2016/02/04 - 2016/02/04
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Kオジサンさん
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ゆうゆうなごやの2月例会に参加しました。今月は東海市の大同特殊鋼知多工場を見学させて貰うものでした。集合場所は名鉄の太田川駅です。集合時間より、早めに現地に着きまして、駅の近くを歩きました。古い太田川駅の姿を見たことが有りませんので、想像できないのですが、今は新しい駅舎となり近代的な駅です。2階と3階がプラットホームになっていました。
駅前にはタクシーベイやバス乗降場が設けて有りまして、コミニティバスのステーションにも、なっていました。駅前は市の顔です。バス寄せや、公園的に整備された駅前広場。ゆうゆうなごやの見学イベントが無かったら、太田川の駅前に立つ機会も無かったでょう。このように、知らない初めての街を訪ねる事が出来るのも、ゆうゆうなごやの良い面です。
感想
初めの説明で東海市は鉄と蘭の町だと言う説明が有りました。海岸沿いに愛知製鋼。新日鉄住金。そして大同特殊鋼と鉄鋼メーカーが3社も並んでいるのはココだけだと言われました。鉄は国家成りと言う言葉が有ります。製鉄企業が繁栄して国が栄えるのではないかと思います。
上の佐布里池のところで述べましたが、愛知用水から供給された水がこのような工場群を動かしているのだと実感できました。
見学を終えて、社会科の勉強だという印象が残りました。滅多に見学できない場所を見る事が出来、面白かったです。
- 交通手段
- 私鉄
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集合場所が名鉄電車の太田川駅でした。
2階と3階がプラットホームとなった新しい駅です。
駅前にはタクシーベイがあり、タクシーが待機しています。
この撮影した建物ですが、ソラト太田川と言う建物です。1階はスパーです。3階が東海市民プラザとなっていて、中に結婚相談所が有りました。 -
駅前からコミニティバスが出ます。
このバスには「へいしゅうくん」と言う愛称が付いています。 -
こちらはグリーンのコミバスです。
「くすのきくん」の愛称です。
東海市の市の木がクスノキなのかも知れません。 -
今日の集まり。
只今、12時54分です。
みなさん。定刻までには、お集まりでした。 -
駅前広場のバス乗降場へ大同特殊鋼の自社バスが迎えに来てくれました。
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西知多産業道路へ来ました。
大同特殊鋼へのロードサインが出ています。 -
この橋を渡ると大同特殊鋼知多工場の敷地へと入ります。
渡っている川は太田川です。
岸にボートが係留され、ヨットハーバーみたいです。 -
バスは知多工場の本館の前に横付けとなりました。
大同特殊鋼の年表です。
大同特殊鋼は今年、創業100周年の節目の年を迎えます。原則的に撮影禁止となっていました。係りの人に、撮影して良いかお聞きして撮りました。自動車のエンジン部分に関連する部品を製造しているのが判りました。 -
眼に留まったのが、福沢桃介の写真です。福沢桃介は大同特殊鋼の創業者です。
「互改十則」が額に納めて有りました。 -
中山道をウオーキングした時に目にしたバンフです。電力王と呼ばれる福沢桃介が木曽川にダムを設け、電源開発を行いました。発電所を建設するのに当たり、桃介橋を架橋しました。この橋は国指定重要文化財の指定を受けていまして、南木曾町に現存しています。
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左はバスの車窓から撮影した読書(ヨミカキ)発電所です。桃介は木曽川の電源開発を行いました。恵那峡の大井ダムも桃介が手がけた事業です。右は桃介橋に設置してあった説明で、大同電力となっています。
想像ですが、家々に電気が届き、便利な時代となりました。それでも各家庭には裸電球が数個の時代だったのでしょう。桃介は発電所から生じる電気を、より効率的に消費するため電気炉に結びつけたのでしょう。
本社屋に入り、3階の会議室に案内されました。
総務の西村さんから説明して貰えました。
