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東京駅を基点に築地から月島までを散歩した。<br /><br />築地、場外市場では、あまりの人が多くて、幾つも寄りたい店があり、調べていたが、路地の中に入るのも諦め、遠目から見るだけに留まった。<br /><br />やはり土曜日の昼前では無理で、平日の朝早く行く必要があると実感した。<br /><br />また築地〜石川島(月島)周辺は、幕末から外人居留地であり、その歴史を感じることが出来た。<br />

築地江戸前散歩

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2016/04/16 - 2016/04/16

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Wind99

Wind99さん

東京駅を基点に築地から月島までを散歩した。

築地、場外市場では、あまりの人が多くて、幾つも寄りたい店があり、調べていたが、路地の中に入るのも諦め、遠目から見るだけに留まった。

やはり土曜日の昼前では無理で、平日の朝早く行く必要があると実感した。

また築地〜石川島(月島)周辺は、幕末から外人居留地であり、その歴史を感じることが出来た。

旅行の満足度
4.0
同行者
一人旅
交通手段
徒歩
  • 散歩は東京駅から。<br /><br />丸の内南口改札を出ると、復元された100年前のドーム天井を見る事ができる。<br /><br />地下へ入り、丸の内線で築地に向かう。

    散歩は東京駅から。

    丸の内南口改札を出ると、復元された100年前のドーム天井を見る事ができる。

    地下へ入り、丸の内線で築地に向かう。

  • 東京駅地下に、昭和47年、国鉄100年を記念し、前年まで活躍していたC62形蒸気機関車の動輪が飾られてあった。<br /><br />同機は263万km(地球65.7周)を走り続けた。

    東京駅地下に、昭和47年、国鉄100年を記念し、前年まで活躍していたC62形蒸気機関車の動輪が飾られてあった。

    同機は263万km(地球65.7周)を走り続けた。

  • 築地駅前の築地本願寺<br /><br />16日はしんらん様の日の看板。<br />

    築地駅前の築地本願寺

    16日はしんらん様の日の看板。

  • 偶然、今日が16日だ。<br />

    偶然、今日が16日だ。

  • 築地場外市場に来た。<br /><br />今年場内市場は豊洲へ移転するが、「場外市場は築地に残ります!」<br /><br />

    築地場外市場に来た。

    今年場内市場は豊洲へ移転するが、「場外市場は築地に残ります!」

  • 新大橋通り沿いは、通行もままならない。

    新大橋通り沿いは、通行もままならない。

  • 小さな店舗が多く、その並んでいる行列の最後もわかり辛い。

    小さな店舗が多く、その並んでいる行列の最後もわかり辛い。

  • 小さな路地の先にも目指す店があったが、入るのはためらわれた。

    小さな路地の先にも目指す店があったが、入るのはためらわれた。

  • 築地井上<br /><br />メニューは中華そば一品のみ。最も行列が多かった。

    築地井上

    メニューは中華そば一品のみ。最も行列が多かった。

  • テレビ放映された有吉の正直散歩で見て、このラーメンを食べたかったのだが。

    テレビ放映された有吉の正直散歩で見て、このラーメンを食べたかったのだが。

  • 昨年10月にオープンした築地にっぽん漁港市場。<br /><br />日本各地の事業者、漁協による水産物の産直市場だ。

    昨年10月にオープンした築地にっぽん漁港市場。

    日本各地の事業者、漁協による水産物の産直市場だ。

  • ここでは、この網焼きとソフトクリームが食べたかった。<br /><br />会計は自販機だ。

    ここでは、この網焼きとソフトクリームが食べたかった。

    会計は自販機だ。

  • 築地にっぽん漁港市場の向かいには、玉子焼きの丸武の店。大正末期創業。<br /><br />その大きな顔写真(画像左)から、テリー伊藤の実家と直ぐ分かる。<br /><br />

    築地にっぽん漁港市場の向かいには、玉子焼きの丸武の店。大正末期創業。

    その大きな顔写真(画像左)から、テリー伊藤の実家と直ぐ分かる。

  • 波除神社<br /><br />江戸時代前は、この辺りは海であり、埋め立てしたところ。<br /><br />或夜の事、海面を光りを放って漂うものがあり、人々は不思議に思って船を出してみると、それは立派な稲荷大神の御神体で、それをこの地でお祀りし社殿を作ると、それ以後波風がピタリとおさまり、埋立工事も無事終了したという。

    波除神社

    江戸時代前は、この辺りは海であり、埋め立てしたところ。

    或夜の事、海面を光りを放って漂うものがあり、人々は不思議に思って船を出してみると、それは立派な稲荷大神の御神体で、それをこの地でお祀りし社殿を作ると、それ以後波風がピタリとおさまり、埋立工事も無事終了したという。

