2010/04/10 - 2010/04/10
81位(同エリア171件中)
マローズさん
以前、拒食症を克服した旅行記で触れた、浦島太郎伝説が残る荘内半島最高峰の紫雲出山(352.4m)は、春には約1,000本の桜が咲き誇る。山上周辺のみに咲くため、桜の密生度は高く、一帯はピンクに染まる。その桜と燧灘や備讃瀬戸等の多島美の景色とのコラボは「讃岐百景」たる所以。
三豊市には他にも複数の桜の名所があるが、落差約50mの直瀑の不動の滝を中心に整備された「不動の滝カントリーパーク」にも約500本の桜の他、山桃やチューリップ等が咲く。ここの「桜風景」の特徴は、滝からの流れが澱んだ所にある「不動池」の水面を埋め尽くす桜の花弁。池とは言え、実質的には「川」のため、ゆっくりとピンクの流れが移動する。
この三豊市の二ヶ所の桜の名所へ行く前、高知県南国市岡豊山(おこうやま)の県立歴史民俗資料館前で行われた「岩国藩鉄砲隊」の火縄銃発砲演武を見学し、山に咲く約1,000本のソメイヨシノやヤマツツジを帰り際、足早に撮影した。
尚、紫雲出山は今回、車では上らず、北西の箱峠から「四国のみち」を登った。山頂までは一時間十数分程度だったと思うが、その尾根道からの展望も優れている。
余談だが、箱峠駐車場北東の台地に2010年、実話を元にした映画「きなこ〜見習い警察犬の物語〜」のロケセットが建設・公開されていた模様。その側には浦島太郎が助けた亀の遺骨を分骨した竜王社(浦島社)があったはずだが、もしかすると移設されているかも知れない。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- 交通手段
- 自家用車
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長州藩吉川領(明治元年、「岩国藩」に昇格)に伝えられた石田流砲術と鉄砲組を復興し、これを後世に継承すべく、昭和61年、「岩国藩鉄砲隊」が結成された。火縄銃は(財)にしむら博物館より提供され、石田流砲術の流れをくむ有坂流の末裔、有坂成章家と親交のあった名和弓雄氏及び岡山市在住の砲術指導家八田一氏の指導の元、会員が訓練し、全国の歴史イベントに招聘されている。
高知県立歴史民俗資料館 美術館・博物館
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イベントに参加した尾埼高知県知事(左)
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想像以上に発砲音が大きかった火縄銃
岡豊城跡 名所・史跡
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津野町旧東津野村から移築された、紙の原料となる樹木を栽培していた幕末の農家・味元家住宅。
岡豊山歴史公園 公園・植物園
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県道から歴史民俗資料館に到る道路沿いに咲くソメイヨシノ
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ヤマツツジの朱色がアクセントになっている
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紫雲出山山容
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紫雲出山登山道中腹にある展望所
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展望所から港を望見
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四国のみち沿いに咲くコバノミツバツツジ
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四国のみちから見た三崎
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八丁山(207m)下には新田城跡の標柱が立っているが、そこは城の堀切跡で、山頂下を巻く四国のみちは腰郭を利用している。残念ながら山頂の詰の段一帯は藪化しており、藪山装備なしでは立ち入ることが躊躇される。
城は海崎城とも金ケ屋城とも呼ぶが、築城時期の記録はない。応永元年(1394)1月7日、城主の海崎豊前守元村が西長尾城に移った記録はあるが、それから六世の孫・高晴の時、長宗我部元親によって落城させられている。
新田城詰の段の藪の中には、大石で蓋をされた井戸や、安政年間に築かれた砲台跡が残っているという。 -
紫雲出山山頂は指呼の距離
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桜のピンクと海の青のコントラストが素晴らしい
紫雲出山桜まつり 祭り・イベント
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粟島周辺の島々
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手前の右側に移るのは、干潮時に歩いて渡れる丸山島。この海岸で浦島太郎は亀を助けた。
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山頂一帯は、弥生時代中期から後期の高地性集落跡。出土品は石製武器が多いのが特徴。これは二世紀に起こった「後漢書」での「倭国大乱」によるものではないかと言われている。
写真は半地下型竪穴式住居を再現したもの。紫雲出山遺跡 名所・史跡
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紫雲出山の三角点はなぜか地下にある。
紫雲出山 自然・景勝地
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展望台下の桜
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内陸部も遠望できる
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桜の密生度は高い
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不動池から流れ落ちる川
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鯉のぼりも吊るされている
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不動の滝
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山に登って見下ろすと、滝の上部が二条になっていることが分かる。
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不動池の水面を埋め尽くす桜の花弁
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ピンクの水面がゆっくり動く
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