
2016/03/30 - 2016/04/01
5位(同エリア14件中)
寅さん
チリ北部のアリカ、イケキと旅行してきたが、この両都市で業突く張りに出会い、大変であった。
なお、一般のチリ人は極めて親切であり、これら業突く張りは例外である。
1) アリカ、Hostal Jardin Del Sol
このホステルの25m2ダブルルームをBOOKING COMで予約した。実際の部屋は14M2とかなり狭い部屋となった。ホテル側の説明は広さはBOOKING COMが勝手に表記しているもので、ホテル側は関知していないの一点張り。料金は25m2の料金のまあまあである。とんでもない業突く張りのホステルである。
2)イケキ Hotel Diego de Almagro Iquique
ホテル自体は設備良く、広く清潔であったが、ホテルのスタッフが詐欺行為を働いた。
このホテル経由で1日ツアーを申し込んだ。それが勝手に半日・タクシーツアーに変更された。変更自体も新料金もなんの連絡、断りもなしでだ。翌日、1日ツアーとばかり思いこんでいたら、半日でツアーは終わり、料金を払えとのこと。
これには怒り、ふざけるなと支払いを拒否した。しつこくホテル・スタッフが支払いを求めてきたが、オーダーもしていないツアー料金は払う必要がないと拒否して終わった。
災難は降って来るものということのようだ。
さて、イケキだが、面白い都市である。1年を通して雨は一滴も降らない。ほぼ晴天が続く。しかし、水には困らいとのこと。理由はイケキの丘の上は広大な砂漠平原となっている。この地下に巨大な地底湖(直径50km)があり、それも3層にもなるほど深いという。この水をくみ上げて使用しているので、水には困らないそうだ。また、アンデスに降った、雪や雨が地下河川となり、イケキ方面に流れ込んでおり、それらがオアシスを形成している。
さらに、イケキは北部地域振興のためフリーゾーン(無関税地区)に指定されており、輸入品が極めて安いそうだ。
これらにより、冬場の避寒地、ショッピング、保養の地としてチリでは人気があるそうだ。
この大砂漠平原には忽然として緑の森が出現する。これらは地下河川が地表面に出てきているためだそうだ。
イケキの宿泊場所だが、旧市街の中央広場から海に向かい、①右側の海岸は港、②左側の海岸が泳げる海岸、③さらに左の海岸は危険なため遊泳禁止、となっているため、②泳げる海岸に近い場所へ宿を取るのが最適。
ただ、冬場はホテル数も多くないなかで、避寒地として旅行者が増えるので宿が取り難いそうだ。
観光は硝石工場(窒素系肥料)の跡が世界遺産に指定されている。日本の軍艦島と同じである。ここの硝石は天然肥料として世界中に輸出され、チリ経済を支えた。もちろん日本にも輸出されていた。しかし、1960年にドイツで新生産法が開発されたため、硝石生産は中止となり、工場は閉鎖、ゴーストタウンとなった。
ここの工場は当時の最新鋭であり、居住区も先端の街であった。なお、水は地底湖を利用しており、ふんだんにあったそうだ。なんと水深2mのプールまであった。この地域で約1万人の労働者が働いたそうです。その家族を含めると1.5万人にもなるとのこと。
しかし、現在、再び天然硝石が優良な肥料として見直され、再び輸出が始まっている。日本にも輸出されているとのこと。
休養の地として訪れる価値はありそうだ。
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表紙が世界遺産にしていされている硝石工場の跡
ここが泳げる海岸で、1年中晴天であり、避寒地として人気がある。
チリのワイキキというところだ。 -
ここが中央広場
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これが海岸線
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のんびり日光浴 イケキのワイキキ
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こちらが危険のため。遊泳禁止の海岸
こちら方面は宿を取るのは避けた方が良い -
こちらが硝石工場跡
サンタラウナ(工場の名前)
表紙の写真がメインプラント -
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こちらがハンバーストーン(工場の名前)
世界遺産
チリ経済を支えた工場 -
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大きなマーケット
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商店街
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映画館兼劇場
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学校の教室
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水深2m以上のプール
閉鎖されたのは1960年(昭和35年) -
工場跡
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日本の宣伝ポスター(戦前)
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硝石工場跡
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硝石肥料は鉄道で港まで輸送してたそうです
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工場内部
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住宅の部屋
幹部の方の住宅です。 -
食堂
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子供の遊び道具
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これも遊び道具で、足を缶の上にのせて歩く
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当時の電柱
木はアメリカのオレゴンから輸入してきたそうです。 -
泳げない海岸の先
この丘の上に砂漠の大平原がある -
泳げる海岸方向
泳げない海岸はすごく広いのだが。 -
泳げる海岸です
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