2016/03/15 - 2016/03/15
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ペコちゃんさん
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標高770mの関八州見晴台は、飯能市と越生町の境界にある高台で、名前の通り素晴らしい眺望が楽しめるスポットです。
今回は、2月の日和田山~顔振峠に続いて第2回のロングトレイル(顔振峠~関八州見晴台)。
顔振峠の平九郎茶屋で昼食をとるために、コースは逆回りに変更しての山行です。
前日は雨で気温も低く、長野や秩父などは雪の予報・・・山行の当日、麓は雪がなかったのですが、登るにつれて雪が現れ、見晴台の辺りは約20cmの積雪・・・青い空と純白の新雪のコントラストが見事でした。
写真は、関八州見晴台にある高山不動尊・奥の院の社。
- 旅行の満足度
- 4.5
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄 徒歩
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7時43分に西武秩父線・西吾野駅に到着。
今回のキティちゃんは、賑々しい秩父の夜祭。 -
ドアの内側は、歌舞伎調。
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今日のコースは《 西吾野駅~高山不動尊~関八州見晴台~顔振峠~吾野駅 》。
スタートの西吾野駅の標高は244.6m。 -
トイレの入り口には、熊よけ鈴の宣伝ポスター。
この辺りはクマが目撃されているので、気を付けましょう。 -
西吾野駅から関八州見晴台の手前にある高山不動尊まで、約90分。
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7時50分にスタート。
雪がない舗装道路をしばらく歩きます。 -
30分ほど歩いて登山道に入ります。
高山不動尊へは3つのコースがありますが、今回はパノラマコースを進みます。 -
このキクラゲのような花(実)のようなものは何でしょうか?
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こちらの山は全く雪がないのに、正丸峠付近の山は真っ白。
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パノラマコースの標識は、可愛いムーミン・・・気持ちが和みます。
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緩やかな根っこ道を登って行きます。
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間野コースとパノラマコースとの合流点には、小さな地蔵と石の道標があります。
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登山道らしくなってきました・・・まだ雪は全くありません。
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スタートして約1時間半、木々の枝に雪が少し積もっています。
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ここから高山不動に向かいます。
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地面に雪が見えるようになりました。
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9時35分に高山不動に到着。
石段を登った所にある本堂からは木が邪魔をして眺望はありませんが、この下の境内からは素晴らしい景色が広がっています。 -
ここは標高600mほどですが、富士山も頭を出しています。
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秩父の方の山も、昨日の雪で真っ白。
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これは河津桜でしょうか。
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そして境内でひと際目を引く大イチョウは、県指定の天然記念物。
推定樹齢800年、樹高37m、幹周り10mといわれる大イチョウの枝からは、ツララのようなものが垂れ下がっています。 -
これは「乳」という気根・・・その形が「乳房」のように見えることから、この大木は「乳イチョウ」とか「子育てイチョウ」と呼ばれているそうです。
産後、乳の出が悪い母親がこの木に祈願すると、乳の出が良くなるとか。 -
高山不動尊(高貴山常楽院)は真言宗智山派の寺院で、654年の創建と伝わり、かつては山伏の修験道場として栄えた奥武蔵の古刹。
成田不動(千葉)、高幡不動(東京)とともに関東三大不動に数えられることもあります。 -
本尊は軍荼利明王(ぐんだりみょうおう)で、716年に行基が五大明王像を造り、そのうちの1体が現存する軍荼利明王像と言われています。
本堂へは、120段の石段を登っていきます。 -
歩幅の狭い急な石段を登ると、息が切れます。
積雪の中、慎重に歩いて、やっと上まで来ました。 -
本堂は1830年の火災の後、幕末に再建されました。
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本堂の中を見ることは出来ませんが、この中に軍荼利明王が祀られているのでしょう。
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太い梁に描かれた模様。
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奉納された刀剣などが壁の上部に飾られています。
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外壁の彫刻も見事です。
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本堂の左側には、休憩舎とトイレがあります。
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本堂の左脇から、関八州見晴台へ向かいます。
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グリーンラインの方向へ進み・・・
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高山不動から5分ほどで、奥武蔵グリーンラインの道路沿いにある不動茶屋跡に到着・・・ここの積雪は約10cm。
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不動茶屋展望台からは、ここが関八州見晴台じゃないかなと思うほどの眺望の素晴らしさ!