DVDを見せていただき、大道特殊鋼の概要説明でした。
南北に600メートル。東西に2キロと、広大な工場敷地です。
1961年に海を埋め立てて工場用地の造成です。そして1962年から創業を開始したそうです。 -
大同製鋼のパンフレットより。
海岸を埋め立てて出来た工場用地です。その敷地の中に各工場が有ります。 -
大同製鋼のパンフレットより。
電気炉で出来た銑鉄が圧延工場で製品へとなって行きます。
説明で、製鋼のプロセスは「溶かす」「固める」「鍛える」「延ばす」だと話してくれました。
そして、説明後は工場の見学となりました。 -
見学に向かう準備をしています。
ヘルメット、軍手、防塵メガネ、白衣、それにイヤホンのレシーバーを装着して出発です。
先ほどのバスに乗って、現場に向かいました。
この先は撮影禁止です。
かつては、熟練工であったと思われるお二人の案内人、TIさんTDさんから伝わって来ました。
コンピューター制御となっているのでしょう。設備が近代化して熟練技術が無くても良い製品が出来る時代となっても、安全第一で仕事をされているのが判りました。 -
製鋼工場の建物です。
太いパイプは集塵装置のパイプです。集塵装置は恐らく、電気集塵機なのでしょう。
電気炉を見学した時、大きな炎が立ち、黒煙が発生しました。集塵装置がしっかり作動するから煙が外へ漏れ出す事が有りません。 -
大同製鋼のパンフレットより。
製鋼工場の4階に案内され、二重ガラス越しに電解炉でスクラップを溶かす所は迫力がありました。連続鋳造・インラインプレス・圧延・鋼片検査へと歩き、目の前を赤い巨大な鋼の塊が流れていく様子で、顔面で暑さを体感しました。
冬の時期でこれだけの暑さを体感したので、夏季なら、もっと大変な仕事だと思いました。
圧延工場の長さが600メートル有ると説明してくれました。巨大な製造ラインを赤い鋼の坊が流れていく。そのスケールの大きさに感心しました。
電気炉と圧延工場の様子を見学しましたが、圧巻でした。
私の住む市の隣。関市では毎年、刀匠が新年に日本刀の鍛錬で打初めを行います。それがニュースで取上げられます。それが原点で、発展してきたのが圧延工場だと思います。電気炉でアークと言う言葉がありますが、その意味は雷だそうでした。雷で火花が散る。その原理で建築現場などで使う電気溶接が原点となり、延長線上に電気炉があります。初めは1.5トンの規模でスタートし、それが今では150トンと巨大な規模にまで発達しました。
電気炉の説明では75,000キロワットの規模で、炉内の温度が1600度にまで達すると、説明してくれました。
産業が躍進する。素晴らしいことだと思います。
バスで広大な工場を廻った後、先ほどの本館の3階へ戻りました。そして、説明を受け、質問の時間も取られました。同業者の愛知製鋼がピンチと成りました。しかし、大同特殊鋼は顧客が有り、急遽、愛知製鋼の納品先に代わって収める事が出来ないと話しました。 -
見学後、再びバスに乗りました。
太田川駅まで送ってもらいました。
バスの前方に見えた、1.5トンのアーク炉です。産業遺産のリストに載せられていますが、大同特殊鋼がスタートした時期のシンボル的な存在です。 -
知多工場の南側に中部電力の火力発電所が有りました。その発電所の電気を使っていると説明が有りました。製造と消費が隣同士。手近な場所からの調達だと思いました。
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昨春、佐布里池の梅を見に行きました。愛知用水で水が運ばれて来て、コンビナートの工場群に給水していました。関連付けて想像出来る事が面白いです。左は佐布里池の堰堤から見た工場群です。右は水の生活館内で解説していた、浄水場です。
昭和30年代。知多半島の海岸沿いに並ぶ巨大工場群の建設が進みました。
愛知用水が延びて給水体制が整い、中電の火力発電所の完成。
そして、海岸線を埋め立てて、工場の建築に取り掛かった時代を想像しました。
日本国中が高度成長期を迎えていた頃、その中でも東海地方が脚光を浴びていたと思います。人々がエネルギッシュに活動していた時代。
工場を見学し、説明を受け、そのような時代を想像するだけでも、面白く思えます。
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