  • 築地市場の中、魚がし横丁を進む。<br /><br />1号館の一番奥が牛丼の吉野家で、その1号店がこの店だ。<br /><br />この店は明治32年(1899)年の開業だという。(牛丼が魚河岸で創業したのは意外でした)

    築地市場の中、魚がし横丁を進む。

    1号館の一番奥が牛丼の吉野家で、その1号店がこの店だ。

    この店は明治32年(1899)年の開業だという。(牛丼が魚河岸で創業したのは意外でした)

  • 吉野家の近くにあった魚河岸水神社遥拝所。<br /><br />この後に訪問する住吉神社でもそうであったが、徳川家康の江戸入府とともに移住してきた日本橋魚市場の開祖・森孫右衛門ら摂津国の佃村・大和田村の漁師たちに由来する。<br /><br />遥拝所が市場内に建立されたのは明治34年。

    吉野家の近くにあった魚河岸水神社遥拝所。

    この後に訪問する住吉神社でもそうであったが、徳川家康の江戸入府とともに移住してきた日本橋魚市場の開祖・森孫右衛門ら摂津国の佃村・大和田村の漁師たちに由来する。

    遥拝所が市場内に建立されたのは明治34年。

  • 築地市場。<br /><br />外人観光客も多い。

    築地市場。

    外人観光客も多い。

  • かちどき橋の資料館<br /><br />かちどき橋と、築地ホテル跡の間にひっそりと資料館があった。<br /><br />築地ホテル跡には、軍艦操練所跡の碑があるが、敷地内のため、入れず。

    かちどき橋の資料館

    かちどき橋と、築地ホテル跡の間にひっそりと資料館があった。

    築地ホテル跡には、軍艦操練所跡の碑があるが、敷地内のため、入れず。

  • 資料館では、かきどき橋の模型が、跳開する。

    資料館では、かきどき橋の模型が、跳開する。

  • 資料館の2Fでは、当時使用していた巨大な制御盤があった。<br /><br />その制御盤は1Fに2台の巨大な誘導モータが設置されていたが、そのモータを駆動し、橋を可動していた。

    資料館の2Fでは、当時使用していた巨大な制御盤があった。

    その制御盤は1Fに2台の巨大な誘導モータが設置されていたが、そのモータを駆動し、橋を可動していた。

  • 資料館は、かちどき橋の袂にある。隅田川26橋の26番目(湾に最も近い)<br /><br />この橋の跳開は1970年が最後だったという。<br /><br />

    資料館は、かちどき橋の袂にある。隅田川26橋の26番目(湾に最も近い)

    この橋の跳開は1970年が最後だったという。

  • 築地川公園(築地居留地跡)<br /><br />安政5年の日米修好通商条約で江戸開市が定められ、江戸開城後、新政府はこの築地の2万6千坪を居留地とした。<br /><br />開税業務を行う運上所や各国の商館も開業した。<br /><br />

    築地川公園(築地居留地跡)

    安政5年の日米修好通商条約で江戸開市が定められ、江戸開城後、新政府はこの築地の2万6千坪を居留地とした。

    開税業務を行う運上所や各国の商館も開業した。

  • 築地川公園から、聖路加国際大学敷地に入ると、播州赤穂藩浅野家の上屋敷があった場所で、浅野家内匠頭邸跡の石碑があった。<br /><br />下屋敷は赤坂にあった。

    築地川公園から、聖路加国際大学敷地に入ると、播州赤穂藩浅野家の上屋敷があった場所で、浅野家内匠頭邸跡の石碑があった。

    下屋敷は赤坂にあった。

  • その石碑の近くに、芥川龍之介生誕の地の看板があった。<br /><br />その父は、ここで耕牧舎という牧場を経営していたというが、龍之介はすぐ母方の伯父に引き取られて、両国へと転居したそうだ。<br /><br />さらにこの敷地内には見所があった。

    その石碑の近くに、芥川龍之介生誕の地の看板があった。

    その父は、ここで耕牧舎という牧場を経営していたというが、龍之介はすぐ母方の伯父に引き取られて、両国へと転居したそうだ。

    さらにこの敷地内には見所があった。

  • 聖路加国際病院 トイスラー記念館<br /><br />昭和8年、聖路加国際病院の宣教師館として建築された。

    聖路加国際病院 トイスラー記念館

    昭和8年、聖路加国際病院の宣教師館として建築された。

  • アメリカ公使館跡石標<br /><br />明治8年、この外人居留地に建築された。<br /><br />明治23年赤坂の現在地へ移転となり8個の小松石の石標が残され、その内の3個がここに設置されている。

