2016/04/26 - 2016/04/26
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minaMicazeさん
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ボタン寺として知られている、太田市の大慶寺へ行ってきました。
昨年は4月30日に行ったのですが、ボタンの見頃をだいぶ過ぎていました。
今年は早めに行こうと思っていたのですが、結果としては、遅めになってしまいました。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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群馬県の県道2号線、太田市の「新田大根町」交差点を北へ曲がり、県道315号線の両側に立てられた「ぼたん祭」ののぼり旗を見ながら北へ数百m走ると、左側に「ぼたん寺」の大きな看板があります。
この看板の手前が「ぼたん寺」の駐車場です。混雑時はここが入口専用となり、奥に出口がある一方通行になります。 -
「ぼたん寺」の参道です。
「真言宗豊山派 妙満山 大慶寺」というのが、お寺の名前です。
ネット情報によれば、
真言宗豊山派の総本山は奈良県の長谷寺で、ボタンの名所である初瀬山に本堂があることから、花の御寺として知られています。初瀬山のボタンは、150種以上7000株といわれ、4月中旬から5月初旬にかけてボタンまつりがおこなわれます。 -
車で来た人に向けて、参道途中の仁王門の駐車場側に「参拝入口」の看板があります。
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仁王門と、その奥の参道です。
このお寺は「東国花の寺百ヶ寺」の二十九番です。 -
仁王門の奥、参道右側にボタンが咲いています。
サクラは緑になっています。 -
参道の途中、右側に「大門」があります。普段は開かないようです。
右奥に藤棚が見えます。 -
参道が終わる付近に「ぼたん園 境内案内図」があります。
ボタン園は、境内の北西の一角にあります。
見学者は、まずボタン園へ入って見学した後、ボタン園の東側から竹林を通って、境内東側の藤棚の下を通り、南側の藤棚の下を通って本堂の前に至る順路が示されています。 -
参道の突き当りには「不動堂」があります。
パンフレットによれば、このお寺には新田不動尊、不動明王があるとのことですので、この不動堂にあるのかもしれません。文化7年(1810)、大正15年(1926)の2度の火災でも焼失を免れて、残されているそうです。
この不動明王は、開基である妙満尼が父新田義重の像を彫ると一夜のうちに不動明王の姿になったので「御影不動」とも言われています。また、新田義貞の戦死を知るとその死を惜しんで泣いたので「泣き不動」とも呼ばれている、とのことです。
不動堂の手前、右側のテントが境内の出入り口です。ボタン祭のときは浄財300円を納めて入ります。 -
境内へ入ると右に藤が咲いています。その向こう側に本堂、右側に鐘楼があります。
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藤の左は春モミジでしょうか。
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入園した正面には藤棚があり、7割近く咲いているので、かなり綺麗です。
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藤棚の奥にボタン園の入口があります。
本堂の方へ行かずに、藤棚の下を通ってボタン園へ向かいます。 -
ボタン園の入口です。
ネット情報によれば、
30年ほど前からボタンが植えられ、平成元年(1989)に「ぼたん園」が開設されたそうです。
今では、150種3500本のボタンがあるそうです。 -
入口のすぐ横のボタンは散り始めています。
今年は早めに来ようと思っていたのですが、遅かったようです。 -
でも、綺麗に咲いているボタンもあります。
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こちらは開きすぎでしょうか。
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黄色いボタンは開花が遅いようです。
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開き切る少し前が一番きれいだと思います。
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よく見ると見頃を過ぎていますが、それでも沢山あると綺麗に見えます。
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黄色いボタンは、全般的に開花が遅いようです。
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ここはボタンの種類が多く、それぞれに花名の立札があるので、勉強にもなります。
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石灯籠の向こうはハナミズキだったと思います。
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咲き始めたツツジの後ろに「文殊堂」があるのですが、暗くてよく分かりません。
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背景に見えるのは、お寺の北側にある高校です。
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それぞれに花名が表示されているのですが、なかなか記憶に残りません。
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入口の手前(南側)の藤棚を背景にしました。
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○○マウスに似て……いませんね。
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イチオシ
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イチオシ
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イチオシ
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「この先 竹林・藤棚 →」の看板があります。
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矢印の方向へ歩いていきます。
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竹林の横の小路を、東へ歩きます。
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竹林の中にも小路があります。
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竹林の先、本堂の東側に藤棚があります。
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藤がだいぶ咲いています。
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赤紫色の藤です。
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同じ藤棚の南半分は、紫色の藤です。
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東側の藤棚を通り抜けると、南側にも藤棚があります。
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さらに、その西、本堂の前にも藤棚があります。
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大慶寺の本堂です。
大慶寺由来によると、
源義平没後、義平の冥福を祈り菩提を弔うために、義平の妻が出家して結んだ庵が、この寺の始まりだそうです。出家した妻の名が妙満尼であることから山号を妙満山と称しました。
その後、綿打入道爲氏の館となり、明徳5年(1394)に小俣の鶏足寺から迎えられた空覚上人が館跡を寄捨して、大慶寺を建立しました。 -
この梵鐘も、二度の大火での焼失を免れたものだそうです。
自動鐘つき機による鐘つきを是非見たいと思うのですが、いつ鐘がつかれるのかが分かりません。
(おしまい)
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