2016/04/09 - 2016/04/12
63位(同エリア461件中)
いちごさん
クァンジュ(光州)市で1泊して、3日目です。
今日は釜山に向かいますが、途中、チンジュ(晋州)の城址と市場に立ち寄ります。
パッケージツアーで、行程にチンジュ(晋州)が盛り込まれているなんて、他では、なかなか、お目にかからないようなレアな企画です。
秋の【南江流灯祭り】は有名ですが。
チンジュ(晋州)はプサンから車で1時間半ほどの所にあり、クァンジュからプサンへ行く途中にあるので、行くついで・・・・・というところかな?
私も以前、韓国南部の旅の計画をした時に、プサンへの帰り道に寄ろうかな~と思った地で、その時は結局、寄ることができませんでした。
今回、チンジュ(晋州)のほんの1部でも見ることができて良かったです。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- その他
- 交通手段
- 観光バス
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 読売旅行
-
チンジュ(晋州)市は、キョンサンナンド(慶尚南道)にある地方都市です。
市内中心部にナンガン(南江)が流れていて、その川のほとりに【チンジュ(晋州)城址】があります。
【チンジュ城】は14世紀に外敵の侵入を防ぐための石造りの城として造られました。
そして、豊臣秀吉による朝鮮出兵の文禄の役で激しい戦闘がくりひろげられた所です。 -
門前では、占い師や薬売り、かぼちゃ売りに靴売りも商売に励んでいます。
それにしても、チンジュ(晋州)のカボチャは立派!!
カボチャじゃないのかな?聞いてみなかったけど・・・・・ -
東の【チョッソンムン(矗石門)】から入ります。
ここに来るまでは、ツアーで行った先々でお祭りがあって、たくさんの人でごった返してたけど、久しぶりに静か。
私たちのツアーだけみたいで、ちょっと、ほっとします(*^_^*) -
【チンジュ城】は、李氏朝鮮で1、2を争う堅城だったと言われています。
豊臣秀吉の朝鮮出兵・文禄の役は学校で習ったけど、私の知識は知っているとは言えないレベル。
今回、【チンジュ城】を訪れて、ガイドさんの説明やパンフレットで詳細を知りました。
秀吉の日本軍は、明(中国)を配下に治めるべく朝鮮半島のプサン(釜山)に上陸。快進撃のすえ、1ヶ月あまりでソウル・ピョンヤン(平壌)を占領しました。
が、海上では名将イ・スンシン(李舜臣)率いる朝鮮水軍の前に苦戦していましたた。韓国南部の海辺で、良くお目にかかるのも頷けます。
海路でソウルやピョンヤンに兵糧を輸送することが出来なくなったうえ、陸上でも各地でゲリラ戦が展開されて物資の輸送が寸断されていました。 -
そんな中、日本軍は、朝鮮半島南部の支配を確保するため、2万の軍勢でチンジュ(晋州)城を包囲しました。
【チョッソンヌ(矗石楼)】チンジュ城のシンボル的建物。
・・・・・と、ここへ入った途端、またまた、たくさんの人たち。
静かだと思ったのは一瞬で、それはそれは賑やかな、修学旅行生の若さと熱気に飲み込まれてしまいました。
しかも、クラスごとだと思うけど、切れ間なく次からつぎへ、続々と(^_^;) -
数段の石段を上って中へ入れますが、その石段が、修学旅行の記念撮影場所にぴったりなので、上へあがるのもひと苦労。
戦時には、将兵の指揮所としての機能、平時には文人たちが風流を楽しんだ場所です。 -
眼下には、大きな【ナンガン(南江)】が流れていて、とても景色のいい所です。
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2万の兵に包囲されたチンジュ城ですが、時の良将【キム・シミン(金時敏)】将軍のもと、籠城する3800あまりの兵士の激しい抵抗と、チョルラド(全羅道)義兵2000が背後から日本軍を牽制したため、日本軍は攻略に失敗しチンジュ城から撤退しました。
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朝鮮軍は明からの援軍も加わりピョンヤンを奪回しますが、その後、こう着状態となり、日本軍も寒さと飢えのため兵士たちが疲弊していき、講和交渉に応じてソウルから撤退することに。
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豊臣秀吉は、ソウル撤退を認める一方、「チンジュ城を攻め落とせ」との命を下しました。
命令は、数か月前に攻め落とし損ねた城だということもあって、「1人も漏らさず討ち取れ」という厳しいものでした。 -
宇喜多秀家率いる軍勢が城を包囲し降伏を勧告しましたが、これに応じなかったため、総攻撃をかけると、チンジュ城はその日のうちに陥落しました。