    アメリカ公使館跡石標

    明治8年、この外人居留地に建築された。

    明治23年赤坂の現在地へ移転となり8個の小松石の石標が残され、その内の3個がここに設置されている。

  • 聖路加国際大学の向かいに、慶応義塾発祥の地と、日本近代文化事始の地のモニュメントがあった。

    聖路加国際大学の向かいに、慶応義塾発祥の地と、日本近代文化事始の地のモニュメントがあった。

  • あかつき公園<br /><br />江戸蘭学の発展に寄与したシーボルトの胸像。<br /><br />この地が江戸蘭学発展の地であり、且つ彼が長崎でもうけた娘いねが築地で産院を開業したこともあり、ここに胸像が建てられた。<br /><br />

    あかつき公園

    江戸蘭学の発展に寄与したシーボルトの胸像。

    この地が江戸蘭学発展の地であり、且つ彼が長崎でもうけた娘いねが築地で産院を開業したこともあり、ここに胸像が建てられた。

  • 聖路加国際大学−聖路加国際病院と進むと、聖路加ガーデン、オフィスタワーがあった。

    聖路加国際大学−聖路加国際病院と進むと、聖路加ガーデン、オフィスタワーがあった。

  • 聖路加ガーデン下に、アメリカ公使館跡の看板。

    聖路加ガーデン下に、アメリカ公使館跡の看板。

  • 聖路加ガーデンの45Fから、眼下の隅田川を望む。<br /><br />丁度かきどき橋に向かって水上バスが進んで行く。

    聖路加ガーデンの45Fから、眼下の隅田川を望む。

    丁度かきどき橋に向かって水上バスが進んで行く。

  • 隅田川テラスに降り、佃大橋を渡る。<br /><br />佃大橋から聖路加ガーデンタワーを右手に見る。

    隅田川テラスに降り、佃大橋を渡る。

    佃大橋から聖路加ガーデンタワーを右手に見る。

  • 佃大橋を渡り、左折すると、川沿いに佃島渡船跡がった。<br /><br />家康の時、大阪佃町の魚師を招いて住まわした。対岸との間を通ったのが佃の渡し。<br /><br />昭和39年、佃大橋の完成で廃止された。

    佃大橋を渡り、左折すると、川沿いに佃島渡船跡がった。

    家康の時、大阪佃町の魚師を招いて住まわした。対岸との間を通ったのが佃の渡し。

    昭和39年、佃大橋の完成で廃止された。

  • 周辺にはつくだにの老舗が数件あった。<br /><br />安政六年創業とあった。

    周辺にはつくだにの老舗が数件あった。

    安政六年創業とあった。

  • 住吉神社<br /><br />江戸初期、摂津佃村の漁民が江戸に移住した後、住吉の社を分神霊しここに創建した。

    住吉神社

    江戸初期、摂津佃村の漁民が江戸に移住した後、住吉の社を分神霊しここに創建した。

  • 住吉神社のこの鳥居の扁額は、珍しい陶製で、白地に呉須で額字や雲文を染付けている。<br /><br />明治15年6月に制作され、額字の筆者は有栖川宮幟仁親王。

    住吉神社のこの鳥居の扁額は、珍しい陶製で、白地に呉須で額字や雲文を染付けている。

    明治15年6月に制作され、額字の筆者は有栖川宮幟仁親王。

  • 民家の玄関先で見つけた揚水ポンプ。

    民家の玄関先で見つけた揚水ポンプ。

  • いこいの広場にある灯台広場<br /><br />隅田川沿いにあるため、佃大橋から見える。<br /><br />

    いこいの広場にある灯台広場

    隅田川沿いにあるため、佃大橋から見える。

  • 隅田川テラスを歩く。<br /><br />水上バスと、少女像。

    隅田川テラスを歩く。

    水上バスと、少女像。

  • 桜並木が続く。<br /><br />隅田川・セーヌ川友好河川記念植樹

    桜並木が続く。

    隅田川・セーヌ川友好河川記念植樹

  • 幕末、幕府はこの石川島の地に造船所を作った。<br /><br />現在のIHIであり、その資料館(スカイライトタワー1F)を見学した。

    幕末、幕府はこの石川島の地に造船所を作った。

    現在のIHIであり、その資料館(スカイライトタワー1F)を見学した。

  • 先ほどの住吉神社裏の水路に来た。<br /><br />絵になる風景と思ったら、数名の方が写生をしていた。

    先ほどの住吉神社裏の水路に来た。

    絵になる風景と思ったら、数名の方が写生をしていた。

  • 目の前の手すりにハトが止まっていた。

    目の前の手すりにハトが止まっていた。

  • 東京メトロ月島駅まで来た。<br /><br />月島西仲通り商店街の大きな看板。

    東京メトロ月島駅まで来た。

    月島西仲通り商店街の大きな看板。

  • 月島といえばもんじゃ。<br /><br />もんじゃインフォメーションで、無料のMAPを貰った。<br /><br />今回はここまで。

    月島といえばもんじゃ。

    もんじゃインフォメーションで、無料のMAPを貰った。

    今回はここまで。

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