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遠くに富士山が見えます。
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不動茶屋跡から「関八州見晴台入口」の標識に従って登って行きます。
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新雪の山行は楽しいのですが・・・
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今日は皆さんアイゼンを持って来ていないので、滑らないように慎重に。
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奥武蔵グリーンラインから関八州見晴台への登り口には、立派な石柱が建てられています。
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石柱の立つ入口から見晴台へは約10分・・・この辺りは20cmほどの積雪。
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10時35分に「関八州見晴台」(771.1m)に到着・・・西吾野駅から2時間40分でした。
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広場にある東屋のベンチにリュックを置いて、雪景色を楽しみます。
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広場の中央に祀られた高山不動尊の奥の院。
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奥の院の本尊は五大尊不動明王で、関東鎮護の為に東京に向けられています。
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関八州展望台は、武蔵・相模・下総・上総・安房・上野・下野・常陸の関東八州が一望出来ることから名付けられ、360度の大パノラマが見事です。
山々の案内図が3カ所に作られ、山の名前が確認できます。
これは、東側の案内板。 -
霞んでいなければ、遠く日光の男体山や日光白根山なども見えます。
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雪を被った西側の山々・・・大持山と子持山。
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武甲山はどこからでも目立つ山です。
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今年2回目の雪の山行で、また楽しい思い出が増えました。
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雪道を下って、奥武蔵グリーンラインを顔振峠まで歩いて行きます。
奥武蔵グリーンラインは、定峰峠から鎌北湖に至る林道コースの総称で、ドライブやサイクリングに人気があります。
ここは、花立松ノ峠(標高:630m)。 -
傘杉峠(550m)。
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顔振峠の近くまで行くと、河津桜が咲いています。
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富士見茶屋が見えてきました。
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富士見茶屋から平九郎茶屋までの間は、満開の河津桜。
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見事に咲き揃っています。
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今日は雪と桜・・・思わぬ早春の景色でした。
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12時半前に、本日のお目当て、平九郎茶屋に到着。
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店内に飾ってある渋沢平九郎の写真。
慶応4年(1868)、渋沢平九郎(渋沢栄一の養子)は、明治維新・飯能戦争の際、振武軍の参謀で飯能の天覧山に立て籠もり、官軍の総攻撃を受けて敗れた後、顔振峠に逃れました。
故郷・下手計村(深谷市)に帰りたい一心で、顔振峠の茶屋で百姓姿に身を変えて黒山に下りましたが、越生まで進出していた官軍に発見され、応戦の後、若冠22歳で自刃します。
「その時に店番してたのが、私の姑のひいおばあちゃん」と、4代目になる現在の茶店の主、加藤ツチ子さん。
昭和46年に「峠の茶屋」から「平九郎茶屋」に名前を変えました。 -
平九郎茶屋を紹介した新聞も飾っています。
店主の加藤ツチ子さんは、日高市高麗本郷の住まいから、家族の車で365日、一日も休むことなく通っています。 -
姑が細々と営んでいた茶店をツチ子さんが継ぎ、昭和44年に林道が開通するまでは、週に一度、お菓子や味噌・醤油など食料品の仕入れに越生側に山を下り、仕入れを続けました。
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80歳を超えても元気な四代目のツチ子さん。
「峠の茶屋」の時代から現在の「平九郎茶屋」まで登山客やハイカーの世話をし続け、半世紀以上にわたる茶店人生に、ツチ子さんは ” 店は面白い。いろいろなお客さんが来てくれるので楽しい。本当に茶屋を閉めようと考えたことなんか一度もないんですよ。 ” -
ところで、肝心の猪鍋は12月~2月までで、3月以降は予約の時だけ応じる、とのこと。
従って今回は、フキノトウの天麩羅でビールを飲み、肉うどんとザル蕎麦をそれぞれ注文。
食後、暫くツチ子さんと歓談し、家族のことなど聞いてあげたので、ツチ子さんも一日分のおしゃべりが出来たようです。
” 今度の冬に猪鍋を食べに来るから、元気で頑張ってね ” と言って店を後にしました。 -
平九郎茶屋を降りた所からの眺望も、なかなかのものです。
右から武甲山、武川岳、子持山、中央に大持山、その手前にあるのが伊豆ヶ岳。 -
15時前に吾野駅に到着。
次の電車まで少し時間があったので、駅の近くにある法光寺に行ってみました。
山門から入ります。 -
山門の左右にある石の仁王像。
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力強さを感じます。
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山門を入ると、右側に綺麗な庭園があります。
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武蔵野三十三観音第31番札所の法光寺は曹洞宗の寺院。
1386年に吾野要害山城主・岡部新左衛門が父の菩提のために建立したと伝えられています。
現在の本堂は1700年に再建された建物です。
本尊の延命地蔵菩薩像は南北朝時代の作。 -
境内の左側にある比較的新しい建物が観音堂。
この中に、武蔵野観音霊場札所本尊の十一面観世音菩薩像が安置されています。 -
子供を抱いた優しいお顔の布袋様。
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境内に梅が咲いています。
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鐘楼堂。
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吾野駅からも見える石段の上の広場に、大きな梵鐘が吊り下げられていました。
案内板を見ると ” 宮城県名取市閖上 東禅寺 大梵鐘 ” とあります。
この梵鐘は、東日本大震災で被災した東禅寺より引き上げ、寺が復興するまでの期間、法光寺で預かり保管している大梵鐘です。 -
東禅寺にあった三つの釣り鐘は、震災後に瓦礫の中から見つかったので、法光寺住職の大野文敬さんは、駒澤大学時代に同級生だった東禅寺住職の三宅俊乗さんと連絡を取り、預かることにしました。
3.11の巨大津波は名取川を遡り、河口近くの閖上地区を含む一帯に押し寄せ、東禅寺は本堂がかろうじて残っただけでした。
三宅さんは外出していて無事でしたが両親を失い、約五百軒の檀家のうち250人以上が犠牲に。
閖上地区では現在、宅地のかさ上げ工事が進み、三宅さんは ” 心のよりどころ、復興の象徴になるはず ” と二年後の東禅寺再建を目指しています。
我々も何らかの形で応援したいですね。
今回の山行は、関八州見晴台から早春の雪景色を楽しみ、平九郎茶屋での歓談や東禅寺の梵鐘など、記憶に残る一日となりました。
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