秀吉の「1人も漏らさず討ち取れ」という命により、チンジュ城の人間はことごとく討ち取られ、敵味方を含め6万人の死者が出ました。 -
【ウィギサ(義妓祠)】 ノンゲ(論介)の遺影と位牌を祀った祠堂です。
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ウィギ(妓生:芸者)であったノンゲ(論介)は、城が陥落したことを知ると、日本軍の敵将を【チョッソンヌ(矗石楼)】の下にある岩【ウィアム(義岩)】に誘い出し、道連れにしてナンガン(南江)に身を投げたと、
忠節を尽くしたという話が伝えられています。 -
【チョッソンヌ(矗石楼)】の裏へまわると、ナンガン(南江)のほとりへ降りられる石段があります。
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石段を下りると、【危険ですから気を付けて観覧してください】とある、ゴツゴツとした岩場に出ます。
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ノンゲ(論介)が【ウィアム(義岩)】から身を投げたとされる所です。
小さな祠が建っています。
肝心の【ウィアム(義岩)】が片隅に・・・・・ -
四角い岩が【ウィアム(義岩)】です。
少し離れたところから見ると、たしかに〜、と思わせる岩です。 -
現在のチンジュ(晋州)城址は、公園のように整備されていて、ゆったりと散策ができる名所になっています。
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城址内には【国立チンジュ(晋州)博物館】もあります。
城内にある博物館ということで、文禄(壬申和乱)・慶長の役の専門歴史博物館として、文禄・慶長の役に関わる資料が豊富に展示されています。 -
博物館は、4/6出発の場合、見学コースに含まれていますが、私たち4/9出発の場合は、あいにく休館日です。
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なので、「あれが博物館です〜」と、博物館が見えるところまで散策して終わりです。
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この像は、今まで、あちこちでお目にかかったアノ方ではありません(笑)
【キム・シミン(金時敏)】将軍の像です。
1度は、少ない軍勢で日本軍を撃退して大勝利を治めた英雄です。
・・・・・が、キム・シミン将軍は、この戦いで受けた傷がもとで亡くなりました。
日本軍の再度の攻撃で城が陥落した戦いでは、別の指揮官が軍を率いていました。 -
帰りは、北の【コンブッムン(拱北門)】から出ると、バスが門の前で待機してくれています。
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4/6出発組は博物館を見学したのに、4/9組は不公平や〜
というので、博物館見学にかわる【中央市場】見学が用意されています。
こっちのほうが、いい〜(^^♪ -
戦いより、平和なお買いもの。
時間が中途半端な時間だからか、地元の人はあまり居なくて、私たちツアー客で急に賑やかになったみたい。 -
【チンジュ(晋州)】はシルクが有名な土地だそうで、入口付近は、韓服店が並んでいます。
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私はあれ〜、私はこれ〜と、みんな、言うだけはタダなのでお気に入りを見つけて歩きます。
この韓服、ピンキリなのは着物も同じだそうですが、オーダーメイドなら10万前後のものがよく売れているそうです。 -
自由時間の間、あちこちのお店を見て歩きたいけど、方向音痴な私は市場の路地をウロウロすると、自分の居る場所が簡単に分からなくなります。
個人旅行だと、適当に歩いて適当に市場の外へ出て、それからの経路を考えるけど、今回はツアーで集合場所が決まっています。
適当に行くわけには行かないので、迷わないように気を付ける分、もうひとつ、心から楽しめません(^_^;) -
集合場所の傍で果物・野菜の屋台を出していたおばちゃん、ツアー仲間に大人気の【いちご】が飛ぶように売れていました。
私もおすそ分けをいただいたけど、いつもながら、大粒で甘くて美味しい〜 -
ツアー仲間に大人気の、もうひとつのお店。
向こうのワゴンに山積みのズボンが【今日だけ、2900ウォン(290円)〜390円】
こちらのワゴンの派手派手ズボンは【今日だけ、3900ウォン(390円)〜1490円】
やっぱり、向こうのワゴンに人気が集中。
「見て〜290円やで〜」って、お仲間、買(こ)うてはりました(^_^;)
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