2016/03/01 - 2016/03/01
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松山城は何故か今まで行く機会がなく
初お目見え。現存12天守制覇、残すは一つのみ。
- 旅行の満足度
- 4.5
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松山駅から出発。
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伊予鉄のレトロな車両。
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山の上に天守や櫓が見える。
連立式はやっぱり豪華。 -
山の麓の三の丸到着。
現在三の丸は市民会館や野球場、
公園なんかになってる。 -
三の丸の土塁。
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馬場跡。
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櫓門があった石垣跡。
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二の丸史跡庭園。
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表御殿跡は柑橘類等の草花園になっている。
松平家三代定長の頃まで御殿は二の丸にあったが
四代定直により御殿は三の丸に移動したそう。 -
奥御殿跡の間取り。
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大井戸。
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四脚御門。本丸二の門をモデルに
1992年に復元したそうだ。 -
県庁裏登山道を登り本丸へ。
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登り石垣。
二の丸から本丸まで石垣で防備してある。 -
本丸電気工事中。
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太鼓櫓。
戦災で焼け1973年に復元。 -
戸無門(重文)。
江戸前期の建立だそうだ。
観光客が増えて来た。 -
筒井門。
本丸正面の一番大きな門。
1949年不審火で焼失したが
1971年復元。 -
隠門続櫓と隠門(重文)。
筒井門の奥にある埋門形式の櫓門。
筒井門から侵入しようとする敵を
隠門から出て背後を突くことができる
構造になっている。
慶長年間の建物と言われている。 -
深さ40mもある井戸。
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巽櫓。
戦災で焼け1986年に復元。 -
馬具櫓。
戦災で焼け1958年に復元。 -
松山城のゆるキャラよしあきくん。
ここから本丸本壇へ。 -
大天守(重文)と左に小天守、右に一ノ門南櫓(重文)。
小天守は1933年放火により焼失したが1968年復元。 -
紫竹門東塀(重文)。
重文の塀はここを含め7つ、
門が7つ、櫓が6つあり
大天守を含め21棟。 -
二ノ門(重文)。
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三ノ門(重文)。
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三ノ門南櫓(重文)、筋鉄門東塀(重文)。
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筋鉄門。
1933年放火により焼失したが1968年復元。 -
北隅櫓二階から見た筋鉄門。
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大天守からの眺め。
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十間廊下と南隅櫓。
1933年放火により焼失したが1968年復元。 -
内門。
1933年放火により焼失したが1968年復元。 -
仕切門(重文)。
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久松松平氏の祖先神である
菅原道真を祭った天神櫓。
戦災により焼失したが1979年復元。 -
ロープウェーもあるけど
帰りはリフトにて山を下りる。 -
下山して大街道商店街を散策。
お昼はアサヒさんの鍋焼きうどん。
甘くて懐かしい味。 -
おやつに労研饅頭かぼちゃあん味。
カラフルでいろんな味かある。 -
坂の上の雲ミュージアム見学後
萬翠荘へ。 -
1922年築。
松山藩主の子孫久松定謨の別邸として建てられた洋館。 -
美しいステンドグラス。
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復元された秋山兄弟生家。
空襲で焼けて2005年に復元。
ガイドの方が細かく説明してくれます。 -
秋山好古騎馬像。
兄好古は晩年もここで生活していたそうだ。 -
秋山真之胸像。
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有名な道後温泉本館。
1894年築。
湯船には浸からず見るだけ。 -
野球姿の正岡子規像。
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伊予鉄で高浜へ。
俳句ポストが置いてある。 -
高浜からフェリーで呉へ。
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呉の夕陽。
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