ついて 船室のデッキから見ていると テンダーボートで帰ってくるお客達の姿が増えてくる。
もう一隻のクルーズ船はプレミアムクラスのセレブリティクルーズらしい。流石に岸壁であった客達も どことなく上品そうだった。 -
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それから 朝のトラブルが有ったので 船内のエクスカーションオフイスに行き、明日のアテネのエクスカーションの参加券を求める。最初の男性担当者に予約確認メールを示し 引換えをお願いしたら 簡単に了解したが 途中から出来ないと言われ、もう一度同じことを説明したが 発券できなくて女性の上位職に変わる。そこで同じ三度目の説明をして 結論は私のクレジットカードは全部使えなくて 現金で払えと言う。何が起きたか分からず 困惑したが 国籍を聞かれ日本と回答したら どこかに電話をして 暫くして 最後に笑顔で発券できますと答え 参加券を渡してくれた。約1時間の押し問答の応接に 疲れて嫌になった。何か客と見ずに 泥棒と見ているような対応。
写真は その手に入れた アテネのエクスカーションの参加券。 -
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どうも 船内のエレベータの乗り降り時のマナーなどで 昨年の乗船時の客層より全体に今年は悪くなっているような気がする。単に 東洋人、中国人が増えたからだけでなく 白人も優雅さが無くなっている。ギスギスした押し合いも経験し、甲板の吸い殻入れの無いところで 白人の女性が煙草を吸っているのも見かける。
私も 煙草を嗜むが パブリックとも言える カジノへの通路部分が喫煙指定場所になっていた。たむろしている感じで 綺麗な 好ましい風景では無かった。
写真は そのスポーツバー風の喫煙所。ここは通路で子供達も通る。奥はカジノ。 -
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船は 定刻17:30になり、ハイライトだったサントリーニ島を離れて行く。
多分もう来ないだろうなぁとの感慨と共に。 -
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ディナーの席でも いら立ちを感じる。いつもは軽い感じの 良い意味でのフレンドリーなインドネシア人の対応に プロではない 何かぞんざいな扱いと 不満を覚える。料理の味も慣れて来て 繊細さが掛けているとか思い始める。最後のデザートも 大きいだけの安物のケーキじゃあるまいしと 半分ほど残す。
カジュアル船とはいえ 何かせちがらくなっている。ミネラルウォーターのボトルの小を注文しても 担当者によっては 中しかないと中を持ってくる。
夜のショーも 同じ演者のアクロバットが比重を占め 代わり映えしない。
旅も 半分終わった。ちょっとストレスで疲れ始めているのかと思って 眠った。
続編に続く。
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